20人と任務

 「・・・・・あの男、どこで寝てるでやんす?」


 「確かにこっちに行ってた筈でござい」


 【花吹雪の大森林】の中、止まっている馬車の周辺。

 そこで現在キョロキョロと辺りに目を配っているのは、乱入のような形で参入したクズルゴを除く護衛に選ばれた20名の内の2人。


 ・・・・・いや、正確に言えば“護衛に選ばれた”ワケではない。

 彼ら20人は、全く別の依頼で今この場までやって来ている。

 ありていに言えば、クズルゴ視点での『関わりたくない奴ら』20名全員が“人攫い”としてとある依頼を受けてきた者共である。


 彼ら20人は表の顔は城下街のギルドで日々クエストをこなしているエリート冒険者だが・・・・金さえ積めばどれ程非道な依頼だろうが躊躇なく実行する傭兵集団、その名も【望みの代行者】という裏の顔を併せ持っている。


 裏の世界ではかなりの知名度を誇る【望みの代行者】は先日とある依頼を手紙越しの匿名で受けた。

 その内容は・・・・『8月30日にとあるお嬢様の護衛クエストがある。 諸君らには冒険者としてそのクエストの選抜試験で実力を示し、怪しまれない正式な手段で護衛として採用されて貰いたい。 護衛となれば森の中をお嬢様と共に馬車で同行する事になるので、しばらくは護衛クエスト本来の予定通り普通に進んで貰いたい。 ある程度森の奥に進んだら機を見て、お嬢様を攫い指定のポイントまで連れて来て欲しい。 この依頼を受けてもらえるならば今宵の12時に裏エリアCにある一番大きなバーに来て頂きたい。 前金はこの手紙に同封して先に払っておくが、もし依頼を受けないと判断した場合はこの事に関する口止め料としてくれ』というもの。


 その依頼書という名の手紙と共に送られた前金は、ここが金と変人が集まる事で有名な城下街の基準でも破格に高いものであった。

 金が払えるなら文句はない、【望みの代行者】は喜んで指定のバーに向かった。


 待ち合わせのバーに行けば、その場にいたのは全身フードで顔が見えず、声が魔法か魔機械かで加工された正に正体不明の人物。

 依頼者とフード越しではあるものの直接対面し、依頼の受諾の意思を伝える、幾らかの取り決め、詳細な情報を貰う、今後の連絡手段等その他諸々の話をし最後には強制力を持つ〔契約書〕にサインをした。


 〔契約書〕の内容を大雑把に要約すれば『互いに詮索する事をせず、あくまで今回の依頼に関する事のみの関係である事』、『どちらかが失敗し捕えられても決して互いの存在を示唆する事をしてはいけない』、『攫う対象であるお嬢様を決して傷つけず生かしたまま攫う事』、『依頼の遂行を以て依頼者はその場で成功報酬を支払う』というものだ。


 そうして〈契約〉が為され、その後もどんどん送られてくる暗号化された情報や細かい指示書を受け取って、任務を完遂させるための計画を練り・・・・そして、護衛クエストの選抜を受けた。

 依頼者が事前に選抜試験の詳しい内容や評価基準を詳細に知っており、事前に伝えられていた事や元来冒険者として優れていた事もあり【望みの代行者】20名全員とも選抜枠の20名にピッタリ入る形で採用された。 


 この時点で、選抜試験の情報を何処で拾って来たのか、攫う対象であるお嬢様との関係性、指定された誘拐手段のまわりくどさなどなどに【望みの代行者】は幾許かの疑問を持った。

そもそも護衛クエスト自体にお嬢様の姿や名前、行き先や目的などの情報がいっさい明記されておらずかなり怪しい。


 だがいくら気になろうと〈契約〉の効力で『互いに詮索する』のは禁じられている。


 そもそも裏の世界は知ってはいけない情報に塗れた地雷だらけの世界。

 この世界で好奇心旺盛な知りたがりはいなくなるのだ。 


 故に【望みの代行者】はただこの依頼の遂行に全力を注ぐのみ。


 その為に練られた計画は、単純に『森の奥まで来たら〈眠霧〉という魔法でお嬢様を眠らせて攫う』というとてもシンプルなものだった。

 20名が攫う側で攫われる側はたった一人、変に凝った策は不要なのである。

 〈契約〉でお嬢様を傷つける事が禁じられているので睡眠させ無力化はとても理想的かつ効率的でもある。


 尚、依頼主の情報にお嬢様はずっと馬車のキャビンの中におり外に出てくる可能性がほぼ無いというものがあり、『常に壁越しの状態では霧を吸わなければ効果が発揮出来ない〈眠霧〉は使えなくないか?』との意見もあったが・・・・依頼主が渡して来た計画に最適な効果を持つとある“アイテム”のおかげでその憂慮もなくなった。

 この“アイテム”以外にも念の為と言われ、多岐にわたる様々な物を渡して来ている事から依頼主の本気度が伺える。

 これだけ物も情報も提供され依頼内容自体も決して難しくない上に高報酬・・・・依頼の成功を【望みの代行者】は確信した。


 そうして準備に準備を重ねて迎えた護衛クエスト当日。


 何故か護衛が一人増えた。


 ぽっと出の男がなんか追加された。

 あれだけの情報を揃えていた依頼主から事前に何を伝えられてないので、多分依頼主もガチで想定してない事態が発生した。


 【望みの代行者】はこの男に大変な困惑と計画の障害となり得る事に対する憤りを覚えた。

 ・・・・・が、改めて考えればお嬢様誘拐のついで感覚で処理出来るため大した危機になり得ない事が判明した。


 あの男はお嬢様のように常時キャビン内にいるわけではないので、アイテムを使わずとも普通に〈眠霧〉を周辺にばら撒くだけでいつでも眠らせる事が可能だからだ。

 その上全然目も合わせないし話しかけてもこないし、完全に関わってこようとしないのであの男は隠キャだという結論が【望みの代行者】内で導き出された・・・・20名で構成された陽キャ集団の【望みの代行者】がたった一人の隠キャに負けるワケがない(確信)。


 そして誘拐作戦決行の時。

 休息という体で馬車を止めさせ、〈眠霧〉発動。

 お嬢様にはアイテムを使用して霧を吸わせた。

 何故か男の方はここから少し離れて休み始めたようだが、ばら撒かれた〈眠霧〉の範囲は半径1km・・・・ただの休憩で1km以上離れるようなバカはいないと思われるので確実に霧を吸って眠った筈だ。


 一応の確認の為にも早期のイレギュラー排除の為にも【望みの代行者】は少し離れた男の始末する担当として2人を残し、残りの18人でお嬢様を丁寧に攫う為にキャビン内にゆっくりと近づいていった。

 そうして男の始末として選ばれた2人が、クエスト開始時から特に発言という発言をしていない【望みの代行者】の中で若干生まれているカーストの中で最下位に属する[イザゴ]と[スンヤ]。


 しかしイザゴとスンヤの二人がかりで探し始めて数分経っているのに男の影すら掴めていない。

 どの方面に向かったのかは直接見ていたので、離れて休憩するとしたらここら辺の筈なのだが・・・・・


 「もしかしてあの男、実は起きて既に動き始めてるんじゃないでやんすか?」


 「それはあり得ないでござい。 あの人の〈眠霧〉は無味無臭で気付いたら吸っており手遅れなもの、自分らのように事前にガスマスクを用意して〈眠霧〉対策でもしない限り確実の効果は出てる筈でござい」


 「じゃあ本当にどこで寝てるんでやんすか?」


 「それを見つけるのが自分ら二人でござい。 早くしないと仕事が遅いと仲間らにいじられるでござい」


 「そうでやんした」


 「そうでござい」


 「成程、魔法効果を持つ霧を撒く魔法ね。 確かに事前に知らなきゃ対策出来ねぇな」


 「そうでやんすね・・・・・・あれ?」


 「その通りででござい・・・・・ん?」


 2人が違和感を持ち振り返ったその瞬間、スンヤとイザゴの意識は途切れる。


 最後の瞬間、違和感の方向を見た2人の目には・・・・・森の木以外、何も映っていなかった。

 ただ、声のみが聞こえた。











ーーーーーーPast logーーーーーーー


 【とある里の長の息子と、その許嫁と、ある魔人の会話】


 「ねぇ、シレイ」


 「なんだ?」


 「マイドノゴトクツレテコラレルノナンナン」


 「スライムって可愛いわよね」


 「人によるな」


 「…………………」

 

 「ワタシ、最近スライムについて興味が沸いてるのよ」


 「そうか、それなら詳しそうな奴がこの場にいるな」


 「コノナガレハマサカ」


 「ラシィって魔能がスライムを使役するというものがあってか、スライムの造形が深いわよね! スライムについて教えてくれないかしら!」


 「家の中じゃなくてわざわざこの秘密基地に連れ込んでから聞くのな」


 「サイキンイロイロキイテクルナコイツラ‼︎」


 「はい、[増増メガホン]。 これでアナタの小声でも聞こえるようになるわ」

 

 「用意が周到だな」


 「キョヒケンハナイノカヨ……・・・・はい、説明させて貰います。 スライムというのはスライム系魔物に分類され、基本的に流動する液状の体を持つ魔物です。 ちなみに細かく区分すると、決まった形を持つ為流動による変形が苦手な古代スライムと呼ばれる種類がいますが・・・・長くなるので省きます、オーソドックスな近代からいるプルプルグニャグニャの方のスライムを中心に解説します」


 「思ったよりガチな感じの解説ね・・・・もっと軽いお喋りを想定してたわ」


 「独り言の時点で長ったらしくて説明的だった事から考えて、半ば無意識的に詳説をする傾向があるんじゃないか?」


 「スライムは周囲の魔力を吸収し自身の性質を変化させる事で、自身を取り巻く環境に適応します。 その適応力はスライムの生存能力へと直結し、よっぽど急過ぎる環境変化でもない限りスライムは自然環境による死を迎えません。 死ぬとしたら普通に人間による討伐や他の魔物による捕食です。 ちなみにスライムに寿命はありません。 スライムは栄養さえ補給出来れば無限に分裂、増殖出来ます。 栄養補給が出来ず自身がどんどん飢えて来た場合でも、同種のスライムと吸収しあって融合する事で互いを栄養として一体の元気なスライムとして活性化出来ます。 老化という概念をスライムは持ち合わせていないのです」


 「へぇ・・・・結構凄いのね」


 「環境を除く外的要因による死以外は受け付けないって事だしな」


 「ちなみにスライムは全体的に塩に弱いです。 どれだけ環境に適応しても体の構成の多くの割合が水分であるのは基本な為、よっぽど特異な変質でもしていない限り塩がかかると水分が急激に吸われて弱って死にます」


 「急に愛おしい存在に思えてて来たわ」


 「悠久を生きる事が可能な不老の生物の話がナメクジサイズの話になったからな」


 「また、スライム系の魔物は古代近代問わず共通の因子を持ち合わせて・・・・・」


 (この後3時間程スライム談義は続いていった・・・・)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る