ヤバない!? 修羅場中の呂布になった模様、この先どうしたらいいですかね?

yatacrow

第1話 蒼天已にオワタ

 雲の隙間に月が見える。


 月明かりの下で抱き合う二人の影、そして――


貂蝉ちょうせんはわしの物だ! 貴様、今まで可愛がってやった恩も忘れおって!!」


 二人の逢瀬に乱入してくる一人の鬚もじゃの巨漢、董卓とうたくが顔中に血液を送り込みながら、男――呂布奉先りょうほうせんと女――貂蝉の間に割って入る。


 そのまま董卓が貂蝉の手を強く引き、『あっ』と言う声とともに貂蝉がぐらついた。


「……ヤバない?」


 こんな修羅場で言うべき言葉ではないが、呂布は思わずつぶやいた。


「ヤバ……なんだ!?」


「うぅ、呂布様ぁ!」


 聞き慣れない言葉に戸惑う董卓と、助けを乞うような上目遣いで呂布を見る貂蝉。


 烏の濡れ羽色のような漆黒の長い髪、くっきりとした眉につぶらな瞳、すらりとした優雅な柳腰、月が雲に隠れるほどの美女である。


「ヤバない?」


 月明かりがなくなる直前に目が合った。


 現代とも、日本とも違う美女の条件勢揃いの貂蝉を見て、呂布はそうつぶやいた。


「ヤバ? 呂布様? 董卓様、なんだか呂布様の様子がおかしいような……」


「はっ! なんだ? 今さらながら貴様が仕出かした事に思いが至ったか? 義父であるわしの女に手を出したのだ、そこに座れ! せめて手打ちにしてやろう」


 董卓が腰にいた剣に手をかける。


「ヤバない!?」


 すらりと剣を抜き、殺気ましましの鬚もじゃの男を前に、呂布は少しだけあとずさる。


「董卓様ぁ、貂蝉は怖かったのですぅ! 体を開かねば殺すと脅されて……」


 貂蝉は、くねくねと体を揺らしながら董卓にすがりついた。


「おうおう、こんなに怯えおって……。そうか、脅されておったのか。呂布はこのような事を仕出かす馬鹿ではあるが、わしに匹敵する武人でもある。貂蝉一人では抗うこともできまいて……許せん、この奸賊かんぞくめが!!」


 董卓はぐぐぐっと剣の柄を握りしめる。


(こ、ん、な、お、っさん、い、や! た、す、け、て、りょ、ふ、さ、まぁ)


 董卓の胸板に顔を深く沈め、呂布に向けて口パクで貂蝉は助けを乞う。


「ヤバない?」


 知らないおっさんが血走った眼で、今にも自分を斬ろうとしている。さらには趣味じゃない女が、そのおっさんに見えないところからアイコンタクトを送って、パクパクと何か言っている。


 ……そんな状況。


「――ヤバない?」


 董卓に声をかけられたタイミングで、呂布に逆行転生してた事を今さら思い出した前世現代日本の一般ゲーマーは、大事なことなので2回目の言葉を小さく吐いた。


「さっきから訳のわからぬ言葉を吐くぐらいなら、詫びをせんかぁ!!」


 びゅんっ、男の顔に剣風がかかる。


「ヤバない?」


 体が勝手に動いた。男は自分が斬られたのだと思った、しかし、呂布の体は紙一重で董卓の剣をかわしたのだった。


「うぬぬぬ! 貴様、わしを馬鹿にするのかぁー!! ふん! ふんあ! うおりゃー!」


「ヤバない? ヤバない!? ヤバ……ない――」


 幾度となく剣をかわし続ける男は、なぜか当たらないと確信するに至る。にぃっと口元が緩む。


「はあ、はあ、なぜ当たらぬ! もうよい! 誰か! 狼藉者だ、出あえ出あえぃ!!」


 董卓は仲間を呼んだ!


「ヤバない?」


 夜中にも関わらずどやどやと兵士が現れた。


 少しずつ前世の自分と今世の呂布自分の意識と記憶が溶け合うなか、さすがにこの人数はヤバいのではと、前世の自分は考えた。


「呂将軍、ご乱心ッ!」

「董丞相じょうしょうをお守りせよッ!!」

「囲め! いかに呂将軍といえどもこれだけの人数で囲めば敵うまい!」

「おう!」

「やいのやいの!」


「ヤバない?」


 改めて今の自分のポテンシャルを考えると、一騎当千……いや万はいける気がする男は、改めて三国最強の実感が湧いてきた。


「どうなされました董卓様ッ!?」


 ずり落ちそうな冠に、乱れた漢服に袖をとおしながら初老の男が、董卓に声をかける。


「おう、李儒りじゅか! 呂布がわしの貂蝉を無理やり襲ったのだ!」


「なんと! 呂将軍……なにゆえ私に相談せなんだ」


 一言でいい相談してくれれば、まもなく夜が明けようとしてる頃に侍女ごときに乱暴なんてせずとも、自分であれば董卓から呂布に侍女を下賜かしさせるように交渉することもできたのだ。


「ヤバない?」


 やれやれと苦労人にため息を吐かれて、男は申し訳ないと思う。


「これだ! こやつ、わしを舐めておる! 訳のわからぬ言葉を並べおって!! もやは許せん! こやつを斬れ!! 見事殺せた者には大将軍の地位をやるぞ!」


「「「「「うおーっ! かかれー!」」」」」


 一気に兵士たちのモチベーションが上がる。とっても殺意ましまし。


 …………ヤバない?


「うわーっ!」

「ひぃー!」

「ぐあ!」


 最初に突き出した槍の柄を握り、兵士ごとぶんと振ればあっという間に5人が倒れる。そのまま槍をぶおんと風を切れば風の通り道に自主規制ピーーーが飛ぶ。


 パキリと槍が折れても問題ない。落ちてる槍をひょいと足で蹴りあげて、お代わり槍を振り回す。


 まさに万夫不当、やったこと不当、でも抗う武闘、その戦う様はマジ舞踏あーい。


 余裕すぎて脳内で韻を踏み出す無双っぷりに、男はドン引きした。


「……ヤバない?」


 気づけば董卓が倒れていた。


 巻き込まれ死した董卓の顔は、目と口を大きく開いた『信じられなーい』な状態だった。歴史上の人物のあり得ない死に様に思わず一歩だけ後ろに下がる。


「ヤバない!?」


 ぐにりと誰かの手を踏みつけた。


 慌てて足を上げたが反応はない、男はゆっくりと足元に目をやると『思ってたのと違うけど……結果オーライ!』と満足な顔で逝った貂蝉がいた。


「呂将軍……なんと愚かなことを…………反逆者だ! 呂布が丞相を殺したぞ、不義の親殺しだ!! うわあああああ」


 兵士の壁の向こうでようやく状況を察した李儒の叫びにより、城内が一気に騒がしくなる。


「ヤバない?」


 李儒の声のデカさに男は驚いた。


「ヤバない?」


 こうしている場合ではない、完全に呂布自分に非しかないことを理解した男は、この場から逃げるべく暗闇の中を走り抜けた。


 ――ヒヒーンッ!


「ヤバない!?」


 このタイミング、適当に城壁をよじ登り、飛び降りた先には月明かりでもわかる真っ赤な毛並みのお馬さんが待っていた。


 一日千里を走る呂布の愛馬――赤兎せきと。ナイスな相棒の助太刀に男は思わず声を出した。


「ヤバない!!」


 手綱を軽く握るだけで、自分の思う場所へと走り出す赤兎の有能さに男のテンションはアゲアゲだ。


「呂将軍、どうやら首尾はうま……将軍! ちょ! 止まって――――ぐあーっ!」


「ヤバない!?」


 荷物をまとめるため、男は全速力で屋敷に駆け込むつもりで走っていた。だから、突然――朝日が逆光になって見えてないだけ――現れた小太りの爺さんを赤兎ではねてしまったのだ。


 司徒王允おういん、貂蝉の養父であり、漢の天下を脅かす存在となった董卓と、その最強の矛である呂布を殺し合わせる離間りかんの計を貂蝉に託した爺さんだった。


「…………っう!」


 腰を強かに打ちつけて声なき声で、呂布を呼んだがその場にはお供の数人しかいない。


「ヤバない……?」


 赤兎の止め方がわからない、相棒はお腹が空くまで走り続ける暴走馬だった。今世の呂布の記憶を探る…………そこだけ欠損していた。


「ヤバない――――」


 朝日に向かって走る赤兎と騎乗の男。


 圧倒的な武力に魅了された脳筋と、ひゃっはーしたい盗賊たち、曹操には呂布をと考える腹黒軍師、様々な英雄、武将を惹きつけながら男はひた走る。


 ――誰か、馬の止め方教えて? あと……この時代の言葉もできれば。



 ――終劇――


―――――――――――――


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ヤバない!? 修羅場中の呂布になった模様、この先どうしたらいいですかね? yatacrow @chorichoristar

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