第32話 簒奪の宴

 似たようなことがあった。

 それも、つい最近のことだ。


 最適な解を求めるうち、考えてもいなかった事態に導かれ、周囲もそれを後押しする――自分のパーティーを作ったときと、同じじゃないか。


 だから、分かる。

 否という選択肢は、僕には無いということが。


 だから、せめて訊ねることにした。

 ダルムに――


「あなたは、それでいいんですか?」


――と。彼は答えた。


「俺たちの世界はね、極論、アタマは誰がなったっていいんですよ。男だろうと女だろうと、強ければいいんです。主義主張や人間性とかいったモノが来るのはその後で、そもそもそういったモノだって強さの一部なんだから。下に付く俺たちは、アタマがどんな人間であったとしても、それを受け入れるだけなんです。なあに、どうしても我慢できないっていうなら、自分がアタマを奪ればいいんだ。それでしくじれば、死んじまうってだけの話でね――だからさ、いいんですよ。あんた方は強い。それだけで、いい――それで、充分なんです」


 僕たちが『スネイル』のトップに立った場合、組織の形態が変わる。

 合法的な事業が中心になるのが確実なわけだが。


「それも、同じですよ。合法だろうと非合法だろうと、俺たちは、言われた通りにするだけだ。上から流れてくるものを、ただただ呑み込む。組織で生きるっていうのは、そういうことだ。その分には、表も裏も大差は無いんじゃないですかねえ」


 訊きたいことはまだまだあったが、どれも実務の話だった。僕の心を決めるための材料としては、ここまで聞いた分だけで、もう充分だ。


「『スネイル』を貰おう――僕がアタマってことで、いいね?」


 誰からも、否は無かった。


 ●


 炎が焚かれている。


 廃材で作られた竈で、鍋が湯気を上げていた。そこから椀によそわれるシチューも、パンも、肉も、酒も、僕らが収納魔術ストレージから取り出したものだ。


 98人。


 それが、僕らの襲撃から生き残った『スネイル』の構成員の数だった。加えて番犬として飼われている魔物が十数頭、僕らの視界の中にいる。


飽くること無き殺人者イモータル・マーダーズ』を停め、ダルムに声をかけてもらい、全員を瓦礫の少ない場所へと集めたのだった。今夜かれらに何が起こったのか伝えたのは、食事が行き渡った、その後だ。


 ダルムが言った。


「あー……。今夜、ここには5人の幹部と300人のオマエたちが居たわけだが……いま残ってる幹部は、俺だけ。お前たちも、これだけ。施設に至っては、どこを指さしたって、瓦礫しか残ってないって有様で……これがどういうことかというとだ。やられたんだよ。一方的に、徹底的な、ボコボコの、ギタギタに」


 返ってきたのは、シチューを啜り、パンを咀嚼する音だけだった。


「知ってる奴もいるだろうが、やったのは、ハキムがマタド=ナリで揉めた、例のドエロい夫婦だ。半端なく強いと、報告は上がってたが――おいおい。どうやら俺たちは、ドえらい化物の尾を踏んじまったらしい。だがな、喜べ。今日からは、その化物が俺らのアタマだ――お願いします」


 僕は前に出た。


 それまでも視線は向けられてたのだが、更に強くなる。

 鋭いというより、湿度の高い日に綿の詰まった服を着てるような、重い視線だ。


 さて――ここは羞恥心を捨て、思ってることをそのまま言うしかない。


 大声を、張り上げるつもりはなかった。

 聴き取れなくて、困るのはそっち。責任はお前らという態度で。


 言葉は、思ったより簡単に出た。


「今日、どうしてこんな目に遭ってるか、分かるか?」


 答えは、待たずに続けた。


「お前らが、俺と女房たちのファックを邪魔して、ケチを付けたからだ――二度とするな。俺と女房たちがファックするのを、二度と邪魔するんじゃない。それだけだ。俺がお前らに命じるのは、それだけだ。それだけを守っている限り、俺は、お前らにパンとそれを食う場所を。毛布とそれで眠る場所を与え続ける。ダルム――」


 伸ばした手に、ダルムが杯を渡す。

 それを煽って、高く掲げた。


 うまく聞こえなかったが、ダルムが、何かを叫んだらしい。


 気付くと、その場にいる全員が、杯を掲げ、足踏みを鳴らしながら、喚声を上げていた。


 そんな構成員たちの態度に、僕が疑問を抱かなかったわけではない。組織を乗っ取られ、仲間たちの死体が埋まった瓦礫を目にしながら、その仇が振る舞う酒を飲み、声をあげる。凄まじいまでの切り替えの早さだった。


「そうでもしないと、やってられないのよ」


 そう囁いたのは、母さんだ。


「それよりほら」


 言いながら母さんが指したのは、焚き火の炎。


 その脇に、彼女は佇んでいた。

 いつの間に現れたのか、まったく気取らせることなく。


 美しい少女――いや、幼女だ。


 10歳を、ちょっと過ぎたくらいか。肩のところで切りそろえた金色の髪。こんな場所には不釣り合いな、豪奢な黒いドレス。そして夜目にも白く、ほっそりした首には――


(首輪?)


――ごつごつした、革の首輪が着けられていた。更に異様なのは、その首輪から、決して細くない鎖が垂らされていたことだ。


 彼女は言った。


「お母さま――これ、ザンサ=ツの仕事で手に入れたものです。『スネイル』と揉めに行くと聞き、役に立つかと思ってお持ちしました」


 どこからか取り出した布袋を、幼女が母さんに手渡した。中身を見て、母さんが破顔する。僕も見た。母さんが言った。


「ありがとう、クサリちゃん。これって、あれでしょ?」


「はい。『スネイル』の子供たちです」


 袋の中身は、生首だった。


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