オレと異変

 (マズイ、マズイ。 急がねぇと・・・・!! お嬢様の身に何かあったら・・・・)


 クズルゴは自らが気絶させ、倒れ伏した二人の男を尻目に走った。

 急がなければならぬ理由があるのだ。

 

 つい先刻、少しばかり休憩を取ろうと目を瞑った途端異常な眠気に襲われた。

 特に眠たかったワケでもなく、本当にただ少し休む為だけに目を閉じただけなのに、だ。

 そのまま抗えず眠りに落ちてしまったクズルゴだが、そんなクズルゴの異変に気付いた二つの存在がいた。


 クズルゴに常時憑依して身を潜めているゴースト・・・・そう、ルベリーとリーラズである。

 主人が何かに干渉され突然休眠し始めたのを察知したゴースト達は自主的に憑依を解除し、すぐにリーラズがゴーストの中で赤色の個体のみ持つ事を許された念動力、〈ポルターガイスト〉で眠ったクズルゴの体を激しく揺らしまくった。

 強烈にシェイクされたクズルゴはあっさりと目覚め、そしてすぐに状況把握する。

 

 目覚めてすぐにクズルゴの耳に入ったのは、ここに近づいて来る二人の足跡。

 そして前触れなく自分が突然睡眠してしまった事に対する違和感。

 そもそも屍霊術師である事をひた隠しにする為にクズルゴ本人の指示した時或いは緊急時以外は憑依を解除して外に姿を出すなよと言いつけてあったゴースト達がわざわざ外に出て起こしてきたのだ。

 それこそが現在進行形で何かしらの異変が生じている一番の証拠。


 異変を察知したクズルゴがまずした事はゴーストとの目配せ。

 〔憑依人形〕に取り憑かせないとゴーストは喋れないが、長年の付き合いであるクズルゴとゴースト・・・・少し複雑な情報の伝達ならともかく、ある程度ならアイコンタクトで意識が伝わる。


 クズルゴの目のみで行われた指示通りに水色のゴーストことルベリーは伝播する透明化能力、〈神隠し〉を発動。

 クズルゴとリーラズはルベリーに引っ付き接触する事で〈神隠し〉の効果を受け、1人+2霊の姿は完全に消えた。

 この行為はどんどん近づいて来る二人の足音を前に身を隠して様子見をする為のもの。


 そうして姿が見える範囲にまで来た二人の正体は・・・・クズルゴ以外の護衛である20名の中にいた男達二人だった。

 しかし見知った相手とはいえ警戒を緩めない。

 単純にクズルゴが寝落ちして休憩時間が終わったのに集まらないから心配して様子を見に来たというしょうもない笑い話の可能性も僅かにあるが・・・・そんな雰囲気ではなさそうだ。

 この二人は、明らかに殺気立ってる。

 

 (殺しをしようとしてる時の顔・・・・よく知っている顔だな。 その中でも特に最悪な、殺しに忌避感がない奴特有の罪を感じずに軽く命を奪おうとする下衆な顔だ。 あの二人はヤバい。 ・・・・待てよ、ヤバいのはあの二人だけか? それともまさか、護衛の20人皆が・・・?)


 いきなり攻撃するのは早計だ、向こうはクズルゴ達を認識できておらず眼をキョロキョロとさせている。

 暫くは観察して情報を引き出す事に決めたクズルゴは、限界まで気配を消し透明化したまま二人を追跡した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「もしかしてあの男、実は起きて既に動き始めてるんじゃないでやんすか?」


 「それはあり得ないでござい。 あの人の〈眠霧〉は無味無臭で気付いたら吸っており手遅れなもの、自分らのように事前にガスマスクを用意して〈眠霧〉対策でもしない限り確実の効果は出てる筈でござい」


 「じゃあ本当にどこで寝てるんでやんすか?」


 「それを見つけるのが自分ら二人でござい。 早くしないと仕事が遅いと仲間らにいじられるでござい」


 「そうでやんした」


 「そうでござい」


 数分経った。

 二人は割と会話しながら探しているので情報をかなり漏らしている。


 (今聞いた言葉通りなら、オレが眠ったのは意図的に起こされた魔法のせいか。 そして『“あの人”の〈眠霧〉』? この2人の仲間・・・・つまりあの20人の内の誰かか? あの20人、まさか本当に全員がグルで何か企んでんのか!?)


 情報は足りないが、ほぼ確実に護衛の20人で繋がりがあり何かしらをやらかそうとしているのが分かった・・・・・それはつまり、残りの18人が別で動いているという事。


 (護衛として来て、ここまでは忠実に護衛をこなしある程度森の奥に来た今になって動いたという事は・・・・お嬢狙いか! 森の奥部でなら足もつきにくい! 誘拐か殺害か・・・・どちたにしろお嬢様の身が危ねぇ!)


 ここでちんたらと会話を聞いてゆっくり情報収集をしている場合ではない!

 〈眠霧〉という魔法は知れた、コイツらはもう用済みだ!


 「成程、魔法効果を持つ霧を撒く魔法ね。 確かに事前に知らなきゃ対策出来ねぇな」


 「そうでやんすね・・・・・・あれ?」


 「その通りででござい・・・・・ん?」


 透明化したまま軽い言葉で会話に入り、二人が呆気に取られた瞬間に鞘をつけたままのレイピアで流れるように二人の後頭部を強打。

 二人を気絶させたクズルゴは、すぐに馬車の方へと駆け出した。


 (マズイ、マズイ。 急がねぇと・・・・!! お嬢様の身に何かあったら・・・・護衛クエストは失敗! 報酬の80万がパァだ!! なんなら責任とらされて切腹させられるかもしんねぇ!! それだけは許せん!!)


 こんな時もクズルゴの頭の中は金の事、もとい自分の事だった。

 女性を助けるために走る男の脳内か? これが・・・








ーーーーーーPast logーーーーーーー


 【とある里の長の息子と、その許嫁の会話】


 「ねぇ、シレイ」


 「なんだ?」


 「今日はラシィを連れて来てないのよ」


 「そうみたいだな」


 「つまり久しぶりの二人っきりよ」


 「確かにオマエ、最近はずっとラシィをここまで連行してたけど・・・・久しぶりって程でもねぇだろ。 精々一週間ちょっとだ」


 「一週間って久しぶりじゃない!」


 「見解の相違だな」


 「なによ、冷たいわね。 二人きりよ? 二人だけなのよ?」


 「・・・・だから? オマエはオレに何を期待してるんだ?」


 「いえ、特に何も。 強いていうなら普段通りのアナタを期待しているわ」


 「じゃあ今の問答はなんだったんだ・・・・」


 「こういう実のない話が愛を育むのよ」


 「そうか」


 「・・・・・・」


 「・・・・・・」


 「ところで」


 「ん、何かしら?」


 「どうして今日はラシィを連れてこなかったんだ? オマエのことだし本当に二人きりになりたいが為だけに置いて来たワケじゃないだろ?」


 「いえ、本当に二人きりになりたかっただけよ?」


 「・・・・・・・」


 「まぁ、強いていうなら父にラシィを勝手に連れ出してたのがバレたからね。 特に今日はラシィと一緒に試したい事があるとかなんとか言って、父が物理的にワタシとラシィを引き離したのよ。 昨日父が地下室にラシィを連れて行ったっきり、二人とも出て来てないわ」


 「絶対にそっちが本当の理由だろ・・・・・というかなんか色々不穏な話だな。 地下室から出てこないんだろ? それは大丈夫なのか?」


 「あら、ワタシといるのに他の女の心配?」


 「・・・・・・」


 「・・・・じょ、冗談よ。 そんな目で見ないで欲しいわ。 まぁ、確かに心配だけど・・・・・仮にもワタシの父なんだし、一線を超えるような危ない事はしないでしょ。 単純に魔人能力とか色々調べてるだけじゃないかしら?」


 「ふーん、オマエがそう言うならオレも納得するか」


 「えぇ、そうしてちょうだい。 ふふっ、やっぱりアナタだけとの会話はとてもいいものね」


 「はいはい」


 「かなり雑に受け流すわね・・・・全くもう。 そんな態度だと嫌いになっちゃうわよ」


 「オマエ、それ本気で言ってんのか?」


 「本気で言ってたら一緒にここまでいないわよ」


 「「えへへへへへ」」


 「・・・・あ、そういえば」


 「ん? どうした?」


 「ラシィとの別れ際、最後にボソっと何か言ってたのよ」


 「へぇ、何て?」


 「毎度の如く小声すぎて殆ど聞こえなかったのだけれど・・・・一部は確かに聞き取れたわ。 確か・・・・・『塩は下』」


 「どういう意味だ?」


 「さぁ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る