第109話 ?:自分

 歩み続ける。


 ただただ、進み続ける。


 どこだか分からない、なんの風景もない真っ白な道。


 白の道の先には光が見える。


 その光を目指して、追い続ける。


 歩みを始めて、もうどれくらい経ったのだろう。


 一体、ここはどこだろう?


 ・・・・そもそも、自分は誰なのだろう。


 自問自答を繰り返しながらも、まだ歩み続ける。


 何かが、この先にある気がする。


 そう思った途端、ずっと続いていたなんの面白みもない純白の景観が様変わりした。

 

 テレビのチャンネルを切り替えるように一瞬で変わった周囲に驚きながらも、少し見回してみる。


 ・・・・・・河原?


 目に見える情報としては、石ころ、雑草、流水・・・・うん、河原だ。


 特に気になる眼前に存在する横に流れていく川は、まるで何かの境界線のように自分がいる“こっち”と向こう側の“あっち”を仕切っていた。


 分かった、これ三途の川ってやつだ。


 そうか。


 自分は死んだのか。


 ・・・・・・


 どうやって死んだんだ?


 ・・・・・・


 どうして死んだんだ?


 ・・・・・・


 なにも、思い出せない。


 ・・・・・・


 でも、もう死んだのだ。


 今更気にしないでいいか。


 疑問を捨て、これからすべき事を考える。


 死者ならば、早くあっち側に行かねばならないか。


 自分の下半身を川に浸からせ、向こうへと足を向けーーーーーー


 「ちょっとちょっと、いくらなんでも判断は早すぎるっすよ」


 呼び止められた。


 誰に?


 声の方へと顔を向ける。


 そこにいるのは、全身に靄がかかっており、人であるという事以外何一つ特徴が分からない存在だった。

 その存在は、男かも女かも判別できない中性的ボイスで語りかけてくる。


 姿を見て、余計に分からなくなる。

 

 結局、誰?


 「お? 僕っすか? 僕の名前は[   ]っすよ! 以後お見知り置きを!!」


 名前の部分が聞こえない。


 聞こえないはずなのに、やけに懐かしい気がする。


 「懐かしい? そりゃそうっす!! だって僕は君の『 』なんすから!」


 やはり、大事な部分が上手く聞こえない。


 「まぁ、そこは気にしないでいいっすよ」


 というか、自分は何も言ってないのに会話が成立している。


 思考が読まれでもしてるのだろうか。


 「正解っすよ」


  正解だった。


 「それで? なんでそんなに躊躇いなく川の向こうへと進もうとしてんすか?」


 だって、自分は亡者だろう。


 ならば、向こう岸にいくのは当然だ。


 「いやいや。 まだ君は生きてる可能性があるんすから、そんなに死に急ぐ事はないっすよ」


 生きてる?


 自分が?


 「そうっすよ」


 ・・・・・・


 一歩、向こう岸へと歩む。


 「!?」


 更に一歩、歩む。


 「ちょちょちょ!! なに進んでんすか!! 自殺志願者っすか!? わざわざ自分から死を受容するなんてバカな真似するんじゃねぇっすよ!!」


 だって、自分は何か罪を犯した気がするから。


 自分が何者かは分からないが、食い込むように心に巣食っているこの巨大な罪悪感はきっと本物だ。


 罪人なのだから、閻魔の裁きを受けに行かねばならない。


 「えーーーーーーーー、マジすか。 自罰的っすねぇ」


 更に歩む。


 あと3歩程で向こう岸だ。


 「ちょいちょーーーーーい!!! 話の途中で勝手に死に近づくんじゃねーーーっすよ!!! まだ死ぬには早いんすよーーーーー!!!」


 そんなのは関係ない。


 死を以って、今すぐに償わなければならないのだから。


 「・・・・・・・・・・はぁ」


 一歩進む。


 「いや、あのねぇ?」


 もう一歩、進む。


 向こう岸は、目と鼻の先だ。


 そして自分は、最後の一歩を。


 「・・・・償いとか裁きとか大層に宣ってるっすけど、そもそもその償うべきであり裁かれるべきの罪が分かってないのは・・・・どうなんすか?」


 その言葉を聞き、最後の一歩を、止めてしまった。


 「自分の咎を、業を、罪を・・・・・把握してない癖に死で償うとか、流石にバカ過ぎるっすよ」


 ・・・・・・


 「君はただ、それっぽい事を言って目を背けてるだけっすよ」


 ・・・・・・


 「償うっていうなら、裁かれるべきというのなら」


 ・・・・・・


 「君が言うその罪とやらを、ちゃんと見て、受け止めて、悔いて・・・・ただ死ぬなんていう誰も得しない方法以外で贖ってくださいっすよ」


 ・・・・・・



 「そのためにも、まず自分が誰なのかを理解してくれっす・・・・といっても、君は出身の都合で自我が曖昧なんすよねぇ」


 ・・・・自分が、誰なのか?


 「そうっすねぇ、自分自身の事以外で考えた方がよさそうっす。 よし、まずは君の大事な人の事思い出してみてくれっす」


 大事な、人。


 ・・・・・・


 上手く、思い出せない。


 確かに、いた気がする。

 

 でも、そこまでしか思い出せない。


 自分の大事な人・・・・・・・・・・・・


 駄目だ。


 思い出せない。


 「・・・・何事も、とっかかりが、最初のきっかけが大事っすよね。 ただ思い出そうとするだけじゃ分かるもんも分からないっす」


 助言が聞こえてきた。


 とっかかり、きっかけ・・・・・


 『君はただ、それっぽい事を言って目を背けてるだけっすよ』


 さっき言われた言葉が、ふと頭に浮かんだ。


 目を背けている・・・・・


 ちゃんと、見る。


 ・・・・・・


 罪の意識と、改めて向き直る。


 そうか。


 今の自分の中で、唯一存在を確証できるもの。


 それが、この罪悪感。


 この罪悪感こそ、きっかけにしてとっかかり。


 目を背けず、罪悪感の出どころを手繰り寄せていけば。


 思い出せる気がする。


 ・・・・・・・巻き込んだ。


 ・・・・・・・3人。


 ・・・・・・・魔人。


 ・・・・・・・命令。


 ・・・・・・・誘拐。


 ・・・・・・・・拳銃。


 ・・・・・・・・・研究。


 ・・・・・・・・利用。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 頭に浮かんでくる、途切れ途切れの、だが確かに心当たりのある、覚えのある記憶。


 罪から思い出してきたこの記憶達を、積み重ねていく。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 「どうすか?」


 ・・・・


 「思い出せたすか?」


 ・・・


 「もしもーーーーし?」


 思い出せた。


 クロイ、テクル、ラスイ。


 僕が騙してしまった、大切な3人の事を。


 「お、思い出せたんすねぇ」


 やはり自分は罪人だ。


 あの3人のうち一人を餌として攫い、助けに来た二人も利用した。


 自分のために。


 あの博士という害悪を、打ち倒してもらうために。


 騙して、利用した。


 「おい、一応言っとくっすけどもう一歩も勝手に進んじゃ駄目っすからね。 今にも自殺してやるみたいな顔してても駄目っすよ」


 自分はやはり、大きな罪を・・・・・


 「それで」


 自分は、自分は・・・・・・


 「自分の事は、思い出せそうっすか?」


 自分、はーーーーーーーー


 「あの3人を思い出したのなら、付随して自分の事も思い出せるはずっすよ」


 自分、は?


 「もし思い出せないのなら、それは・・・・・本当の意味で罪と、いや」


 自分は。


 「彼らクロイ ラスイ テクルの方を向き直る覚悟が、ないってことっす」


 自分・・・・・


 「いや待て? もしかして・・・・・・・・」


 自分。


 「もしかして、思い出してるからこそ、自分の事を定義できてないんすか?」


 ・・・・・・自分は?


 「そう言う事っすか。 君は、研究室で生み出された忌々しき生命体である[ナンバー ]なのか、それとも[   ]という人間なのか、自分でも分からなくなってるんすね?」


 自分・・・・・・・は。


 ・・・・・・


 ・・・・・・深く考えすぎてるのかもしれない。


 ・・・・自分がどう在りたいか。


 一番大事なのは、それな気がする。


 自分はどっちで在りたいか。


 どう在りたいのか。


 そんなの、考えるまでもない。




 






 「そういう分からない時は「もう大丈夫っす」・・・・え? 今なんて?」


 口を開き、声を出す。


 「もう、大丈夫と・・・・そう言ったんすよ」


 自分は。


 いや、僕は。


 「・・・・・自分が何者なのかちゃんと分かれたんすか?」


 「はいっす。 僕は無理やり創り出されて命令されて、仕方なく皆を騙して利用した可哀想な生命体の[ナンバー6]じゃないっす。 僕は一人の人間として罪滅ぼしをするっす!! 僕は[シクス]。 ナンバー6じゃない、ただのシクスっす!!!」


 「そうっすか。 そこまで分かったのなら、早くここから帰るといいっすよ」


 靄のかかった彼は、僕を追い払うような仕草を見せてきたっす。


 「・・・・・有難うっす!! 本当に、ありがとうございましたっす!! さようならっす!!」


 「どういたしまして、っす。 しばらくは来るんじゃねぇっすよ」


 僕は、“向こう岸に立っていた”彼に別れを告げて道を引き返して行ったっす。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「もう行ったっすか。 彼はきっと帰れるっすよね、こっち反対側に」


 靄がかかった彼は、シクスを見送った後に少し微笑んだ。


 「全く・・・・・勝手に死なないで欲しいっすねぇ。 ちゃんと人生を全力で生きて楽しんできてくれないと」


 彼がため息をついていると、体に纏わりついていた靄が晴れていく。


 「色々あったとはいえ、せっかく僕を『元』として、この世に生まれてきたんすから。 僕の分まで幸せになってくれなきゃ、恨んじゃうっすよ?」


 靄が晴れて現れたその姿は、なんだか中性的で、どこかシクスの面影がある顔立ちをしていた。


 ナンバー6は、今死んだ。 

 短くも壮絶な一生を、今終えたのだ。 

 だから。


 「ここから彼が紡ぐのは6じゃなくて、シクスの物語。 早死にしちゃった分、ここから見て楽しませてもらうっすよーーーーーー!!!」

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