第104話 火力VS耐久
躱す、いなす、打ち消す。
テクルの触手が、ラスイの予測が、常人では捉えきれない魔法から身を守る。
先程からずっと続いている防戦一方の状況だが、それもそろそろ終わる。
クロイは既に突破口をテクルに伝えてある。
後は博士に隙が生まれる瞬間をラスイの〈触角予測〉で先読みし、テクルに突っ込んでもらうだけなのだ。
「あっち、こっち、こっち、そっち、下、左、あっち」
カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ
「ふんっ、ほっ、はっ、せいっ」
「当たれっ、当たれっっ、当たれっっっ、当たれよっっっっ!!! ・・・・・あっ!?」
白衣から取り出したボタンを取り落とす博士。
博士はすぐに拾おうと、身を屈めた。
「今です!!」
屈むことを予見したラスイが、指示を飛ばす。
テクルは事前に発動されていた魔法の連撃の合間を縫い、博士の懐へと急接近。
走りながら触手を限界まで縮めていき、それに比例するかのように元より太かった触手が更に巨大になっていく。
博士の目前に到達する頃には、完全に縮みきり太りきり、まるで特大の鉄球のような形になった触手を携えている。
この触手の一撃が、テクルの出せる最高火力。
それを“ワザと屈んで隙を見せた”博士が、顔を下に向けたまま上目で視認してほくそ笑む。
(来た!! 極大で一見殴られればひとたまりも無さそうなものだが、私の〈超反射障壁〉を突破出来ないのは〈
「いけテクル!!! 全力で“振り下ろせ”!!!」
クロイの掛け声と共に、どでかい触手が博士へと振り下ろされた。
バ ゴ ン ! ! ! ! !
博士の体に沿う形で張り巡らされた〈超反射障壁〉と、テクルの触手が衝突した大きな打撃音が、ガラスケース中に響き渡る。
『キィィィィィィィィィィン・・・・・』
衝突音の直後に、障壁から独特の音が鳴る。
これは受けた危害を一度分散させ循環させる事で衝撃を障壁内に残留させつつ受け流し、再び危害を集めて跳ね返すまでの間に鳴る、独特の音。
この音が鳴っている間、障壁は外から触れている者を反射から逃がさない為に固定する。
つまり触手を押し付けている状態のテクルは、障壁がダメージに耐えれず崩れるか、カウンターされてしまうか・・・・・どちらにせよ、終わるまで離れることは出来ないのだ。
そして博士本人も衝撃分散、循環、残留、再集結、反射・・・・不用意に動く事でエラーを起こさない為に、これら全てのプロセスを障壁が終えない限り、攻撃を加えた者と同じく体が固定される。
この反射するまでの時間に固定されるのは、相手を逃がさない為のものであり、自分の動きを一時的とはいえ封じてしまうという欠点でもある。
両者が動けるのは・・・・跳ね返した後か、ぶっ壊れた後かの2択だ。
『キィィィィィィィィィィィィィィン・・・・・・・』
この全ての処理を障壁が終えるまで両者を固定する性質のせいで、テクルと博士は互いに至近距離で留まる事になる。
これだけ近ければ見えずとも分かる・・・・・ラスイが唾を飲み込むのが、テクルが冷や汗を垂らしたのが、クロイの少しびびって震えているのが、音で分かる。
この3人は、非常に緊張している。
それとは対照的にーーーー
「・・・・ハハハハハ!!! もう終わりだ愚か者共ぉ!!! 私には見えるのだ、攻撃力の数値が!! それで見えた・・・・愚か者共の中で一番のパワーを持つ触手の一撃でさえ、私の〈超反射障壁〉は超えられない!! 全て、計算通りだぁっ!! 油断して引っかかったのはこれで3回目だなぁっ!! ハハハハハハハハ!!!」
博士は障壁に触られた時点で全て決したと思い、相手を誘導する為だった怒りの芝居は要らぬとかなぐり捨て、嘲り笑い始めた。
一度目・・・・一方的に拘束出来た事に加え、ラスイとの再会の喜びで安心してしまい、博士から目を離した事。
二度目・・・・博士が笑い続け無防備になっていると思い込み、何も警戒せずに触手で殴った事。
そしてこの三度目・・・・博士は攻撃力を可視化して全力で殴られても平気だと分かり敢えて隙を晒した博士に、突っ込んでしまった事。
『キィィィィィィィィィィィィィィィィィィン・・・・・・・・・・』
「だが安心しろ・・・・もう愚か者共にこれ以上の、四度目の失敗は来ない。 何故なら・・・・・ここでもう死ぬからな!!」
・・・・博士の凄む声は、全て床へと向かっていく。
いかんせんテクルが上から触手で押し潰そうとしているのに対し、博士側はボタンを拾う為にしゃがんで下を向いたポーズで固まっている状態で喋っているので中々にシュールな絵面となってるのだ。
だが当然テクル達にそれを笑うような余裕はないし、今の状況でそんな事を考えるのはよっぽどの楽観主義である。
「・・・・・そうか、攻撃力の可視化。 それでもう障壁が突破されないって判断したのか。 先程の怒ったようなのは全て演技で、俺達から向かうように誘導してたって事ね。 ・・・・・・あぁ、“よかった”」
「・・・・・は?」
クロイが口を開いたかと思えば、最後によく分からない事を言った。
てっきり自分の勝利宣言を聞き、絶望に打ちひしがれると予想していた博士からしたら意味不明。
(よかった? なにがだ? 全て諦めたのか? いやちがう。 じゃあ何故? わからない、よくわからない、まったくわからない、ぜんぜんわからない、ぜんぶわからない、わからなくてわからない)
博士は基本的に全て自分の望む通りにならないと気が済まない。
故にずっと自分の掌の上にいた存在が、自分でもわからない突拍子もない事を言ったならば当然腹が立つのだ。
『キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンン・・・・・・・・・・・・』
「なにが、『よかった』なんだ!!! 答えろぉっ!!!」
博士が演技ではない怒号で、クロイに向けて問いかける。
状況などはどうでもいい、愚か者が天才の私に『わからない』事をするなんて烏滸がましいのだ。
「・・・・俺はさ、違和感を感じてたんだ」
クロイは、博士の問いに答えるのでなく、まるで独白のようにただ語り始めた。
「さっきから油断を誘って色々して来た博士が、『どんなものにだって限界があり、障壁だって例外ではない』なーーーんて分かりやすいヒントを出すのかってな。 追って来て欲しかったからワザと跡を残してたシクスじゃあるまいし」
『キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンン・・・・・・・・・・・・』
テクルも、ラスイも、何も言わない。
ただクロイだけが、独り言のように喋っている。
「だから今度は油断せず、ちゃんと考え込んだんだ。 ・・・・その結果、分からない事が分かった。 どれだけ考えても全身全霊の一撃に全て賭ける方法意外、思いつかなかった」
「さっきから何を言ってる!? 早く何が『よかった』のかを答えろ!!!」
博士の怒りなど、クロイは意も介さず淡々と話す。
「だから、抱いた違和感を誤魔化す為に作戦の大筋こそ変えなかったけど・・・・“一工夫”だけする事にした」
「一工夫ぅ・・・・・?」
『キィィィィィィィィィィィィィィィィィィン・・・・・・・・・・』
「よかったと思ったのは、お前の口振りからして障壁に限界がある事自体は嘘じゃなかったのが分かった事だ。 それなら、まだ勝機はある」
「勝機ぃ? 何を言ってる!!! 負けるのは愚か者共、勝つのは私!! これは決定されているっ!! 例え3人同時に殴り掛かってこようが、私の〈超反射障壁〉は砕けない!!!」
「俺が違和感に疑問を感じ、その事を考えた際に思いついた一工夫・・・・・そのおかげで、敗北は確定ではなくなり、勝敗は五分五分になった。 こんなおあつらえ向きな一工夫を思いつくなんて俺は運がいい。 いや待て、本当に運がよかったらこんなトラブルには巻き込まれないな。 運は運でも悪運がいいんだな、俺」
クロイと博士が交互に口を開き、途中途中で障壁の音が紛れ込む。
片方は自身の勝利をその圧倒的魔法の防御力で微塵も疑わず、片方は色々と策を弄して思考を回し続けたがそれでも未だ勝敗は分からないと思っている。
『キィィィィィィィィィィィィィィン・・・・・・・』
「だから何を言っている!!」
「何の捻りもなく違和感を無視してそのまま作戦を実行してたら、負けてた。 いや、まだ勝ちが確定したわけじゃないけど」
「意味不明な事ばかり喋るな!! 苛立つ!!」
『キィィィィィィィィィィン・・・・・』
「一つ問題だ、博士。 ・・・・俺は何故、わざわざテクルが触手で攻撃する時に『振り下ろせ』って言ったと思う?」
ここでクロイが、初めて博士と目を合わせた。
『キィィィィィィィィン・・・・』
「あぁ?」
『キィィィィィィン・・・』
「なぁ、数値化した攻撃力って・・・・多分その人自身の力、或いは魔法の威力のみでの計算だろ? だったら・・・・・」
『キィィィィン・・・』
「“重さ”は、考慮してないよな?」
『キィィィン・・・』
「俺ってさ、デバフが得意・・・・っていうかそれしか使えないんだけど」
『キィィン・・・』
「とにかくデバフだけなら自信があるんだよ。 特に・・・・“おぶられたりとかで密着してる相手に使える”『接触付与』とか」
『キィン・・・』
「今さ、障壁が隔ててるから博士は気付いてないだろうけど・・・・テクル凄く重くなってるんだよ。 これでもかってぐらい重くなってる」
『キン・・・』
「だって・・・・・大量に、〈重荷〉デバフを付与したからな」
『ン・・・』
「さて博士、改めて聞くけど・・・・・どうして『殴れ』でも『薙ぎ倒せ』でも『貫け』でもなく『振り下ろせ』をチョイスしたと思う?」
『・・・』
「・・・・・こ、このっ・・・・愚か者共めがっ・・・・・!!!」
博士は理解した・・・・勝利が確定ではなくなっている事に。
クロイは自分で考えた突破口の違和感を払拭できなかった。
まるで、博士に誘導されているようだと半ば無意識的に感じていた。
・・・・・だが、これ以上の突破口は考えつかない。
ならばどうする?
・・・・クロイはゴリ押ししかないと思った。
元よりいつもこじつけが大得意なクロイ、自分の道理を通す為に強行突破はいつも通り。
感じた違和感を動力源に、少しでも触手の威力を上げる為に頭をフル回転。
その結果、クロイは『重い=パワー』という答えへ至った。
幸い自分は今テクルの背中にひっついている・・・・『接触付与』で〈重荷〉をかけるのは簡単だ。
それに加えてテクルが“振り下ろして”攻撃すれば、テクル自身の火力+〈重荷〉で威力増大。
元より触手は限界まで縮めてもらう予定・・・・凝縮して完全に縮まり密度がギッチギッチで最初から重い触手は〈重荷〉の効果を受けやすいというのも威力向上へ一役かっていた。
これが、クロイの考えた一工夫。
そして、この一工夫はチャンスを生んだ。
本来そのまま殴ってたら火力が足りず、博士の目論見通り反射され負けていた。
しかし、ふとした閃きによる“攻撃力に換算されないデバフ”により。
確定していた敗北が・・・・・覆った。
博士が数値化したのはテクル本人の力のみ。
重量・・・・ましてやデバフで追加された分など知る由もない。
もう博士にも、障壁がどうなるか分からない。
数値化した火力だけでなく、デバフで爆増した重さという余計なプラスαが混じったからだ。
博士から、勝利の顔は失せていた。
重さによって増加した触手の火力で障壁が絶えるのか。
重さを追加しても威力は足らず、障壁が耐えるのか。
その答えは・・・・・・・・
「なぁ、博士」
「・・・・・・」
「いくら何でも反射にかける時間が長すぎないか?」
「・・・・」
「そう、まるで・・・・・・」
「・・・」
「分散しきれない程の膨大なダメージをくらって、処理が間に合わなくなってるみたいだ」
クロイがそう言った途端。
示し合わせでもしたのかってぐらい、ピッタリなタイミングで。
『ピキッ!!!』
障壁に、亀裂が入った。
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