第35話 モエラ、失踪

「モエラが辞表を出したのが10日前。そこから引き継ぎを初めて、最後の3日間でなんとか終わるかってところだったんだが、その肝心の3日前から、モエラは行方不明。おまけに月末も重なってこの有り様さ。まったく、ギルマスは何をやってるんだって話だよ」


 と、そんな説明をした彼こそが、この冒険者ギルドのギルマスだった。皆が混乱し騒然としてる中、僕たちに声をかけ、別室で話を聞かせてくれたのだった。


「僕たちも、モエラがどうしてるかは知らないんです。ここ10日間、この街を離れてましたし。彼女が今日でギルドを辞める。僕らも今日くらいに街に帰ってくる。示し合わせてたのは、それくらいなんです」


「それじゃあ、約束とすら呼べないか」


「ええ。僕らは、彼女がどこに住んでるのかすら知らないんですが――家には、行かれたんですか?」


「ああ。職員に様子を見に行かせたが、もぬけの殻だった。それどころでなく――そうだ。これから、時間はあるかい?」


「ええ。モエラを誘って食事にでも行くつもりでしたし、こんな場合です。何かあったとしても、時間を作りますよ」


「そうか。じゃあ、行こう。私が案内するよ。なあに、ここに居たって私に出来ることなんて何も無くてね。頭を下げる先さえもう無いって有り様なのさ」


 というわけで、ギルマスの案内でモエラの家に向かうこととなった。


 ●


 足には、ギルドの馬車を使った。4人乗りで、御者台ではギルマス自らが手綱を握っている。人手が足りないからというよりは、彼自身がやりたくてやってる様に見えた。「気に食わないねえ……」耳元で、師匠が囁く。「ああいう、自分で手を動かしたがる上役っていうのは、下にいる人間にしてみれば邪魔でしょうがないんだ。モエラって子も、苦労してたんじゃないかね」


 そう言われて思い出したが、師匠とモエラは、まだ会ったことが無い。モエラと親しいように見えたセリアも、どこに住んでるかさえ知らない程度の知り合いだ。そして僕はといえば、師匠とセリアの中間といったところ。


 その程度の知り合いに過ぎないモエラと、どうしてパーティーを組もうだなんて思えたのか。仕事する彼女を見ていたからだ。彼女の有能さと実直な仕事ぶりが、僕らに彼女への好感と信頼を抱かせたのだった。


 そんな彼女が、自ら失踪するのは有り得ない。


 家や学園、そして冒険者としての活動で学んだことだけど、出来る人間というのは、人間関係を粗末にしない。逆に言うと、人間関係をぞんざいにする輩は、何をやっても半端にしかならない。だから、モエラが冒険者ギルドに後ろ足で砂をかけるような辞め方をするとは思えなかった。


「私たちが、巻き込んじゃった?」


 やはり耳元で、セリアが囁く。『スネイル』とのことだろう。でも『スネイル』と僕らが揉めたのは、5日前だ。そしてその夜のうちに、事態は収束している。


 だけど――


「『スネイル』に、喧嘩を売ってきた?――違う。喧嘩を売るのは『スネイル』の新しいボスである僕にだ。その手始めとして、僕と関係のあるモエラを拐った?」


 モエラ自身の意志でないのなら、誰かの意志による失踪――誘拐である可能性が高い。あとは、誰の意志にもよらない不慮の事故。いずれにせよ、モエラの安否を思うと気が気でならなかった。


「まずは……だ。現場を見てからだ。考えるのは、それからだよ。モエラを見つけるだけだったら、簡単だろ?」


 師匠が、僕の手を握った。

 その手に、セリアも手を重ねる。


 そうだった。


 モエラを探すだけだったら、簡単だ。僕らにはその手段がある。『始原の魔術』という手段。そして新たに手に入れた『スネイル』という手段が。だから、考えているのだ。モエラがいなくなった、理由を。


 僕たちはこの数日で大きな変化をした。多くの人を巻き込んで、大きな力を得た。それに、モエラを巻き込んで良いのかどうか? ギルドに着くまでは、気楽に考えてた。でもいまはそれに、冷水をかけられたような気持ちになってる――ただ単純に、モエラを探し出せば良いという話ではない。もしかしたら僕らには、モエラを助け出す権利すら無いのかもしれないのだから。


 モエラが住んでるのは、冒険者ギルドの寮の一室だった。


 ●


 部屋に入って――


 なるほど、と思った。

 確かにこれは、実際に来てみなければ分からない。


 ベッドと机しかないモエラの部屋。


 まるで、ついさっきまで彼女が居たようだった。机の上のカップにはお茶が入ったままだったし、その脇では一口だけかじったパンが皿に乗せられている。ベッドの毛布も、彼女が抜け出した空洞を、いまだに残したままとなっていた。


「様子を見に行かせた職員から、この状態を聞いてね。そのままにしておくよう命じたんだ。多分、その方が良いからって。で――そろそろ、よろしいですかね? ここなら、余計な耳もありませんし」


 振り向いて言うギルマスに、僕は答えた。


「ああ、いいよ」


 ギルマスが腰を曲げ、頭を下げた。


「ご挨拶させて頂きます。私、キ=テンでの取り纏め役を勤めさせて頂いております、グリシャムと申します。今後、この街でのご用に付きましては、私にお申し付け下さい。本来なら、もうちっと畏まった場を用意したかったところなんですが、何分、この騒ぎです。こういった形でのご挨拶となりましたこと、どうかご容赦下さい。また改めて、席を設けさせて頂けたらと存じます」


 彼のことはダルムに聞かされてたけど、実際、こうして挨拶されてみると変な気分だった。


 冒険者ギルドのギルマス、グリシャム。

 彼は『スネイル』キ=テン支部のリーダーでもあったのだった。


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