カレと赤色

 ガーゴイルの魔人、ガルゴイゴ。

 彼はいつものようにクエストをやっていたらヤバそうな現場を見てしまい、すぐにその場から逃走。

 そして入り口に強固なセキュリティがあり、値段的にも物理的にも少しお高めの5階にある宿部屋に避難し、今に至る。


 (しばらくは外に出たく無い・・・・ あの男と街で偶然出会ったら口封じで殺されそうだ・・・・)


 自らの事を秘密にしているであろう屍霊術師の戦闘を見てしまい、口止めで消されるのではと非常におっかなびっくりしている彼。

 思考もとてつもなくネガティブになり、しばらくは貯金を崩して引き篭もり続けようと考え始めてさえいる程だ。


 スタッ


 ・・・・・思考が陰鬱に染まっている彼の耳に、物音が聞こえた。

 そこそこ大きな物がゆっくりと地に降り立ったような、そんな音だ。

 彼は聴力に自信があり、その自慢の聴力が音源が窓の方角だと知らせている。


 (・・・・・“スタッ”? な、何の音? 何の音?)

 

 彼は恐る恐る窓の方を見た。

 バルコニーとこの部屋を隔てる、何の変哲もない一般的な窓。

 本来なら現在進行形でこの部屋を借りている彼以外がバルコニーに立つことはなく、必然的に彼自身が部屋側から窓を覗いている間はバルコニーは無人となる。


 (・・・・・・・・・んんん?)

 

 そう、本来ならバルコニーは無人。

 “本来”なら。


 (ななな、なんでいるのぉぉぉぉぉ!?)


 ・・・・・・先刻までは誰もいなかったはずのバルコニーに、一人の男が立っていた。

 彼はその顔に見覚えがある・・・・丁度今さっきバレないように撤退してきた、件の屍霊術師だ!!


 (ほえっ!? えぇっ!! なんでいるのぉ!? どうやってバルコニーに入ってきたのぉ!? てかオイラ姿だけじゃなく住居までもう特定されてたのぉ!?)


 多量の疑問と大量の冷や汗が湧き出て、硬直してしまう。

 

 (お、落ち着くんだ。 窓には内側からしか開けられないロックがかかっている。 彼はバルコニー側にいるんだから、入る事は出来ない筈だ)


 ガチャ


 「邪魔するぞ・・・・!!」


 「なんで入って来れるんだよぉ!?」


 しっかり掛かっていた窓のクレセント錠がひとりでに開き、男の侵入を許してしまう。

 誰も触れていないのに解錠された理由は不明だが、彼にとって今はそれどころではない。


 (まだ男との距離はある! 早く部屋から逃げ出さねば! 一年ぐらい遠い田舎で身を隠して暮らそう! オイラ死にたくねぇ!)


 かなり広い宿部屋の中、男との距離は8m!

 すぐさま廊下へと繋がる宿部屋入り口のドアノブに手をかけ逃げ出そうと・・・・


 「・・・・・あれ、開かないんだけど?」


 何故かドアノブを捻ろうとしても、一切動かない。

 まるで、なにか強い力がドアノブを逆側に捻って開かないようにしているように。


 「逃げようとすんじゃねぇよ」


 それでも必死にドアノブに力をかけて逃げようとした彼を見て、屍霊術師の男は逃走を戒める一声と共に板状の何かを投擲する。

 

 グサッ!


 男が投げた掌程度の大きさである薄い板状の何か・・・・それが勢いよく彼の頬を掠め、まさに今彼が開けようとしていた扉に突き刺さった。


 「   」


 突然真隣に物がブッ刺さり絶句する彼。

 そのブッ刺さった物は・・・・・己の顔写真つきで[ガルゴイゴ]という名前が刻まれた、ギルドで発行された証である王冠マークがついているカード。


 「オ、オイラのギルドカード・・・・?」


 「あぁ、オマエの落とし物だぜ?」


 ギルドカードに意識を向けていた数秒で、気付けば男は彼の目の前まで接近して語りかけてきた。


 「・・・・・お、御足がお速いですね。 ハハハ・・・・・」


 「そりゃどうも。 さて、早速だが・・・・・オマエ、オレがゴースト使ってるとこ見やがったな?」


 既に急接近され、ドアが何故か開かず逃場なし・・・・・彼は冷や汗ダラッダラの顔面蒼白となり、その場にへたりこんだ。

 もう逃げ出す気力もない。


 「せめて痛くない方法で殺してください・・・・・」


 死期を悟った彼に出来るのは、なるべく楽な方法で死ねるように懇願する事だけ。


 「あ゛? 確かにオマエ達魔人、特に“オドオドしてる魔人”は殺したいほど憎いが、本当に殺したら面倒臭いことになんだろ。 殺しはしねぇ。 それともなんだ? オマエから見たらオレは人殺してそうな雰囲気でも漂わせてるのか?」


 「え、えっと・・・・(そうだよとは言えない!! ものっそい失礼だけども雰囲気どころか顔とか、なんなら眼とかが人を殺ってそうな感じを醸し出してるとは言えない!! 言ったら本当に殺されるのでは?)」


 言葉を詰まらせているのとは裏腹に心中では饒舌になっている彼。

 しかし屍霊術師の男はオドオドしている魔人が特に嫌いらしいので、すぐに何かちゃんと喋ろうとして・・・・


 「よく分かったな。 魔人ってのは血とか怨念の匂いでも嗅げんのか?」


 「ひょえ? ・・・・・え、え?」   


 男の発言に、彼は肝が氷点下レベルまで冷えた気がした。


 (今なんつった? “よく分かったな”? ・・・・・・この男、ガチで殺人してるって事ぉ!? 死ぬ、死ぬぅ!! 殺されるぅ!!)


 「・・・・安心しろ、さっきも言ったが魔人風情相手でも例外を除いて命までは獲らねぇ。 今の法じゃ魔人でも殺しちまったらお縄だからな・・・・・ さて、話を戻そう。 オマエはオレが屍霊術師である事を知っちまったな?」

 

 彼の言葉を読んだかのように男が言葉を紡ぎ、確信めいた疑問を放つ。


 「・・・・・はい。 知ってしまいました・・・・・わざとじゃないです偶然です本当です勘弁してください」


 嘘をついても見抜かれそうなので、機嫌を損ねない為にも正直に答える。

 というかどっちにしろ男が彼の返答を聞く前に自分で{屍霊術師}だと言ってしまってる時点でアウトだ。

 もし彼が何も知らなかったら、この男は不法侵入してきて一方的に自分の秘密を暴露した大馬鹿になるところだった。


 「・・・・そうだよなぁ。 しっかし、草むらから逃げる時にギルドカードを落とすとはとんだ間抜けだ。 ギルドに落とし物を届けるって名目で聞けば、職員はすぐにオマエが借りてる宿部屋の情報を教えてくれたぜ? 職員も魔人の落とし物を預かっておくのは嫌だったみたいで随分すんなりだった」


 「そ、そうなんですね」


 突然聞いてもいない事を語りだす男、彼は困惑したが(だからオイラの場所がバレたのか・・・・)と納得した。


 「宿部屋を特定し、更にそこが窓辺の部屋なら後は簡単だ。 入り口がガッチガチセキュリティでも空からならバルコニーへ侵入出来る。 2体のゴーストに掴まって浮べばなぁ!! 近隣の人に浮遊して侵入しようとしてるのがバレて騎士団に通報されるのは嫌だからルベリーの〈神隠し〉で透明化するのも忘れねぇ」


 (聞いてないのにベラベラ喋るな・・・・ この人絶対勝利を確信した時に余計な事まで雄弁に喋って逆転されるタイプだろ。 あと説明するならせめて〈神隠し〉とか[ルベリー]とか知らない単語を出すなよ)


 彼の考えは割と的を射ていた(クロイ相手に撮影石で撮られてるのに気付かず余計な事を喋って一敗)。

 そしてゴースト2体それぞれを両手でぶら下がるように掴んでプカプカと浮く男の姿を想像すると、絵面がシュールすぎて笑いそうになった。


 「そして、窓はこの赤ゴースト・・・・[リーラズ]の霊能力で開けた。 ドアノブを開かないように押さえたのもコイツの力だ」


 男の背後から、ヌッと赤いゴーストが出てきたかと思えば辺りを踊るように浮遊し始めた。

 赤ゴーストが出た直後から、窓のクレセント錠が勝手に開いたり閉まったりを繰り返し始める。


 (わぁ。 この男、実演まで始めたよ。 オイラは抵抗する気ないけど、流石に油断しすぎでは? というかリーラズってゴーストの名前なのか。 じゃあさっきのルベリーも名前か・・・・・名付けるってことは相当愛着ありそうだな)


 「赤色ゴースト特有の能力・・・・・一つの座標を指定しその場に負荷を掛けたり、一つの物体を指定して自在に動かす、所謂念力のようなもの・・・・ 誰が触れずとも無機物有機物問わず勝手に動き出す現象を引き起こす霊能力、その名も〈ポルターガイスト〉」


 (めっちゃ事細かに解説するじゃん・・・・・)


 彼はもうすっかり冷静さを取り戻していた。

 ビビり散らかしていた対象の男が、余裕綽々な顔で勝手にもの凄くベラ回しをしてくるのだ。

 客観的に見てるとバカみたいな行動であり、それを目の前でされれば頭も冷える。


 「む? ・・・・・なんだその顔は。 馬鹿にしてんのか?」

 

 「しておりません!!」


 馬鹿みたいな事をしてるのはアンタの方だろと言いそうになったが、戦闘力では向こうが格上。

 下手に煽ったりは出来ない・・・・・でも顔がちょっと笑いそうになってしまうのは勘弁してほしい、傍から見たら丁寧に自白してるのがアホっぽく見えるのだからと彼は思った。


 「さてと・・・・・オマエは知っちゃならないオレの秘密を知ってしまったワケだが、どうしてしまおうか」


 「え」


 急に男の声のトーンが数段落ち、底冷えするような声音へと変わる。

 秘密の殆どを自分から語ってなかったか?、とは言い出せない。

 そんな事を言ったらすぐに殺されてしまうのではないかと思えてしまう程の気迫が、今の男にはある。


 「オレは絶対に屍霊術師であるのが大々的にバレるわけにはいかないんだ・・・・」


 「そ、それはやはり、実際の屍霊術師は魂を尊び死者を悼み最後まで死んだ者の肉体を役立てることで死後も体の持ち主の徳を高めるという考えがあるのに、世間的に魂を軽んじて死者を冒涜しているヤベェ奴らだと思われているからでございますか!?」


 男が嫌うオドオドとした感じは出さずに、なるべく元気よく彼は喋った。

 その言葉を聞き、屍霊術師の男は目を丸にして驚いた。


 「妙に詳しいな。 ・・・・・屍霊術師が自らを屍霊術師と定義づけるのに必要なのは、死系魔法への適正、闇系にも適正あればなおよし、そしてゴーストとの親和力、そして一番重要な・・・・オマエが言った、独自の価値観。 これら総て以て屍霊術師となる。 屍霊術師になれるような奴は皆死者の為に亡骸を操り、魂を救済する為にゴーストを使役する。 そういう考えを持ってなきゃ屍霊術師なんてやってけない。 その考え方は傍から見りゃ狂人の戯言にしか見えず敬遠され一蹴され、世間的に屍霊術師共通の思考だとは浸透していない。 屍霊術師となった当人か、よっぽど暇で屍霊術師関係の話を好むマニアぐらいしか知らない筈だが・・・・・何故知っている?」


 彼の知識に驚いたのか、増し増しで饒舌になり男は疑問を呈する。

 彼は屍霊術師についてある程度詳しい、少なくとも人並み以上に見聞がある筈だ。

 何故ならば・・・・・


 「オイラの幼馴染は、屍霊術師だったんです。 いつも一緒にいたので自ずと詳しくなっってったんですよ」


 「・・・・・・成程?」


 「〈ユエビ〉っていう女の子だったんですけど・・・・幼い頃から屍霊術師としてゴーストと戯れてたんですよ。 オイラとユエビは田舎の村出身で、魔人のオイラと屍霊術師のユエビは村八分されてたんです。 でもユエビは『皆んなから無視される仲間だね!!』って言ってオイラに擦り寄ってきて、子供ながらも協力して二人で楽しく生きてたんですよ」


 「・・・・・・突然過去エピソードを語り出してどうした。 唐突に自分語りすんじゃねぇよ」


 おまいう。


 「そんな風に魔人の能力とか屍霊術師の魔法とか使って二人で過ごしてたんですけど・・・・ある日、村の一人が誰かに殺されて、死の属性を司る屍霊術師のお前が犯人だって、ユエビに冤罪をかけられて・・・・・ずっとユエビは否定してたんですけど、結構キツイ感じで『お前がやったんだろ!!』と責め続けられて、攻め続けられた結果。 精神的にやられたのか、気付いたら、縄で首括ってて・・・・・」


 「・・・・・・・・」


 「その後は村から逃げて紆余曲折あって現在城下街で冒険者をやってます! つまり何が言いたいかというと屍霊術師と一緒に生きてた時期があるんで偏見とかありません!! むしろオイラ自身は好意的です! 下手に言いふらすとかもしません!!」


 「・・・・・・・・・・・」


 彼の中々に壮絶な過去を聞き、何か考えだした男。

 男の真剣な面持ちを見て、彼は心の中でガッツポーズを決めた。


 (よし! 多少強引だったけど、重い過去を話す事で同情を買って見逃してもらう作戦は完璧だ!! 過去の話は嘘じゃないし、これならば屍霊術師であるとバラすような真似をしないと信じて貰える筈!)


 嘆くように話していた過去話だが、割と打算が入り混じっていた。

 彼は中々に強かである。





 「・・・・・・確かに嘘じゃなさそうだな」


 男は彼の方向を一瞥した後にそう言葉を溢した。


 (よし、信じて貰えた! 後は見逃してもらうだけ!)


 「オレも似たような経験があるな、屍霊術師の大事な人が死んじまう事」


 (え、アンタも?)


 まさかの壮絶な過去が被るという何とも言えない珍事態が発生した。

 人が死んでいるので洒落にならないが、彼は驚いて思わず口をあんぐりさせてしまっている。


 「結構死んじまったんだよな・・・・・」 


 (ふ、複数人!? オイラより凄惨!?)


 人の悲劇に優劣をつけるという結構畜生な事をしているが、それだけ男の発言のインパクトが凄かったのだ。


 「何人だったか? 数十は超えてるはずだな・・・・」


 (規模感違いすぎない? え、一人とか二人とかでなく数十人以上? え? え? そんなに屍霊術師って一箇所にいるもんなの? そんなにポンポン死んじゃうものなの? てかさっきの“よく分かったな”発言から殺人した事あるっぽいし、どんな重い過去を持っているんだこの男!?)


 男の過去が余りにも酷すぎて、一周回ってよく分からなくなってきた。

 男は一体どんな経歴持ちなのか? 

 母数が少ない屍霊術師がそんなに集まる場所があるものか?

 それ程の数の屍霊術師が何を理由に死んだのか?

 誰を殺したのか?

 再び起きる疑問のオーバーフローで彼は頭がおかしくなりそうである。


 「それにしてもオマエも可哀想な奴だな」


 「え?」


 突然半ば独り言のような過去語りを止め、目を合わせて憐れみの視線をよこしてくる男。


 (いや、可哀想なのはオイラよりアンタの方では・・・・・・)


 「幼馴染の死因が自殺だなんて」


 「え、そこ? (憐れむポイントそこなのか? 普通幼馴染が死んだ事そのものに同情するのでは?)」


 「他殺だったら復讐が出来る。 でも自殺だったら出来ねぇな。 だって大事な人を殺した相手がその大事な人本人で、もうこの世にいねぇんだから」


 「なんだその理論!? 確かにユエビは自分で自分を殺したけど、そもそも追い詰めたのは村の奴らだ! 復讐しようと思えばそっちにする!!」

 

 「じゃあしたのか? 復讐を」


 「・・・・・・・し、しなかった」


 「結局ダメじゃねぇか。 ・・・・・・というか話が逸れすぎだな。 もういい」


 気が狂いそうな謎の問答を終え、男がおもむろに懐から一枚の紙を取り出した。


 「確かにオマエは屍霊術師を嫌っておらず、むしろ好き側なんだろう。 だがよ、オレは魔人だけは信用しない主義だ。 だから〈契約〉しようじゃねぇか」


 「〈契約〉?」


 「あぁ、この城下街で販売されているこの〔契約書〕・・・・・一見ただの真っさらな紙だが、ここに契約内容を書き込んで・・・・・」


 男は取り出した〔契約書〕とやらにこれまたいつの間にか取り出していた筆ペンでスラスラと、意外と綺麗な字を書いていく。

 彼はこの〔契約書〕とやらを知っている、確か三年程前から王公認で販売されるようになった特殊な紙だ。

 この紙に書いた文字が契約の内容となり、両者がその紙に何らかの合意した跡を残す事で〈契約〉が完了する。

 この〈契約〉には強制力があり、もし履行しなければメッチャ強い[契約の精霊]とやらが現れて罰するらしい。

 一枚数万のお高めの紙だが、口約束などでは安心できない時に使って契約を絶対のものにする為のアイテムだ。


 そうこう考えていると、男が文字を書き終えている。

 〔契約書〕に書かれた文の内容は・・・・


 [オマエはオレの屍霊術師に関する秘密を一才口外しない事を誓い、オレはオマエに危害を加えない事を誓う]


 「いや雑!? こういうのって甲とか乙とかって書くものでは!?」


 「何か文句でも? 〔契約書〕は言葉に込められた意思が大事であって、文字は表層的なものだ、畏まって難解に書く必要はねぇ。 早く血判を押せ」


 「よ、よりによって契約の証が一番痛そうな血判・・・・・そもそもオイラ、手がないんですけど」


 「それもそうだ。 じゃあ髪の毛を寄越せ、それを証とする」


 「は、はい・・・・・どうぞお抜きください。 オイラ両翼で挟み込んで捻るとかでドアの開閉などは出来るけど、髪を抜くとかの細かい事は出来ないんです・・・・・」


 「そうか、結局手がなくて両翼だから自分じゃ掴んで抜く事が出来ないのか・・・・・これだから魔人は。 面倒くさくて気持ち悪い体しやがって」


 愚痴愚痴文句を言いながら荒々しく彼の髪を一本抜く男。

 

 (・・・・・この人がここまで荒んでるのってやっぱり暗い過去が関係してるのか?)


 ちなみに男は今のご時世かなりヤバめの魔人に対するヘイトスピーチをしたが、男の過去が絶対に碌でもないものである事を察したので彼自身はそこまで気にしなかった。


 (・・・・・・大丈夫かな)


 なんなら男の心配までしてた。


 「よし、〈契約〉は成された。 違反者には罰が与えられる。 絶対に契約を破るなよ、死にたくなきゃな」 


 契約書と髪の毛を雑にポケットに仕舞い込んだ男は、最後に釘を刺す言葉を言い残してバルコニーに駆け出す。


 「あ、ちょっと」


 男はバルコニーと外の境目である手すりを飛び越え、落下を始める。


 「ここ5階・・・・・あ、浮遊出来るゴーストに掴まればゆっくり着地出来るか」


 なんの気無しにドアノブに手をかけてみると、普通に捻れて、普通にドアが開いた。

 もう押さえつけられてないようだ。


 「嵐のような人だったな。 ・・・・・悪い人ではない・・・・わけではないけど、色々ありそう。 あ、でもギルドカードを届けてくれたのは紛れもない事実だし。 やっぱり良い人?  また会ったら、何か手伝おうかな。 ・・・・・ま、今はとりあえず寝よう、疲れた」


 精神的にかなり疲弊した彼はドアも窓も閉めて安全確認をして、ベッドに倒れ込むようにして眠った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「どうしたルベリー、リーラズ? ジェスチャーだけじゃ分かんねぇよ。 人形に憑依しないと喋れねぇのはキツいよなぁ・・・・・ほれ、メモ帳やるから文字で教えろ」


 「何何? どうして魔人相手にあんなに緩い対応を? もっと恐怖に訴えかけて精神的に束縛する方法があったのに、だと? ・・・・・そりゃご尤もだなぁ」


 「でもよ、それは出来ねぇんだなコレが。 やったらオレが死ぬ・・・まではいかなくともえらい目に遭う」


 「え? ただの魔人相手に警戒し過ぎでは、だと? ・・・・・いやオマエらゴーストの癖に気づけなかったのかよ。 オレがビビってんのは魔人風情じゃねぇよ」


 「オレさ、ギルドカード投げたじゃねぇか。 あれはよ、本当ならあの魔人の頭に思い切り叩きつけてやるつもりだったんだぜ?」


 「だけど当たらなかった。 僅かにだが急に軌道がズレてあの魔人にギリ当たらない位置でドアに突き刺さったんだよ」


 「オマエらなら身をもって知ってると思うけど、ゴーストって死ぬ前の依代への縁が深ければ深い程強力な存在になるんだよ。 その上ゴーストの性質を生前から理解している屍霊術師なんかは死後すぐにゴーストとしての能力を理解して使いこなしてより強力になる」


 「つまりもし人間だった頃は幼馴染で、そしてそいつが屍霊術師であった場合とんでもないゴーストが生まれる」


 「あの魔人の背中に憑いて、こっちを覗き込んでたんだよなぁ。 話してる時に変な間があったろ? あの時にオレはとてつもない怒りの気配を出してる真っ赤なゴーストに気づいたんだよ。 流石に肝が冷えて、咄嗟に過去の事を話す事で話題を逸らして刺激しないようにしたさ」


 「攻撃的に口を封じるのはやめて、〔契約書〕っていう穏便な方法での口封じにした。 ま、この紙本物の〔契約書〕じゃねぇんだけどな。 金がないから買えねぇ。 だから使ったのは一般的な何の効果もないただの紙だ。 でも見た目は同じだしそれっぽい雰囲気も出せたから、向こうは本物だと思って約束を破らない筈」


 「あの魔人、いや・・・・魔人の後ろに潜む赤ゴーストは要注意。 下手に怒りを買う真似は避けるべきだな」


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 熟睡する彼こと、ガルゴイゴ。

 そんな彼の背中から、憑依を解除し[リーラズ]より二回りほど大きな姿をした赤いゴーストが現れる。


 そのゴーストは彼を愛でるように撫でた後、再び彼に取り憑き姿を消した。

 

 『あぁ、可愛い可愛い私の幼馴染。 死んでも貴方と共にいる。 ずっとずっと、守ってあげる』


 そんな声が、爆睡中の彼の夢の中で聴こえた気がした。

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