第84話 優しさは小っ恥ずかしさを包み込む

 俺が走って向かえば、孤児院は思ったよりすぐに到着した。


 全体的にぼろっとした印象だが、掃除はしっかりされており清潔だ。

 門から扉に向かう際にに経由する道の植物が生い茂る庭も歩く妨げになる部分は抜かれていて歩きやすく、手入れがしっかりしている。

 思ってたより大きく、まるで小さな館のようだ。


 扉の前に立ちとっとと中に入ろうとすると、1人の男の子がいつの間に後ろに立っており急に話しかけてきた。


 「あなたがクロイですか?」


 「え? そ、そうだけど」


 「ぼく、先生から案内するよう言われてるんです。 先生がいる部屋に案内するんです」


 男の子はそう言って俺の手を掴み引っ張ろうとして来るので、少し急かされながら着いていった。


ーーーーーーーーーーーーー


 「先生!」


 俺は男の子の案内で一階の突き当たりの部屋に辿り着くやいなや、先生の名を呼ぶ。


 「来てくれたかぁ。 シクスさんはしっかり止血や消毒等の措置もした。 現在右足を包帯グルグル巻き状態にして別室で安静にして貰ってる。 ラスイさんとテクルさんはそれに付き添ってる形だぁ」


 「そ、そうか。 ありがとう。 いや、ありがとうだけどそれじゃないんだ。 な、なぁ・・・・万能薬って・・・・もう、使ったか?」


 「・・・・? そりゃ使うために手に入れたんだから速攻使ったさぁ」


 遅かったーーー!!


 植物以外に使えば使われた人は死ぬ・・・万能薬というよりただの毒だ。


 あぁ、何てこった・・・先生が頑張り、シクスは文字通り身を削ったのに・・・・その万能薬が植物以外には逆効果とか最悪だ。


 「クロイさん、その子のところに行くかぁ? あの子もきっと自分の為に頑張ってくれた人と会いたいはずだぁ」


 「そうだな・・・・・最後にその子を一目見るよ」


 先生が急に膝から崩れ落ちた俺を心配しつつ、そう提案をしてきたので俺はそれに乗ることにした。

 シクス達のとこに向かう前にせめて目の前でご冥福だけでも祈ろうかと思ったのだ。


 「じゃあ、着いてきてくれぇ」


 そう言って先生の案内が始まる。

 一番奥の部屋であるこの部屋から出て、さっき男の子が案内した道を戻っていく。


 どんどん戻っていく。


 途中で2階への階段があるので・・・・


 それを無視して来た道を、廊下を戻る。


 そして戻って戻って・・・・・最終的に。


 「・・・・本当にここなのか?」


 たどり着いたのは、最初の門から扉への道である色とりどりの植物達が生えた庭だ。


 俺はてっきり病気っていうぐらいだから病室にいるものかと・・・・


 ・・・・ま、まさか。


 もう既に埋められてしまったとか?

 墓の中にいるからそれに会いに行けってか・・・・・


 「あぁ、ここだぁ」


 先生は庭の奥にあった、一際大きな大木を前にして立ち止まった。


 ・・・・ここにその子が眠っているわけか・・・・


 「う、うぅ・・・・・安らかに眠ってくれ・・・」


 俺がそう呟いた途端・・・・


 「・・・・・・まだ、おやすみの時間では、ない、ですよ?」


 大木から可愛らしい女の子の声がした。


 !?


 え、どういう事!?


 「え? え?」


「・・・・どうしたの、ですか?」


大木から幼い女の子の声がして驚愕し動揺する俺。


 それを見て先生が言う。


 「この子がさっきまで病気で苦しんでいた子だ。 ・・・・しかし万能薬って即効性なんだな。 さっきまで喋れないほど酷かったのにこんなに早く元気になるなんてよぉ」


 「・・・・き、き・・・・・え、木? 木?」


 「木? ・・・・あ、すいま、せん。 恩人さんに顔を見せないなんて、失礼ですよね。 ずっと一体化してたせいで、この姿の事を意識してませんでした」


 俺の率直な感想に応えるように、目前の木がいきなり生き物の様に蠢く。

 かと思うと・・・木から分岐して生えている複数の内の一本の枝、更にそこから生えた小枝の一つが黄緑色に光り輝き、折れた。


 落ちた小枝の光はさらに強くなり・・・・形を変えながら徐々に大きくなっていく。

 ちょうど俺の腹ぐらいの高さになった時に形状が定まった。

 その形はどう見ても小さな子供にしか見えない。

 形が定まるとそれに続くように黄緑一色の光が収まり、姿がはっきりと顕になった。


 そこに立っているのは5歳、6歳ぐらいの子供。


 瞳、髪色、まつ毛・・・全体的に自然を想起させる緑色となっている。

 半開きの目、落ち着いた声、優しい微笑・・・・幼さと同時に大人らしさも感じるという矛盾が高水準で成立している可愛らしい女の子だ。


 しかし、それより真っ先に目を向けるところがある。


 その子には・・・・旋毛から若々しく小さな双葉がチョコンと生えていた。

 更に髪の毛も、緑色から想像する比喩でなく本当に一部が本物の葉っぱになっているように見受けられる。


 木と一体化していた能力、明らかな異形の見た目、そして植物限定の万能薬が効いたという事実・・・・これはつまり。


 「トトは、トトと言います。 [トレント]の魔人、です」


 トレント・・・・・別名、動く木と呼ばれている魔物。


 動かなければ普通の木と見分けがつかなく、更に光合成や地面からの栄養吸収など・・・・トレントという魔物は魔物であると同時に植物でもある特殊な存在だ。


 この子はそのトレントの魔人のようだな。

 魔物と同時に植物・・・・だからこそ、万能薬が効いたのか。


 「トトは植物と一体化出来る〈自然と自分の境界線なちゅらるぼーだーらいん〉という魔能があるんだが・・・・・その一体化した植物が病原菌を持ってた様で、そのままダイレクトに感染しちまったんだぁ。 最悪なことに魔人だからか、その病原菌がトトの中で変異して植物用でも人用でも、どっちとも並大抵の薬では手がつけられなくなってたぁ。 いや、本当に植物の病だけに効く万能薬っていうご都合アイテムが近くで売ってて助かったぁ・・・・」


 先生、万能薬は植物のみって事知ってたのね・・・・そりゃそうだ大事に思ってる子に使うもんだぞ!

 正確な効果の説明ぐらい聞くに決まってるよなぁ!?


 ・・・・てっきり説明してないかと思ってお婆さんに怒鳴ってしまった、どうしよう。


 「・・・・! 先生、トトを持ち上げて、欲しいです」


 「ん? あぁ、分かった」


 俺が小さな後悔していると、いつの間にかトトは先生に抱えられてた。

 

 先生は身長が高く、ほっそりとしている。

 まだ多少しわがれているにも関わらず男前な声も、キリッとした顔も、5日間ダンジョンでぶっ倒れていたとは思えなサラッとした少しだけ長い紫の髪も相待って・・・・所謂高身長イケメンを体現している。


 そんな先生に持ち上げられたトトは俺の頭より高い位置にいる。

 急に先生に甘え始めたのかと思ってたら、トトはそのまま先生に俺に近づく様に促した。

 結果、先生と共に接近したトトが俺を至近距離で見下ろす形になり。


 「よし、よし」


 トトが俺の頭を小さな手で、撫で始めた。


 ・・・・・・!?


 「さっき、先生が教えてくれましたけど、クロイさんとそのお友達のお陰で、トトは助かったと、聞きました。 クロイさん達のお陰で、トトは助かったん、です。 命の恩人さんです、ありがとうございます。 だから、そんな悲しそうな顔しないで、ください」


 拙いながらも明瞭な感謝を述べ、ヨシヨシを続けるトト。


 この子、良い子だ!

 でも俺的にはこの状況、少し恥ずかしいぞ!


 というか俺が悲しそうな顔になってるのは完全に自業自得で後悔してるだけだから大丈夫だぞ!


 と、言おうとしたが・・・・


 「よし、よし。 ・・・・私が今、生きて、いるのは、クロイさん達のお陰、です。 もう一度、ありがとう、ございます」


 相手は自分の半分も生きてない幼子と分かってても、何故か安心感を覚えてしまう。

 それに、トトからしたらこのナデナデは多分俺への“お礼”なのだろう。

 それを止めさせるのは、トトの感謝を無下にする事だ。


 ・・・・俺は口を結び、小さくも包み込むような優しさを持つトトにそのままもうちょっとだけ撫でられることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る