オレと依頼主

 「よいですか? この依頼書に書かれている・・・・[城下街にてとある御方の護衛 成功報酬80万エヌ 選抜あり 失敗した場合、責任をとっていただきますので自身の能力に自信がある方のみ応募してください 日時は8月30日の18時まで エリアDにある喫茶店アッセンブルの前で現地集合]・・・・“選抜”と“現地集合”。 これが意味するのは選抜した後に現地集合するというものであり、詰まるところ既に別日にあった選抜を突破したこの20名のみがこの場で現地集合しているのです。 ん? 選抜と集合が別とは書いていない? いえいえ、コチラの依頼書は元々二枚で一つであります。 貴方が持っていたのは大まかな内容を記載した一枚目のみで、選抜関係が詳細に書かれた二枚目が抜けているのです。 ですので貴方がこの場に来たのは中途半端に一枚しか持っていなかった故の勘違いでございましょう。 ・・・・・・お帰りはあちらからどうぞ」


 「・・・・・・・・はい、はい。 うっす・・・・・すいません」


 何故か場違い感をずっと感じていたクズルゴ。

 依頼主と思われる美青年から貴方はこのクエストを受ける条件と達成できてませんよとの旨を懇切丁寧に解説された今なら、その理由が分かる。

 要はクロイから渡された依頼書に不備・・・・・もとい、余りにもあんまりな抜けがあったのだ。

 そのせいでクズルゴは現地集合して選抜してから護衛クエスト開始だと勘違いしてしまった・・・・・そりゃ場違いだ、だって他の20名は全員ちゃんと選抜受けた後なのだから。


 (ク゛ロ゛イ゛〜〜〜〜〜〜!!! ぜってえ許さねえ!!!!!! 肝心なとこが抜けてる依頼書を差し出してくんなよ!!!)


 一枚丸々肝心な所が漏れている依頼書を掴まされたクズルゴは、依頼書を渡してきた張本人であるクロイに向けて並々ならぬ呪詛を心の中で吐いている。

 しかしこの依頼書には、ページの表記や『二枚目に続く』や[※詳細は2pをご覧ください]等の、分かりやすく次ページがある事が示唆された書き込みが無いので、一枚抜けていたとしても人伝にこの依頼書を貰ったクロイだって気付けなかっただろう。

 まぁそんな事クズルゴは知ったこっちゃないので、当然クロイを恨み続ける。

 

 (こっちの勘違いって事になってる今、ここで粘ってもクエストには同行できねぇ・・・・80万は惜しいが、愚図って無理やり参加しようとしてお偉いさんの不興を買うのは避けるべきだな)


 クズルゴは赤っ恥をかきつつ、すごすごと帰ろうとする。


 「・・・・・お待ちになってください」


 女性の声が、かけられた。

 帰ろうとしたクズルゴを、引き止めるように背中越しから聞こえたのだ。 

 儚い声質でありながらも、声風からは力強さを感じる・・・・矛盾しているようで両立させている綺麗な声だ。


 クズルゴは思わず振り返る。

 そこにいるのはさっきと変わらず馬車の近くに佇む美青年と、二十人の男達。

 ・・・・・誰の声だ?


 美青年の声ではない・・・・・確かに男の割にかなり透き通った綺麗な声であったが、あくまで男声の範疇だった。

 あの20名でもない・・・・・全員の声を実際に聞いた訳ではないが、むさ苦しそうなあの男集団の中にこんな麗しい声の持ち主がいたら逆に恐怖だ。


 では、さっきの声はどこから?


 「ワタシですよ・・・・・・声をかけたのは」


 誰の声なのかと思案しているクズルゴに、再びあの声が聞こえてきた。

 今度はまるで心を読まれたかのように。


 「お嬢様? 一体何を・・・・・」


 美青年が馬車のキャビンに向けて困惑したような声を出す。

 

 (・・・・・キャビンに向けて?)


 「[ベゴニア]・・・・・アナタは今、このお方を追い払いましたよね」


 「いえ、お嬢様。 追い払うなどとんでも御座いません。 私はただ、募集をかけた際の依頼書に則り、彼にはお嬢様の護衛クエストを受ける資格無しと判断したのみで御座います。 正しい手順で此処に集まった冒険者ならばともかく、ただの誤認識で来た彼をもこの場で即決採用としてしまうのは余りにも不公平ですので」


 美青年とキャビンの中から聴こえる声が会話をしている。


 (・・・・・声の主はキャビンに乗っている人だな。 搭乗してたのはすぐに降りてきた美青年だけじゃなくてもう一人いたって事か。 態度からして、キャビンに残っているお嬢様とやらの方が格上だな? それに口ぶりから考えると、キャビン内にいるお嬢様が依頼者に書かれてた御方で、この人の護衛がクエストなのか。 オレはてっきりこの美青年が件の御方だと思ってたわ・・・・じゃあコイツなんだ? 馬車の御者的な人か? そしてそもそも何故オレは呼び止められた?)

 

 「そもそもですが・・・カレが持っている依頼書は恐らく・・・いえ、確実に・・・ワタシ自身が一枚だけアナタとは別途のルートで出したものです」


 「そ、それはどういう事でしょう? 依頼の募集は私に任せる筈では・・・・?」


 「ワタシは確かに護衛の募集に関する事柄はアナタに任せると言いましたが、一任するとは言ってません。 全てを任せた訳ではないのです・・・・とはいっても、人選で干渉したのはワタシが適当に人伝で流した一枚だけですので、本当に僅かな干渉ですけどね。 あぁ、アナタを信用していない訳ではないですよ? 一人だけ別枠を用意したかっただけの純粋な遊び心です」


 「・・・・・・・」

 

 「カレの依頼書はワタシが一枚だけ出した例外であり、記された護衛に選ばれる条件はここに来てこの場で選抜する事・・・・・アナタが出した依頼書とは選抜の形式が全く違う特別制です。 つまりカレを追い出す必要はありません」


 「で、ですが私が用意した馬車はきっかり20名分しか乗れず・・・・一人でも増やせば狭苦しくなり、護衛達が本来のポテンシャルを損ないます」


 「・・・・・ワタシが搭乗してる馬車の御者台が空いているでしょう? 本来ならば誰も乗る必要のないものですが・・・・逆に言えばここならば追加で一人入れても他者の邪魔にはなりません。 本来ならば、護衛中ワタシの馬車にはワタシ以外乗らない予定ですから」


 「は? い、いえいえ。 ただのこっぱ冒険者を、内部では無いとはいえお嬢様の馬車に乗せるなど・・・・!? それならば多少無理をしてでも他の護衛と同じ、用意した護衛用の馬車を・・・・・」


 「ワタシの馬車にワタシ意外が乗ってはいけないという法はありません・・・・だからいいではないですか。 道中で暇なワタシの話し相手にでもなって貰いましょう」


 「ですがーーーー!!」


 「ですからーーーーー」


 (・・・・・・・・・・・・・)


 クズルゴを呼び止めたかと思えば、クズルゴそっちのけで謎の会話を始める二人。

 ベゴニアという名前らしい美青年とキャビン内のお嬢様と呼ばれた人物が言葉の応酬を繰り広げているが、何が何やら。 

 なんか複雑なのか単純なのかよくわからない話し合い・・・・・内情を一切知らない部外者のクズルゴからしたら当然だが・・・・・とにかくそれを目の当たりにしてクズルゴは混乱していた。


 イメージとしたら、全く知らない物語を中盤からいきなり読み始めたような感覚・・・・・つまり、登場キャラの性格、人間関係、前提となる設定、その他諸々を全く知らない状態で、どういう経緯があってどんなシーンなのかも中途半端にストーリーを見ているという感じ。

 クズルゴが今陥っている混乱状態はこれに近しい。


 (呼び止めたならさっさと何かオレに対して言えよ! 目の前で謎の言い合い始めんな!! クソが!! ・・・・・だが口ぶりからしてお嬢様がオレを護衛採用しようとして、美青年はオレを採用したくないという事は何となく理解出来た。 他に分かることは・・・・・)

 

 クズルゴも混乱し憤りながらも、ただ突っ立て二人の会話を聞くだけではなく、耳を傾けて所々に点在する情報を噛み砕き組み合わせて全容を理解しようと試みる。


 その結果クズルゴが会話から読み解けた情報は以下の通り。


 ・お嬢様と美青年は主従関係(主がお嬢様、従が美青年)


 ・美青年の名前はベゴニア、お嬢様の名前は不明だが依頼書に記された護衛対象である“御方”本人と思われる


 ・二十人の男は美青年が募集して選抜された上で残った護衛クエストに参加する冒険者達


 ・今はお嬢様が乗っている馬車しか見当たらないが、護衛専用の馬車があるらしい(近くに用意されてる?)


 ・本来ならば護衛の人選は美青年が全部やる予定だったが、お嬢様がちょっかいをかけるような軽いノリで別枠を用意した(恐らく自分クズルゴが持ってるのが別枠用の依頼書)


 ・一つ前の情報から派生して推理するならば、人伝に流れた別枠用依頼書は様々な人を経由してクロイの元に辿り着き、そこから最終的に自分クズルゴに手渡された


 ・お嬢様は確認もせずに自分クズルゴが持ってる依頼書を『ワタシが一枚だけ出した例外であり』と確信して言い放ったがキャビン内部からどうやって確認したのか不明、美青年が例外の依頼書ではない可能性について言及しないでそのまま例外の依頼書として話が進んだのが謎(お嬢様はキャビンの内側からでも外側を自由に覗き見る事が可能?)


 ・なんかこのまま話が上手く進め自分クズルゴはお嬢様の馬車の御者台に乗って護衛クエストに同行出来るらしい(美青年はこの案に激しく否定的)


 ・御者台に馬車の操作が出来るかも聞かずに自分クズルゴを乗せれる事や、お嬢様の『本来ならば誰も乗る必要のないもの』というセリフからして御者台は形式的に存在しているのみらしく御者の役割を持った人が乗る必要はなさそう(御者を必要としない馬車・・・・馬を制御するものを何かで代用している?)


 ・・・・・結構分かったのではないだろうか?

 細かい所や、あの二人の深い部分までは流石に分からないが少なくとも表層的な部分は読み取れた。


 コチラの考えがまとまった頃、どうやら向こうも話がまとまったようだ。


 「・・・・・そこの冒険者」


 美青年が声をかけてきた。


 「はい何でしょう」


 分かりやすく目上の存在にはしっかり敬語を使える男、クズルゴ。


 「・・・・・お嬢様が貴方を特別枠として護衛に採用出来るとの事です。 ・・・・・お嬢様が課す選抜条件をクリア出来ればの話ですが」


 「はい分かりました」


 どうやらお嬢様側の言い分が通り、最初から依頼書に書かれた通りこの場で選抜条件を達成出来れば護衛クエストに参加出来るらしい。

 追い出されそうになったが、何だかんだあって当初から望んでた展開になった訳だ。


 護衛の選抜ならばやはり腕っぷしだろう、クズルゴはゴーストに頼らずとも腕っぷしには自身がある。

 ドンとこいとクズルゴはキャビンに目を向けた。


 キャビンの内からお嬢様の声が聞こえてくる。


 「では選抜を始めます・・・・・一つだけ質問をしますので、率直に、安直に、自分の心に正直に答えてください」


 「・・・・・あ、はい。 (質問? 強さの確認では無いのか? いや、もしかしたら適切な状況判断能力を試しているのかもしれない。 こういう状況でアナタはどうする?みたいな感じに)」


 お嬢様の選抜条件の旨を込めた言葉に返事をしつつも、思考は常に回すクズルゴ。

 一体どのような質問かとクズルゴは身構える。


 「・・・・・・好きな色は?」


 「・・・・・・・・え、好きな色?」


 心の準備を万全にしてるクズルゴに飛んできたのは、なんとも気の抜ける質問だった。








ーーーーーーPast logーーーーーーー


 【とある里の長の息子と、その許嫁の会話】


 「ねぇ、シレイ」


 「なんだ?」


 「好きな色は?」


 「急にどうした」


 「将来夫になる男の好みは把握しておきたいの」


 「それなら普通真っ先に確認するのは趣味とか食の好みでは?」


 「そんなルールないわ」


 「・・・・・強いて言うなら、赤と青」


 「どっちもアナタの妹の髪色じゃない、このシスコンマン」


 「誰がシスコンマンだ」


 「金色はどう?」


 「目がチカチカするから苦手だ」


 「・・・・・ワタシの髪色なのだけど」


 「だからどうした」


 「・・・・・・・・・」


 「・・・・・・・・・」

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