オレと隠し

 8月28日:PM5時

 クズルゴの現在位置:城下街付近に存在する大森林、通称【花吹雪の大森林】


 今、クズルゴは大量の狼の群れに囲まれていた。

 この銀色の毛を持つ細くもガッチリとした体躯を持っている狼系魔物は[チェイスウルフ]。

 少し珍しい特徴として、チェイスウルフは普通に眼が開いているのに何も見えていないというものがある。

 この狼は生まれつき盲目であり、その代わりに研ぎ澄まされた他の五感で周囲を認識して獲物を確実に追い詰める。


 (なんでコイツら盲目なんだ? 見た目は一般的な狼系魔物と大きな違いはねぇし、ちゃんと眼球も存在しているし、その上しっかり開いているし・・・・ 分っかんねぇな。 オレは別に魔物オタクじゃねえから全然知らねぇわ)


 クズルゴは少しだけその狼の特異な性質を疑問に思ったが、本来はそれどころではない。

 チェイスウルフに囲まれており、完全に狙われているのだ。

 魔物の知識がなくとも明らかに危険な状態に直面しているのは誰でもわかる筈。


 しかしそれでも尚、クズルゴは余裕を持って落ち着き払っていた。

 それもそのはずだ、だってーーーー


 (こんな“雑魚”、オレが手を下すまでもねぇしな)


 ちなみにチェイスウルフの群れは、一流クラスの冒険者が複数人で倒すのを想定された魔物であるのを追記しておく。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


 5分後、周囲は夥しい量の血で赤く染まっていた。

 辺りには沢山の狼の骸・・・・・何匹かは途中で逃げたようだが、事前に受けておいたクエストである[チェイスウルフ20匹分の毛皮]を達成出来る量はしっかり殺してある。

 

 「ゴールドギルドのクエストっても全然だねー、これならゴーストの能力使わずとも出来ちゃう」


 そう舐めたような言葉を放ったのは、最近では見かけなくなってきたビキニアーマーを着た褐色肌の黒ずんだ赤髪の女だ。

 初見じゃ見えそうにないがビキニ鎧の所々に小さくて可愛らしいリボンが飾られている。

 そして、燃え上がる炎を想起させる紅の大剣を両手で引き摺るように持っていた。


 「それな〜、欠伸が出るくらい楽勝〜」


 ビキニアーマー黒ずみ赤髪褐色肌に同意を示すのは、背丈が低い割にはわざとそうしているのかレベルでサイズが合っていないぶかぶか服を着た黒ずんだ水色髪をした女だ。  

 ぱっと見じゃ分かりそうにないが背中側に服と同色の大きなリボンがついている。

 そして、手には打ち上がる荒波を連想させる群青色の片手斧を携えていた。


 両者共に多量の返り血に染まっているが、何故か最も血を浴びる筈の武器は不自然に一滴も血がついていない。

 しかし彼女らにとってそれは当たり前な事なのだろう、特にその事に言及せず顔についた血を手で拭い去り二人ともクズルゴの方へと向き直った。


 「よくやったぞ、[ルベリー]、[リーラズ]。 一旦戻れ」


 青い方にルベリー、赤い方がリーラズとそれぞれクズルゴが呼んだ。


 「了解!」


 「りょ〜」


 クズルゴの指示に従うのを了承すると共に、二人は急に糸が切れた操り人形のようにドサリと地面に倒れ込んだ。

 しかしクズルゴは慌てない、だっていつもの事だからだ。


 血塗れの地に倒れ伏した事で二人は更に汚れ、なんと手に持っていた武器が霧散して消え去っている。

 しかし注目すべきはそこではない、驚くべき事に・・・・・なんとこの二人、見た目の変化はないが無機物、つまり人形へと変化している。

 体は本物のように塗装されているが木製となり、眼球は精密な細工で誤魔化しているがガラス玉であり、先程まで実物だった髪の毛までただのドールウィッグとなっている。

 ただし着ている服に変化は一切ない。


 そしてその人形の真上を、赤いゴーストと水色のゴールドがフワフワと浮かんでいた。


 このゴースト達がルベリーとリーラズの本当の姿。

 普段はクズルゴのハンドメイドである等身大で精巧に人間を再現した〔憑依人形〕に取り憑き人間に擬態している。


 〔憑依人形〕はゴーストに憑かれている間は、事前に内部に詰め込んだ赤い絵の具が血液に変化し、同じく内部に搭載してある臓器の模型も実物となり機能し始め、材料である木の年輪が指紋に変わったりと本物の人体との差異がなくなる。

 その上、この二匹のゴーストはとある事情により表層部分の思考能力が人間と遜色なく、澱みもなく違和感も感じさせずに会話出来るので誰もゴーストが宿った人形だとは気付けない・・・・・クロイとかいう例外の事は忘れておこう。

 実際にこの擬態でギルドを騙し、人間としてギルドカードの発行に成功している。


 憑依解除されて元の人形へと戻った〔憑依人形〕を見て、クズルゴはいそいそと服のポケットから、二つの〔禍珠〕を取り出した。

 見た目は〔勾玉〕と変わりないが、これもクズルゴお手製の屍霊術師に関係する道具である。

 この〔禍珠〕という道具は、屍霊に関係する他のアイテムを一個だけなら質量を無視して収納出来るというもの。

 この世には〈収納〉という魔法があるが適性持ちが珍しい上にその人の魔力量による容量の上限がある、それを踏まえれば〔禍珠〕一個につきサイズ度外視で一個収納出来るのはとても便利だ。

 〔禍珠〕を1個作るだけでとてつもない手間と労力だが、それだけのメリットがある。

 (なお、この男は後にシクスとかいう奴の能力を知りとてつもなく僻む事になる)


 クズルゴはしゃがみ込み、〔禍珠〕2個をそれぞれの突っ伏している人形に触れさせる。

 触れた直後〔憑依人形〕は黒い靄となり、纏わりつくように〔禍珠〕へと徐々に吸われて収納されていった。

 これで人形は回収した、後はゴーストだ。


 ゴーストは世間一般的に普段見えないイメージがあるが、実は何もしていなければ誰からでも姿が丸見えとなる存在だ。

 全てのゴーストが共通で持っている〈非実体化〉も半透明になるだけで見えなくなるわけではない。


 {屍霊術師}は別に魔人程ではないが、外聞がちと悪い。

 街中に見えっぱなし状態で連れ回すのは面倒な事になるので、姿を隠して貰う必要があるのだ。


 ルベリーの、水色のゴーストとしての能力・・・・強く抵抗できない子供を誰からも見えなくして攫う事件が多発している危険極まりないもの。

 伝播する透明化現象を引き起こす霊能力、その名は〈神隠し〉。


 この能力でリーラズごと不可視になってもらうのは可能だが・・・・それよりもいいものがある。


 クズルゴが持つ屍霊術師の魔法の一つ、〈依代化〉をする事でゴーストの依代と成る事が出来るのだ。

 〔憑依人形〕に取り憑いていた擬態していた事からも分かる通り、何かに取り憑いている時にゴーストは外から見えなくなるのだ。

 あくまで見えているのは憑依した依代だけであり、ゴーストとしては隠れ潜む事が出来る。

 これを利用してクズルゴは自分が依代に適した肉体となり、ゴーストをその身に宿して覆い隠す。

 本来憑依された依代は基本ゴーストの思うがままに動かされるが、クズルゴ達の場合は両者合意の元で肉体の主導権がクズルゴにある、ゴーストは本当にただ憑いてきて付いてくるだけだ。

 

 「人形もゴーストもこれでバレねぇな・・・・オレのレイピアに血を塗りたくってそれっぽくして・・・・毛皮を回収してと・・・・」


 クズルゴは自分でチェイスウルフを殺したように偽装する為に狼の死体を刺して血を塗る。


  ・・・・普段ならば堂々と人形に取り憑いた人の姿でクズルゴの仲間としてクエストを受けているので態々クズルゴ一人で倒しましたよアピールなどしないのだが・・・・暫くは極力誰かが見ている中では人形としてもゴーストとしても姿を晒さなようにしているのだ。

 だからクエストを受注する際、なんなら街中でもゴースト達とそれに関係するものは完全に秘匿してソロでやっている。

 パーティ解除はなんらかの悪質なものでなければ、ペナルティー無しで出来るのでギルド職員からの『パーティメンバーがいるのに何故単独で?』など聞かれる心配も無しだ。


 ここまで頑なに屍霊術師である事とそれに付随する事を徹底的に隠すのはワケがある。

 無論世間体が悪いからというのもあるが・・・・もし公にゴーストの力を使って100万稼いだら、クズルゴを苦しませる事に喜びを感じるテクルが『不正にギルドカードを発行してるゴーストの力を借りるのはアウトだよなー、はいやり直し』とか本気で言われそうな気がするからだ。

 ・・・・・“残りもう一つの理由”が一番大きいが、そんな事は心底どうでもよかろう。


 誰からも見ていられないならバリバリにゴーストの力を使うが、普段はゴースト以前に屍霊術師である事を隠して社会からはソロであると認識させた状態で100万を稼ぐ・・・・これがクズルゴの城下街でのスタンスだ。


 クズルゴは20匹分のチェイスウルフの亡骸を少しだけ重そうに抱えて、その場から去ろうと・・・・


 ガサガサ!


 「・・・・・ん?」


 クズルゴが帰ろうとした方向に存在する草むらが音をたてて揺れた。


 (・・・・・まだ魔物が潜んでいたのか。 またゴーストを出すのは面倒だ・・・・仕方ない、今回はオレが直接・・・・)


 そう考えて草むらに潜む魔物を殺す為にレイピアを構えて接近するクズルゴ。


 ガサガサ!!


 草むらの揺れが激しくなる!


 (飛び出してくるか!?)


 ・・・・・・・・


 (ん? ・・・・・あ、逃げてんじゃねえか)


 草むらを少し覗き込むと既に潜んでいた存在は逃げ去っておりもぬけの殻であった。

 さっきの音は逃げる際に生じた音だったかとクズルゴはレイピアを鞘へと納める。


 だが。


 (・・・・・・・・・・・・あ゛?)


 警戒こそしたが、魔物は普通に逃げていった。

 事はそう簡単に終わらなかった。


 草むらの中を何の気も無しに見ていたクズルゴは、とある物を発見し絶句したのだった。

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