第13話 想起せよ、彼の日の言葉を

 ・・・・・・あぁ、私は何をしているんだろう。


 目の敵にしていたあの男とラスイに助けられ、余裕をもって逃げられた筈の2人の足を引っ張った。


 あの男が言っていた『あの言葉』を聞いた瞬間、自分のことを指していないのは分かりきっているのに何故か頭が真っ白になってしまった。


 だがそんな事、最初動けなかった言い訳にはならないだろう。


 あぁ、本当に、私は、何を、している、んだ?

 ・・・・今も『あの言葉』が聞こえる気がする。


 「よ、調子はいかが? ・・・って、どう見ても良くはないよな」


 目の敵にしていたあの男が座り込み、うずくまってる私の前に屈み込んで話しかけきた。


 さっきまでラスイと何やら話していた様だが・・・・どうやら終わったようだ。


 ・・・・・・・・


 「なんで、私を助けてくれたんだ?」


 「ん?」


 「私、おまえの事、ラスイを騙した悪い男として見てて・・・ずっと敵視してたんだぞ? そんなやつを・・・なんで、助けてくれたんだ?」


 「いや、お前のその、俺への判断はなんらおかしくない。 ラスイは無防備すぎると思う」


 その男は、そう即答した。


 「・・・そ、そうか。 いや、私が聞いてるのは何故私を助けてくれたのかっていう話なんだけど」


 「それはーーあれだよ。 あれ、あれ。 えっとーーー、そう! ポイント稼ぎだ!」


 「ポ、ポイント稼ぎ?」


 「ほら、今俺お前に監視されてるわけだろ? 勢いでパーティ組んじゃったけどさ、ラスイ凄い優秀だから解散は嫌なわけじゃん? だから君を助けてラスイとのパーティ認めてもらう為のポイント稼ぎ、みたいな?」


 男は早口でそう捲し立てる。


 その言い分を聞いて思わず私は苦笑してしまった。


 何がポイント稼ぎ、だ。


 私を見殺しにしてとっとと2人で逃げていれば、そもそもポイント稼ぎなんて必要なかったろうに。


 「それでだな。 今俺はこの状況から脱出する方法を考えているんだが・・・テクルの出来ることを教えてくれないか? ラスイの方は魔法とか、魔人の能力とか教えてもらって、今さっき考えたとある事をしてもらっている。 多分お前も魔人だろ? 魔法でも魔人能力でもいいから教えてくれよ!」


 ・・・・・自分が魔人だってことをラスイは言ったのか。


 そしてそれをサラッと言った辺り・・・・多分この男は魔人に対する畏怖、嫌悪とかの感情はないのだろう。

 魔人に対して少しも嫌そうな顔しないなんて・・・・珍しいタイプだな。


 だがそれでも、私の異形の部分を、他人に見せるのは、ダメだ。


 「・・・わ、私は何も出来ない」


 「いや、何もできない奴がツキヤブリとかの危険な魔物を討伐できるかよ!」


 「み、見てたのか」


 「うん、報告の時見てたぞ! まぁそれは一回置いといて、別に教えてくれて大丈夫だって! 俺魔人差別とかしないタイプだから! 本当だぞ?」


 「・・・ご、ごめん。 でも、本当にダメなんだよ」


 「このままじゃ、みんな死んじゃうかもしれなくても?」


 ・・・・・それでも、私は・・・・・


 「・・・私はラスイの前で『コレ』を使うことはできないんだよ。 だから、まず私があいつに1人で突撃して時間をなんとか稼ぐからさ、その間に逃げてくれよ」


 「バカ野郎! あんなに早くて木々薙ぎ払える奴だぞ! 無策で突っ込んだらお前死ぬぞ! そんな事したら毎晩夢の中でおまえの霊が出てきそうだ! そんなの嫌だ!」


 「え、え〜〜〜〜、そんな理由? で、でも」


 「よしわかった落ち着け。 このままじゃきっとダメだ。 こうなったらをしよう。 いいか? 怒らないで聞いてくれよ?」


 「・・・・・?」


 「俺、実はラスイのテクルに対する近いようで遠いような距離感とかその他諸々気になっちゃって・・・えっとーーあれだよ。 最近ツケを返したばかりの酒場のお姉さんがいるんだが・・・そのお姉さん噂とか酔った客の話とかで色んな情報持ってるからさ。 その、聞いたんだよ。 お前の事とか」


 ・・・・この男、私の事調べてたのか・・・なんかヤダな。


 「俺が聞いたテクルの話は『友達のストーカーをボコボコにした』『ストーカーが〈堅固〉の魔法を使っていなかったら確実に死んでいたほどの酷い傷を負っていた』 『友達の証言、ストーカーの悪質さ、ストーカーが使った魔法の痕跡などの証拠により正当防衛として認められた』 『捕えられたストーカーは精神的に強いショックを受けたようで、ずっと譫言のように化け物とぶつぶつ呟いてた』・・・とかかな」


 それを聞いて、私は再びあの日を思い出す。


 あの日のラスイは、私を見て震え泣いていた。


 「・・・・私の魔能はラスイの深いトラウマをきっと呼び起こしてしまう・・・ だから、私が時間を稼いだ間に2人で逃げ出して貰えればその後使えるから、大丈夫だ」


 「いや、俺達が逃げるまでに詳しくは知らないが魔人の能力無しで持ちこたえられるとは思えないし・・・・それで行こうとは言えねぇんだわ」


 「だ、だったらどうすればいいんだよ!」


 「・・・・要するにラスイのトラウマを呼び起こしたくないから近くじゃ使えないって話だろ?」


 男は真剣な面持ちで確認をしてきた。

 それに少し気圧されつつも私はしっかりと答えを返す。


 「そ、そうだよ。 お前からしたらくだらない話かもしれないけど私にとってはすごく重要な」


 「いや、そこじゃない。 俺が言いたいのはだな・・・・本当に使いたくない理由はそれなのかって話だ」


 男が急に言ってきた言葉の真意が分からず、一瞬私の思考がフリーズした。


 「・・・は? 何言っているんだ! あの時確かにラスイはーーー!」


 「詳しくは知らないけどさ・・・・じゃあ、さっきからやけにボーッとしてたのはなんでだ?」


 「・・・ボーッとしてたわけじゃなくて・・・・言い訳になってしまうけど、『化け物』って聞いた瞬間頭が真っ白になってしまって」


 「それだ!」


 「え?」


 言葉を遮った男は私に向かってビシッと指を向ける。


 「俺のただの推測だが・・・トラウマになってるのはラスイじゃなくて・・・・テクル、お前じゃないか?」


 「な、なにを」


 「俺、母によく想像力は割と豊かって言われててさ。 それで考えたんだけど・・・俺、そのストーカーの件でトラウマが出来たのは・・・・お前なんじゃね?と思ったんだよ」


 「・・・・私に、トラウマ?」


 意味がわからない私に、男はその思考に至った根拠を語り始める。


 「そう、俺がその結論に至った理由の1つ目はだな・・・・まず、お前がかなり情緒不安定な事だ」


 「・・・・ひ、酷くないか?」


 「実際事実だろ。 最初ラスイに抱きついてキャッキャウフフしてたかと思ってたら最近はラスイによそよそしくなったり、距離感が近いのをキープしたいのか遠ざけたいのかよくわかんねぇし、行動がチグハグだ」


 「・・・・うぅ」


 「情緒不安定ってことは・・・異様なほどカッとなってしまった後にこれまた異様なほど急速に頭が冷えて冷静になるとかもあると思うんだ。 そこから考えたんだが、カッとなってストーカーをボコボコにした後・・・・冷静になったら怖くなったんじゃないか?」


 「・・・・何がだ?」


 「怒りのあまり人を躊躇なく殺しかけてしまった・・・・自分が」


 男の言葉に私は反論しようと・・・・しようとして・・・しようとしたが、出来なかった。


 「お前の性格は真面目だろう。 だがそんな自分の暴力的な性質に気づいてしまった。 そしてそんな自分をラスイに見せてしまうのが嫌なお前は、自分の中でラスイにトラウマを植え付けてしまったからラスイの前では自らの暴力の象徴である魔人能力の『コレ』とやらを使えないという解釈を勝手にする事で、自分のトラウマに無意識の制限をかけて抑制したんだ」


 私はそれを聞き、やっと出てきた反論をぶつけようとして・・・・


 「・・・・でも、確かにあの時のラスイは」


 「よく思い出せよ。 俺はラスイと知り合ってまだまだだが・・・・そんなふうに仲間を怖がったりするやつじゃないと思うぞ。 ていうかそれは昔からの仲のお前なら分かるだろ」


 ・・・・それを聞きすぐに黙ってしまった。


 ・・・・・・・・


 ラスイは確かに、そんな事言ったりも思ったりもしない、どうしようもないお人好しだ。


 ・・・・・再び追憶し、想起する。


 ・・・・・・・・あの時のラスイは。


 ・・・・やはり泣いていた。


 ・・・震えても・・・・・いた。


 ・・・・・やっぱり怖がらせてしまったのは事実・・・・


 「頼む! 推測当たっててくれぇ! あそこまで得意顔で解説したのに外れてたらめっちゃ恥ずい!! いや確かに論理とかかなり飛躍しすぎだけど、それでも当たっててくれぇぇ!」


 ・・・・深く自分の記憶へと潜っていた私の耳にそんな情けない言葉が入り込んでくる。


 確かにこの男の推測は殆ど想像で補われており、信頼出来る点は1つもない。


 でもそれを自分で言葉として出すのはどうなんだ・・・・・


 ・・・・・言葉?


 そういえば、〈気絶弾〉の効果で薄れゆく意識の中、何か聴こえた気がする。


 あれは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ・・・・・・私の記憶の、追憶の、彼の日の・・・無意識の制限で今まで思い出せなかった言葉が、顕われる。


 あの時、ラスイは私に・・・・


 『テクルちゃん、ありがとう・・・! 私の為に・・・ありが、とう!』


 ・・・・・そうだ。


 ラスイは泣きながら、震えながら・・・笑顔で、感謝を言っていたのだ。

 感謝の涙、感激の震え・・・・とびきりの笑顔。


 ラスイは私の行動に恐怖を感じていなかった。


 むしろ自分の我を忘れて人を殺しかねない自分の性質を知って・・・化け物と呼ばれるのに、自らの暴力の権化である能力に恐怖を感じていたのはあの男が言った通り。

 私だったのだ。

 だから、ラスイが言っていたこんな大事で大切な言葉でさえ、忘れてしまっていたのだ。


 「・・・・思い出した。 ラスイは私の行動に恐怖を感じてなんかいなかった」


 「良かった!! 推測大ハズレしてたら、俺くそダサかったからな!」


 なんだかズレた事で喜んでる男だが・・・それを思い出しても、私は・・・・


 「だ、だがそれでも私は誰かの前で『コレ』を使うのに恐怖を感じてしまう。 だからやっぱり私は役には立たない・・・」


 「いや、ダメだ! 役に立ってもらう!」


 「いや、無理矢理でやれるものでは・・・」


 「いいか? 俺はラスイにとある重要な事をやってもらっている。 だが、ラスイより強いはずのお前が何も出来ないのはどういうことだ!」


 「そ、そうは言われても・・・」


 「俺の考えた作戦は詳細は知らんが最終的にツキヤブリとかストーカーをぶっ倒したお前の決定的な攻撃力が必要だ。 それに、だ。 カッとなって手を上げてしまう人間なんて思うよりこの世にいくらでもいる。  むしろそれに無意識に制限をかける程しっかりと罪悪感を感じてる分お前は十分良い奴だ」


 「・・・・いや、それで」


 「ウジウジするな! 見てて虚しくなる! 俺、デバフしか使えないんだぞ! そんな俺の何倍も強いであろうお前は俺以上に頑張るべきだろ!」


 そんな無茶苦茶な事をこの男は言い・・・・


 「・・・・俺の作戦を今から言う! そしてすぐに実行する! 俺の命お前に預けたからな! いやこの場合押し付けるって言った方が正しいな。 お前がしくじれば俺は死ぬだろう!」


 「正気か!? 私は・・・」


 「うるさいやい! そもそも長年の親友の性格を理解してたのに恐怖を感じていたのは自分という事実に気づけなかったくせに俺に意見するなぁ!」


 「今、凄いこと言ってるぞお前!! ま、まあ確かに気づけなかったのは事実だけどさ」


 「そうだ! ラスイの性格なら『私なんかが怯えるなんておこがましい』とか言うはずだぁ!」


 「いやラスイは絶対にそんなことは言わない」


 「そうだな、“親友”のお前が言うんならそうなんだろうな。 ・・・その親友の為にも! ここでトラウマを払拭するんだよ! 今度は・・・いや、今度も!! 守るために戦え!!!」


 不器用な発破をかけてくる男・・・・クロイは、私に一方的に作戦を説明し始めた。


 それを聴き終わった時には・・・・この作戦、お前ラスイが人を信用し過ぎとか言ってた割には、お前も大概だなと・・・・そう思った。

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