オレと当日

現時刻:8月30日、17時。


[城下街にてとある御方の護衛 成功報酬80万エヌ 選抜あり 失敗した場合、責任をとっていただきますので自身の能力に自信がある方のみ応募してください 日時は8月30日の18時まで エリアDにある喫茶店アッセンブルの前で現地集合]


 そう書かれたくしゃくしゃの依頼書をクズルゴは自分のポケットに入れている。

 今日はいよいよ前から狙っていたクエストの当日であり、クズルゴは余裕を持って依頼者の指定地へと向かっている。


 ちなみに歩いても走ってもいない、2体の浮遊しているゴーストをそれぞれ両手で掴んでぶら下がる広背筋と大円筋を鍛えられる懸垂状態のままプカプカ空中移動。

 今回の依頼へのちょっとしたウォーミングアップも兼ねた移動方である。

 勿論ルベリーの〈神隠し〉で透明化し周囲から姿は見えないので身バレはない。


 移動中でさえ体を暖めて準備しておく気合いの入れよう・・・・今回のクエスト、クズルゴは本気も本気で臨むつもりである。

 当然お金の為に。

 

 今までのクエスト依頼者に媚びへつらい頼み込み、しっかりとした証明書を発行してもらう事で出処を明瞭にし、テクルが課した『その金100万エヌの出処を証明できるものを用意しろよ?』の条件をクリアした金は今日までに16万エヌ程しか貯まっていない。

 本当はもっと稼げているが、証明書の発行という過程は本来必要ないものである上に、地味に面倒くさいので『ちゃんと報酬は払ったのになんでそんな事までせねばならんのだ』という考えに大体のクエスト依頼者が辿り着いてしまう。

 更にその上、クエストは依頼をギルドが一度仲介しているのでそもそも証明書を発行出来る依頼者本人と会えないことが多い。

 故に、クロイから弱みを買い取る為の100万エヌに充てられるクリーンな証明があるお金の貯まりが悪いのだ。

 

 だが、今回のものは選抜ありかつお偉いさんの依頼書!

 護衛ということは直接この依頼に関わる重要な関係者と接触がある筈だし、こんな大層な書かれ方をした御方なら証明書ぐらい発行して貰える筈だし、何より証明さえ出来れば一回の成功で100万エヌの80%を埋めれるデカすぎる報酬だしと、クズルゴは今回のクエストに淡い期待を抱いていた。


 期待を胸に、17時30分に依頼者の指定位置【喫茶店アッセンブル】付近に着地し、ルベリーの〈神隠し〉を解除させる。

 ゴースト達も自分の中に引っ込めて、クズルゴは少しだけ歩いて【喫茶店アッセンブル】に到着した。

 当たり前だが今回も屍霊術師である事を明かすのは絶対嫌な為、この無駄そうな行為も普通に歩行で向かってきましたアピールの為だ。


 そこには既に先客達がおり、20名程の男・・・・恐らく自分と同じでクエストを受けに来た冒険者達がいた。

 

 (20名来て全員男か、凄い偶然だな。 ・・・・・しかし、あの破格の報酬で一流冒険者達の巣窟である城下街で20名? 思ってたより少ねぇな。 選抜とやらがあるらしいから、ライバルは少ないに越した事はねぇけど)


 クズルゴが集まりの悪さに疑問を抱きつつ20名が集まっている箇所に近づく。

 すると接近されて存在に気づいた20名が、一斉にクズルゴの方に目を向けた。

 心なしか、20名全員がクズルゴを視認した瞬間に驚いたような動揺したような・・・・いる筈のない存在でも見たような、そんな顔をしていた。


 (・・・・・なんだぁ?)


 特に話しかけてくるような事もしてこないが、なんとなく居心地の悪さを感じる。

 謂れも心当たりもない排他的な無言の圧をひしひしと肌で感じつつも、出ていってやる義理もないので20名から少し離れた位置に一人で立って待つことにした。


 ーーーーーーー30分後ーーーーーーー


 18時になった、もう依頼者が出てきてもいい時間・・・・・というよりもこの時刻を指定して募集したのだから居なければマズイのに、それらしき人は未だ姿を現していない。

 

 (・・・・・・まだか!?)


 出てこない依頼者に苛立ちつつ他の奴らの様子を見ると、特に新しく来て増える事も無かったあの20名達は全員で集まり何やらコソコソ話している。

 

 「・・・・入・止に・・・で・?」

 「なに・わ・顔・・・あ・男・・・んだ・」

 「警・・・・・・ 失・・・報・・・・・のは嫌・・ リス・背・・・・だ」

 「今のう・・・・・・く・・?」


 (何故オレだけ除け者?)


 かなりの小声で会話しており、クズルゴが聴覚に意識を集中させても言葉の全容が分からない。

 わざわざ互いに近づきあって小さく喋るということは、よほど聞かれたくない事か?


 (・・・・・そもそもあの20人、あんなに接近しあって会話しているって事は全員知り合い同士なのか? まさか全員同じパーティって事はねぇよな? だとしたら多すぎだろ)


 最悪選抜が始まったらあの20人で協力してコチラを潰しにかかるかもしれない・・・・そう、少しばかり危惧していた時。


 パカラ、パカラ、パカラ

 

 小気味良い、一定のリズムで地を踏み進む足音が聴こえてくる。

 それは紛れもない馬の足音だ。

 こんな街中で意味もなく馬に乗るような人は基本いないだろうし、乗り手がいない野生の馬系魔物が【サクラ】の結界と城壁を通り越して入れる訳がない。


 つまり、それが護衛クエストの際の移動方法なのだろう。


 本来の時刻から5分程遅れて辿り着いたのは、2頭の馬が引っ張る馬車。

 その馬車からは、クズルゴが【イズリラ】から【サクラ】へ移動する際にヒッチハイクで乗った貿易用の馬車とは比べ物にならない、高貴さを纏っていた。


 馬は透き通るような白毛を持ち、その上ツヤツヤでサラサラである・・・・それを見たクズルゴは、馬系魔物の分際でオレより綺麗そうなのはどういう事だ?と心で悪態を吐いた。

 決して派手ではないが煌びやかな装飾が馬車の車部分を飾り、慎ましさと麗しさを兼ね備えた極上の美を体現している・・・・それを見たクズルゴは、あれ音も立てずに簡単に取り外せそうだな、とよからぬ事を考えていた。

 

 (・・・・・しかしまさか、移動手段がここまで豪華な馬車だとは。 破格の報酬といい、お偉いさんの中でもかなりの上澄か? 馬系魔物達もよく調教されているのか、鳴き声一つ上げずに規則正しい静かでお上品な動きをしてやがる。 ・・・・・それはそれとして依頼者本人が遅刻した事への言い分はあるんだろうな? 無かったら代わりに報酬の上乗せとかしてくれねぇかな)


 クズルゴは傍から見れば、何様だよと言われるような思考をしていた。


 馬車の車部分、通称キャビンは小規模な家のような見た目であり、立派な窓こそついているものの、帷らしきものが内側で閉められているので内部をコチラから見ることが出来なくなっている。

 正に素晴らしき御方が乗っていますよ感を与えてくるこの馬車は自分たちの前で止まり、キャビンの両側面に付けられた扉の内右側が開く。


 その扉から出てきたのは、整った黒い礼服を着こなし、少し長いサラリとした黄色の髪と、目だけを覆い隠す黒に金色がのハーフマスクが特徴的な美青年である。

 人の印象の大凡を決める目元が隠れているのに美形だと分かるのは、それ程までに整った容姿である事の現れ。

 尚、人殺しそうな目つきをしていると思われた経験のあるあるクズルゴからしたら唯のいけ好かない顔である。


 「・・・・・・」


 一瞬、本当に一瞬だが。

 このいけ好かない美青年がクズルゴの顔を見た時、とてつもなく嫌そうな顔をした気がした・・・・・今は美青年らしさ全開の微笑みを浮かべているが。

 

 (なーーーんか、オレへの当たりが全体的に酷くねぇか? 屍霊術師である事がバレたか? ・・・・・いや、屍霊術師の魔法を使う際は証拠隠滅、周囲警戒は怠らないでいたからそんな筈はねぇ。 こっそり見られていたワケがねぇ!)


 どうやらクズルゴはちょっと前にゴーストを使役してる現場をガルゴイゴにガッツリ目撃されて一悶着あった事を忘れているようだ。


 「・・・・・ふむ」


 美青年が口を開き。


 「どうやら一名、余計な方が混じっているようですね」


 クズルゴの方を向いて、突き放すように言い放った。


 「・・・・・え、オレ?」







ーーーーーーPast logーーーーーーー


 【とある里の長の息子と、その許嫁の会話】


 「ねぇ、シレイ」


 「なんだ?」


 「契約って大事よね」


 「そうだな」


 「口約束とは重みが違うわ」


 「記憶にしか残らない言葉ではなく、文字として記録として残せるからだな」


 「そうよね。 でも重いからこそ、文面に起こした契約書への読み間違えとか解釈の間違いがあったら酷いことになるわよね。 特に契約書そのものの紛失や抜けがあったら目も当てられないわ」


 「そうだな」


 「・・・・・・・」


 「・・・・・・・・・・」


 「・・・・・え、話コレで終わり?」


 「え、逆に何を求めてるの?」


 「契約が大事な話から、何か話題の派生とかしねぇの?」


 「全部の会話にオチを求めるんじゃないわよ。 ストーリーが決まってる作り話じゃあるまいし。 まったくこれだから・・・・・」


 「オマエさては煽る為にわざと中途半端に会話を切ったな?」

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