第24話 妻たちの無双

 ドアの前にも、窓の外にも敵がいる。

 この状況で逃げるとしたら、あれか。


『跳躍の輪』だ。


 しかし、懐に手を突っ込む僕を、師匠が制した。

 セリアもその横で、にまにましてる。


「逃げるって言っても、別に負けそうだからとかじゃないし?」

「おいしい食事の前に、お腹をすかせておきたい、みたいな?」

「でも、つまみ食いくらいなら?」

「全然、ありだよね~~~」


 スキップでドアに近づくと、そのリズムのまま、セリアがドアを殴った。

 ずぼり。

 ドアに、穴が開く。


「う~ん。これカナ?」


 穴の向こうで何かを掴んで、セリアが引っ張った。

 すると――


「な、なんだこりゃ。なんだこの力。俺が? 俺がぁ!? 嘘だろ! 俺が逆らえないなんて! 嘘っ! 嘘だろっ!? 俺より、俺よりこんな小娘が、力っ! 強っ!……うぼぉおおおおっ!!」


――軽く身長2メートルは越えてそうな大男が、ドアごと部屋に引っ張り込まれた。


「お、うぼ。なんてとこ掴んでやがる。この、ごの、うべぇえええっっ!」


 そして吐いた。


 セリアが掴んでるのは、男の胃袋のある辺りだった。皮膚と腹筋と内蔵を、まるごと掴んで、セリアは男を引きずり回している。


 それは当然だ。


 男が嘔吐するのも、セリアにこんなことが出来るのも。だって僕と出会った時、彼女は、馬より大きいマス・コボルトを、余裕で殴り倒してたんだから。


「そ~れ!」


 男を頭上に掲げて、セリアがジャンプした。

 天井近くまで。

 そして投げた。

 男を、床に向けて。


「うばああああああああああああああああああああああっ!!」


 床を突き破り、更に下の階の床まで突き破って、男が落ちる。

 それを見ながら、僕は。


「すり抜けすり抜け!『染み入るニードル!』」


 僕の手のひらから飛んだ無数の光の針が、壁に当たると、そこへ染み入るように姿を消した。同時に。


「「「「うぎ~~~~~~っっっ!!!!」」」」


 廊下から、絶叫。

 壁をすり抜けた光の針に、身体を貫かれたのだ。

 おそらくは、部屋に飛び込むタイミングを窺ってた、大男の部下たちが。


「ふふ~ん、二人とも楽しんでるね? では、私も」


 師匠が手のひらを窓に向けると、窓の大きさより太い光線が、ずぼりと放たれた。無詠唱だったけど、あれは始原の魔術『無人のトンネル』に違いない。それが放たれた先が、まるでトンネルが通ったみたいに焼き尽くされるという、攻撃魔術だ。


「さっきの大きな人、全然、上がってこないね」

「じゃ、帰ろうかね」


 2人が話すのを聞きながら、僕は『跳躍の輪』を取り出そうとして、やめた。

 代わりに出したのは――


「へ~。『後付の翼』か~」

「分かってるじゃ~ん。分かってるじゃ~ん」


――翼型の魔道具だ。


 それを着けて、僕たちは窓から空に飛び出した。


「ねえ、あれ見なよ」


 師匠が指さしたのは、宿の向かいの家だ。


 その屋根に、人間の上半身があった。あれが、さっき窓を叩いてた誰かなんだろう。師匠の魔術に焼かれて、下半身を失ったのだ。そして、まだ生きている。憎悪を込めた目で、僕たちを見上げている。


「見せつけろ見せつけろ~」


 師匠の言う通り、『跳躍の輪』を使わず空を飛んでくのを選んだのは、宿の付近に忍んでるだろう敵に、余裕たっぷりな僕たちの姿を見せつけるためだった。


「あ! 馬車! 馬車はいいけど馬!」


 というわけで、セリアの馬を回収した。馬小屋にも、敵はいたけど問題ない。馬を『跳躍の輪』で王都の家に送り、再び空へ。


「じゃ、ここらへんでいいよね」


 町を出てしばらく飛んだところで、僕たちも『跳躍の輪』を使った。


 向かう先は、王都の屋敷だ。


 久しぶりに帰ったけど、いまは深夜。先に送った馬を連れ「遮れ遮れ『パーフェクト・サイレンス』」魔術で音を遮り、向かった――どこへって?


 師匠の小屋へ。


 ●


「うわ~。マニエラって、こんな家に住んでるんだね~」


 そう言って、セリアが部屋の中を見回す。僕も、同じく見回していた。いつもと違って、散らかってるというか、生活感に満ちあふれている。少なくとも、この部屋にソファーやテーブルが出しっぱなしになってるのは、初めて見た気がした。


「最近、友人が来ることが多くてね。古い友人が……」


 そう言う師匠の顔に、陰がさすのを僕は見逃さなかった。


「ん、どうしたの? イーサン」


 セリアが、怪訝そうな顔になる。僕も、表情に出ていたらしい。察してしまったのだ。師匠がああいう表情をする時は、大体、あれっていうかあの人・・・絡みで何かが起こっている。


「分かっちゃった?」

「ええ。また、あれですか?」

「うん、あれなんだ。ところで――」


 1人だけ「???」なセリアに、どう説明しよう。

 僕と師匠が、顔を見合わせたその時だった。


「あ~。ごめんね、マニエラ~。お邪魔してるわ~~~。ヨアキムも帰ってるんでしょ~~~? 声、聞こえたわよ~~~。ダメよ~~~。屋敷の敷地内でファックしたら、ダメなんだからね~~~~」


 部屋の奥にある階段。

 そこから降りてきた人を見て、セリアが絶叫した。


「えええええ~~~~っ!? なんでなんでなんで!? なんでここにいるの~~~~~っ!?」


 それに対する、答えはこうだった。


「なんでって……ここ、私んだし。っていうか、あんたこそなんでいるのよ」


 僕の母――イゼルダ=フォン=ゴーマンは、そう言うと、眠たげな顔をしかめて見せたのだった。


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