第15話 エルフの少女

魔の先導者マギ・ナビゲータ』が猛烈な反応を示し。


 魔術の針が示す先へ急ぐと、原因はすぐ分かった。


 馬車が横転して、荷台から荷物がこぼれ落ちていた。

 荷物は、大量の『根張り芋』。

 地面に落ちた『根張り芋』は、瞬時に根を張ってしまう。

 馬車から落ちた『根張り芋』も、既にそうなってしまっていた。


――なるほど。


魔の先導者マギ・ナビゲータ』の探索条件に、僕は『未採取・・・の『根張り芋』』と指定していた。他人が持ってたり、自分が採取した分に反応するのを避けるためだ。


 馬車から落ちた『根張り芋』が根を張り、それで未採取状態になったと見做され、『魔の先導者マギ・ナビゲータ』の探知にひっかかったということなんだろう。


 納得である。

 というか、こんなことにアタマを使ってる場合ではなかった。


 何故、馬車は倒れているのか? という原因についてである。


 魔物だった。


 コボルトが5頭――いや、あのサイズだとマス・コボルトか。通常のコボルトより2回りは大きい。種としては同じだけど、あれだけ大きいと脅威度がまるで違ってくるので、別の名前が付けられている。


 どれくらい大きいかといえば、コボルト特有の犬頭が、馬のそれくらいに巨大になって、他の部分も、それと同じ比率で巨大化している。


 だけど、そんな巨体の魔物を――


「おらあ、ふざけんなボケがああ!」


――少女が、殴り倒していた。


 苦もなく、次々と。

(術式の発動が見えない――魔術じゃない!?)

 おそらくは、単純な腕力によって。


 少女の背丈は僕の妹のミルカと変わらないくらいで、そして華奢。見たところ、年齢も同じくらい――これは怪しいか。少女の金色の髪からは、尖った耳がのぞいている。彼女はエルフだ。10代に見えても実は100歳を超えてたりとか、普通にあるのだ。


 でもここは便宜上、少女で通させてもらおう。


「荷物、滅茶苦茶になってしまっただろうが! 滅茶苦茶になってしまっただろうが!」


 叫びながら、少女はマス・コボルトを滅茶苦茶に痛めつけている。

 殴って、蹴って、踏んづけて、逃げようとする後ろ髪を掴んでまた踏んだ。


 すでに勝敗は見えてて、放っておいても少女が危機に陥る可能性は少ないだろう。

 でも同時に、これ以上続けても意味が無いということでもある。


「撃っちゃえ撃っちゃえ『殺しのお豆キラー・ビーン』」


 僕の指先から飛んだ『豆』が――


「「「「「うぶぇえ……」」」」」


――マス・コボルトたちの頭部を貫き、彼らは一瞬で絶命した。


 少女がそれに気付くまで、数秒かかったようだ。

 動かなくなったマス・コボルトを見下ろし、彼女は。


「うぼぇえええええええ!!」


 叫んだ。


 それが表現するのは、怒りなのか悲しみなのか。

 もしくは戦闘によって、単純にアガっただけなのか。


 とりあえずって感じで叫んだ――しかし。


「あれ、これって………『トブチュカ草』?」


 彼女が注視したのは、マス・コボルトの頭部。

 そこからニョキニョキ生えだして、渦巻きのごとく丸まる植物の茎だった。

 僕は言った。


「うん。『トブチュカ草』だよ。『根張り芋』は残念なことになっちゃったけど、売上的には、それで埋め合わせ出来るんじゃないかな?」


 僕がいま使った『始原の魔術』――『殺しのお豆キラー・ビーン』。


 高速で発射した豆で標的を撃ち抜くという魔術だけど、これで使っている豆というのが『トブチュカ草』の種だった。


『トブチュカ草』は、動物の死体を養分に成長する植物で、煎じて飲むと優れた薬になる。そしてそれにまつわる数々の逸話が商品の価値を高め、その値段は、どう低く見積もっても『根張り芋』の数十倍。


 つまり、いまマス・コボルトに生えてる分だけで馬車に載せてた『根張り芋』の数倍の利益を得ることが出来るのだった。


「え、でも……いいの? あれって、あなたがやったんだよね? 魔術で……あれって『殺しのお豆キラー・ビーン』だよね。人間で使える人って初めて見たけど……エルフを含めても3人目だけど……『トブチュカ草』を飛ばしたんだよ、ね?」


「うん。でも、勝手にやったことだから。気になるなら『トブチュカ草』の分の利益は分け合えばいいし。そもそも、君がここで戦ってなきゃ、その『トブチュカ草』が生えることもなかったわけだしね」


 というわけで――


 まずは倒れた馬車を元に戻した。馬は怯えきってたが、少女が宥めると、すぐに落ち着きを取り戻す。怪我は無いみたいだったけど、一応。


「『癒しの風ヒール』!」


 それから地面に落ちた『根張り芋』を掘り出して、荷台に積み直した。大きな油紙でまとめて包んでたのが、馬車が横転してこぼれてしまったらしい。


『トブチュカ草』については、マス・コボルトの死体ごと馬車に積んだ。ギルドに買い上げられた後もこのままの状態で保管され、死体の養分が出尽くしてシワシワになるのを待ち、出荷される。だから『トブチュカ草』だけ切り取って運んだりしたら、商品価値が激減してしまうのだ。


 成り行き上、僕も馬車で帰ることになった。

 そこでようやく気が付いたのだ。

 自己紹介も、まだだったってことに。


「私はセリア。薬草専門で商いしてる」


「僕はイーサン。駆け出しの冒険者だ」


「あなたが来てくれて良かったわ。倒れた馬車を起こして『根張り芋』を掘り直すなんて、一人だったらどれだけかかってたか……一人だから倍の時間がかかるとか、そんな単純な話じゃないからね」


「そうなんだ?」


「そうだよ。気分って意外と重要なんだから。一人だったら、落ち込む一方だったと思う。そして溜め息を吐くたび、作業する手は遅くなってくというわけ――あ~あ。今度はもっとしっかり根を包まなきゃ。いい勉強になったわ。これだけの『根張り芋』を運ぶのは初めてだけど、まだまだ続くだろうからね」


「『根張り芋』って、そんなに需要があるの?」


「……戦争だよ。魔王軍との戦争が激しくなってく一方だから。そっちに送る薬を作るために『根張り芋』が大量に発注されてる。今回はヘマしちゃったけど、仕事が無くなることは無いと思う」


「あ……」


 セリアの話を聞きながら、僕は思い出してた。

 昨日、誰かが宿で言ってたことを。


石栄花あれが珍しがられるってのは、いいことだよな』


 石栄花は、大きな魔力が使われた場所で、草花が変質させられて出来るものだ。逆にいえば、石栄花がある場所は大魔力が使われた場所ということになる。


 つまり、石栄花が珍しがられないというのは、それだけ頻繁に大火力の魔術が使われてるということなのだ。


 そんな状況で、思い当たると言ったらひとつ。


 戦争だ。


 魔王軍との戦線からは、遠く離れてるはずのこの土地で。こんな風に自分が戦争と繋がってることに、僕は、なんとも言えない気持ちになるのだった。


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