第111話 僕:解除

 「ごほっごほっ・・・・」


 意識が現実へと浮上して周りを見た次の瞬間には、テクルさんに思い切り圧迫されて少し苦しくなり咳き込む僕。

 そうっすよね・・・・・やっぱり怒ってるっすよね・・・・・攻撃されても仕方がないっすよね・・・・・


 「おいテクル。 シクスが『攻撃されても仕方がないっすよね』みたいな顔でめっちゃ落ち込んでるぞ」


「違うんだ!! 流れでやってせいで起きたのに気づかなくて追加でやっちゃっただけなんだ!! わざとじゃない!!」


 「テクルちゃん落ち着いて!!」


 ・・・・・なんかテクルさん達がわちゃわちゃしてるっす。


 今の内に、改めて辺りを観察するっす。

 

 ここは・・・・孤児院の保健室っすね。

 研究室からここまでわざわざ運んでくれたようっす。

 

 そして僕の体はベッドで寝かされてて・・・・胸部の下らへんがテクルさんの手と触手で押さえられてるっす。

 ラスイさんはテクルさんを宥めてるっす。


 あ、クロイと先生が二人がかりで拘束してるのって・・・・・もしかして博士社会の害虫じゃないすか?

 よかったっす・・・・ちゃんと倒してくれたんすね。

 凄くホッとしたっす。


 それにしても博士、凄く無惨な姿になったもんすね・・・・白目を剥いてるし口に血痕あるし殴られた跡もはっきり見える程っす。

 死んでるようにしか見えないっすけど、二人で拘束してるって事はまだ辛うじて生きてて気絶してるだけなんすかね?

 まぁ、少なくとも今すぐ起きそうにはないっす。


 「・・・・よし、シクス。 待たせたな」


 周囲の情報を集めていると、話が終わったのかクロイが僕に言葉を投げかけてきたっす。


 「え、あ、はいっす。 ぜ、全然待ってないっす。 お構いなくっす」


 あ、あれ?

 や、やばいっす。

 なんか上手く話せないっす・・・・

 罪悪感のせいか、はたまた単純に気まずいのかは自分でも分からないけど、とにかく口が上手く開かないっす。


 僕って、今までどんな風に会話してたんっすっけ?

 覚えてない、思い出せないっす。


 い、いや落ち着けっす!


 僕は罪を償う為に生き延びたんす!!

 

 ここで行うべきは謝罪と贖罪の意思を示す事っす!! 

 まずは僕に関する情報を開示して、嘘偽りなく誠実に話を出来るようにするっす!!


 「・・・・・・・ぁ」


 ???

 こ、声が全然出せないっす!

 緊張してるのか、自分の体が強張ってるのを感じるっす!!


 「シ、シクスさん。 もしかしてですけど、何か言いたかったりします・・・・?」


 ラスイさん!!

 何も言ってないのに僕の顔を見ただけでわかるだなんて・・・・察しが良すぎるっす!!

 せっかくラスイさんがくれた話し始めるチャンス!!

 ここでキチンと言うっす!!

 

 「え、えっと、その、あ、えっと、あ、えっと、僕、え、えっと、その」


 ぐおおおおおおおおおおおおおおおお!!!


 こ、言葉が、言葉が上手く出せないぃっすぅう!!

 僕ってコミュ障だったんすか・・・・?


 「どうしたんだぁ、シクスさん。 新手の呪文みたいな喋り方をしてぇ」


 せ、先生!!

 上手く話せないっす、助けてくださいっす!!


 「いや待てぇ? そもそもおれはこのパーティの部外者。 話に割って入るのは無粋で失礼かぁ・・・・? 悪かった、少し保健室を離れるので邪魔者を除いた4人で満足するまで話し合ってくれぇ。 おれはその間、博士を鎖とかで縛ってから警備兵を呼んで事情説明して突き出しておくぅ」


 「分かった。 ありがとな先生!! 薄汚博士は早く然るべきところに渡したいからな!!」


 先生ぃぃぃぃぃぃぃ!!!

 なんか僕が上手く喋れないのに気づいてくれそうだったのに居なくなっちゃったっす!!


 でも博士カスを引きずって部屋を離れるのは物凄くいいと思うっす、兵士に渡す前にもっと怪我させてやってくださいっす。

 

 「改めて・・・・おはようシクス。 調子はどうだ?」


 「え、あぁ。 あの、頭がズキズキしてるの以外、いいと、思うっす。 はい」


 クロイ・・・・いや、3人全員がどう考えてるのかが分からなくて怖いっす!!

 罪滅ぼしは当然するつもりっすけど、なんだかとても萎縮しちゃうっす!!


 そもそも僕は皆さんにとってどういう立場で認識されてるんすか?

 僕的にはやった事ラスイ誘拐から考えて今すぐ過激な尋問がされてもおかしくないと思うんすけど・・・・なんか反応からしてそんな感じはしないっす。

 少なくとも誘拐犯の僕にいいイメージは確実に持ってない筈っすけど・・・・


 「色々聞きたいことがある。 巻き込まれる形・・・・いわば成り行きで俺達は博士を倒した。 別に倒した事自体には特に後悔もなにもない、凶悪犯罪者だったらしいしな。 だが具体的にどのような流れで今回に至ったのか、詳しい内情が一切分かってない。 だから一番の当事者であり、加害者であり、被害者でもあるシクス、お前に聞きたいんだ。 今回の事をな」


 「えっと、それはっすね・・・・えっと」

 

 どうしても、どもってしまうっす。

 贖う事そのものの覚悟はとっくにしてるっすけど、3人をいざ目の前にすると何かが心に深くのしかかって口が回らなくなってしまうっす。

 それはクロイの口から『巻き込まれる形』という事実を聞いた瞬間に、より深く心にのしかかったっす。


 そうっすよね・・・・僕は、無理やり、巻き込んだんすよね。

 分かっていた筈のその事実が、改めて、僕の心に影を落とすっす。

 罪の意識が、より深く深くなっていくっす。


 だからこそ、洗いざらい全てを、虚偽を一切挟む事なく伝えなければならないのに。

 許してもらう為でなく、償う為に、全情報を吐き出さなければならないのに。


 なのに、いざ話そうとしても、心が縛られてるかのように、何も言い出せないっす。


 僕って、いざというときに日和るどうしようもない蛆虫野郎だったんすかね・・・・・


 なんか死にたくなってきたっす・・・・・




 ・・・・?


 『心が縛られてるように』?

 『なんか死にたくなってきた』?


 僕自身が今感じてる感覚をそのまま文字にしただけなのに、どうにも引っかかるっす。

 僕は生きて贖うと決意したばかりなのに、こんな早く死にたいと思うなんて自分ながらも明らかにおかしいと分かるっす。


 なんか僕、この妙な状態の感覚を知ってるような・・・・・


 ・・・・・・あ!


 『博士への危害を加える行為の禁止、当然ながら自身や博士に関連する秘密を“他者に伝える事”も危害を加える行為に該当する』

 『テクルとその“仲間の処分”』


 【絶対命令刻印】による行動矯正!!!


 そうだった、別に博士が気絶したからって解除されてるわけじゃないっす!!

 命令による行動の制約は健在!!


 だから僕自身の事情を言おうとしたら意思とは関係なく黙ってしまうし、後者の命令はあの時した解釈処分する仲間に自分を含むのままなので優先順位が高い自らに矛先が向いて死のうと考えてしまうっす!!


 おのれ博士ドブネズミめぇぇぇぇえ!!!


 皆にやられても尚、僕の罪滅ぼしの障害となる置き土産を残すとは!!


 くっ、どうすればいいすか!?


 3人が僕の顔をじーーーーーっと見てるっす!!!


 『ここまで来てだんまりか?』みたいな顔したテクルさんの視線が一番キツいっす!!


 早く何かしらしないと、反省する気ゼロの自責の念皆無クソ男の烙印を押されてしまうっす!!


 でもどうやってぇ?


 命令を掻い潜る為には上手い具合に解釈して、命令そのものを受け流す事が必須っす。

 でも博士はそこだけ慎重になったのか、ご丁寧に『当然ながら自身や博士に関連する秘密を他者に伝える事も危害を加える行為に該当する』という言葉をハッキリくっきり明言してるせいで“伝える行為”全般がどう解釈しようが回避できないアウトな行動になってるっす。


 博士の場所まで誘導する際は、博士自身ではなく『残ってしまった物を相手が追跡してる』という解釈等によるとてもとても遠回りな方法で案内したっす。

 でもこの方法は今は使えない・・・・じゃあどうすれば?


 忌々しいこの【刻印】をどうにかして無視する方法は・・・・・


 ・・・・・

 ・・・・・・・あれ?


 あれれ?


 なんか、刻印がガバガバユルユルになってないすか?


 な、なんというか、改めて神経を【絶対命令刻印】に向けた事で直感的に感じるんすけど・・・・刻印が、酷く脆くなってるような気がするっす。

 今までは殆ど裏技でのらりくらりと誤魔化す事しか出来なかった刻印の命令・・・・いや、刻印そのものに強い意思を向けるだけで瓦解してしまうのではないかという考えを抱く程、貧弱になってるように思えるっす。


 そして、この感覚もあながち間違いでも無い筈っす。


 【絶対命令刻印】は体に刻まれると同時に、心にも直結してるっす。

 心に直で繋がるから、行動を縛ったり強制したりする事を可能にしてるっす。

 だからこそ、繋がってるからこそ、こちらも刻印の状態が直感的に理解出来るようになってるっす。


 更に刻印が心をダイレクトに縛ってる分、逆説的に心が刻印に影響を与える事、つまるところ心からの強い思いという精神的なものだけで壊すのも理論上可能っす・・・・今までは刻印の圧倒的な素の強度で無理だったんすけどね。


 つまり・・・・さっきから感じる【絶対命令刻印】が弱体化してて強く念じるだけで壊せそうなのは事実という事っすね。


 ・・・・何故?


 今までどうやっても解除なんて夢のまた夢、命令を先延ばしにするだけで精一杯だった刻印が、どうしてこれ程呆気なく消せそうになってるんすか?

 まるで刻印が著しく脆くなる、なにかしらの特別なを満たしたような・・・・・今はいくら考えても分かりそうにないっすね。


 とりあえず今は3人と会話をしなければ!!

 僕は心に巣食ってる【絶対命令刻印】に全意識を集中させるっす。

 強く強く、刻印を追い出すように念じるっす。


 すると今まで味わった命令が刻まれる感触とは真逆の、命令が剥がれて解かれて失せて行くのを初めてながらも確かに感じたっす。


 ・・・・・・【絶対命令刻印】が完全消滅したのが解るっす。


 今まで苦労してきた分、強固な思念を刻印に向けるという容易い事で消せてしまった事に釈然としないものを感じるっす。

 後で刻印が急激弱体を引き起こした原因・・・・を調べてみるのもいいかもしれないっす。


 ふぅ、これでなんの憂いもなく全てお話出来るっすね。


 流石に待てなくなってきているのが顔に表れてる3人(主にテクルさん)を見て、僕は慌てて口を開くっす。


 「遅れながらも、全て話させて貰うっす。 まず最初は、僕が生まれ出た研究室から・・・・」


 「面倒くさいから要所要所だけ簡単によいつばんで話せ」


 「・・・・・・・・あ、はいっす」

 

 そ、そんな雑な感じでいいんすかテクルさん・・・・・!?

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