第36話 矢の示した先

『スネイル』のトップになる。


 そう宣言して認められたのはいいけど、問題は、その次だった。組織とどう繋がったらいいか――誰に指示を出して、誰から報告を受けたらいいのかが、まったく分からなかったのだ。


 そんな心配を先回りしたかのように、幹部のダルムが言った。


『ボスは、キ=テンで活動されるんですよね? でしたら、グリシャムって男を使ってやって下さい。あの辺りの『スネイルおれら』の、取りまとめをやってる男です。ボスも、顔を見たことがあるかもしれません。なにしろ、奴は――』


 冒険者ギルドの、ギルマスだったというわけだ。

 しかし――困ったな。


「困った、とおっしゃいますと?」


 神妙な顔で問うグリシャムに、僕は答えた。


「僕はかけだしの冒険者で、あなたはギルマス。直に話をするのは、立場的に不自然なんじゃないかな?」

「目をかけてる冒険者に声をかけたりってのは、よくありますがね」

「そんなに贔屓されるような実績は上げてないだろう。僕は」

「いや、ボスの部下ではなく、ギルマスとして言わせていただきますが――そんなことは、ございません」


 軽口めいたことを言ってる間に、だいぶ落ち着いてきた。モエラの失踪を知って抱いた焦りや、誰に対するものとも定まらぬ怒りが、収まってきている。


 だから、ついさっきまでモエラがいたような――突然ここから彼女が消えたような部屋の状況から、誘拐の可能性が高くなっても、なんとか声を落ち着けることが出来た。


「僕とモエラの関係は把握してるよね――彼女に、監視はつけてた?」


「ええ、もちろん。寮とギルドからの出退、通勤経路の何箇所かで通過を確認しております――こちらが記録で」


 わたされた紙には、3日前に失踪するまでのモエラの足取りが記されていた。ギルマスが『スネイル』の構成員というのも驚いたけど、記録を見ると『スネイル』がいかに多くの情報源を街に持ってるかが分かった。それは『スネイル』が、どれだけ街に浸透しているかということでもある。世界の見え方が、一変したような気分だった。


「4日前の晩、寮に戻って……その後、外に出た気配が無い。ということは、この部屋からそのままどこかに姿を消したわけだ」


 グリシャムも同じ見解だったかも知れないが、そのまま僕に伝えるのは勇気がいるに違いない。あまりに見たまんまな回答だ。でも、それ以外に答えようが無い。そして僕には、そこから先を辿る手段があった。


「じゃあ、調べてみようか。彼女が、どこに行ったのかを――『探査・超級』!」


 使ったのは『魔の先導者マギ・ナビゲータ』を偽装した探査魔術。無詠唱で放たれた魔術の矢が、床に現れる。そして指す。モエラが消えた先を。矢が指したのは――全ての方位。


 矢は、回転していた。


「これが、どういう意味か分かる?」


 訊ねると、グリシャムが答えた。


「分かりませんが――『分からない』ってことですか?」


「いや、分かってる。これはね『転移した』ってことなんだ。モエラは、ここから転移魔術でどこかへ連れ去られた。そして、どこへ行ったかは、こうすれば分かる」


 僕は、矢を踏んだ。


 頭の中に、情報が流れ込んでくる。まずは、地図だ。地図上で、矢が移動する。矢が止まると、地図の縮尺が変わる。地図の一部分が拡大され、矢印が指してるのが大きな屋敷だと分かる。地図が、屋敷を空から見下ろした映像に変わる。下がる。屋根に近付いて、屋根に触れ、屋根をすり抜ける。更に下がる。床を抜け、天井をすり抜けて、下の階へと。そこにあった――モエラの姿が。そこで過ごす、モエラの姿が。


 矢から、足を外す。


「モエラの居場所は分かった。彼女は無事だ。少なくとも怪我を負ったりはしてない。でも……勘違いしてたな」


 待ったけど、誰も訊き返さなかった。

『勘違い?』って。

 だから、そのまま続けた。


「グリシャムも知ってるかもしれないけど、僕の『イーサン』って名前は、偽名だ。名前と身分を偽って、僕はハジマッタ王国で活動している。だから、勘違いしてたんだよ。知らず知らずのうち、こんな風に思ってたんだ――『名前を偽ってるのは、僕だけだ』って」


 今度は、待つまでも無かった。

 セリアが訊いた。


「それって、モエラのこと?」


 僕は頷く。


「モエラも、偽っていた。名前も、身分も。多分、あっちの方が本物だ」僕が見たモエラの転移先。そこで、モエラは「貴族の娘でも着れないようなドレスを着て、こう呼ばれていたんだ――『セシリア姫』って」


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