第106話 軽口は余韻を消し飛ばす

 痛い。

 背中も腹も痛い。

 テクルとガラスに挟まれて痛い。


 だけど、この痛みは無駄じゃなかった。

 ・・・・ちゃんと、博士に勝てたから。

 博士は俺とは反対の方角に殴り飛ばされ、壁に激突してぐったりしている。


 全てをやり終えたテクルが、俺達の元へと駆け寄ってきた。


 「ラスイ、クロイ!!! 大丈夫か?」


 「私は大丈夫!! でもクロイさんは痛みで悶絶してる・・・・」


 「いや、もう・・・・もう大丈夫だ。 まだ痛いけど時間が経って多少和らいできた。 肩を貸してくれてば十分立てる」


 「大丈夫って言う割にはダメージデカいな。 いや、まぁ緩衝材みたいな扱いしちゃったから当然か。 ほら、手を貸してやる」


 俺は肩と言ったはずなのにテクルはスッと手を差し出す・・・・・その手はなんか赤色に染まってた。


 「・・・・・・おい。 お前の手、凄く赤いぞ」


 「あっ!! ・・・・・気にしないでくれ」


 「気にするわ!! それ血だよな? 絶対返り血だよな!! お前・・・・殺ったのか!!!」


 「殺ってないわ!! 気絶で終わらせたわ!! それぐらいの分別はついてる!! ちゃんと殺さない程度に殺しといたから!!」


 「殺してるじゃん!!」


 「殺さない程度つってんだろ!!」


 「殺しといたつっただろ!!」


 「言葉の綾ぁ!!」


 さっきまでの激戦が嘘だったかのように、しょうもない口論をし始める俺とテクル。

 そしてそんな俺達の様子を見て、毎度の如くラスイは何も言わずに安心したかのようにニコニコしていた。

 

 「じゃあ、その手についた真っ赤な血はなんだ? お前が傷ついてる部位は絶賛謎の黒い液体を垂れ流してる触手だけじゃないか・・・・・ていうかさっさと再生しないの?」


 「触手の再生は失った質量に比例して消費する体力が決まる・・・・今ここで残り2割程度しか残ってない触手を一気に再生させてら疲労でぶっ倒れるかもしれないから無理だ。 そして、この手の血は吐血でついたものだよ」


 「吐血?」


 「殴り続けてる間に薄汚博士の奴、口から血を吐き出してきやがった。 少しも攻撃の手を緩めたくなかったから回避しなかった。 そしたら手にかかった。 早く洗いたい」


 「そんな手を俺に差し出そうとするな!! というか吐血って・・・・ワンチャン博士死んだ可能性あるだろ!! 俺仲間が殺人罪で捕まるの嫌だぞ!?」


 「だから大丈夫だって、少なくともしばらくはマトモに動けないレベルだけどちゃんと生かしてるから・・・・・てかこういうのってさ、戦いの後になんか互いに称え合うものじゃないのか? こんな会話してると勝利の余韻とか消し飛ぶんだけど」


 「そうだな・・・・勝てた事が嬉し過ぎてテンションおかしくなってた。 今はこの勝利を噛み締めよう・・・・いやマジで危なかったな。 思い返してみると」


 「あぁ。 私達、勝てたんだな・・・・・うん、確かに命の綱渡りだったな。 障壁壊すのだって結局賭けだったもんな」


 俺とテクルが少しだけ絶望的状況を覆して逆転した事実と、それと同時に死ぬ可能性の方が高かった事を再度実感して戦々恐々していると。


 「あ。 ・・・・そ、その。 クロイさん、テクルちゃん。 勝利に喜んでる時に水を差すようで誠に申し訳」


 「よしラスイ。 要件だけ言ってくれ」


 超絶卑屈からくるいつもの謎謝罪を聞き、改めてラスイが帰ってきたんだなぁ・・・と感じ少し感動した俺だが、それはそれとして長くなりそうなので要点だけ言うよう促す。


 「え、と・・・・シクスさんが・・・・今、血を流して倒れ伏してるはずなんですけど・・・・」


 「「あ」」


 ・・・・・忘れてたわけじゃない。

 ただ勝った事による高揚で一瞬頭から消えてただけだ。


 ・・・・・人はそれを忘れていたという!!


 「そうだよシクスいるよ!! 俺あいつの事ボロクソ言ったけど、結局良い奴ではある筈なんだよ!! 早くシクスを連れ帰るぞ!! 失血死する前に!!」


 「・・・・頭に弾を撃ち込んでるから失血死以前に即死じゃないか? 急がなくても先生なら蘇生出来る・・・・なんてのは流石に人間として駄目な気がするな。 死者を蘇らせれる人がいるからって命を軽んじるのはいけない、それこそ薄汚博士のように命を命と思わわず喜んで踏み躙る外道になっちまう」


 「で、でもどうやってこのガラスケースから脱出するんですか・・・・?」


 確かに。


 そうだな・・・・博士の妨害がなくなったし、テクルが再生ガラスの自動修復が間に合わなくなるぐらい殴りまくって破壊して通り抜けるか?

 いやダメだな、触手が再生出来ないから無理だ。

 流石のテクルも素手の片手だけでガラスをカチ割り続けるなんて出来ないだろう・・・・・・出来ないよな?


 じゃあどうやって・・・・あ、そうだ。


 「このガラスケースに入れられたのって博士が持ってたボタンによる効果だったな。 そしてその博士自身もガラスケースに入ってきたって事は、つまりガラスケースから出るボタンも博士が持ってるだろ」


 「それもそうだな! 漁ろう!!」


 ラスイに肩を貸してもらい、博士の元に向かった。

 俺の目に映ったのは、白目を剥いてる、口から血が垂れてる、なんか腕がありえん方向に曲がってる、表情がまるで地獄行きが確定でもしたのかってぐらい絶望に染まった表情をしてぶっ倒れてる博士の姿。


 ひでー顔してるだろ。 ウソみたいだろ。 生きてるんだぜ。 それで。


 ・・・・・本当に生きてるんだよな?


 「死んでないんだな?」


 「・・・・・死んでない」


 「その間はなんだ。 お前自身も若干怪しくなってきてるだろ。 別にコイツに同情する気はないが、見てるとスカッとするより先にエグッと思う」


 「テクルちゃんの強さとクロイさんの賢さが為せた勝利の結果ですね!!」


 「勝利の結果が半死半生の老人かぁ・・・・」


 無駄口を叩きながら、大分痛みが引いてきて一人で立てるようになった俺含め全員で博士の白衣をまさぐって脱出用のボタンを探す。

 幸いボタンには全て文字が書かれている、一々試さなくても見れば効果がある程度分かる。

 白衣の内部は何十もの層が重なった構造をしており、その層の隙間の一つ一つが小さなボタンを大量に入れておく大きなポケットような役割を果たしている。

 つまり多い、博士が戦闘中にあれ程投げ捨てていたにも関わらずまだまだ残ってる・・・・本当に多い!!


 「『毒鋸』、『火薬』、『気絶弾』、『堅固』、『死病』、『炎鎧』、『霧切』・・・・・まだまだあるな。 私が知ってる魔法のもある」


 「こんなにボタンを持ってて重くなかったんですかね・・・・」


 「一つ一つが軽くてもこれ程の量だと絶対重かっただろうな。 ・・・・だからあんな豪快に捨てまくってたのか?」


 博士ボタンが多くて重くて煩わしかったからボタンをポイ捨てしまくってた説あるな。

 それはそうと今の俺達は死にかけの老人を取り囲んで服を漁る3人組・・・・第三者が見れば死体漁りだと勘違いされそうだと思った。


 「あ! ありました!! この白いボタン、『脱出』って書いてあります!!」


 探し始めて五分、もういっそ一回全部ぶちまけた方が早く見つかるのでは?という考えが浮かび上がってきた頃、遂にラスイがお目当てのボタンを見つけ出した。

 ラスイに向けて拍手する俺とテクル・・・・あ、テクルは片手だから出来ないな。


 「ラスイって物探し上手いよな、能力抜きにしても。 くじ引きしたら、『失せ物出ずべし』って毎回書いてありそう」


 「そりゃラスイだからな。 あと最後の例えの意味はよく分からん」


 「そ、それじゃ押しますね・・・・えいっ!!」


 カチッ


 パカッ


 「「「んん?」」」


 ガラスケースの底が、地面が・・・・消失した。


 「デジャヴだな」

 「またか」

 「なんか慣れちゃいました」


 ガラスケース内部全てのものが、落下していった。

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