第13話 簡単な方法

 その時、僕は思った。


(師匠が狂った!)


 咄嗟にとはいえ、本当に、そう思うしかなかったのだ。


「あ・な・た~。お帰りなさ~い」


 ぴょんぴょん跳ねながら手を振る師匠は、幸いにして、普段の実質全裸ではない。平民の若奥様といった感じの地味な服装だ。しかし、それがやばかった。師匠の豊満かつ引き締まった矛盾まみれな肢体の魅力を、逆説的に強調してしまっていた。


 そんな師匠に、馬車に乗る誰もが言葉を失っていたし、視界の隅では、誰かが馬から落ちるのが見えた。そして馬車が近付き、師匠の言う『あなた』が僕のことらしいと分かるに至って、馬車は混乱の極みに陥る。パメラに至っては、まるで何かに裏切られでもしたかのような表情で、僕から身を遠ざける始末だった。


 僕の頭に、こんな三文字が浮かんだ。


 台無し


 これまで慎重にあれこれやってきたのが、すべて無駄になりかねない悪目立ち。この街に来てからの2週間をかけて、こつこつ積み重ねてきたキャラとか立ち位置が、あまりに強烈な師匠の存在感によって、一瞬にして台無しにされてしまっていた。


 うん、これもう無理。

 気付くと、僕は天に両手を突き出していた。


「消しちゃえ消しちゃえ!『記憶の掃除メメント・クリーナ


 もう遠慮なしに出す『始原の魔術』である。

 僕の手を真似するように、天から、無数の手が伸びてきた。


 どうやら女性のものらしい腕の、肘から先だ。


 そのひとつが、パメラの頭を叩いた。

 ぱしん。

 辺りに、虹色の波紋が広がる。

 ぱしん。ぱしん。

 続けて何度か叩かれ、頭を左右に揺さぶられると、パメラはぐるりと白目になり、落ちるように気を失った。


 ぱしんぱしん。


 他のみんなも、頭を叩かれ、白目でその場に伏せる。

 とうとう、意識を保ってるのは僕だけとなり。


「「「あ、あれ~。なんだか頭が、すっきりするなあ」」」


 再びみんなが身体を起こした時、さっきまでの混乱は嘘みたく消え失せていた。


 魔術の手で叩くことにより、師匠が現れて以降の記憶を、みんなの頭から消し飛ばしたのだった。同時に、頭の中でモヤモヤしていた悩みなんかも吹き飛ばしている――頭がすっきりしたというのは、きっとそのせいだろう。


 街の正門を入ったところで、馬車が止まった。

 今日は、ここで解散だ。


 僕はまっすぐ宿に帰れるからいいけど、各パーティーのリーダーは、ギルドに帰着の報告をしに行かなければならない。報酬の分配などについては、明日――というか今日の夕方、打ち上げもかねた会合がギルドで開かれる。


 こうして、みんなと別れた後。


「あ~あ。みんなに紹介してもらいたかったのに、ざ~んねん」


 師匠が、空から降りてきた。

 僕がみんなの記憶を消すのと同時に、空に浮かんで貰っていたのだ。


「急に来るのは止めてくださいよ。せめてもうちょっと無難な感じで……」

「既婚者の方が、社会的信頼度が高いし~」


 結婚してるって設定か……


 仕事で疲れて帰ったら、師匠みたいな奥さんが待っててくれる。

 それって、どんな感じだろう。

 考えてたら、袖を引っ張られた。


「会いたくなったので~。会いたくなったので~」


 上目遣いでそんなこと言われたら、もうどうしようもない。

 とりあえず人気のない路地まで手を引っ張って、ハグとかキスとかしたのだった。


「ところで、師匠は宿をとってるんですか? 取ってないなら僕の……」

「とってるよ?」


 と言って師匠に連れてこられたのは、街の中心近くにある大きな、しかし印象としてはひっそりとして目立たない宿だった。


「今夜は、一緒に泊まろ?」


 指さされた看板には、こうあった。


夜想曲ノクターン


 宿に入り、中で何があったかについては言えない。

 師匠によると、言ったら恐ろしいことになるそうだ。


 それこそ、この世界が消滅しかねないほどの……


 ●


夜想曲ノクターン』を出ると、既に夕方近くなっていた。


「とりあえず、これで君も魔術師としての課題はクリアしたわけだ。となれば、冒険者としての身の処し方も、自ずと見えてくるはず――頑張りなさい」


 そんな師匠モードのアドバイスを残して、師匠は空に消えていった。


 考えてみたら、宿の部屋から『跳躍の輪』で転移すれば良いんじゃないかって気もするんだけど、キヤラ作りの上では、こっちの方が正しいのかもしれない。僕も、参考にさせてもらおう。


 ギルドでの会合は、問題なく終わった。


 僕に分配される報酬は、額面だけだとパーティーで活動していたときより高額だった。でも、フリーでの活動はパーティーに参加するより経費もかかるし、仕事も安定してない。それを補う意味での、高額なのだった。


 その後の打ち上げでは、パーティーで活動する気はないのか訊かれた。パーティーへの勧誘とかではなく、世間話的な感じで。


「う~ん。まだちょっと、考えてみたいところなんですよね~」


 我ながら煮え切らない返答の僕に、何故か打ち上げに参加していたギルドの職員――モエラさんが言った。


「ぶっちゃけ、パーティーに入ってること自体が実績みたいなもんなんですよね。フリーだと、結局のところどれだけ実績を積んでも、それで得られる信頼には上限があるっていうか、将来に繋がる感じの質の高い仕事っていうのは、やっぱりフリーの人間ではありつけないって面があるのよ。ギルドの職員である私が言うべきことではないのかもしれないけど」


 そこに、今回の討伐の隊長――名前はムガール――も。


「そうだな。俺も昔はフリーでやってたんだが、いまモエラが言ったような部分で壁を感じて、パーティーでの活動に切り替えたんだ。正直、若い頃の自分に会えたとしたら、ぶん殴ってでもパーティーでやらせる――と言いたいところだが、フリーだから得られるものってのもあってさ。それが俺自身のオリジナルな武器になってる部分があるってのも否めない――難しいもんだな」


 なるほど――僕は、うなずかざるを得ない。いまモエラやムガールに言われたことは、僕自身、薄々感じていたことでもあったからだ。


 魔術のことでもそうだけど、いままでの自分は何をやってたのかと思うこともある。でも僕は僕なりに、出来ないなりに一生懸命にやってきて、だからこそ得られたものもあるような気がするのだ。


 さて、どうしよう……


 考えに沈みかけたところで、モエラが言った。


「あのね。簡単な方法があるんですよ。これまでのイーサンの態度や、今回の任務での話を聞く限り、じゅうぶんイケるとおもうんですけどね……」


「それって、どんな?」


「パーティーを作るんです。あなたがパーティーを立ち上げて、自分がリーダーになればいいんですよ!」


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