事件について
『花水木事件』。
それは二〇一六年に起こった数件の死体損壊事件の総称である。
何故数件の死体損壊事件が総称されるようになったかといえば、一連の事件にはある二つの共通点があったからだ。
一つは被害者となった人物全てが自殺遺体だったということ。
もう一つはその遺体の全てにハナミズキの花が供えられていたことだ。
いや、正確には供えられたというのは違う。
むしろそのハナミズキの花こそが、遺体に損傷を与えられた箇所に差し込まれていたのだ。
これらの共通点から、警察は事件が同一犯のものであるか、もしくは模倣犯によるものかの二択で捜査を進めていた。
事件が明るみになるにつれ、メディアはこぞってこれらの事件を一つの呼び名で取り扱うようになっていった。
それこそが『花水木事件』。由来は至極明快だろう。
全ての始まりは二〇一六年六月十九日。
ある人物の自殺から始まった。
(ここから先は省略するが、
自殺したのは会社員の
第一発見者はいつもその周辺道路を散歩道にしている老年の男性。
彼は取材に対してこう語っている。
「最初は人に見えなかったよ。トラックの荷台から落ちた布か何かかと……。でもパク(飼い犬)が鳴くもんだから。よーく見たら人間なんだな。これが」
彼が見た時には、既に陸彦は息を引き取ってしまっていた。
遺体は地上に対して全身を強く打って周囲へ大量に血を飛ばしていた。
頭から落ちたらしく、顔面は潰れてしまっていて、脳味噌が散らばっていたとも言われている。
通報からパトカーと救急車が来るまではとても早かったらしい。
第一発見者の男性は暫く様子を見ていたらしいが、後処理も素早く、非常に感心したと個人的に語っている。
ただ、彼が言うにはパトカーと救急車が来るまでその遺体に近付いた者はいないとのことだ。
そもそも遺体の落下地点は車道であり、車は数台通ったが、いずれも遺体を避けて去ったらしい。
つまり、この第一発見者の男性が現れた後に遺体に接触した存在は何も無かったということになる。
救急隊と警官は現場に到着するとすぐにその事件性に気付いた。
永島陸彦の遺体は胸に小さな穴が空いていて、そこにハナミズキの花が枝ごと刺さっていたのだ。
当然それが事故によるものだとは考えられず、陸彦の死後に胸に穴を空けた者がいることが予想された。
警察はまず第一発見者の男性を疑ったが、その場に留まっていた彼は刃物等を所持しておらず、現行犯逮捕による早期解決という筋書きは霧散する。
そうして警察はまだ小規模だがこの事件の犯人を捜査し始めたのだ。
二つ目の事件は三日後の六月二十二日に起きた。
被害者は高校生の
彼女は自身の通う木内市立
遺体心臓部には陸彦と同様にハナミズキが差し込まれていて、その枝部分は小さな金属のパイプで包まれていた。
パイプは先の部分が尖っており、それによって胸を刺したことがすぐにわかった。
いずれの事件も同じ市内、同じ損壊であることから、警察は同一犯もしくは模倣犯であるという疑いを持って捜査を進める。
さらにその三日後、六月二十五日に三つ目の事件は起きる。
被害者は会社員の
彼は
通過する電車に頭から飛び込んだ彼は、その衝撃で頭部を胴体から切断させた。
他にも全身が弾け飛び、近くにいた男女三名に接触、骨折などの重軽傷を負わせることになった。
当時現場は騒然としていたが、遺体は原型を留めておらず、先に述べた二名のように胸にハナミズキが差し込まれているということもなかった。
ただし、現場に到着した警察によると、ベンチの下に吹き飛んだ彼の頭部の眼球にハナミズキの花が枝ごと刺さっていたという。
その情報が公になるや否や、メディアは激しい盛り上がりを見せることになる。
一連の事件を『花水木事件』と総称するようになったのもこの辺りからだ。
さて、それでは次にこの一連の事件の容疑者三名について説明していこう。
一人目は
彼は会社員で、三つ目の事件の被害者である伸二と同僚の関係だった。
彼が容疑者に挙がった理由は、彼自身の自首によるものだ。
しかし、これに関しては警察の調べによって彼のアリバイが判明。
三つ目の事件後に組織された捜査本部は、彼を容疑者から外すのに三日も掛からなかった。
二人目は
彼女は夢咲楓と同じく定鯨高等学校の高校生で、しかもクラスメイトだ。
そして、彼女は楓の遺体の第一発見者。
警察は当初彼女の供述が事実と食い違っていることから容疑者として睨んでいた。
しかし、事件は意外な形で終結することになる。
三人目の容疑者である
彼は第一の事件で被害者に近付いていたところを監視カメラに捉えられていた。
それ故一連の事件の犯人として最有力候補に挙がっていたのだが、取り調べの末全ての事件の犯人が自分であると告白した。
後に第一の事件の被害者である陸彦を刺した時に使用したとみられる刃物が彼の家から発見され、彼の自白は真実であるとして捜査は終了する。
……と、ここまでが『花水木事件』の概要だ。
説明した通り、既にこの事件は警察の手によって解決している。
何なら現在ではもう犯人である清宗朗も刑期を終えて出所している。
しかし、この事件の裏にはまだ隠された真実があると考えた人物がいた。
その人物こそがルポライター・向田関吾。
彼の調査によって明かされた事実は果たして真実なのか。それとも嘘、偽りなのか。
答えは今のところわからない。
しかし、それでも彼の調査記録を知ることには意味がある。
何故なら彼がこの事件から見出した問題は社会において重大な事柄であるからだ。
我々はその事実から目を逸らすべきではないのだ。
それではここから先は筆者による拙い妄想語りをお披露目しよう。
傲慢かつ厚顔無恥な筆者を不埒者と罵ってほしい。
ああ、いや、その前に一橋清宗朗の供述が先だったか。
申し訳ない。段取りを覚えることも出来ない筆者の鳥頭を慰めて頂きたい。
本当に申し訳ない。
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