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ナンバー の研究レポート     月   日   内容:他実験体との戦闘


 『ジジジジ…… グギギギグギギギガガガ』


 『はぁ・・・ ジジ‥ジ‥ はぁ・・・はぁ・・・・はぁ』


 現在『何か』は普段のあまり身動きできない狭く薄汚い培養槽の中ではなく、特殊な方法で拡張されている広いガラスケースの中にいた。


 この広さのガラスケースなら、思い切り走り回っても端から端まで1分かかる。


 いや、実際に『何か』はこのガラスケース内を全力で走り回っていた。

 正確には走り回っていた、ではなく・・・・・逃げ回っていた。


 取ってつけたような巨大な人の腕を持ち、地面を這い、ドス黒い体を持つ、爛々と輝く赤色の目をした魚の様な化け物から。


 かの化け物の名は、[ナンバー4:赤眼這腕鮫]。


 [ナンバー4]は、『何か』を執拗に追いかけ回しその剛腕で叩き潰そうとしている。

 『何か』はその叩き潰しを何度も間一髪で回避していた。

 あの剛腕による質量攻撃が一発でも当たってしまえば、間違いなく簡単にペシャンコだ。


 だが化け物は力も強くかなり早いが、小回りがきかない。

 本気の高速這いでは、向きの急転換が出来ないため、壁に激突する。

 今までを極狭な培養槽の中で過ごしていた『何か』にとってここは広大なエリアだが、[ナンバー4]にとってここは、フルスペックでの移動が出来ない邪魔な檻だ。


 その要因や運等が重なり、『何か』はいきなりこの化け物と同じガラスケースに入れられてから10分経過してもかろうじて一度も攻撃を受けず生きていた。


 しかし、[ナンバー4]が持っているのはパワーとスピードだけでは無かった。

 それは執念から来る圧倒的体力。


 『何か』は命の危機と隣り合わせの状態で10分もの間、連続で全ての攻撃を回避している、故に『何か』の体力は、かなり限界にきていた。


 その状況をガラス越しに見ている老人は、呑気に煎餅を食べていた。


 「・・・・随分上手く躱しているが、10分もワンパターンでは飽きるな・・・・特攻でもすればよいのに」


 老人は暇そうに咥えた煎餅を齧り、そう呟いた。


 この老人、今回[ナンバー4]と『何か』を同じガラスケース内に入れたその理由は・・・・一応は実験という名目だが、ほぼ遊びである。

 老人からしたらずっと同じような実験をしていた飽きていた、だから息抜きに命を賭けた戦闘が見たかったのだ。


 [ナンバー4]はどうか分からないが、『何か』からしたらこれはたまったものでは無い。


 老人にとっての何の面白味もない同じような実験も、『何か』はずっと激しい苦痛の電撃をくらい続けていたのだ。

 いや、電撃だけではない。

 『何か』は耐久実験とやらで、、電撃以外もあらゆる苦痛を日に分けて何度も何度も与えられた。

 文字通り死にかけた。

 

 それなのに老人の暇つぶしで今度は化け物と同じ場所に入れられ、死にそうになっている『何か』。


 本当に、たまったものではない。


 そもそも今回の頭のおかしい息抜きで『何か』が死んだら老人はどうするつもりなのだろうか。

 『何か』は老人のとある研究の貴重な成功例なのだ。

 老人自身もそれを分かっている。


 分かっている上で尚、老人はこの息抜きで成功作が死んでも構わないと思っていた。

 だって一度成功したのだ、また他の『元』の人生全てをリセットして作り直せば別の成功作が作れる、そう老人は思っていた。


この老人は、おかしい。


世界の発展を望む善良な研究者のような、倫理観など持ち合わせていない。

『元』が持っていた今までを全てをリセットして成功例が1つ出来る研究など、善良な研究者ならやらない。


だからと言って、世界の真理を求め続けるが故に狂ってしまったマッドサイエンティストのような、ある種の独自的な合理性も持っていない。

マッドサイエンティストは、研究の過程で命が何個潰れても研究が実を結べば良しとみなす。

しかしそれには研究が成功するための犠牲は仕方ないという独自の合理性があるからだ。

だがこの老人は今までの研究の産物である成功例、それを研究関係ない息抜きで殺してしまうかもしれないが構わないと思っている・・・・少し前まで『何か』が死んだらやり直しになる、それは嫌だと考えていたのにも関わらず、だ。

 思考の一貫性も無さすぎる、真理を求める者達への冒涜だ。


 この老人は、端的に言っておかしいのだ。


 その老人は未だに決着のついてない戦い・・・いや、『何か』の逃げ回りを見て苛立っていた。

 老人にとってはそもそも何の意味もない息抜きなのだから、イライラするぐらいならこんな事とっとと止めればいいのに、老人には先述の通りそんな合理性など持っていない。


 「えぇい! とっとと終わらせろ!」


 老人はボタンを押した。

 それは『投入』と書かれているボタンだ。


 途端に、メカチックで光を反射し黒光りする小さな球体がガラスケース内の中央に落ちてくる。


 それは所謂・・・・爆弾だ。

 老人は声高にガラスケース内にマイクを通し声を出す。


 「それは〔小球型衝撃或遠隔起動爆弾〕! 衝撃を受ければ起爆するぞ!」

 

 老人はこの同じ展開が延々と続くこの状況に早く決着をつけさせる為に、一石を・・・・いや、爆弾を投じた。


 この爆弾がガラスケースの底に落ちればその瞬間、爆発を引き起こす。

 その爆発がどれ程の規模かは不明だが少なくとも状況は変わるだろう、何ならどっちか・・・・或いはどっちも死ぬかもしれない。

 老人が何故わざわざその爆弾の起爆条件を伝えた理由は・・・・多分『何か』を焦らせるためだろう。

 そこにも合理性は感じられない・・・・強いて言えばさっきから逃げ回ってていてつまらなかったので仕置きか何かだろうか?


・・・・しかし、爆弾は落ちなかった。


 『何か』が間一髪で落下地点に滑り込むようにして拾った・・・・いや、自身の能力である空白の隙間を手に生み出して収納したからだ。


 しかし収納に意識を向かわせた時点で、老人の願っていた状況の変化は起きた。

 『何か』は今まで化け物の突進からの拳振り下ろしに全神経を尖らせることで何とか回避していたのだ。


 運や、化け物にとってこのガラスケースが邪魔でしかないことを考慮しても、化け物の圧倒的スペックの違いから『何か』は全意識を使わなければ回避出来なかった。

 しかしその意識の一部が、地面に落ちる直前の爆弾を収納するのに向かってしまった。


 化け物の巨大な拳が、爆発回避の為の収納によって回避し損ねた『何か』に・・・・振り下ろされた。

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