第3話 金は高揚を生み出す

 俺は今、高揚している。


 まさかあのベビィスライムを冷凍保存出来るとは夢にも思わなかった。


 昔ベビィスライムを過去に凍結、石化、停止させる魔法で何とか自壊しないようにする事で研究しようとした試みは何度もあるらしい。

 しかしその尽くが失敗に終わっている、その理由は単純明快。

 ベビィスライムが余りにも攻撃に敏感すぎるからだとの事。


 ベビィスライムはどんなに弱い物理攻撃、魔法攻撃でも感知すると自壊する。

 なんなら攻撃でない付与魔法でも強い付与だと勝手に攻撃されたと勘違いし自壊する程だ。

 動きを止める為の魔法は全て攻撃として感知され自壊してしまう、やれるのは精々動きを鈍くさせる程度・・・・この厳しい自然界でどんな進化すればこんな自壊大好き生物が誕生したのか気になっている研究者が多い、だがその自壊性質のせいで研究が出来ないジレンマ。


 だから常に全国のギルドには常にベビィスライムの捕獲を高額で頼む依頼がギルドにあるのだ。


 ・・・・・そんなベビィスライムを幸薄い子がいとも容易く捕獲出来たのは何故?


 彼女の才能? 偶然鈍感なベビィスライムだった? 魔法に何か関係が?


 考えても分からないので今はそんな事どうでもいい!

 いやどうでも良くはないかもしれないが、いつか分かると信じて今は気にしないでおく!


 目下やるべきは、このベビィスライムを絶対に壊さずギルドまで運びきる事!


 ベビィスライム冷凍から時間が少し経過し、今現在は俺が周りを警戒しながら先導し、万が一ベビィスライムが気温で解凍し結局自壊して終わるとかいう結末にならぬ為に幸薄い子が〈微冷〉の魔法で冷やしながら着いてきている。

 いや、ベビィスライム冷凍保存という偉業を成したんだから幸薄いはちがうな・・・幸薄い子改め幸濃い子だな。


 そんなどっちでもいいような事を考えていると、後ろからおずおずとと声がかけられる。


 「あ、あの。 な、なんでスライムごときをこんなに丁寧に運ばせてるんですか?」


 この幸濃い子は自分がしたことの凄さを知らないらしい・・・・純粋に魔物についての全体的な理解度が浅いタイプと見た。


 「簡単に言えばその凍っているのをギルドに渡せば札束になるからだよ」


 「さ、札束!?」


 「うん。 多分ビンタに使ったらそこそこ痛いぐらいの量は貰えると思う」


 「そ、そんなに・・・・!?」


 それを聞いた瞬間、ベビィスライムを包み込んでいる幸濃い子の両手が緊張で一気に震え出す。


 「ちょ、おい! 手がプルプルしてる! 氷が割れそうで怖いから止めてくれ!」


 「あ、あわわわわわ」


 どんどん震えが加速する幸濃い子の両手、そしてそれに包まれてる冷凍ベビィスライム。


 「ちょっ! プルプル! プルプルがどんどん激しくなってるー!」


ーーーーーーーーーーーー


 「ギルドに、ついたぁっ!」


 「こ、壊れなくて良かったです・・・・」


 さっきの激しい震えは一度深呼吸し落ち着く事で震えを抑え、その後は特に問題なくギルドに帰ることが出来た。

 ・・・・・気を張り続けていたため、疲労感が凄い。


 疲労状態でギルドに入ると、そこは冒険者にとって親の顔より見た馴染み深い場所。

大規模な魔法により空間の拡張がされているギルドは外から見るよりずっと広く、百人程度なら余裕で収納可能、内装は暖かい色が多めに使われて安心感がある。

 そこらの冒険者が酔った勢いで攻撃してもびくともしない特殊な木で作られた柱が等間隔に存在し、柱とは別の木で築かれたギルドを支えている。

 クエストによって汗をかいた様々な冒険者達が頻繁に出入りする事で空間に広がっている酸っぱい匂いも、初めて入った頃はともかく今やとっくに慣れている。

 そしてサボテンの植木鉢やこの街の昔の写真などの内装をシンプルにさせ過ぎないための様々な物が壁際にある大量の棚の上にそれぞれ置いてあるが、それよりも多いのがクエスト受注の際に使用するクエストディスプレイだ。


 既に捕獲しているので後出しの形になるが、報酬の為にベビィスライムのクエストを受注をしておく。


 「と、とりあえずクエストディスプレイで、えっと[ベビィスライムの捕獲] [報酬30万エヌ]・・・・見つけたぞ! 受注! そして受付に向かう!」


 クエストの受注自体は魔機械により無人でやっているが成功、失敗の報告やそれの証明などの細かいものは受付の人がするのだ。

 一昔前までは受注も受付の人がやっていたのだが、ギルドによっては過労死するほど仕事量がエグくなってしまい労働改革が発生、そして現在は受注が半自動になったというわけだ。


 「受付さん! クエストクリアの報告だぁっ!」


 俺が受付さんの前に滑るように近付き元気よくそう言う。


 「はい。 ギルドカードと成功証拠の提示をお願いします」


 この茶髪で眼鏡をかけている正統派美人の女性はこのギルドの受付さん。

 ギルド職員の制服である、丸みのある暗青色の帽子に同色のスーツをバッチリ着こなしており、女性らしく若干膨らんだ胸の下部分に『イズリラギルド職員 受付担当ケウシャ』と書かれた名札が張り付いている。

 この人は仕事がバリバリ出来るし性格もフレンドリーだが、仕事の受付時は顔見知りであろうがなかろうが等しく丁寧な対応をとるなど、公私は分けるという真面目さ持ち併せている。

 その人柄や整った容姿から人気があり、下心か恋心か男冒険者は報告事は大抵わざわざ狙ってこの受付さんの元に行く。

 だが今回は時間帯か、純粋な運が良かったのかは分からないがギルド内の人が少なく誰も並んでいない上、ギルド入り口に最も近かったのでこの受付さんに報告する事にした。


 「よし! 慎重に置けよ!」


 先ほどから俺の後ろでソワソワしていた幸濃い子に指示を出す。


 「は、はいぃっ!」


 俺がギルドカードを、幸濃い子が冷凍ベビィスライムを受付さんの前に置く。


 あとついでにポワポワ花50本も。


 「えっと? ポワポワ花50本確かに確認しました。 次に・・・・・ふぁっ!? ベ、ベビィスライム? え、本物? ・・・・・も、申し訳ございません、取り乱してしまいました。 ・・・・・カンテさんー! 来てくださーい!」


 受付さんが冷凍ベビィスライムを見た瞬間慌て出し、謝罪した後急に受付の奥に引っ込んだかと思うと、背が高く肩幅が俺の2倍ぐらいある筋骨隆々な老爺を連れてきた。


 老爺は受付さん同様のギルドの制服を着ているが・・・・名札がなく、帽子もなく、服は皺皺で着こなしも雑というかなり衝撃的な格好であった。

 制服ってそんな雑でいいの?


 老爺はさっきまで眠っていたのか正しく寝ぼけまなこな様子で欠伸をしながら髪・・・・は存在しておられないので頭を掻き、思ったよりダンディな声で俺達に問いかけてくる。


 「えーーーーー、わしゃあ[カンテ]というものじゃ。 確か・・・・・あぁそうそう。 このギルドで真偽不明、複雑な訳アリ、未知のものなどの受付だけで判断つかない物が出てきた時に出番が来る鑑定担当じゃ。 あんたらお二人がベビィスライムを捕まえたんか?」


 「あぁ、なんか分からないけど自壊する前に凍ったんだ」


 滅茶苦茶アバウトな説明だが実際そうだから別にいいよな。


 「ほうほう? 早速じゃがちょっと鑑定させて貰うぞ? どれどれ・・・」


 するとカンテは専用の道具だろうか・・・・多分何かしらの魔法が付与されている小さな虫眼鏡を取り出す。

 30秒程虫眼鏡を通して様々な角度からベビィスライムの氷像をひとしきり見終わったらしいカンテはため息をつく。


 「・・・・・これはぁ。 お主ら、やってくれたのう?」


 「「え?」」


 俺と幸濃い子の声が重なる。


 「知っとるか? 悪質な虚偽の報告は罰金じゃぞ? 余りにもあんまりな場合は法的措置もあり得るそうじゃ」


 ベビィスライムの皮算用で昂り熱くなっていた頭が、カンテの言葉によって冷水をぶっかけられたように急速に冷えていく。


 ・・・・・まさか、違った!?

 もしかして、ベビィスライムに似た別の魔物だったのか?

 俺はそれをベビィスライムと思い込んで意気揚々と提出してしまったのか?


 俺は、酷い勘違いを?


 ・・・・・・そうだ、そもそも今まで誰も出来なかったのだ。

 都合良くベビィスライムがそんな簡単に凍るわけがない。


 まさか勝手に誤認識して、俺は初対面の幸濃い子を虚偽報告に巻きこんでしまったのか?


 「これ、本物のベビィスライムじゃ。 これ報酬の30万エヌね」


 俺の考えを他所に、カンテはポンと何処からか取り出した札束を俺たちの目の前に置いた。


 「「え?」」


 再び俺と少女の声が重なる。


 「はーはっは! 焦ったじゃろう? ビビったじゃろう? やっぱり不穏な事を言って冒険者を驚かすのは最高じゃ!」


 カンテは呆気に取られた俺たちの様子を見て、大袈裟に手を叩き笑っていた。


 ・・・・・まさかこのジジイわざと不安にさせるような事言ったのか!?


 「ちなみにわしゃあ嘘はついとらんぞ? 凄いことを『やってくれた』し、『悪質な虚偽の報告』もただ、知識として教えただけじゃしのう!」


 カンテが屁理屈っぽいことをいうが、俺達が何か言う前に受付さんが少し叱るように言葉を出していた。


 「カンテさん! その冒険者を煽る癖治してくださいっていつも言ってますよね!? それに、報酬の30万エヌを渡すのは後日依頼主との手続きを済ませてからで・・・・」


 「うっさいのう! あのベビィスライムの捕獲じゃぞ? どんな手を使ったかは知らんが間違いなく凄いという事じゃ。 ならすぐに渡しても問題ないわい」


 「その凄いイコールなんでも許される理論もやめてください!」


 「イヤじゃ!」


 「何が、『イヤじゃ』ですか! いいですか、そもそもですねーー」


 目の前で受付さんとカンテの口論が始まる。

 だが、俺達の目は既にポンと出された30万エヌに釘付けにされている。


 さて、この報酬は・・・・・・

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