第25話 母への弁明

「ええっ!? イーサンのお母さんって、イゼルダだったの!?」


 驚くセリア。


「あー、言うの忘れてた(棒)」


って、話してなかったんですか師匠。いや、結婚相手の僕が言うのが当然なのは分かるんですが。ここ数日、ずっとセリアと師匠が一緒だったから、誰が何を知ってるのかの認識が、適当すぎになってた……


「ここはうちの屋敷で、それはうちの息子。これ・・はうちの居候。で、あんたは何なのかしら? セリア」


 母さんが師匠の小屋にいるのは、頻繁ではないけど珍しくもない。夫婦喧嘩のたび、母さんはここに家出して籠もってる。そうすると、父さんは手出しできない。どうも父さんには、師匠のことを怖がってるような気配があった。


 母さんは、すらりとした美人だ。長い銀髪も、真っ白な美貌も、全てが迷いのない筆致で描かれた絵画のように滑らかで美しい。


 ただそれだけに、母さんの表情やしぐさの作る険というか刺々しさというか厭味ったらしさが際立ってしまうのだけど――母さんが言った。


「ていうか、どういう関係? あんたたち3人、見た感じヤってるわよね? しかも、ここ数時間以内――いえ、1時間以内。最高に『事後』って感じ? どうよ、マニエラにセリア。うちの息子とファックした感想は」


 師匠もセリアも、僕を見てた。僕は頷く。どう言い繕うことも出来まい。僕たちの関係を説明するなら、性的関係についても言及せざるを得ない。


 つまり、母親の前で息子の性的経験を詳らかにするということなわけで、これは、他ならぬ息子本人である僕にしか語ることは許されないだろう――いや。


 違う!


 僕は、夫として、姑である母さんに対峙しなければならない! 妻である彼女たちを守って! だから、僕が話さなければならないのだ。


「実はね、母さん。僕と師匠が付き合ってたのは母さんも知っての通りだけど、何日か前にセリアとも知り合って、なんか可愛いし、いい感じになっちゃって、それでヤっちゃったんだけど……」


「ええ!? イーサン、ぶっちゃけ過ぎ!」


「黙って聞こう、セリア。『預言者郷里に容れられず』って言うだろう? それと同じさ。男の子はね、母親の前ではぶっちゃけるしかないんだよ。あらゆるレトリックが、母親の前では気恥ずかしく無効になってしまうんだ。だから、ぶっちゃけるしかないんだ。『うるせえババア』を使えない局面においてはね」


 というわけで、僕はこれまでの経緯を話した。セリアとの出会いから、パーティーを組んだこととか。そしてテントでの一夜。その後、セリアとの仲が師匠公認になって、師匠もパーティーに加わって……


「それで、結婚しちゃいました」

「ふーん。ま、いいんじゃない? いずれ、こっちの国でもどっかの令嬢と結婚するんだし。家のことを何とかしてくれれば、私は何にも言わないわよ? お父さんにも、文句は言わせないし」


 僕らの結婚に対する、母さんの反応はそんなものだった。

 それより母さんの関心は、別のところにあったらしい。


「で、あんたたち、なんで家に帰ってきたわけ? 新婚ホヤホヤなのに。この家ではファック出来ないのに。新婚なのに。わざわざファック出来ない家に帰ってくるって、どういうわけ? 新婚なのに――付き合い始めなのに!」


 母さんにとって、新婚とか付き合い始めは、ヤリまくりの時期らしい。まあ実際、僕らもヤりまくってるんですけど。で、どうして屋敷に帰って来たかなんだけど――僕は『スネイル』のことを話した。


「というわけで、武器を揃えるためにここに帰って来たんです」

「おお~~~~~」


 と、母さんは口をOの形にして身を乗り出す。

 そして、更に身を乗り出して訊いた。


「で、どうするの? まさか、逃げるとは言わないわよね」


 するとそこへ――


「言うわけ無いでしょ!?」

「おいおい、イゼルダ。いくら何でもそれは、舐めた発言というものなんじゃないか?」


――セリアと師匠も喰い付いてきて、3人で笑い始めた。うはははは、と非常に愉しげに。そこへこんな、今更とも言える質問をするのは、非常に勇気がいることだったんだけど――僕は、訊ねた。


 非常に、根本的な部分での質問だ。


「あの……『スネイル』って何なんですか?」


 母さんが言った。


「話してなかったの!?」


 母さんにとっては、相当に驚くべきことだったらしい。

『スネイル』――そんなに重要なのか?

 大陸北側に行ってからの数週間、一度も聞いたことの無い名前だったんだけど。


 師匠が言った。


「いや~。分かると思うんだけどね。イゼルダだって、さんざん経験しただろ? こういうのはさ、知らなければ、どこまで行ったって知らずに済む。でもいったん知ってしまったら、際限ない――際限なく、どこに行ったって、かかずりまくりの出くわしまくり。だから、知らずに済んでる間は、わざわざ教えることもないかって思ってたんだよ」


 続けて、セリアが訊ねる。


「でも、出くわしちゃったからね……ねえ、イーサン。イーサンは、どこで『スネイル』の名前を聞いたの?」


 僕が、『スネイル』という名前を聞いたのは――


「夢で聞いたんだ。昨夜、夢の中で」


 ――夢の中で聞いたことを、僕は話した。話し出してみると、思ったより詳細に覚えていて、中に出ているグスタボという名前から、昨日の雇い主だった商人のことも、いまさら連想された。


「「「ほお……」」」


 と、3人。


 それから『スネイル』についての説明が始まった。


 ざっくり言うなら、『スネイル』とは大陸北側の国々に影響力を持つ、犯罪組織の首領の名前だ。それが、彼の組織の名前にもなっている。


夜想曲ノクターン』でのことからも分かる通り、強力な情報網を構築している。知らず知らずのうちに『スネイル』に協力し、その一部となっている人たちは、かなりの数に上るらしい。


「『夜想曲ノクターン』にまで手が及んでるっていうのは、ちょっと深刻なんじゃない?」

「いや、イゼルダ。『夜想曲ノクターン』に盗聴が仕掛けられてたのは話の通りだけど、常設って感じじゃなかった」

「セフィロト式?」

「そう、セフィロト式」


『セフィロト式』については、師匠に教わったことがある。エルフ独特の盗聴法で、他の種族には、使うどころか方法を憶えることすら出来ないらしい。


 おまけに魔力を大量に消費するから、長時間使い続けることも出来ない。だから使われるのは、時間と場所を限定した、ここぞという場合のみということになる。


「『夜想曲ノクターン』にまで、というよりは、夜想曲ノクターンだから、というべきなのかもしれないわね。あそこを内緒話に使う輩は多いから。だから、客室の埋まる夜に限定して、盗聴を仕掛けている――ってところかしら」


 母さんが言った。


「『スネイル』を殺した、犯人を捜すために」


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