レッドブルでも飲むか

第1話



 どわああああああああッッ!!




 最悪だ…


 最悪の夢を見た。


 空から落下してしまう夢。


 パラシュートも何もなくて、成層圏のど真ん中に落とされる夢。


 めちゃくちゃ怖かった。


 絶対に死ぬと思った。


 ぐんぐん下に落ちていって、セーラー服がバタバタと揺れていた。


 掴むものも何もなくて、助けてくれる人はいなくて…


 


 …いや、これは夢じゃない。


 れっきとした「現実」。


 あり得ないようで、あり得る話。


 ベットのシーツをはぐって窓のカーテンを開けた。


 地上60階のビル。


 実は昨日から、一泊限定で泊まらせてもらっていた。


 昨日の昼過ぎに事務局から連絡があって、「部屋を予約してある」と言われた。


 びっくりしたんだ。


 連絡があるとは言われてたけど、まさかホテルに泊まることになるとは…

 


 ビジネスホテルにしてはかなり豪華な部屋。


 全面ガラス張りで解放感のある壁。


 その端にあるドアを開けて、ベランダに出た。


 真っ青な空の下に広がる街の景色が見える。


 名古屋城にセンタービル。


 街の各所にある背の高いスカイタワー。


 私のよく知っている景色だ。



 私の地元は名古屋市だけど、このホテルはその中心にある。


 60階建とあって景色もよく見える。


 ただ、部屋の位置が位置だけに、海はよく見えなかった。


 海が好きだから見たいと思ったんだけど、残念。



 「…ん、んんんん…!」


 

 …はあ



 …そうだ。


 呑気に背中を伸ばしてる場合じゃないんだ。


 何を隠そう、私はある“失敗”を犯してしまった。


 「翼」を取られたんだ。


 思い出したくもないが、ついこの前まで私は立派な「天使」だった。


 …うーん、いや、「天使」と言い切るのは時期尚早かもしれない。


 少なくとも、「見習い天使」だったことは確かだった。


 それがどう?

 

 超激ムズ難問の筆記試験に失敗し、試験官との面接は全然ダメ。


 結果は火を見るより明らかだったけど、案の定、下界への修行を言い渡された。


 下界への修行、——つまり、約1年間の「原級留置※」を。


 ※学校で言うところの「留年」



 文句を言ってやったんだ。


 たった一回の筆記試験に落ちたくらいで、なんで下界に落とされなきゃならないの!?って。


 試験官は私に言った。


 私みたいな身分の低い天使は、必要最低限の知識を身につけないとダメだ!と。


 天使の仕事は下界の住民の治安を維持すること。


 そのためには、しっかりと勉強しなければならない。



 …そんなことはわかってるよ。


 大体アイツのせいでこんなことになったんだ。


 試験なんてどうにでもなるからと下界でスイーツ漁りに没頭して、挙げ句、テレビゲームなどという俗物に手を出したバカ。


 彼女、——戦場ヶ原アカネは、私と同じ時期に「見習い天使」の期間を過ごしていた。


 友人想いの私は、なんとか彼女を救おうと色んなアプローチを試みたんだ。


 このままじゃ、堕天使になっちゃうから。



 そんなことをしている間にあれよあれよと月日は流れ、いざ年に一回の試験日がやって来た。


 結果は惨敗。


 ものの見事に1年間の下界送還を言い渡された。


 下界送還にあたって、『望月町子(21)』という偽名の身分証書(パスポート)を発行された。


 これは、人間社会に溶け込むために必要な手続きだった。


 『望月町子』は郊外のアパート住まいで、二流大学の学生。


 時期や担当区域によっては、さまざまなパスポートが用意されている。


 ちなみにアカネは『潮崎美玖(30)、OL』というパスポートを発行されていた。


 同じ名古屋市だけど、彼女の住まいは守山区。


 私の担当区域である中川区からは、ちょっと遠い。


 車で30分くらい?


 免許を持ってないから、よくはわかんないが。

 

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