6:後
・・・・グシャッ!!
このガラスケース内に、間一髪で助けてくれる者などいない。
このガラスケース内に、この逆境を完全に覆せる都合の良いアイテムなどない。
このガラスケース内に、奇跡はない。
故に、回避出来なかった『何か』に攻撃が命中するのは必然だった。
体を捩りギリギリ躱そうとした『何か』の右足が、[ナンバー4]の両腕で完全に潰された。
血飛沫と共に、肉が潰れる音がする。
外からその様子を観察している老人は、ここで煎餅を齧り終えた。
もう決着はついた、そう思い新しい煎餅を取る為に、ガラスケースから視線をずらす。
『ジジ…‥‥ バゴォッッッッ!!!!! ジジジ…‥』
老人の手が止まる。
マイクから流れた今の音を不審に思ったのだ。
[ナンバー4]がトドメをさすために追撃したとしても、ここまで大きな音は出ない。
じゃあマイクの不調で肉が潰れた音だけ聞こえた?
そんなわけはない、肉の潰れる音だってこんな派手ではない。
かと言って、[ナンバー4]自身の鳴き声ではない。
それなら、『何か』の悲鳴・・・・?
・・・・・いや、今のは“音”だ。
生物の声帯から発せられる声ではなく、何らかの事象により生じた、少しくぐもった爆音。
だが化け物の攻撃の音でも、肉の潰れた音でも無いのなら何の音だ?
老人はその音が何なのか、新しい煎餅を放り投げ、ガラスケースの中に視線を戻し凝視する。
・・・・老人は目を見開き、驚いた。
端的に言えば、ガラスケース内に広がる光景は、老人が望む“決着”の光景であった。
しかし望んでこそいたが、考えはしていなかった光景だった。
老人の目に映ったのは・・・・・
ガラスケースの壁に、吹っ飛ばされ激突している『何か』。
だけでなく。
『何か』がぶつかったのとは逆側の壁に・・・・・[ナンバー4]も勢いよく激突し、そして気絶していた。
更に[ナンバー4]の腕は今にも千切れそうな程ズタズタになっている。
手の部分など何処に行ったのだろうか・・・・完全に失われており、そこから紫色の血がボタボタと垂れている。
その腕はまるで0距離で大きな爆発をくらったかのような・・・・・
・・・・・爆発?
そして・・・・・先程の、爆音?
老人は理解した、何が起こったのかを。
[ナンバー4]が『何か』の足を潰した所までは実際に見ていた、間違いない。
そこから『何か』が何をしたのかが重要なのだ。
『何か』は化け物の両腕でペシャンコにされた足に・・・・能力である空白の隙間を作り出したのだ。
様々な物を質量を無視して収納、排出出来る空白の隙間を。
だが能力検証実験の過程で収納した物は実験終了後に全て排出させており、このガラスケースの戦闘が始まった時も1つも持っていなかった筈だ。
しかし『何か』には、今さっき手に生み出した空白の隙間内に回収した物がある。
そう、〔小球型衝撃或遠隔起動爆弾〕だ。
そして一度収納すれば、再び体に空白の隙間を作れば何処からでも排出出来る。
一度手で回収、収納された爆弾は、潰れた足から出されたのだ。
つまり[ナンバー4]の腕と潰れた足で爆弾は挟まれ圧迫される形になる。
そして、化け物の強大な両腕による強い圧迫を感知した爆弾は・・・・[ナンバー4]の腕0距離で、起爆した。
手の部分が吹き飛ばされ、腕部分も強烈な衝撃を受けズタズタになる、そして体が吹っ飛ばされた[ナンバー4]はガラスケースの壁に強打、そして気絶したのだろう。
『何か』も爆発による衝撃で[ナンバー4]の何倍も軽い体が吹っ飛び、逆側のガラスケースの壁に激突したようだが・・・・[ナンバー4]の両腕が爆弾を完全に上から覆い被す形、つまり爆弾の蓋になってた。
その為、爆発のダメージは『何か』も至近距離だったのにも関わらず潰された足が消し飛び体が壁に吹っ飛んだだけで済んでいる。
足を失い、硬い壁に激突しておいて『だけで済んだ』と言うのはおかしい気もするが、直後に死ぬかもしれない状況で逆に相手を気絶させて撃退したとんでもない逆転劇。
五体満足では無いが、四体満足でも生き残ったのは驚くべき事であった。
だが、老人が驚いたのはそこでは無い。
実は老人は[ナンバー4]が負けて『何か』が勝利する可能性も最初から考えていた。
生命の危機に瀕した『何か』が突然変異によりその危機を打破する能力を獲得する・・・・そうなるかもしれないと、考えていたのだ。
『何か』は老人の研究による特殊な生命体、そんな事があるのは不思議でも無いし前例もある。
故に老人は『何か』がピンチで覚醒して勝利するのも想定していたのだが。
『何か』は、都合の良い新能力などでなく、あくまで既存の能力で生命の危機を逆転させたのだ。
老人の気まぐれ半分で開示した爆弾の性質も咄嗟に利用して。
しかも足だけを完全に潰させる事で化け物の腕を衝撃を抑える蓋にし、結果的に自分へのダメージを一番少なく化け物へのダメージを一番大きくさせた。
自身の能力の理解し応用する力、聞き逃してもおかしくなかった起爆条件を利用する賢さ、咄嗟の工夫で自分への損害を殆ど無くす瞬発力・・・・
つまるところ、この『何か』は聡いのだ。
危機に瀕した際に目覚める突然の新能力で切り抜けるなどという陳腐なものではなく、『何か』は頭の回転で絶望的状況を乗り切った。
結果、老人の望んでいた決着ではあったが、考えてもいない結果となった。
老人はここで自身の思い通りにならない苛立ちではなく・・・・純粋な喜びを覚えた。
この『何か』は、一度全てリセットされたのにも関わらず深い理解力、速い思考力、強い想像力、所謂ハイスペック。
今まではリセットした時点で精神喪失する個体もいたのに、これは大変素晴らしい。
老人が喜んでいると・・・・壁に激突していた『何か』が焦点をしっかりさせた目を何とか開けている事に老人は気付いた。
なんと、気絶もしていない!
思っていた何倍もタフだ!
老人はこの『何か』に驚嘆し、歓喜する。
この『何か』は、老人の研究の最終目標に一番近付いている。
老人は自身を喜ばせた褒美にと手元にある『回復』のボタンを押す。
すると、ガラスケースの天井から青紫色の液体が散布され、それを浴びた『何か』の失われた足が生えてきた。
老人が特別に調合した特殊な回復液を『何か』にかけたのだ。
これは〔異常級回復薬〕、お高めな市販の〔上級回復薬〕とは段違いの回復力を持つ。
欠損した部位を再生する事など造作もない。
まぁ、失われた部分を無理やり生え直させるのはとんでもなく痛いようで『何か』は苦悶してるようだが・・・・当然ながら老人はそんな事気にしない。
老人はいかにこのまま研究を完成に近づけようかを考えていた。
「ふむ・・・・やは必要だな、“魔人”が。 そうだな・・・・まずは今やられたばかりの[ナンバー4 赤眼這腕鮫]を解き放つか。 魔人の細胞の独特な匂いが付着したものを追跡させ、荒っぽい方法でもいいからこの研究室まで連れて来させよう」
老人は、後にクロイが[化け物魚]と呼称する存在・・・・[ナンバー4 赤眼這腕鮫]にも『回復』のボタンを押し〔異常級回復薬〕ぶっかけるのであった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「・・・・クソ。 赤眼這腕鮫がただのゴミになってしまったじゃないか・・・ やはり知能が低い奴ではダメだな・・・・」
小さな箱庭のような立方体の部屋の中・・・いつもの研究室に、老人がいた。
白髪が大量に生えた、小柄なおじいさんだ。
しかし、相変わらず嫌な感じがする謎の存在感を醸し出している。
老人のいる部屋は壁という壁、床という床に、何かの実験に使うであろう色とりどりの液体が入った瓶、絶賛中身で何かが調合されてるフラスコ、ドクロマークが描かれた危険な香りのスイッチ、果ては・・・大人5人程入っても余裕がありそうな大きい培養槽が何個もある。
老人の手には〔生命受信機:4〕と小さく刻まれた板状の電子機器が強く握られており、余りにも激しく握られヒビが入り始めている画面には『
その老人は研究室のような所で恨めしそうな声でブツブツと何かを呟いていると、ハッと何かを考えついた顔になり・・・・
「そうだな・・・お前に出てもらおう。 最高傑作である、お前にな」
『・・・・・・・・・』
「如何なる方法でもいい。 魔人をこの研究室に連れてこい」
複数ある内、唯一人1人で限界の小さなサイズの1つの培養槽の中にいる『何か』・・・・いや。
『ジジジ…… 了解、っす』
美少女とも、美少年とも言える中性的な人の見た目をした誰か・・・・・[ナンバー
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