第38話 プロはデバフを熱弁する

 ただいま俺がいるのは、テクルとラスイが泊まっている宿の一部屋の扉の前。

 ここに来るのは〔付隠の手袋〕を買う為に土下座した時以来だ。


 採集祭が終わった次の日だが・・・・優勝賞金の30万エヌが手に入ったので、今日はクエストを受けない休みの日にしている。


 俺はとある用事から2人の部屋に来ている。

 テクルとラスイはいつも同じ部屋に泊まっているので、用事がある場合俺の方から向かうのだ。


 「よう、よく来たな」


 俺が扉をノックするとテクルが開け、出迎えてくれる。

 

 「お邪魔するぞ」


 俺が部屋に入ると、そそくさと座布団を敷いているラスイが目に入った。


 「クロイさん! よ、ようこそいらっしゃいました!」


 「あ、うん」


 前回来た時は用事も用事だったので落ち着いてどんな部屋か見る余裕は無かったが今は違う、パーティの仲間がどんな部屋を借りているのかが気になる。

 ので見回す。

 

 全体的に木で造られているので自然の落ち着きを感じられる部屋だが・・・・割と狭い。

 だが決してこの狭さは宿屋の問題では無く、そもそもここが1人部屋という事を考えれば妥当なものだ。

 通りで3人もいれば狭くなる筈である。


 それにしてもコイツら、2人で1人部屋借りてるのか・・・・節約は大事だもんな!

 一つだけあるベッドには、どちらの物かは分からないが私物と思われるデフォルメされた芋虫のぬいぐるみが置いてあった。


 窮屈だが良い部屋だ・・・・少なくとも俺の借りてる格安の宿部屋より良い部屋だ。


 テクルはラフな星柄の部屋着を着ており、左袖はいつも来ている服と同じ様に大きくなっているので触手は覆い隠されてる。

 特注品なのだろうか?


座布団を敷き終わったラスイの方は、特に目立った模様とかが無い水色のシンプルな部屋着だ。

 テクルと違い特にフードとかもなく触角が出しっぱなしなのは、信頼の現れだと好意的に解釈しておく。


「座布団サンキュ。 あ、そうだ。 話の前に先にこれ返しとくよ」


 俺はテクルに10万エヌを渡す。

 優勝賞金は3等分して、それぞれ10万だが・・・俺はちょうど10万の借金がテクルにあるのでこれにて返済完了だ。


 「別に返さなくていいぞ」


 俺が差し出した返済金を受け取らず、何の心変わりかテクルがそう言ってくきた。


 「・・・・え? いや、どうしたんだ。 ラスイみたいな事言って」


 「いや、お前にはいい思いをさせて貰ったからなぁ。 それを踏まえて考えた結果・・・・お前の借金はチャラにしてやるよ」


 そう言って思いを馳せているテクル。

 多分100万を大急ぎで稼ぐ為に街を去った泣き顔のクズルゴを思い出しているんだろう。

 テクルの中では10万<クズルゴの絶望なんだろうなぁ。


 ・・・・それにしても10万って結構な大金だが、本当にそれでチャラにしてもいいのか。

 まぁ、ダメな気がするが本人が良いなら良いか!

 

 「そ、そうか。 じゃあ俺が来た用事を果たそう。 俺がお前らに会いに来たのは・・・1度ゆっくり会話するためだ」


 「ゆっくり会話、ですか?」


 「俺達ってクエスト中に雑談することはかなりあるけど・・・・互いの事はあまり話した事がないことに最近気づいた。 連携とかちゃんとする為にもゆっくり話したくてな」


 「まぁ、それは確かに? 特に用事もないしそうするか」


 「楽しそうです! お菓子とお茶用意しますね!!」


 俺達は敷かれた座布団に座り、ラスイが出したお菓子やお茶に口をつけつつ、ゆっくりと会話を始める。


 「気になっていたんだが・・・・クロイってデバフしか使えないんだよな? 他の魔法は一切使えないんだよな?」


 「おおなんだ? 事実確認に見せた精神攻撃か?」


「いや、私実は魔法が一切使えないんだ。 だから魔法についてあまり詳しくないからさ。 デバフのこと教えて欲しくて」


 今サラッと凄いこと言ったな。

 魔法は基本的だれでも持っているはずだが・・・・稀に一切使えない人がいるそうだ。

 テクルは世にも珍しい{魔法使い}、ではない存在なんだな。


 まぁ、それは置いておいて。


「そうですね。 私も知りたいです!」


「ほう? いいだろう! このデバフのプロが教えてやる!!」


 2人の疑問に答える事にした。


 俺はデバフしか使えない故に、デバフの知識は凄まじく豊富だしデバフの特訓も他の誰よりもしている自覚がある。

 だから俺がデバフのプロなのは間違いではないだろう。


 「まず、デバフとはマイナス効果を対象に及ぼす付与魔法の1種だ。 そもそも付与魔法が何か分からないのなら、対象に何らかの影響を及ぼす付与という現象を発生させる物という認識で構わない。 デバフの正反対であるプラス効果を発生させるバフも付与魔法だな」


 「ほうほう」

 

 「成程です」


 「デバフは採集祭で言った通り、デバフ球と言うものを発射しそれに触れた相手に付与する『発射付与』と直接触れることで付与する『接触付与』の2種類の付与方法がある」


 「確か発射付与は遠くから安全に付与できるのがメリットで、接触付与は効果時間等の細かい設定が可能なのがメリットでしたっけ?」


 「逆に・・・・発射付与のデメリットは簡単に防げてしまう事で、接触付与のデメリットは触れなければいけないから危険という事、だったか?」


 覚えてくれてて感無量だ。


 「その通りだ。 ちなみに同じ魔力量でも接触付与の方が効果は長く、大きなものになるぞ」


 「危険ということを除けば接触付与の方が基本的に強いんですね」


 「再びその通りだ」


 飲み込みが早くて助かる。


「質問なんだが、私はそこそこ前から様々なクエストを受けてきて他の冒険者も見てきた。 見てきたが・・・・お前以外にデバフを使っていた奴は殆どいなかった。 でもバフの方は割と見かけたぞ。 何故だ?」


 「その理由はだな・・・・ デバフがバフに・・・・ ひいては他魔法に比べて・・・・微妙だからだ!!」


 「微妙、ですか?」


 「バフとデバフ・・・・同じ付与魔法で正反対。 しかし現実ではバフの方を使用する者が圧倒的に多い。 その理由の1つ目は印象だな」


 「印象?」


 「相手を弱らせるのと自分を強くする・・・・カッコ良いイメージがあるのは後者の方だろ?」


 冒険者は意外と印象が大事なところがある。


 護衛等の高報酬のクエストも粗暴な印象を抱かれていては向こうから断られたりする。

 他にも依頼主が名指しで受注して欲しい冒険者を選ぶ指名依頼というものがあるが、それも印象がかなり大事だ。


 「でも印象だけでこうも使用者の数に差が出来るものか?」


 「もちろんそれだけじゃない。 クエストというものの性質からしても、バフの方が適しているというのもある」


 「そうなのか? 完全に効果が真逆なだけなら、違いはないんじゃ・・・・」


 「クエストっていうのはさ、大体は沢山の魔物とエンカウントする可能性が高いだろ?」


 「あぁ! そういうことですか!」


 「え? どういうこと?」


 ラスイは理解が早い。


 「強化する等の良い効果を発揮するバフは仲間にかけておけば、バフが消える時間までしばらく放置でいいが・・・・・デバフの効果をしっかりと発揮させるためには、エンカウントする魔物一体一体にかけなければいけない。 その上デバフをかけた相手を倒してしまえば効果は終わりだ。 1度仲間にかければ効果時間が切れるまで大丈夫なバフに比べて効率が悪すぎる」


 かける対象が敵か味方かという違いで、一回一回の魔力消費量が同じでもえげつない消費魔力の差が生まれるのだ。


 「???」


 ・・・テクルはよく理解出来ていないようだ。


 「まぁこんな感じの理由に加えて、デバフを鍛えるより他魔法を強くする方が派手だし成長が実感できるからな。 あんまりデバフを好んで使うやつはいない。 ・・・・というか、そろそろお前らの話を聞かせてくれよ」


俺の話というか完全にデバフそのものの話になっていたが・・・向こうの話も聞きたい。


 「それもそうですね。 ・・・テクルちゃん。 何から話そ・・・・テクルちゃん? どうしたの?」


 「?????」


未だ説明が理解出来ていない様子のテクルだった。

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