第97話 到達せよ、彼奴の元を

 砂にビーチフラッグを突き立てるように穴の底の地に触手を打ち込んだ後、それを高速で手繰り寄せるような感じで自分の体を触手の先端まで引き寄せる。

 この技は、子供の頃におじいちゃんに読んでもらった絵本に登場する勇者が使っていた特殊なフックを飛ばして自分の体を引っ張ってもらったり、逆にフックに突き刺した物を引き寄せる、“フックショット”という技に憧れて、私なりに現実で再現したもの。

 おじいちゃんが名付けてくれたこの技の名は、〈ヒキヨセル☆テンタクル〉!

 着地に失敗すれば高速で地面に衝突する事になるけどこの技は何度も練習している、6歳になってからはもう一度も失敗してない!


 シュタッ!!


 「着地!!」


 「おぼぼぼぼぼぼぼぼ・・・・」


 一緒に向かう為に抱えたクロイが吐きそうな顔になっている。

 急いでたからね、仕方ないね。


 さて。


 落下に伴い急速に縮んだ自分自身の触手をクッションとして衝撃を殺して着地した私の眼前に広がる光景。


 第一印象は、研究室。

 フラスコとか試験管とか培養槽とかなんか観察する為なのかデカいガラスケースが奥に見える。

 狭苦しいこの部屋はしばらく換気してないのか嗅いだことのない何らかの薬品の匂いが充満している、幸いにも嗅ぐだけでどうにかなるような類のものではないようだ。

 天井にはさっき私とクロイが降りて来た穴がある。


 そして、私達が落下した事に驚いている椅子に座っている一人の白髪でチビな薄汚い老人と、何を考えているのか分からない顔をしたシクスが、私達の数歩先にいた。


 「・・・・・は? 何故この研究室に部外者が? どうやって入って来た?」


 今までの情報といかにもな白衣は、この老人が『博士』という存在なのだと分かる。

 ・・・・・ラスイ誘拐の黒幕か、コイツが。


 「博士。 どうやって結界や石板を突破したかは本当に全く皆目検討もつかないっすけど、侵入されてる時点でかなりマズイっすね」


 シクスが淡々と、感情の乗っていない声で博士に話しかけている。

 その無機質な喋り方は、まるで“事前に自分で決めておいた言葉をただ発してるだけ”に思えた。


 「シクス・・・・追いついてやったぞ」


 クロイは吐きそうな顔ながらも実際に吐く事はなく、私の手から離れてシクスにそう言って指をさしている。

 クロイが言葉を発してる間に私は目の前の2人を警戒しつつ、ラスイを目で探し回るが・・・・・この研究室内で見えるところには居ない!

 別の場所か。或いはまだシクスのクラック・ブランクの中に入ったままか?


 ・・・・クロイが喋り私が周囲に目をやっていると、博士の隣にいたシクスが一歩前に出てきた。


 「・・・・・・博士、命令をして下さいっす」


 「あ?」


 シクスはクロイの言葉に何を返すわけでなく、薄汚博士の前に立ちながらそう言った。


 「奴らは僕が魔人の回収をする為に入り込んだパーティっす。 大方、攫って来た魔人を取り返しにきたんす。 早く処分しないと大変っすよ。 特に僕がパワーを警戒して攫ってこれなかったテクルという女は、きっと簡単に博士の研究成果が沢山あるこの研究室を破壊出来てしまうっす。 あ、後ろの男は仲間という名の腰巾着っす。 仲間(笑)ってやつっす。 僕、アイツの名前も覚えてない程存在感ないっす。 まぁ・・・・・だから、確実に実行する前にしっかりと言葉で命令を下してくださいっす。 『テクルとその仲間の処分』という、命令を」


 「おい待て誰が存在感薄い奴だ。 そんな薄くないだろ」


 ・・・・・やっぱり、シクスの口調がなんだかカクカクになってる。

 台本をそのまま読んでるだけみたい。


 「ふむ・・・・・そうだな」


 薄汚博士が目を瞑り考える素振りを見せている。

 先程まではかなり狼狽していたのに自ら視界を塞ぐなんて・・・・・仮にも侵入者二人を前にした反応か?

 肝がかなり座っている、隙だらけで簡単に殺・・・・いや、倒せてしまいそう・・・・・なのだが、どうにも警戒してしまい僅か5歩程の距離しかないのに、少しも詰めれない。

 この男には、何かある。

 こちらから攻めるのは・・・・・漠然としているが、何かマズイと思ってしまい行動を起こせない。


 そうやって警戒を続けていると、薄汚博士が口を開いた。


 「あぁそうだな、ちゃんと命令してやろう。 『テクルとその仲間の処分』。 [ナンバー6]よ、早急に実行しろ」


 「了解っす」


 すると、今までホクロ一つ見えなかった綺麗なシクスの白い顔に、禍々しい刻印の様な物が表れて、淡く紫色に発光した。

 鎖を模した様に見えるその刻印には元から文字が刻まれており、『博士への危害を加える行為の禁止』とあるのが見えた。

 次の瞬間には、先程薄汚博士の言った『テクルとその仲間の処分』という文字が新たに追加されている。

 文字が刻まれ終わると刻印は再び姿を消して、シクスの顔は元通りの特に問題のない綺麗な肌に戻っていた。


 「い、今のは・・・? 奴隷紋ってやつか? いや、何か違う・・・・?」


 クロイがすぐに一瞬だけ現れた刻印を考察していると、シクスが人一人くぐって入れてしまいそうなぐらお大きめの〈クラック・ブランク〉をお腹に展開して、先が何も見えない空間がお腹のラインに沿って顕れる。


 そこからシクスは手を突っ込み、大きな一つのものを取り出した。

 それを思いっきり私めがけて投げつけてきた。

 私はすぐに触手で防御を・・・・・・・・・・


 え?


 ええ?


 私は投げられたものを防御するのではなく、触手で優しく受け止める事にした。


 だって、シクスが投げたのは。


 「・・・・・う、うぅーん? こ、ここは? テ、テクルちゃん? なんで私テクルちゃんに抱えられてるの!?」


 私のかけがえのない存在、ラスイだったのだから。

 キャッチした流れで思わずお姫様抱っこの形になったが、シクスの考えがイマイチよく分からない。

 

 「な、何をやってる[ナンバー6]!? 何故魔人を放って向こうに渡したのだ!?」


 取り乱す薄汚博士。


 「いや? 博士の命令は『テクルとその仲間の処分』っすからね。 今返した魔人であるラスイもテクルの仲間っす。 〈クラック・ブランク〉から出さないと処分も出来ないっすっからねぇ」


 その姿を一瞥もせずに、シクスは先ほどまでの淡々としたものでなく薄汚博士を煽るように説明する。


 「き、貴様! 創造主たるこの私に向かっ」


 「あ、命令の遂行はまだ終わってないっすよ」


 続いてシクスが取り出したのは、リボルバー式の魔力拳銃。

 魔力を込めればそれが弾の代わりとなり、エネルギー弾として放つ事が出来る拳銃だ。

 魔力のエネルギー弾は本物の銃弾より若干威力が劣るが、それでも十分人は殺せる武器。


 シクスはそれを。


 「『テクルとその仲間の処分』・・・・・“仲間”、っすね?」


 自分の側頭部に、突きつけた。


 「「「「!?」」」」


 薄汚博士、私、ラスイ、クロイ全員が思わず固まってしまう。


 「命令は、これで・・・・」


 シクスは、そのまま引き金を、引き抜いた。


 「ちゃあんと、遂行出来たっすね」


 パァン!!


 ・・・・・・バタリと、シクスは呆気なく倒れた。


 辺りに居たのは、突拍子もない唐突な行いを前にして驚愕で動けなかった私達。

 そして何かやり切ったような、幸せな顔をした、倒れ伏した一人の男だけだった。

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