2 一橋清宗朗の供述

一橋清宗朗の供述

 一橋清宗朗ひとつばしせいしゅうろうは虚言癖を持つ人格障害者予備軍だ。

 彼は非常に雄弁家で、加えて礼節を弁えていない。

 事件の犯人として自白したものの、彼の供述には至るところに違和感があり、向田氏もそこに疑問を抱いた。

 ここからは彼の取り調べ時における供述の一部を、筆者の付記を添えて記載していく。




「……はい、間違いないっスね。僕がやりました」


 彼は全く悪びれもせずにそう言ったという。

 憎たらしい笑みとそれを見て苛立つ刑事の顔が思い浮かばされる。


「最初の事件から順番に説明しやしょうか? いやぁそれが良い。旦那たちも早く仕事終わらせたくて仕方ないって顔だ。ササッと終わらせやしょう」


 無論だが、この記録は録音に残されているものだ。

 彼のこの実に腹立たしい口調も、ただ記録その通りに記述しているだけだ。

 脚色は無い。


「最初の事件のガイシャは……永島陸彦えいじまりくひこ。こちらに関しちゃ旦那たちもとっくにご存じなんでしょう? ま、監視カメラにあっさりと収められてたんだから当然スけど」


 刑事はここで監視カメラに関する情報を事細かく説明したらしい。

 どうやら監視カメラはどこからでも見える位置にあり、見逃す方が珍しいとのことだ。

 刑事は彼がどうしてカメラに気付かなかったのかを知りたいらしい。


「はあはあ。成程……いやぁ旦那たちは僕のことを買い被っているようだ。いや、見誤っているというべきスかね? 僕は一般人以上に視野が狭く、器も小さく、品格も損なっているような男なんスよね。当然カメラなんぞ気にしていない。何故か? バレても構わないと思っているからっスよ。僕は初めから隠れる気なんてなかった。そうでないと凶器を家に残したまま旦那たちのお声かけに応じるわけがないでしょ?」


 どこか余裕のある様な声色に聞こえた。

 死体損壊も立派な犯罪だというのに、この男はそれを理解していないのだろうかと思ってしまう程だ。


「……ええ。そうっス。錐でブスリ。ハナミズキの枝程度が入る穴ならそれで十分。ま、多少は捩じりましたけど。つーか指紋はどうしたんスか? ひょっとしてまだ調べてない段階? 僕指紋も拭き取ってないんで、遺体に多分残ってるっスよ。僕が穴を空けるときに付いちゃった指紋がね」


 身振り手振りで指を見せ散らかしている様が浮かぶ。

 やはりこの男、自分のしたことの重さを理解できていないらしい。


「……動機? はあ……動機ねぇ……。旦那はどういった答えがお望みで? ……いや、ふざけて聞いてるんじゃないっスよ? ただ気になっただけで……ええ、もちろん。僕は僕なりの動機を持ち合わせていまさぁ。まあ要するに……『弔い』っス。ただ死んだ彼が可哀想に思っただけ。他の二人も同じっスよ。だって……じゃなきゃ彼らが報われない。聞きますが、旦那たちは彼らの葬儀には行きやしたか? 行かないでしょう。誰かさんの所為で仕事が忙しいんだから。僕も人の多い所は苦手でね。人が死んだらその死を弔うのは当然。ただ、僕の場合はそれがこの国において犯罪だったと、それだけのことですわな」


 非常に無茶苦茶な理論だ。

 死体に傷を付けておいて『弔い』とはどの口が言うのか。

 刑事も苦々しく感じていたに違いない。


「さて、そんじゃあ問題の二件目だ。こっちは難しかったでしょう。何せ事件現場は学校。一介の会社員である僕がどうやって学校に忍び込み、彼女に花を供えたのか。皆さん大変悩んだと思いますよ。いやぁ申し訳ない。バレてもいいとは考えていたんスけど、積極的にバラすつもりもなかったもんで。捜査を混乱させたのと、無関係の人間に疑惑の目を向けさせたこと、心から反省するっス」


 これは意外だった。

 全く反省の色が見えなかった清宗朗だが、自分以外に容疑者が出たことにはどうも難色を示していたらしい。

 まあそれでも声色は明るかったが。


「方法は簡単。裏口があるんスよ。『金網の穴』という裏口がね。あそこの学生で、グラウンドを使っている部活動に参加している子なら知ってるんじゃないかなぁ。……え? 僕? ああ、言ってませんでした? というかまだ調べてなかったんスね。僕実はあの高校のOBなんスよ。……え? 知ってた? ああ、確認スか。成程ね。流石刑事さん。徹底しているってぇわけだ」


 さて、ここで彼が言った『金網の穴』というのが後で問題となってくる。

 それは向田氏の記録に基づいた物語で話していくとしよう。

 是非とも心に留めておいてほしい。


「同じ刃物を使って胸に穴を空けなかったのは、単純に、家に忘れたからっスよ。言ったでしょう? 僕ぁ人より何もかんもが劣ってるんス。あの先の尖ったパイプは……偶然学校で拾ったんスよね。……もし無かったら? そんときゃアンタ、あの事件はただの自殺として処理されるってぇだけでしょう! ハハハハハハハ!」


 笑い声も不快だ。

 まるで何もかもを嘲笑うかのようで、やけに甲高い。

 そもそも何故取り調べ中にこれだけ横柄な態度を取れるのだろうか。

 刑事はもう怒りつかれているようで、この男がいくら言っても聞かないのだと諦めていた。

 とにかく一橋清宗朗という男は人としてどこか欠陥があるというのは確からしい。


「……で、三つ目。これはまあ簡単っスよね。ただ目に突き刺しただけなんだから。その場にいれば誰にでも出来る。……で、旦那たちが一番に聞きたいのは動機や直接的な犯罪行為の方法じゃなくて、僕がどうして三人の自殺の瞬間に立ち会えたかということっスよね? そこが一番説明していかなくちゃぁいけないところだ。でしょう?」


 確かにそこが一番謎めいた点だった。

 自殺した三人には共通点が見えず、当然清宗朗との関係も無い。

またいちいちハナミズキの花を差し込むには、事前に彼らの自殺の意志を予め知っていなければならない。

 清宗朗がどのような手段で彼らのことを知り、また彼らの自殺の意志を知ったのかは重要な事柄だ。


「……ネットっスよ。フフ……簡単でしょう? いやぁいい世の中になった。こんな簡単に無関係の人間のことを知ることができるんスからね。あ、証拠なら僕のスマホに残ってるっスよ。彼らとやり取りした記録がちゃーんとね。……さて、まだ何か聞きたいことありますか?」


 刑事は清宗朗に対し、何故彼らの自殺の意志を知ってもそれを止めなかったのかと尋ねた。

 少しの間沈黙が生まれていた。

 その様子は記録の音声を後から聞くだけではわかりようがない。


「……彼らが自殺を決意したのは、彼ら自身の意志っスよ。僕にはそれを否定する権利が無い。しかし……弔う権利はある。彼らが生きていたことを、僕は彼らの体を傷つけてでも世間に知らせたかった。結果は目論見通りで……想定の域を越えなかった……」


 どこか寂しげな言い方に聞こえた。

 彼がどういった正義と価値観を持っているかは知らないが、少なくとも他人の遺体を傷つけていい理由は存在しないはずだ。

 結局、彼はただ自己満足のために行動しただけなのだ。


「……きっかけ? それは僕が彼らとコンタクトを取ったっきっかけという話スか? だったらさっき言ったでしょう。ネットでたまたま自殺を呟く人物を当たっただけのこと。それも僕んちの近くでね。運が良かったんスよ僕は。いや……旦那たちから見たら『運が悪かった』と言うべきっスね。ご迷惑おかけして、大変申し訳ありやせんした」


 半笑いしながら言っている。

 たったこれだけのことに、彼はどうしてそこまで労力を割いたのか。

 何故、ハナミズキの花を差し込む必要があったのか。

 疑問はいくらでも湧くが、流石に彼の心うちまではわからない。

 刑事はそれ以上有益と言える情報を聞き出すことができなかったらしい。



 彼の供述にあったSNSのやり取りはすぐに彼のスマホから確認することが出来た。

 相手の方も確かに被害者で間違いない。

 ダイレクトメッセージから、清宗朗に対して自殺の日取りを細かく伝えていることも明らかになった。

 証拠は十分に揃っている。

 警察がこれ以上捜査をする理由は、もう完全に無くなった。

 故にここから先は警察ではない第三者が介入することになる。

 その人物こそが、ルポライター・向田関吾氏だったのだ――。

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