第27話 我らは……
屋敷の裏庭にある、師匠の小屋。
実は、屋敷にあるのは外側だけだ。
内側は、そこに無い。
小屋の入り口が転移の魔道具になっていて、そこを通った途端、どこか別の場所にある部屋に転移させられている。でも、その部屋というのがどこにあるのかは、僕にも不明なままだった。
それが、いま分かった。
「さあ、行こう!」
「「おーーっ!!」」
と師匠、セリア、母さんが天井に拳を突き上げた途端。
「うわわわわわっ!!」
情けなく、僕は悲鳴をあげていた。
足元が、空になったのだ。
雲と、それを透かした向こうの大地が、眼下に現れていた。
床の所々が透明な円になって、そのひとつが、僕の足元にあったのだ。
空を飛んだ経験は、これまでだってある。そうでなかったら、足元に現れたのが何なのか、理解することすら出来なかっただろう。
でも、思わず恐怖の声を上げてしまったのは、余りに突然だったのと、この飛行が、僕の知らない何かによって行われている――どうして飛んでいるのか説明無しで、まったく分からなかったからなのだった。
「イーサン、これ見て」
にやにやだったり、にまにまだったり。
それぞれの笑みで僕を見る3人を代表して、師匠が机を指さした。
そこに乗せられた、水晶玉を。
水晶玉の中心には、何かが封じ込まれている。
貝殻を何枚も重ねたような形の、白くゴツゴツした『何か』。
「模型……いや、映像?」
つぶやきに、師匠が頷く。
「これが、いま我々のいる場所さ」
師匠が水晶玉に触れて蠢かすと『何か』が大きくなった。
そして向きを変える。
改めて指さされたのは、『何か』の、さっきまで下を向いてた部分――その一点。
そこに、小さな突起があった。
師匠に促され、僕も水晶玉に触れる。
見よう見まねで指を動かすと、やはり『何か』が小さくなったり大きくなったり。
向きを最初の状態に戻して、上から見下ろす。
すると『何か』の下に、映っていた。
それは、雲と大地。
いま僕の足元を流れてるのと同じ、空からの景観だった。
これで分かった。
僕らは『何か』の中――さっき師匠が指さした、小さな突起の部分にいる。
『何か』は、空を飛んでいる。
そして水晶玉は『何か』が空を飛ぶ様子を映している。
「――これって、ずっと飛んでるんですよね?」
「うん。そう」
師匠が頷く。
思わず、苦笑してしまった。
つまり僕が知らないだけで、師匠の小屋にいる間、僕はずっと空を飛んでいたというわけなのだ。あのときもあのときもあのときも――師匠と僕が初めて結ばれた、あのときも。
「さあ、準備を始めましょう! 私がぶわーと叩いて、イゼルダがさくさく斬って、マニエラがぐわーっと燃やすって感じでいいよね!」
と、セリア。
「『
と、母さん。
「うん。『『
と、師匠。だけど――母さんが言った。
「それは、ちょっと頷けないわね」
「『おかん』はいかんかね?」
「韻を踏んだわね……って、違うの。マニエラ。相手が『スネイル』なら、名乗らなければならない名前がある。『スネイル』の、ちょっと分かってるやつなら、聞いただけで座り小便するような名前がね」
というわけで、いま僕らはいくつもの国境を越え、大陸北側の某国某所――その上空にいる。
昔から、こういうのはセリアの役目だったのだという。
理由は、なんとなく分かる。
屈託の無い彼女だからこそ、伝えられるものがあるのだ。
たとえば、全く遠慮のない暴力。
それを行使する意志、とか。
セリアが言った。
遥か下方に見える『スネイル』の本拠地に向けて。
数分間をかけて――しかし、言葉が伝えることは2つ。
1つは、
『これから、貴様らを、潰す』
澄んだ声が、空の底へと振り下ろされていく。
彼女の投げつける、刃とともに。
言葉の切れ目ごとに、既に数十本。
加速された質量が、着地と同時に、大地に大穴を穿つ。
赤、白、黄――巻き上がる炎は、付与された魔術によるものだ。
そして、最後にもう1つ。
伝えて、言葉は終わった。
『我らは『月の裏側よりの使者』――かつて『スネイル』を屠りし者』
次の瞬間――爆風の渦巻く大地へ、僕らもまた、降下を始めたのだった。
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