第31話 僕の出した結論

 男の名は、ダルム。


 年齢は、30代半ばといったところだろうか。焦げ茶色のスーツに身を包み、外見で一番強く印象に残るのは、長いモミアゲだ。鉤爪みたく曲がりながら、口角の高さまで続いている。


「『スネイル』幹部で、今日ここに来てなかったのは2人。まあお察しかもしれないが、厄介なのは俺らよりそいつらだ。俺らは、先代の子らが争うのを避けたい。だがあいつらは、むしろ望んでいる。『スネイルそしき』が混乱し、壊れたその場所から何かが生まれると考えてるし、生み出すべきだと信じている」


 いつしか尋問は、様相を変えていた。変な風向きになってきた、といってもいい。残った『スネイル』の幹部――ダルムの話を聞く限り、どうやら僕らは不必要というか、僕らに害をなす気の無い相手をボコボコにしてしまったらしかった。


 おまけに――


「………(ちらっ)」

「………(ちらっ)」


 師匠とセリアが、無言で視線を交わし合っていた。

 母さんはといえば、


「…………」


 やはり無言のまま、明後日の方向を向いている。

 僕は言った。


「ちょっと、待ってて下さい」


 ダルムに告げて、セリアに目配せする。

 セリアは、それで察してくれた。


「虹を纏いし精霊の帳よ、我らを隠し給え――『景観隔離サイト・ディバイダー』」


 セリアの結界が、僕らを隠す。


 さっきの襲撃で使ったのと、同じ結界だ。『始原の魔術』のひとつで、昔パーティーを組んでた時に師匠から教わったらしい。そしてこの結界に限っていえば、師匠や僕より、セリアの方がずっと上手に使える。魔術の上手下手って何だって訊かれそうだけど、それについては、いずれまた話そうと思う。


 ともあれ、僕らの姿も声も、ダルムから隠された。


「「オオゥ。イェスイェ~~ス。イェッフ~ン。アイムカミ~ング」」


 試しに師匠とセリアが『下品な女豹』って感じのポーズを取ってみたけど、ダルムの表情は変わらなかった。


「それって呆れてるだけなんじゃない?」


 言って、母さんが剣を突き付けて見せても、やはり変わらない。

 うん、完璧。

 見えてないし、聞こえてない。


「目的は……達したと言うべきかしらね」


 母さんが言った。

 その通りだ。


『スネイル』を壊滅する、という目的はほぼ達成されたといっていいだろう。本拠地は壊滅したし、幹部も7人中4人が死亡。先代の遺児たちは残っているけど……なんと表現すべきだろうか?


「美味しいとこは、終わっちゃったしね」


 師匠、それです。相手を一方的に蹂躙するという、今回の闘いで一番美味しい部分は、さっきの襲撃でほぼ食べつくしてしまった。遺児たちを襲撃したところで、これほどの興奮も、爽快感も得られないに違いない。無駄な罪悪感が、積み重なってくだけだ。


 ダルムの話を聞く限り、『スネイル』には自壊する未来しか残されていない。先代の遺児たちによる内部抗争で力を減ずるのは、火を見るより明らかだ。それを防がんとしていた幹部たちも、今夜、僕らが斃してしまった。だったら、そうなってもらえばいい。さっきのダルムの言葉を借りるなら、これ以上の追撃は『効率って奴が、それを求めちゃいない』。


 じゃあ、今夜はこれで撤収――というわけには行かなかった。

 セリアが言った。


「目的、達成してないよ! だって『夜想曲ノクターン』が!!」


 ●


「ああ、無理です……絶対に、無理」


 そう答えるダルムは、切なげだった。


 何が問題かといえば、『夜想曲ノクターン』だ。安心して『夜想曲ノクターン』を使えないというのも、『スネイル』を襲撃した理由の1つだった。流石に『夜想曲ノクターン』で襲撃されるということはもう無いだろうけど、行為を盗聴され、記録し売られるというのは非常に不味い。


 ダルムを通じて止めさせるという手も――


「無理です。絶対に、誰かが盗聴するし、どこかから流出します。それくらい、あんたらのプレイは――うっ! また、股間が痛くなってきやがった」


――というわけで、無しだ。


 意外だったのは、師匠とセリアの反応だった。


盗聴されるみられるのは、別にいいんだけどね」


「私もセリアもさ、エルフだから。エルフは住んでる場所の都合もあって、プライバシーなんて、そういう概念自体が無いんだ。だから、他人の行為を見ても見られても、気にならないし。流石に人間の里に出る前には教育を受けるけど、感性のレベルだと、全然変わらない。というわけでね。盗聴されること自体は、別に気にならないんだよ」


「売られちゃうのは嫌だけどね~。商人として」


 売るなら自分で売るし、と付け足すのは無視して、僕は言った。


「となると、盗聴自体をさせないようにする――僕らが盗聴する側になる? んん?」


 自分が言ってることに驚いて、言葉をつまらす僕。

 そんな僕を、師匠がセリアが母さんがダルムが――みんなが見つめている。


「盗聴して記録して売る――その仕組自体を僕らが管理できれば――僕らのものになれば? 販売の経路も独占し、寡占状態を作って、他の業者が新規参入するのを防げば――僕らだけでは無理だから、人を雇って――組織を作って――あれ? わざわざ新しく作らなくても、既にある組織を乗っ取れば――ということは? あれ?」


 僕が、言葉を止めると。

 ダルムが、立ち上がって言った。


「この首から上を持ってかれるのも止む無しって思ってたんですがねえ――どうでしょうかねえ? 俺には、こういう覚悟もあるんですよ。もし、首から下もまとめて欲しいって、あんた――いや、あなた様が仰るなら、このダルム、全部そろえてあなた様に捧げるのも吝かではないんですがねえ……どうです?」


 こいつは、何を言ってるんだ!?

 心の中で、僕は叫んだ。


 でも分かってた。


 ダルムの言葉が、そして師匠たちの目が、何を訴え、僕に求めてるのかを。


 というわけで。


 僕は『スネイル』を乗っ取ることにした。


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