カレと落とし物

 「ひょえぇぇぇぇぇ・・・・・怖いぃぃぃぃぃ・・・・・」


 城下街のとある宿屋の一室で、一人の魔人が蹲っていた。

 

 彼の名は[ガルゴイゴ]。

 [ガーゴイル]という蝙蝠系魔物の魔人である。


 彼は青銅のような彩度の低い緑色をした髪に、平均的な背丈であり、室内にも関わらず“袖なし”の迷彩服を着ている。

 黒目が小さな四白眼で、なんとなくだが不幸そうな面をしている。

 現在進行形でへたりこんで冷や汗ダラダラで怯えるように独り言を吐いているのも、幸薄い感じに拍車をかけていた。


 そして魔人の特徴である異形部分として、彼には両腕が無い代わりに灰色の両翼が存在している。

 より正確に言えば、普通の人間なら腕がある部位が蝙蝠の翼に置き換わっているという事。


 彼が着ている迷彩服は樹木や土などのしぜん自然に紛れ込む為の衣服である故に、普通ならば強い日光や鋭い木の枝、自然に潜む小さな魔物等から肌を守る為の長袖が基本だ。

 しかし彼の着ている迷彩服はなんとノースリーブ、何故なら袖があると翼の邪魔になるから。


 尚、手がないので物を持つには翼でわざわざ挟み込んだりしなければならないという中々面倒臭い体をしているが、今の彼にとってそんな事はどうでもいい。


 彼は魔人ながらも城下街【サクラ】を拠点にして活動しているソロの冒険者。

 魔人に対する世間の風当たりが強かろうが、地道に精一杯コツコツ冒険者としてのキャリアを積んできた。

 ゴールドギルドの初クエストをしてから早数年・・・・彼はすっかりこの街に馴染んでいた。

 友達だと堂々と言える人はまだ一人もいないが、会えばちょっと話すぐらいの知り合いならば両手でギリ数え切れるぐらい増えたし、誰かと顔が合っても嫌な顔される事が若干少なくなった。

 

 そんな彼だが、何故これ程怯えているのかと言えば話は数時間前に遡る。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


 彼は今日も今日とていつものように【花吹雪の大森林】にクエスト達成の為に向かった。

 特に金のかかる趣味もないので、既に貯金は十分にあるが・・・・冒険者という職業は何があるか分からない、稼げる時に稼ぐのが彼の考えだった。


 今回のクエストの内容は[忍茸]というキノコの採取。

 【花吹雪の大森林】の中では比較的珍しい部類に入るキノコであり、基本的に分かりにくい所に生えているので探すのが非常に面倒臭い。

 それでも朝からじっくり探せば意外に見つかる物で、もう5時になる頃には残り一個でクエスト成功になる量まで集められていた。


 最後の一個を見つける為に周囲を見渡すと、少し大きな草むらが目に入った。

 [忍茸]はとても見つけ難い場所に生える・・・・この草むらの中に一個隠れるように生えているかもしれない。

 そう思った彼は全身をその大きな草むらに突っ込み、内部を隈なく探した。


 ・・・・・・・あった!


 少し探れば見立て通りに[忍茸]が本当に生えていたのを見つけれた。

 これでクエスト分の採集は完了、後はギルドに戻るだけ。


 そう思っていた彼だが・・・・・・外になにやら気配を感じる。

 それも一つや二つじゃない、大量の気配だ。

 その気配に対して、魔人としての本能が危険信号を出している。


 少し慎重になり、草むらの中に体を完全に潜ませたまま隙間から外を覗く事にした彼。

 その結果、彼が見たのは・・・・


 チェイスウルフの群れだった。

 少なくとも30匹以上いる。


 「   」


 彼は絶句した。

 (なんでこんないるの?)と思った。

 だってここはチェイスウルフの生息域から少し離れている、本来の生息域はここからもう少し北の方角だ。

 彼はチェイスウルフに限らず魔物との戦闘を避けたかったので、高品質の匂い消しスプレーをしっかり自分に振りかけてあるし、賢い魔物が追えるような痕跡だって残していない。

 ならば何故こんなに集まっているのか。


 目を凝らせば、理由はすぐに分かった。


 よくよく見れば、チェイスウルフ達に囲まれている一人の男がいたのだ。

 恐らくあの男がチェイスウルフに捕捉されて追い回され、ここで囲まれて追い詰められたのだろう。

 チェイスウルフは視覚を捨て、他の感覚が異常な程鋭くなっている魔物。

 一度狙った相手は自らの生息地を離れたとしても、嗅覚を中心とした感覚で追い続ける。

 

 あの男がここまでチェイスウルフを連れてきたのだ、彼はそう結論づけた。

 そして結論を出しただけで事態は何も好転していなかった。


 チェイスウルフは一匹一匹はそこまでだが、対群れを想定した場合グーンと討伐難易度が跳ね上がる。

 この狼は高度な連携で獲物に逃れる隙を少しも与えずに追跡する、直接戦闘の時でもその連携力は遺憾無く発揮される。

 その洗練された強力な協力は、城下街での上澄み冒険者でも突破するのは難しい・・・・一部の規格外を除いて。

 

 そして囲まれている男は、彼が知らない顔。

 城下街で数年活動し続けており、人の顔を覚えるのが得意な彼が一切知らないという事は・・・・恐らく、新入りだ。

 他の所からやってきたクチかも知れないが・・・・この城下街でのクエストは文字通り難易度が桁違いだ、他のギルドでの経験があってもここじゃ等しく新入りである。


 つまり、群れにたった一人で囲まれている彼は、ほぼ確実にチェイスウルフの連携攻撃で死ぬ。

 場数の少ない新入りでは、一匹倒すのは愚か、逃げる事すら不可能だ。


 ・・・・・・・


 自分はどうするべきかと、彼は悩む。

 今は品質が保証されている匂い消しの効果で彼の匂いは、抜群に鼻が効く狼系の魔物だろうが隠れてさえいればバレない程になっている。

 それは確実、この匂い消しスプレーにはそうだと確証出来る実績がある。


 逆に、ここ草むらから出てしまえば足音や動いた際の空気の流れでチェイスウルフに気づかれる。

 一度捕捉されたら、もう隠れてやり過ごす事は出来ない。


 ・・・・このまま音を出さず、空気を乱さずに隠れていれば。


 新入りを、見捨てれば。


 彼だけは、助かる事が出来る。

 

 (本当にいいのか?)


 彼は自問自答する。

 今までこんな状況に・・・・誰かを見捨てれば自分だけは助かれるという状況に直面した事など彼にはなかったのだ。

 

 当然彼自身は生きていたい、死にたくなどない。

 あの新入り男に助太刀しても、勝てる確率は限りなく低い。

 そもそも見つかった挙句ここまでチェイスウルフを引き連れてしまった新入り男の自己責任だろう、パーティでもない、知り合いですらない、そんな奴を助ける義理などない。


 基本的にその日その日を生きる為に必死に稼ぐのが冒険者だ。

 この他者を犠牲に自分は残る考え方は一見冷徹だが、生きる事を第一にするのは“冒険者としては”全然間違っていない。


 でも。


 (ここで見捨てるのは・・・・・・“人として”間違ってる気がする!!)


 彼は所謂お人好しであり、厳しい状況でも、見知らぬ他者でも・・・・・全力で助けようとするタイプの善人であった。


 彼が覚悟を決めて、新入り男と協力してチェイスウルフを倒す為に草むらから飛び出そうとーーーーーーー


 して、やめた。


 だって・・・・・


 「逝ね!!」


 ザシュッッ!!


 「死に晒せ〜!」


 グシャッッ!!


 (なんか急に人が増えた・・・・・しかもめちゃんこ強い・・・・・ドユコト?)


 彼が飛び出ようとした瞬間、新入り男が懐から徐に何か禍珠を取り出したかと思えば、その何かから黒い霧禍珠から物を出す時の仕様が出てきたのだ。

 謎現象に驚き彼の行動は思わず停止、している間に霧は凝固し形を成して二人の憑依人形になった。

 霧が固まって出来た人は、最初は人形のように全く動かなかった。

 しかしこれまた新入り男から二つの何かゴースト達・・・・・今度は赤色リーラズ水色ルベリーが出てきたのだ。

 その2色の何かが動かない人にスウゥと吸い込まれるように入り込んだゴーストが人形に憑依した後、電源が入ったかのように二人が動き出したのだ。

 そしてその二人はいつの間にか手にしていた武器・・・・片方は斧、片方は剣を手にして暴れ始めた。


 メッチャ強かった。


 チェイスウルフ達はどこからともなく突然増えた気配に驚いたような動きを見せつつも、すぐに連携を始め四方八方から一斉に襲いかかってきたのだが・・・・ビキニアーマーを着ている方リーラズが剣をメッチャ動き回りながらメッチャ振り回し始めた。

 そしたらなんかチェイスウルフの4割ぐらいが首を斬られていた。

 ブカブカ服の方ルベリーが斧をシンプルに一振りしたら、斧が振られた前方方向にいたチェイスウルフ全員が全身を叩き切られていた。

 その間、新入り男・・・・・(いや本当に新入りか?)はただ暇そうに立っていた。

 

 彼は何が起こったのか分からなかった、頭がどうにかなりそうだった。


 ただ分かったのは・・・・・ヤベェって事だけだった。


 あの男・・・・は、実際に戦ってないから分からないけど、少なくとも突如出てきた二人の女性はクソ強い。

 このままでは死んでしまうとか、助けに入る入らないなど、あの強さからすればただ烏滸がましいだけでしかなかった。

 自分の覚悟はなんだったんだろうと思わなくもないが。


 (しかし本当に何者なんだ?)


 彼はあの激強三人組をじっと見つめる。

 既にチェイスウルフの9割が討伐されて、残り僅かになった狼もほうほうのていで逃走し・・・・いや、三人組に見逃された。

 

 あの量のチェイスウルフをこれ程の短時間で討伐するなど並大抵の冒険者ではない。

 所謂規格外レベルの冒険者に近い、或いは規格外そのものの冒険者だ。

 だが、それならさぞ有名になるはずだ。

 なのに顔に全然覚えがない・・・・・まさかの新入り(最初から頭おかしいくらい強い)という事だろうか?

 まだ【サクラ】に入りたてで頭角を表していないだけかもしれない。


 そう色々と彼は考察していると・・・・・


 「よくやったぞ、ルベリー、リーラズ。 一旦戻れ」


 「了解!」


 「りょ〜」


 三人が何やら話し始めると・・・・急に二人の女が同じタイミングでぶっ倒れた憑依解除

 しかし男は取り乱したりせず、さっきも出していた何か禍珠を手に握って倒れた二人に触れさせた。

 すると急にピタリとも動かなくなった女二人が、まるで登場時の逆再生のように黒い靄へと霧散して、その靄が何かにどんどん吸い込まれていき、最終的に完全に収納されて二人は消え失せた。

 ・・・・・全く状況が分からず、ふと先ほどまで二人が倒れていた少し上を見れば、そこには赤と水の色をしたゴーストが浮遊していた。

 

 (?????)


 彼はわけわかめとなった。

 何これどういう事?と思った。


 「人形もゴーストもこれでバレねぇな・・・・オレのレイピアに血を塗りたくってそれっぽくして・・・・毛皮を回収してと・・・・」


 男の言葉を聞いて彼は理解した。


 (あ、分かった。 {屍霊術師}だ! ゴースト使って色々やったんだ! “久しぶりに”見たから全然気付けなかった!)


 彼にはとある事情で、屍霊術師へのある程度の造詣があった。

 すぐには分からなかったが、男がゴーストについて少しだけ言及したので気付けた。


 (そっか。 屍霊術師って世間体が悪いからな。 多分意図的に隠してるからギルドじゃ無名なんだな、もしかしたら正体隠しを徹底して普段は顔を見せないようにしてるかも)


 屍霊術師である事が分かれば、考察は簡単だった。

 多分こういう事だろうと、彼は正しいかも分からない自分の推察で納得した。


 ・・・・・・お。


 男が狼の亡骸を沢山抱えて去ろうとしている。


 (・・・・・少し重そうだ。 そうだ! これなら手伝えるのでは? 戦闘面じゃ何も出来ず傍観してたけど、せめてこれくらいなら・・・・)


 お人よしな彼は狼の死骸運びを手伝おうと思い、ちょっと立ち上がる。


 ガサガサ!


 当然彼の立ち上がりに反応して、草むらは揺らぎ音を出す。


 (・・・・・・あ、いや、待てよ?)


 ・・・・彼は顔が草むらから出る直前で動きを止めた。

 だって、もし自分の考察が正しいと仮定すれば・・・・・


 (自分の事を徹底的に隠しているなら・・・・意図せずとも結果的に覗き見してしまったオイラはヤバいのでは? 口封じで消されるのでは?)


 彼は大いに焦った。

 さっきのチェイスウルフ殺戮ショーを見て少し気が動転しているのもあるが、彼にとって{屍霊術師}という存在がちょっとした厄ネタであるのだ。

 要因が重なり、彼は本気で殺されるような気がしてきた。

 そして彼は先ほど立ちあがろうとして少し動いてしまっており、音を立ててしまっている。


 音に気付いた男は既にレイピアを構え、自分が隠れている草むらに接近している。


 (あ、殺される)


 そこからの彼の行動は早かった。


 まだ完全に距離を詰められる前に、いち早く草むらから抜け出して尋常じゃ無い速度で逃げ出した。

 彼は男の逆側にある無造作に生えている植物の合間を的確に這って進んで行った。


 迷彩服である事や、這う事で背の高い植物に覆われる事も相まり恐らく姿は見られていない、彼は逃げ切った!!


 だが気は抜けない。

 あくまで“恐らく”だ、普通に姿が見られた可能性がある。

 急いで自分が長い間借りている今の宿部屋まで避難せねば!!


 ・・・・・・しばらくして彼は宿部屋に何事もなく到着。

 焦りのあまり[忍茸]をギルドに提出する事をド忘れしている上に、ビビり過ぎて服を外用の迷彩服から室内用に着替えるのも忘れている。

 彼は金には余裕があるので少し高めの部屋を借りており、お洒落な内装に、三人いたとしても互いに不干渉でも不自由なく暮らせる程の大きさ、そして更に日向ぼっこが楽しめるバルコニーまである。

 そして何よりセキュリティも中々良い。

 入り口には結界が存在し、宿部屋を借りた者とこの宿の関係者が持つ【鍵】が必要だ。

 無理やり侵入する事なぞ出来ないのだ。


 だがそれでもまだ不安は拭えず、彼は蹲り怯える・・・・・これが、彼のビビっている理由だ。

 ようするに恐らく隠しているであろう秘密を見てしまったので、口封じで殺されるのを危惧して怯えまくってるのだ。


 ・・・・・・彼はまだ気付いてないが、実はもう既に大きなヘマをやらかしている。


 彼はものっそい焦って草むらから抜け出してその場から離脱した・・・・・そう、焦っていたのだ。

 妄想じみてはいたが彼は殺されると思っていて、男は本当にレイピアを構えてて、焦りざるを得なかったのだ。


 だからこそ、ヘマに気付けなかった。


 ・・・・・・顔写真つきの身分証明書である、〔ギルドカード〕を草むらの中に落としてしまった事を。

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