第33話 焦りは疲労を促進する

 クズルゴが逃げてからしばらくたった。


 未だ、俺達から逃げ惑うクズルゴ。

 だがいくら逃げようと、ラスイの触覚は常にクズルゴの生命反応を正確に捉えている。

 上手く木々の中に紛れ込んだとしても、俺達の追跡からは逃げきれない。


 ドゴォン!!


 そしてテクルは追いながらも、透明になった触手でクズルゴの周りを攻撃している。

 あくまで“周り”だけだ。

 俺がテクルにクズルゴ本人には当てはしないように言っている。

 わざと当てない攻撃・・・・何故そんな事をさせているかと言うと、この攻撃はクズルゴを焦らせる事が目的だからだ。


 現在水色ゴーストと赤ゴーストを両手で抱えながらも、クズルゴは転ばずに俺達からしっかり距離をとりながら走っている。

 動き自体は冷静そのもので、隠れても意味が無いと分かった途端完全に俺達を引き離す為に純粋な速度で逃げ切ろうとしているようだ。

 だが、クズルゴは走る速度だけで無く目論見通りちゃんと焦りも加速している。

 

 「はぁっ、はぁっ。 引き離せた、と思ったのに・・・・なんで回り込まれるんだよ!!」


 なんでかって・・・・?

 お前が馬鹿にしたラスイの能力で位置は常に分かってるからだよ!

 確かに俺達はクズルゴを見失いこそしたが、だからどうした。

 ラスイがいればそんなの関係ねぇ。


 「・・・なぁ、あのクソ詐欺師野郎に追いつけるのか? この調子じゃしばらく完全に引き離されることはなくても先に私達の体力がきれて追えなくなるぞ。 やっぱりとっとと殴っていいか?」


 ・・・・どうやらテクルが我慢出来なくなってきているようだ。

 確かにテクルの言う通り、このまま追い続ければ先に体力切れするのは俺達だ。


 俺達の中で1番体力が多いテクルはずっと触手を振っていた為、その後も俺の指示で攻撃しながら走っていた事もありかなり疲弊している。

 反面向こうは、体力を使わない赤ゴーストの使役で防いでいたので逃げ始めた時には殆ど体力が減っていなかった。

 クズルゴも現在体力が減ってきているようだが・・・・このままではこちら側の体力が尽きて、位置が分かってはいるが追いかけれない状態になる。


 テクルの透明になった伸びる触手なら今から伸ばせばクズルゴの背中をぶっ叩ける。


 だかしかし。

 それでも、まだ追い続けなければならない!

 追い詰めるには、まだ早い。

 

「安心しろ! もう既に仕込んである! だから殴るな! 殴ったら制約石に失格判定されて作戦全部パァになる!」


 テクルが我慢の限界に達して殴ってしまい、制約石が発動する前に・・・・仕込みが発動しなければまずい!!


 テクルは基本的に常識人であると同時に、情緒不安定な部分があり、それで暴力的な内面が現れる時がある。

 先程、『私がアイツをボコボコにするよりアイツを酷い目に合わせてくれるんだろ? なら我慢できるさ』と言って実際にその為に俺の指示通り焦らせるだけの当てない攻撃をしてくれているが・・・・親友騙した詐欺師の背中を見ていると我慢が出来なくなってきているようだ。

 『なら我慢出来るさ(一時的)』じゃ意味ない!


 「ク、クロイさん! う、後ろから!!」


 俺がテクルを落ち着かせようとしていると、突如ラスイが叫んだ。

 ラスイの言葉足らずの警告と同時に、大量の音が後方より聞こえてくる。

 バァッサ、バァッサという鳥の羽音、ガチガチと鳴る獣の牙の音、ドスドスと聞こえる大きな生物が大地を踏みしめる音・・・・


 ・・・・簡潔に言うと、後ろからぱっと見20匹以上は居そうな様々な夜行性の魔物達が追いかけて来ていた。


 「ははは!! 屍霊術師の死体を操る魔法・・・・〈屍役〉だぁ! オレが昨日用意しといた全魔物をここに集めた!! 散々追い回してくれたな! これでオマエ達はもうおしま」


 ドゴォン!!


 死体達が俺達を追う多種多様な音と、クズルゴの高らかな勝利宣言をかき消す大きな音がした。

 ・・・・・簡単に言うと、後ろからぱっと見20匹以上は居そうな様々な夜行性の魔物達が、一瞬でテクルに薙ぎ払われ潰れた。


 テクルTUEEEEEEEEEEE!!


 しかし俺達の先頭にいたテクルが後ろに向き直って触手を振るった分かなり減速してしまった。


 「・・・・ぜ、全部瞬殺(既に死体なので殺では無い)は想定内! オレを触手で殴ろうとしてくるアイツの時間を稼げればOK!! 流石にあの量の屍役は疲れたけどなぁ!!」


 想定内といいつつ少し引き攣った顔をしたクズルゴが、今がチャンスと言わんばかりに更に引き離そうとする。


 「あぁっ!! もう我慢出来ん! 完全に逃げられる前にぶん殴ってやる!」


 「ちょっと待ってくれ! ・・・・・もう、大丈夫だ!」


 テクルが正に逃げ切ろうとしているクズルゴの後ろ姿を睨みつけ触手で殴ろうとしているのを察知し、止めようとしている俺の言葉を聞きクズルゴは嘲笑をする。


 「はっ! 何が大丈夫だ! このまま完全に逃げ切って・・・・ぐふっ!?」


 ドヤ顔で勝利宣言・・・・というより逃切宣言しようとしたクズルゴが顔面から転倒する。


 「??? な、何故オレが転んだ? こんな最悪のタイミングで?」


 あまりにも間が悪く転んだ事に自分の身ながら困惑するクズルゴ。

 その姿を見たテクルも今正に逃げ切られそうなタイミングで都合よく転んだ事に驚き触手を止めたようだ。


 「もしかして、クロイさんが転ばせたんですか? どうやって?」


 ラスイも驚いたようで、俺に問うてきた。


「ふふふ。 まぁ、間接的にな。 よしテクル、もう完全に大丈夫だ。 だから殴るなよ」


 俺は余裕を持って歩き、少し離れた位置でずっこけてるクズルゴの元に向かおうとする。


 「はっ! オレが偶然転んだだけで、随分と余裕そうだな!」


 特に走ってくる訳でもなくゆっくりと向かってきた俺を見るクズルゴは再び嘲笑した。

 当然だ、急げば追いついて捕まえれるのに歩いてるんだから。

 せっかくのチャンスを逃しているようにしか見えない。

 

 直ぐに体制を立て直し、また逃げようとするクズルゴ。


 「ぐふぉっ!!」


 そして再び大ゴケするクズルゴ。


 「????? な、なんで上手く体が動かねぇんだ!?」


 何度も立ち上がり逃げようとするが、その度に何回もコケるクズルゴ。


 「クロイ、コレどうやってるんだ?」


 インビジブル・ハットを外し、体が見えるようになるテクルが聞いてくる。


 「俺の十八番、デバフ魔法の1つ。 〈弱体〉だよ。 身体能力を下げる効果がある。 ある程度疲労が溜まり体力が一定のラインを下回った事により、普段の動きをしようとしても下がった身体能力では実際の動きと噛み合わなくなり上手く動けなくなってるんだよ」


 〈弱体〉の効果は疲れれば疲れるほど大きくなる。

 疲労が溜まれば溜まるほど普段の動きと実際の動きの違いが大きくなり体を上手く動かせれなくなる。

 発動自体は少し前からしていたので、本格的に効果を発動させる為に疲れさせたかった。

 デバフは“攻撃”では無い・・・・これで動きを封じた事で制約石に引っかからずクズルゴに追いつけた。


 「・・・? デバフなんていつかけたんだ? それにそもそもデバフがかかっている間、対象は黒く光るんじゃ・・・・ クソ詐欺師野郎にそんな光見えなかったぞ?」


 俺がテクルのその質問に答えようとすると。


 「・・・・今だ!! 行け、ルベリー!!」


 [ルベリー]という名の何かに合図を出すクズルゴ。


 するとクズルゴの手から、先程まで抱えられていた水色ゴーストが抜け出し俺たちの方に向かってくる。


 気絶からかなり時間が経っていたので既に目覚めていたようだ。


 水色ゴースト・・・ルベリーは透明ではなく、状態になり突っ込んでくる。


 俺はこのゴーストの半透明状態を知っている。

 この状態は全てのゴーストが最初から性質として持っている能力・・・〈非実体化〉!!


 非実体化は極めて少ない例外を除く全てのものに干渉できなくなる代わりに干渉されなくなる状態。

 見えはするが、向こうもこちらも互いに触れない、という状態だ。


 恐らく俺達の懐に入ったところで非実体化を解除し何かをする気なのだろう。

 しかし触れない以上突っ込んでくるのを防ぐ手立ては・・・・


 「おらぁっ!!」


  バゴッッ!!


 テクルはルベリーを触手で叩き落としていた。

 また地面にめり込み気絶する水色ゴースト。


 ・・・・??

 え、触れてる?

 ・・・・・俺のゴースト知識は間違っていたのか?


 「私の〈触手触れるべき手〉はそこに存在するならどんな状態でも命中する。 原理は知らないがな」


 どうやらテクルの前では幽霊も太刀打ち出来ないようだ。

 ・・・・強すぎやしませんかねぇ。


 「・・・・マジで? そんなあっさり?」


 観念したかの顔をしたクズルゴが、俺達を見上げていた。

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