第105話 卑しく抗え、愚か者共/猛進せよ、勝利への道を

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーside:博士


 『ピキッ・・・・ピキピキッ!!』


 障壁のヒビ割れが、どんどん広がる。

 どんどんどんどん、拡がっていく。


 まだ障壁による接触者の固定がかろうじて残っているのでまだ私も愚か者も動けないが、すぐにそれも失われる。 

 私は激しく動揺している・・・・だが、動揺こそしたが・・・・“まだ、余裕はある”。


 『ピッーーーーーキッッ!!!』


 障壁中に亀裂が行き渡り、遂に完全に粉々となる。

 粉砕された障壁の破片は全てただの魔力へ戻り、空気中へと霧散していった。

 これで互いに動けるようになった・・・・私の身を守るものはもうない。


 だが、それでも尚、私はまだ余裕を崩さない。

 むしろ再び勝利を確信した表情を取り戻しているのを、自分でも感じた。


 しかしそうなるのも仕方ない。


 だって見てみろ。


 「「「ーーーーーえ?」」」


 バンッッッッッ!!!!!


 ・・・・愚か者共の3人組が、障壁が壊れた瞬間になす術もなく吹き飛ばされ、ガラスケースの壁に強く衝突して打ちつけられたのだ。

 触手の魔人、テクルに至っては極限まで縮めてた触手が・・・・粉砕されて、弾け飛んでる。


 こんな状態になったのは私が仕掛けておいた“保険”によるものだ。

 

 ・・・・元より私は警戒心がないようで、割とある方の優秀な人種だ。

 [絶対命令刻印]でシクスの行動を縛ったり、研究室の入り口を結界で部外者に認識出来なくさせた上に〔コタエモトメル石ノ板〕で塞ぎ二重ロックにしたりな。

 当然、私が自分で作った独自魔法〈超反射障壁〉にも万が一破壊される可能性も考えて保険をかけておいてある。

 

 障壁が受けた破壊エネルギーを、砕け散る瞬間に周囲に衝撃波として放つというもの。

 それが、粉々になった障壁に仕込んでいた最後の保険。

 ダメージによる負荷が膨大過ぎて障壁が壊れ始めても、受けた衝撃は最後に崩れる瞬間まで障壁の中で循環して残留させたままだ。

 それを最後の最後で一気に解き放つ。

 

 元々〈超反射障壁〉が反射するのに時間が少しかかるのは、ダメージを跳ね返す角度や負荷がかからない循環などを全て並行で演算してから反射してるから。

 逆に言えばそういう複雑な演算をかなぐり捨てて、ただ全方向に無作為にばら撒くように反射するならば一瞬で出来る。

 破壊エネルギーに耐えきれず障壁が砕ける瞬間に受けたダメージを撒き散らす、最後っ屁だ。


 衝撃波は無差別に周囲の者を襲う・・・・当然、密着していた触手の魔人を筆頭とした愚か者共にも。


 特に直で触れていた触手が一番被害を被り、8割が消え失せてる。

 そして、触手の魔人本人の体も吹き飛ぶように押し出された。

 勿論ひっついてるままの触角の魔人と腰巾着の男もそのまま一緒にだ。


 (障壁が突破されて一瞬焦ったが・・・・保険がしっかり発動してよかったな、やはり勝利は私の物だ!! ノックバックして硬いガラスケースに全身を思い切りぶつけたのだ、気絶まではいかなくとも数秒間は動けまい。 ・・・・その隙に、再度〈超反射障壁〉を張り直す!! 今度は隙など晒してやらない、もう私に接近するのは許さない。 絶対的に一方的にいたぶり尽くす!!)


 保険が効き、奇しくもかつて同じくガラスケース内で戦ったナンバー6のように、背中が壁に打ち付けられた触手の魔人。

 いくら生命力の高い魔人であろうが、あれ程強い衝撃を受け、その上硬い壁に激突すれば数秒動けなくなる。

 障壁を復活させれば、今度こそ私の勝ちは確定する。

 そして〈超反射障壁〉を張るのに必要なのは、五秒間集中して瞑想しながら魔力を練る事。

 愚か者共が動けない間に張り直すのはとても容易な事だ。


 私は座り、目を瞑り、瞑想を始める。


 (〈超反射障壁〉をすぐ張り直せる、今度こそ私の勝利は確実だっ!!! 最後まで卑しく抗ったようだが、やはり愚か者はどこまでいっての愚か者。 天才の私に勝てるわけがーーーーー)










 

 「よう、薄汚博士」


 ドゴッッッ!!!


 「がっ・・・はぁっ!?」


 いつの間にか急接近していた触手の魔人の右足で腹を蹴り上げられ、私の体がくの字に曲がった。


 ?????


 触手の魔人が、今、私を蹴った、だと?


 い、いくら何でも復帰が早すぎる!!!

 

 (な、何故だっ? なぜ動ける!? あの衝撃波をくらって吹き飛んだならいくら魔人だろうが数秒は行動出来ないはず・・・・それ程の威力があったはず!! だが動けている、何故だ!! ま、魔人の理不尽な謎パワーのおかげ・・・・いや、違う!!!)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーside:テクル


 「「「ーーーーーえ?」」」


 今、私はぶっ飛んでいる。


 障壁がようやく割れて、やっと博士本人に攻撃出来るようになったと思ったのも束の間。

 突然衝撃波が出てきて固定されていたポーズそのままで綺麗に吹き飛ばされたのだ。

 不幸中の幸いと言うべきか、デカくして押し付けていた触手が丁度よく盾になり衝撃波によって体が傷ついたとかはない。

 その代わり盾となった触手が弾け飛び、防ぎきれなかった衝撃波で体が押し出され、今飛んでるわけだが。


 このままではガラスの壁に衝突してしまう。

 頭を強打とかしたらいくら私でもマズイ、死にはしないだろうが気絶してしまう可能性がある。

 いつもの私なら咄嗟に触手を自分の後方に伸ばしてクッションにするとか出来るんだが、肝心の触手は80%が失われておりクッションにするには小さ過ぎる。

 というか例え頭じゃなくても体を強打すれば少しの間動けなくなるだろう。


 その動けなくなった隙に・・・・・博士はきっと、何かする。

 ボタンでトドメを刺しにくるかもだし、なんなら障壁を直しちゃったりするかもしれない。

 そしたら、絶対に負ける。

 もう同じ手は通用しないし、これゴリ押し以外の手も出てこなさそうだし。

 

 ・・・・・なんだか思考の回りが異常に早い。

 さっきからこんなに考えてるのに、壁にはまだぶつかっておらず絶賛ぶっ飛ばされ中の低空飛行中。

 走馬灯みたいな現象だ。

 ・・・・これから死ぬ可能性大なのであながち間違いじゃないかも。


 いや待て!!

 私が死んだらラスイも死んでしまうじゃないか!!!

 クロイもだな!!


 じゃあ弱気になるのは無しだ!!

 まだ終わってない!!


 もうすぐ壁に全身強打するのは確定してるので、私が今出来るのはこの走馬灯さながらの超高速思考で心の準備をしておく事。

 そして、どれだけ強い衝撃で痺れても、体に鞭打って少しでも早く動かす覚悟をしておく事だ。


 勝負は、博士が何かする前に私が復帰できるかどうかにかかってる。


 バンッッッッッ!!!!!


 遂に(といっても実際の時間では一瞬だが)ガラスの壁にぶつかり、大きな打撃音が出た。

 

 ・・・・・ん?

 あれ?


 確かにぶつかった筈なのに、思ったより衝撃がーーーーー来ない?


 いくら何でも衝撃が弱過ぎ・・・・あ、そうか。

 そうだったわ。

 すっかり忘れてた。

 

 私は壁にぶつかった瞬間に手で抱えてたラスイを優しくも早急に手放し、ダッシュで博士の元に駆け出した。

 薄汚博士はなにやら瞑想のような事をしていたが、別に気にする必要はない。


 「よう、薄汚博士」


 ドゴッッッ!!!


 「がっ・・・はぁっ!?」


 そして思い切り、腹を蹴飛ばしてやった。


 ・・・・・・別に、衝撃に備える覚悟なんてそんな要らなかったかな。


 だってーーーーーーーーー


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーside:博士


 博士は蹴り飛ばされて、目を見開いた瞬間。

 確かにしっかりと確認した。


 「いってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 「ク、クロイさん大丈夫ですか!!」


 魔人のオマケで付いてきたあの男が、ガラスの壁付近で痛がり悶え苦しんでいるのを。


 触手の魔人が少しも止まらずこちらに向かってこれたのは、あの男のせいだ。


 あの男が背中におぶられていたから、ガラスにぶつかった衝撃が触手の魔人にいかなかったんだ!!!

 魔人の付随品のあの男が、クッションの役割を果たしたんだ!!!

 魔人の生命力で復帰したのではなく、最初から衝突ダメージは触手の魔人まで届いてなかった!!!


 あの男さえ、あの男さえいなければぁっ!!!!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーside:テクル


 私の背には、クロイがいた。

 私とガラスを挟む形でクロイがいたから、多少の衝撃は来ても体が痺れる程のダメージは私までこなかった。

 クロイを背中におぶっていたのを忘れ、ずっとガラスに強打する覚悟してて・・・・私って頭悪っ。


 さて。


 クロイが衝撃を肩代わりしてくれたんだ。

 ここからは私の役割。

 相手をボコボコにするっていう、私の役割。


 ラスイはクロイの心配をして、隣で付き添っている。

 つまりラスイと私は少し距離が離れてる。

 これくらい離れてるなら、私が多少暴れてもラスイまで被害はいかない。

 ・・・・・なら、存分に暴力を振るおう。


 蹴り上げられて体が浮いた薄汚博士に、今度は上から拳を叩きつける。

 触手は失ってるし今から再生させる気力もないが、殴るだけなら私にはもう片方の手が残ってる。

 触手じゃない方の普通の手だって、十二分にパワーはある。


 「・・・・ぐ、ごぉっ!?」


 薄汚博士が殴られた勢いで急速落下、強く地面にめり込んだ。

 威力が思ったより出た・・・・あ、そうか。

 クロイが私にかけた〈重荷〉の効果時間がまだ続いてるんだな。

 通りでちょっとだけ体が重いと思った。


 ・・・・・これはつまり、体重を使う上からの攻撃が一番いいって事だな。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーside:3人称


 「ぎゃばっっっ!?」


 「ひでばぼっっ!?」


 「ぐえぇぇぇぇぇ!!!」


 殴る、蹴る、殴る、蹴る、殴る、蹴る。


 テクルが、一方的に博士にボコボコに執拗に攻撃を加える。

 この猛攻の中では集中など出来るわけもなき、博士は〈超反射障壁〉を張れない。


 (触手の魔人・・・・・この小娘が!!! いたい!!! 私は偉大なるスクラプ博士だぞ!? いたっ!! 貴様より何年も生きてるんだ!! 痛い! もっと私を敬え!!! 痛っ!! 老体をいたぶるだなんて正気だとは思えん!!! い゛た゛い゛!!!)


 博士は痛みの中様々な悪態をつくが、それが口から出てくる事はない。

 痛みでマトモに喋れず、出てくるのは痛みに喘ぐ声だけだ。

 なんならこれほどボッコボコにされているのに、まだこんな事に思考を回せる時点で中々の大物である。

 

 「おらっ、そらっ、こらっ、ほらっ」


 掛け声こそ軽いが、テクルの暴力は一発一発が〈重荷〉も相まったヘビー級。

 もしクロイがテクルとガラスのサンドイッチされて痛みに苦しんでなかったら、この状況を見て『ヒエッ……』とか思うだろう。

 ちなみに今は博士の顔に拳がめり込んでる。


 テクルは一切攻撃の手を緩めない。

 いや、正確に言えば無意識に殺さない程度まで攻撃の威力を抑えているのだが・・・・それもなるべく長く苦しませてから牢屋にぶち込んで償ってもらうという考えからくるものだ。

 相手が老人だろうが、ラスイを・・・・仲間を害する者には相応の報いを与える。

 それが今のテクルの気持ちだ。


 過剰防衛?

 なにそれおいしいの?


 だが、博士もただ一方的に殴られたり蹴られたりしてるわけではない。

 気絶したフリをして虎視眈々と、攻撃が止む瞬間を待ち、反撃する機会を窺おうとしている。

 すぐに気絶するのは怪しいので、敢えてなるべく耐えてから糸が切れたかのように気絶の演技をする作戦だ。


 「最後の・・・・・一発!!!」


 都合よくテクルがファイナルアタックを宣言した。

 

 (この一撃を耐え、気絶した演技をして不意打ちする!!!)


 「おっっっ、らぁぁぁぁぁっ!!!!!」


 バ ゴ ン ! ! !


 さっき再び蹴り上げられて浮いていた博士の腹に、拳が深くくいこんだ。


 (いたぃぃぃぃい・・・・・ だ、だが耐えた、耐え抜いたぞ。 私は耐えきった!!! 忌々しき触手の魔人よ!!! 貴様の後ろには今クッションの役割をして痛がっているお仲間の男がいる!!! 早くそちらに振り向くのだ!!! さぁ早く振り向け!!! その隙に私は)


 ボ ゴ ン ! ! !


 「え゛・・・・・がっ!?」


 「・・・・・」


テクルの拳が、今度は胸に向かって振るわれた。


 「さ゛、さ゛っ゛き゛の゛で゛、お゛、終゛わ゛り゛っ゛て゛・・・・」


 最後と言っておきながら追撃したテクルに、思わず博士が嗚咽紛れに声を出した。


 「・・・・・やっぱ今ので終わりなんて納得いかねぇ!!! あと3・・・4、いや6!!! ・・・・・やっぱり10発追加で殴らなきゃ気が済まない!!!」


 「え゛」


 博士は知る由もないが、テクルは魔人としてとんでもない暴力性を内包している。

 普段は持ち前の理性やラスイという精神安定剤、自分を押さえ込む戒めの心で・・・・たまに割と少し漏れる事はあるが、基本的にその暴力性は滅多な事がない限り大っぴらには出てこない。

 

 だが。


 もし、その滅多な事・・・・ラスイに危害を加え、ラスイ以外でも仲間に被害を出し、散々執拗に自分を攻撃してきたり、元より相手が人間として終わってたりしてた場合。


 攻撃性が表に出てくる事だろう。


 つまりラスイ誘拐の指示したり、現在クロイが痛がったりシクスが自分を銃弾で撃った原因だったり、安全が確保された状態で一方的に魔法を飛ばし続けたり、どう考えても人体実験して喜ぶタイプのマッドサイエンティストな博士は・・・・・テクルからしたら絶許の、攻撃を我慢出来なくなる相手だった。


 「おらっ! おらっ!! おらっ!! おらっ!!! おらっ!!! おらっ!!! おらっ!!!! おらっ!!!! おらっ!!!! おらっ!!!! おらっ!!!!! おらっ!!!!! おらっ!!!!! おらっ!!!!! おらっ!!!!! おーーーーらぁっっっ!!!!!!」


 テクルの合計十六発の連撃ラッシュパンチが、博士をぶっ飛ばした。


 「い、やっ・・・・六発、多く・・・・殴っ、て、る・・・・」


 博士、流石に耐え切れず再起不能!!!


 「・・・・追加の六発は、シクスがしたかっただろう“報復”の分だぜ。 薄汚博士」


 自身のラッシュでかっ飛ばし、壁に激突して白目をむいた博士を見てテクルはそう呟き。

 そして、ラスイとテクルの元へと駆け寄っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る