第2話 意味は行動の後ろをついて行く
俺は今後悔している。
なぜ俺は自分もお金に困ってるのにその上ただでさえ少ない報酬を半分にする約束をしてしまったのだろうか。
自分でもよく分からないが気付いたら衝動的にやった事に苦悶しながらもポワポワ花を探していると、別行動でポワポワ花を集めていた幸薄い子がおずおずと近づいてきた。
「あ、あの。 こ、これでポワポワ花50本全部集まりました」
そう言いながら大量のポワポワ草を差し出してきた。
「え、早っ」
探すのを手伝ってもらってからまだ10分も経っていないのに?
俺は1時間半で25本までしか集まらなかったのに?
驚いて思わず素で驚いてしまった。
「え、あ、早く集めてはいけませんでしたか? す、すいません」
「いや違う。 凄い助かった本当にマジで」
「そ、そうですか? あ、ありがとうございます」
・・・・・俺はなぜ出会ってちょっとの子を咄嗟にフォローしているんだろう。
というかそもそもの話、本当に何故俺は自分でも時間がかかっても夜までには探しきる事が出来るであろうポワポワ花採集の手伝いをこの幸薄い子に要請して報酬を分けようとしているんだ?
・・・・哀憫?
いや違うな、ツケを大急ぎで払わなければ餓死するかもしれない俺が一体何を哀れむっていうんだ。
・・・・同情?
これも違うな、確かにどちらも金がなくなってるけど向こうは詐欺られて金が無くなった被害者、俺は酒場に迷惑かけてりある意味で加害者だから同じ無一文でも全然違う。
・・・・正義感?
そんなもんがあるならさっさとツケ払えやって話だよなぁ。
元の報酬の50エヌだって腐りそうになっている果物一個買えるほどの金でしかない。
それを分け合っても向こうもほとんど足しにならんだろうし、こっちもツケ完済が遠のくだけだ。
俺は心の中で自問自答を繰り返しながらポワポワ花50本を持ってきたカゴに入れて、幸薄い子と一緒にギルドに帰り始める
「・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
・・・・・き、気まずすぎる!
何も喋らずただ一緒に帰るのがこんなに気まずいとは知らなかった、今まではそもそもクエストの後に一緒に帰る人がいないボッチだったからな。
この地獄みたいな空気を打破すべく俺は話しかけることにした。
「そ、そういえば君はどんな魔法が使える?」
魔法は大凡全ての人が使える様々な効果を持つ便利な力。
初対面の人と仲良くなりたい時はどんな魔法が使えるか聞けば良いと、母は言っていた。
「ま、魔法・・・・ですか。 えっと、その」
・・・・・ん?
深々被ったフードで顔が見えんが、どうにも幸薄い子は取り乱している様に見える。
もしかして俺、地雷踏んだ?
母め、何が初対面の人と仲良くする方法だ!
・・・・いや、待てよ?
母は確かこうも言っていた。
相手の地雷を踏んだ時は自分の地雷で相殺すれば良い、と。
・・・・バカにされない事を祈って、やってみよう。
「俺の魔法はさ、これなんだよね」
俺は実践して見せる為に魔法の対象を探す。
そうするとちょうど足元に[ベビィスライム]が1匹いるのをすぐに見つけた。
ベビィスライムとは手のひらサイズの小さな白いスライムで、最弱中の最弱中の最弱と呼ばれている程の弱い魔物。
子供時代誰しもが一度は踏み潰して遊んだ事があると言われており、手で少し触れたり軽い魔法攻撃がかすっただけでも自壊してしまう程に脆く弱いのだ。
だが逆にそのすぐ自壊する性質のせいで捕獲が困難であり、色んな所で見かけるのにも関わらず研究が未だ進んでいない未知の多い魔物でもある。
その為前からギルドのクエストには常にベビィスライムの捕獲が存在しているが、未だに成功者は0だ。
コイツを捕まえてギルドに渡せば多額の報酬が貰えてツケが完済出来るだろうなぁ、と思いながら俺は右手のひらに小さな魔法陣を構築し始めた。
人間誰しもが体内に宿る魔力・・・・・それを己の掌にある程度集める。
その魔力の一部を掌から体外に放出し、空気中に霧散しないように意識しつつ操作して望んだ形に変化させてゆく。
本来魔力は無色透明、しかし魔法を行使する為に変質した魔力・・・・魔法文字という魔法的意味を持つ黒い極小の文字となった状態では他者からも認識可能。
自らの意思で魔法文字と化した魔力を更に操作し、魔法文字を円状の集合体にすれば・・・・・魔法を出力する為の手のひらサイズの門、魔法陣の完成だ。
ここから更に魔法陣構築する際に使用した魔力とは別の魔力を新しく流し込めば、魔法文字の意味と形で織り成す魔法陣によって決まった特定の魔法へと変換される。
魔法陣構築から、魔法発動までにかかった時間は1秒未満・・・・俺は掌から自分の魔法を放つ意思を持つ。
その意思がスイッチとなり、魔力が魔法陣によって魔法として変換されて解き放たれる。
呼吸や歩行のように半ば無意識に出来るとはいえ複雑な工程を高速で経て誕生した魔法陣から出力されたのは。
・・・・・プカプカと浮きながらゆっくりとベビィスライムへと飛んでいく、光沢の無い黒いシャボン玉の様なもの。
それは5秒ほど時間をかけてベビィスライムに到達し、直撃する。
命中した途端、いとも容易く魔法によるシャボン玉擬きは割れた。
その瞬間ベビィスライムは僅かに黒く発光し始め、体をよじらせながら進んでいた動きが急に遅くなった。
・・・・・・これが俺の魔法です。
「これは、動きが鈍くなってるんですか・・・?」
「正解だ。 いわゆる付与魔法の一種である〈デバフ〉って奴でね。 数種類あるデバフは皆相手に何らかのハンデを背負わせる効果があるんだよ。 今こいつにかけたデバフは〈鈍化〉って言うデバフであり動きが鈍くなる。 他の魔法と組み合わせれば汎用性ありそうだろ? ・・・・俺はデバフしか使えねぇんだけどな!」
魔法というものは生まれつき素質で習得できるものが決まっている。
素質さえあれば才能や努力で魔法は使えるようになるが、逆にいえばその魔法の素質がなければどれ程の努力家や天才でも習得出来ない。
俺は珍しい事に直接的攻撃力皆無なデバフ系しか素質がなかったのだ。
そのせいで誰もパーティを組んでくれない。
別にデバフ自体がとてつもなくめっちゃ弱いってわけではない。
デバフは様々な種類があり、自慢じゃ無いが俺は全部使える。
けどデバフだけの奴が、デバフ数種類使えるプラス他の魔法も行使可能な奴に勝てる訳もなく。
実際付与魔法であるデバフは直接ダメージを与える訳では無いので、この魔法ではベビィスライム1匹討伐出来ない。
そんな攻撃性能0かつ特段他の強みが無いのが俺なので、討伐クエストなんて受けれず今まで採集クエストしか出来なかったのだ。
「・・・・私は、最下級魔法しか使えません」
俺のカスみたいな魔法を披露し弱みを晒すと、幸薄い子はそれに感化されたのかポツポツと自分の事を話し始めた。
どうやら俺と同じく実演までしてくれる様子だ。
幸薄い子は人差し指の先に豆粒サイズの小さな黄白色の魔法陣を構築し、上に向けた。
その魔法陣からは指先程度の大きさである、これまた小さな光の球が出現する。
「えっと、これは光魔法の最下級で・・・・辺りをほんの少しだけ照らせる、ちっちゃな光球を出す〈微明〉の魔法、です」
そう言うと彼女は光の球を消し、指先の魔法陣をまた別の物・・・・大きさはそのままで茶色のものに書き換える。
「次にこれが、地属性の最下級で・・・・土をちょっとだけ盛り上げる、〈微土〉です」
言われてみれば、僅かだが彼女の足元の土が盛り上がっているのが見えた。
「次にこれが、そよ風を発生させる〈微気〉です」
再び彼女は魔法陣を構築し直すと、緑になった魔法陣からは少し涼しい風が吹いてきた。
「・・・・・私は最下級の魔法しか使えない、役立たずなんです」
一通り終えると彼女は魔法陣を消滅させ、幸薄い子は俺に向かって自嘲するようにそう呟くが・・・・・俺はそれより気になる事があった。
「いや待って。 もしかして君、【多属性保持者】?」
「・・・・え?」
「当たり前かのようにポンポン魔法陣の属性を変えててビックリしたんだけど」
魔法には様々な属性がある。
『炎』『水』『氷』『風』『毒』『電』『地』『撃』『音』『生』『光』『闇』『与』、などなど。
そして、人は基本的に1属性か2属性の魔法しか使えず、3属性目以降が使えるのが多属性保持者と言いとっても珍しいなのだ。
「つ、使える魔法の属性自体は11個あります」
まさかの3属性どころの問題ではなかった。
確かに最下級魔法はそれぞれの属性の内、魔力消費が最も軽い代わりに本当に小さな効果しか齎さない最弱の魔法だが・・・・その最下級にしか素質がないとはいえ十分規格外だ。
・・・・・俺は与属性の内の1つ、〈デバフ〉しか使えないのに!
「凄っ! 他には何があるんだ?」
「え! えっと、その、こんなのとか・・・・・」
そう言って彼女は再び指先に別の魔法陣を生み出し、その指先を未だ俺のデバフで動きが鈍くなっているベビィスライムに向ける。
「えい!」
今度は氷属性の様で、指先の水色魔法陣から少しの冷気が発射されている様子。
それをくらったベビィスライムは徐々に凍っていっている。
「これが氷系の最下級魔法、〈微冷〉です」
スライムは基本的に水分が多いから凍りやすいんだよな・・・・・・
・・・・・・・ん?
「あ、完全に凍りました! 最下級の魔法でも小さなスライム程度なら凍らせることが出来るんですね!」
幸薄い子はそう言って、凍ったベビィスライムを手のひらに乗っけて俺に見せるように持ち上げた。
・・・・・・・・・んん?
・・・・ 凍って、“持ち上げた”?
落ち着いてベビィスライムについての知識を振り返ろう。
『そのすぐ自壊する性質のせいで、捕獲が困難で色んな所で見かけるのに研究が進んでいない』
『コイツを捕まえてギルドに渡せばきっと多額の報酬が貰えるんだろうなぁ』
今俺の目の前には、自壊せず形が崩れていない完全な状態で冷凍保存されているベビィスライムの姿が映っている。
「・・・・なぁ、君」
「あ、な、なんでしょう。 や、やっぱりスライムなんかを凍らせただけで喜ぶなんて冒険者の恥ですよね。 すいませ」
「今君は偉業を成し遂げたよ。 具体的に言うと多分30万エヌぐらいの」
「・・・さ、30万エヌ? 偉業? ど、どういうことで」
「いいか! そのベビィスライムを絶対に崩さないように冷やしながらギルドまで運ぶんだ!」
「え?」
「落とすなよ! フリじゃないからな!」
「え? え?」
ツケ完済のチャンスが早くも巡ってきたぁ!
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