第33話 挨拶回り

 突然現れた、黒ずくめの幼女。

『クサリ』と、母さんは彼女を呼んだ。


『クサリ』――ん?


「もしかして、ミルカの……友達の?」


 妹のミルカの友達に、確かそんな名前の娘がいたはずだ。僕は会ったことが無いけど、学園では一番親しくしているとか、そんな噂は聞かされていた。


「そおよお。ミルカとクサリちゃんは仲良しで、姉妹になったの。だから、私のことも『お母さま』って呼んでいるのよ」


 と、母さん。姉妹……そういえば、僕の母校でもある王都の学園には、そういう風習があったのだった。仲の良い女生徒同士で、姉妹を名乗り合う風習が。昔は男子生徒同士でも同じことが行われてたそうなのだけど、自殺者や親兄弟も巻き込んだ決闘騒ぎが多発して、たちまち禁止になったと聞く。


 で、その僕の妹の『姉妹』が、どうしてこんなところに?

 しかも――


それ・・が役に立つかどうかは別として、どうして、そんな物を持ってるんだい?」


――彼女が母さんに見せた布袋に、入ってた物が入ってた物だった。


 ダルムが言った。


「ああ~。カズシ嬢ちゃんに、ジャイン坊っちゃん。ラモリゴ坊っちゃんに、リトガ坊っちゃん。ミーマ嬢ちゃんまで。ああ……この子たちはこの子たちで、尻尾・・を踏んじまったってことなんですかねえ」


 生首だった。

 しかも『スネイル』の遺児たちの生首が、袋には詰め込まれていたのだった。


「ミルカも、そろそろ学園を卒業するわけじゃない? そうしたら、北の方の国に留学させようと思ってたんだけど……その前乗りっていうか、留学先の街をクサリちゃんに下見に行ってもらってたんだけど……」


 下見だけじゃないですよね?


「……なんか、ミルカがアレしそうなアレが見つかったら、アレしてくれちゃっていいよって、そういうアレも……アレだったんだけど」


 そこから先は、クサリが説明した。


「ミルカ姉さまの留学予定地はザンサ=ツという街だったのですが、そこでは『スネイル』の傘下の組織が幅を利かせていました。主なシノギは『幻覚酒場』。擬似的な魔力酔いを体験させて幻覚を見せる施設で、言うまでもなく非合法――問題は、そのターゲットが現地の学生だったことです。加えて、その背後に居るのが……」


「ちょっとね、クサリちゃんとは因縁のある相手だったのよ。それで私も、王都から応援を送って、もう根こそぎにしちゃってよって話になったの」


「調査していると、要所要所で『スネイル』の遺児の名前が出て来て、その誰もがザンサ=ツに屋敷を持っていました。今夜は、それを一つ一つ潰して回っていたんです。そこへミルカ姉さまから連絡がありまして――お母さまが『スネイル』と揉めに行くと。だったら生首これを持って行ったら役立てて貰えるかな、と思ったんです。もともとこれ、『スネイル』の幹部の寝所に投げ込んで回るつもりでしたし」


 うん、事情は分かった。何故この幼女がこんなに殺伐としてるかについては、分からないままというか、知りたくもないのでスルーだけど。


 でも――生首これ、どうしよう。


 役立てるって言ったって、どう使ったら良いのか、まったく思い浮かばない……いや、待てよ。いまクサリは、なんて言った?『もともと『スネイル』の幹部の寝所に投げ込んで回るつもりでしたし』って――でも、その幹部は僕らがみんな殺してしまった。


「ちょっと訊いていい?」


 セリアが手を上げたのは、そんな時だった。


 ●


 翌日から、僕らはザンサ=ツとそこから繋がる大きな街を、挨拶周りすることになった。会うのは、それぞれの街を仕切る貴族、役人、大商人。急な訪問だったのに、みなさん快く時間を作ってくださった。


「当然だろ? 前の晩、ベッドに生首を放り込まれてるんだから。そのタイミングで来る客を、無碍に出来るはずが無いさ」


 師匠の言う通りだ。セリアの疑問とは、何故『スネイル』の遺児たちがみんなザンサ=ツに住んでたかということだった。クサリによると、遺児たちは『スネイル』がその近辺に持つコネを使って、事業を起していたらしい。いずれも合法的なものだったが、裏の稼業に手を伸ばすことになったのも、同じコネからの流れでだった。


 僕が挨拶回りしたのも、そのコネを引き継ぐためだ。遺児たちと繋がってた有力者のベッドに生首を投げ込み、その翌日会いに行くという段取り。話は早かった。僕が『スネイル』を乗っ取ったことを告げると、一人の例外も無く、ほっとした表情になった。


 彼らにとっては、『スネイル』のアタマなんて誰でも良いということなのだろう。商売相手である『スネイル』が、強い者の下でまとまっている。彼らにとって大事なのは、その事実だけなのだ。


 僕らが大事なことを忘れてるのに気付いたのは、挨拶回りの最後の日の夜だった。

夜想曲ノクターン』で行為を終えた後、誰かが呟いた。


「あ……モエラになんて言おう」


 冒険者ギルドを出発して、次の日で、ちょうど10日だった。


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