第23話 スネイル
ドーラの商隊は、彼女と助手の男性の二人組だ。男性の名はグスタボ。2人で組んで、もう五年近く商売を続けているのだという。ドーラ曰く――
「あー、言っとくけどさ。彼氏とか旦那じゃないから。親兄弟とか、親戚でも無いし、本当に仕事だけの関係。そういや、寝たことも無かったって――ははっ、どうでもいいか」
――とのことだ。
ト=ナリからマタド=ナリまでは2日。
今日は、街道沿いで野営することになった。
「あそこの丘の辺りは、ちょっと臭いかもな」
「注意をしておくか。結界はどうする?」
「あそことあそことあそこに強めのを張っておいて、あとは薄く探知系のポイントを作っておく感じでどうでしょう?」
「それなら、獣除けも兼ねてくれるか――イーサンって言ったっけ? やるねえ」
周囲を検索し、警備の段取りを打ち合わせたら夕食だ。
食事時には、ドーラからスープと干し肉が振る舞われる。
本当なら、これは必要無い。護衛の僕らの食費は、報酬に含まれている。だから雇い主に、食事を提供する義務は無い。だからこれは、報酬外の心付けみたいなものだ。だから、あくまで最低限。干し肉は薄く、スープにはほとんど味が無かった。
「えっ!? あんたら、収納持ちだったの?」
「ええ。容量は小さいですが、収納魔術なら3人とも使えますよ――はい、ボア肉の塩漬けです。値段のつかなかった部分なので、遠慮なく使って下さい。それと、麦と野菜の干し団子ですが、これも売れ残りですね。良い機会だから、食べちゃいましょう」
でも今回は、僕たちが持参した食材のおかげで、かなりましになってるはずだ。獣肉の脂と穀物の満腹感。そこに酒が加わったら、とても良く眠れるだろう。でも、僕ら護衛には夜の見張りがあるから、そうもいかない。
見張りは2交代制で、セリアと師匠が前半、僕が後半の組に入ることになった。前半の組の方がよく眠れそうだったから、彼女たちにはそっちに回ってもらったのだ。僕だけが別の組になったのも、考えた結果だった。
「おやすみ、イーサン。これ飲んでね」
「寝付きの良くなる薬だ。昼間の興奮が、残ってるだろうからね」
後半の組の僕は、先に眠ることになる。パーティー、そして夫婦としての初めての仕事だ。自分じゃ気付かなかったけど、少なからず緊張していたらしい。寝転んだ時には、目が冴えて仕方なかった。でも、それも数分。セリアたちに貰った薬が効いて、たちまち僕の意識は、眠りへと落ちていったのだった。
師匠が、いつか言っていた。
生きとし生けるものの意識は、最も深い部分において、ひとつに繋がっているのだと。しかし通常は、木の葉みたくひとつひとつに分かれて境界を作り、遡れば同じ枝、同じ幹に繋がってるという事実に、気付くことすら出来ない。
でも、一旦その境界さえ越えてしまえば、他人が見てるものを見たり、聞いてるものを聞いたり。更には身体の制御さえ手に入れて、自在に動かすことすら可能になるのだという。
もしかしたら、貰った薬のせいだったのかもしれない。
あの薬が、僕に『境界』を超えさせて。
だから、あんな声が聞こえたのかもしれなかった。
●
『ねえ、いいだろ。グスタボ。もう仇はうったんだ。それでもういいじゃないか。父さんも母さんも、店のみんなだって許してくれるよ。っていうか、いまはアタシ達が追われてるんだよ?『スネイル』の後を継いだ、奴の息子や娘たちがアタシ達を追っかけてる。奴らにしてみりゃ、アタシ達の方が仇なんだよ……逃げ切れるはずがない。いつかは捕まって殺される。どうしようも無いんだ。後はもう、アタシたち、殺されるだけなんだよ。だからさ、いいだろ? グスタボ――お嬢さん? やめとくれ、そんな呼び方は。どんな大きな商会の娘だったか知らないが、いまのアタシはこんな口のきき方しか出来ない、ただの、ガラの悪い、擦れっ枯らしの、こういう……こういう、女なんだ。だからさ、グスタボ。アタシの、もう長くない一生の最後だけでもいいから、このアタシを、あんたのものにして欲しいんだ――頼むよ。お願いだからさ』
●
夜半に起きて、見張りを交代した。
セリアたちの所に行くと、彼女たちも、後半組を起こしに行くタイミングだったらしい。
小声で、僕は訊ねた。
「『スネイル』って、知ってる?」
セリアが言った。
「うん――でもね、その言葉は口にしないで」
師匠も、小声で。
「そうだね。私が『いい』って言うまでは、その話題は無しで」
師匠の真剣な表情に、僕は、それ以上なにも訊けなかった。
その夜は何も起こらず、翌朝も無事出発。
マタド=ナリに着いたのは、午後のまだ早い時間だった。
「ありがとう! また何かあったら頼むよ」
ギルドに納品して、僕らも依頼完遂のサインをもらったら、それで解散。こういった依頼の常として、別れはあっさりとしたものだった。みんな長居することなく、ギルドの建物を後にしていく。
僕らも、ギルドを出た。
出てどこに向かったかというと、宿だ。
『
本当に、どこの町に行っても存在する宿である。
この宿で起こったことは、口外できない。
その掟が、頭にあったからだろう。
僕の中に、妙な信頼というか、安心感みたいなものが生まれていた。
それは『口外は禁止』だから『口外しない限り外には漏れない』――ということは『
だから、口にしてしまったのだ。
何度めかの行為の後、ぽろりと。
「ここなら『スネイル』のこと――」
「「……駄目!」」
言った途端、2人に口を押さえられた。
そればかりか――
「遮れ遮れ!『パーフェクト・サイレンス』!」
――始原の魔術で、師匠が部屋の音を遮断する。
『スネイル』とは、それほどヤバい言葉だったのか!?
驚愕する僕に、セリアと師匠が頷く。
そして彼女たちのリードで、また行為が始まった。
まるで、僕の罪悪感を慰撫して散らすかのように。
でも、僕は甘かった。
ドン――ドン! ドン!
次の次の行為の途中だったから、1時間後くらいだっただろう。
部屋のドアが、激しくノックされ始めた。
そして、それが止まぬまま――
バン! バン! バン! バン!
――今度は窓が、叩かれ始めた。
師匠が、僕にキスして言った。
「『いい』よ」
僕は訊いた。
「『スネイル』ですか?」
師匠が頷く。
セリアも頷いて、言った。
「多分『スネイル』でしょうね。さっきあなたが『スネイル』って言ったのを、聞き逃さなかったのよ――で、どうする? マニエラ。逃げる?」
「そうだね。とりあえず逃げよう。いったん、家に帰って――武器を揃えてから、戻るとしよう」
「そうよね。この際だから、やっつけちゃいましょうよ。スネイルの子供たちも、やつの残党も。組織ごとまとめて、ボッコボコのギッタギタにしちゃうんだから!」
と、物騒なことを言い出す嫁たちに、僕はただ、頷くことしか出来なかったのだった。
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