第9話 森のめぐみ亭

 打ち合わせは夕方――まだ時間がある。

 いったん、宿に帰ることにした。


『森のめぐみ亭』


 ギルドで紹介してもらったこの宿は、安いが清潔で、食事もおいしい。


「あれ~? 今日は、お早いお帰りですねえ。イーサンさん」


 入るなり、看板娘のエミリーちゃんに声をかけられた。エルフの親父さん譲りの尖った耳をピクピクさせて、いつ見ても楽しそうにしている。


 そんなエミリーちゃんを、女将さんが叱った。


「こら、エミリー! ごめんなさいね。詰まんないこと言っちゃって」

「いえいえ、いいんですよ」


 冒険者に対しての『お早いお帰りですね』は、デリケートな発言だ。仕事を早く終えて帰る人だけじゃなく、仕事にあぶれて早く帰らざるを得なくなった人だっている。言うならそこら辺を見極めてからでないと、トラブルになる恐れがあった。


 僕は、そんなの気にしないんだけどね。


「今日は、夕方から仕事の打ち合わせなんです。それで、いったん帰ってきたんですよ」

「じゃあ、軽く何か食べてくかい?」

「ええ。夕食はとれそうにありませんから」

「じゃあ、いつものサンドイッチ? 香草多目の」

「はい。香草多目の」


 それから、何か言いたげにこっちを見てるエミリーちゃんに手を振り、僕は、客室への階段を上った。


 ●


 部屋に戻って装備の手入れを始めると、すぐにドアが鳴った。

 軽食の皿を持って入ってきたのは、宿の親父さんだ。


「ほい。早めの晩飯だ。しかし、若いのに珍しいねえ。香草に木の実のバターのサンドイッチって。年寄りみたいな好みだよ。若いんだし、冒険者ってのは、もっと肉を食いたがるものだと思うんだけどねえ」


 言いながら、親父さんはお盆の端を指さしている。

 僕がうなずくと、親父さんもうなずいて、部屋を出ていった。


 それは、サンドイッチの皿の下にあった。

 磨き上げた、木製のブローチだ。


 親父さんはエルフで、ブローチこれはエルフが故郷を出る際に長老から与えられる魔導具だ。もちろん貴重な品で、エルフは肌身離さない。これを奪われたエルフが、奪った相手を仲間と一緒に探して攫い、取り戻した後も許さず惨殺したといった事件もあったりする。


 そんな貴重なものを、何故、親父さんは僕に渡したのか?

 理由は、この人だ。


『出るの、遅いんじゃな~い?』


 魔導具ブローチに手をあてた途端、目の前に師匠が現れた。

 もちろん、実物じゃなく映像だ。


 ブローチは通信の魔導具で、似たような魔導具は他の種族にもあるけど、エルフの作ったこれは、性能が段違いだ。


 師匠もエルフだからこの魔導具を持っている。

 それを使って親父さんに連絡し、僕に通信を取り次ぐよう頼んだのだ。


 親父さんがそんな便宜をはかってくれるのは、親父さんがひたすら師匠のことを尊敬しているからだ。理由は教えてくれないけど。もっとも、ギルド推薦の宿の主がそんな親父さんだったのは、完全な偶然……とも言い切れないか。


 僕が宿に帰ったタイミングで連絡が入ったのは、もちろんいま僕がどこにいるか師匠が把握しているからなのだけど、師匠から『始原の魔術』を習った僕にとっては、まったく不思議なことではなかった。


 とにかくそんな方法で、僕と師匠は頻繁にっていうか、ほぼ毎日、連絡を取り合っている。話す内容は、主にその日あったことの報告で……


『ふむ……では、ようやく引っかかってきたというわけだね?』


 さっきギルドで声をかけてきた、ビーエルのことだ。


 これまでの反省として、パーティーに参加するまでのプロセスが雑すぎたというのがあった。


 昼過ぎにギルドに行って、仕事の掲示板の前でうろうろしてれば、誰かがこっちを見てるのに気付く。

 

 視線は二種類。


 ひとつは好奇心。

 もうひとつは、自分たちに必要な人間か見定めてる目だ。


 後者の場合、多かれ少なかれパーティーに補強が必要な部分があるか、欠員が出てる。これまでは、そういう視線があったら、すぐに食いついていた。大体、冒険者登録して3日目には新たなパーティーに参加。そして、数ヶ月でクビになってたわけだ。


 今回の方針は『じっくり見定める』。

 だから、こちらから話しかけることはしなかった。


 淡々と仕事をこなし、ギルドに通い、僕をそういう目で見ている面々の顔を見定める。そうして、もう少し深く探ってみるかと師匠と話してたところで、今回の討伐クエスト。加えて視線の常連――ビーエルから声をかけられたのだった。


「ビーエルのパーティーは女性が3人。服装からすると、前衛型の魔導師に僧侶と武闘家ってところでしょう」


『ハーレムパーティー?』


「いえ。これまで見てた感じだと、サバサバとしているというか、目の色が、全然、恋してるって感じじゃなかったです」


『へ~え。君って、そういうの分かるんだ』


「え………」


 師匠と付き合い始めたら自然と分かるようになったとか、真実を言うべきだろうか。しかし、そのままでは不味い気がする。


 う~~~~ん。


「………師匠が僕を見る目と、真逆だったから」


『……………』


 今度は師匠が黙り込んで、それでこの話題は終わった。

 その後は――


『ねえ、サンドイッチそれ、食べないの?』


「師匠と話してるのに、失礼でしょ?」


『見た~い。食べてるとこ見た~い』


――といった感じで、中身の無い会話に終止することとなったのだった。


 ●


 夕方の打ち合わせも、問題なく終わった。


 ベテラン冒険者に絡まれたりとかいったイベントもなく、僕の役割は、主にビーエルのパーティーの補助ということになった。


 討伐対象は、ボア系の魔物。

 この近辺の地形と気候からの見解を言ったら、みんなが『おお』っとなった。


 説明役のモエラさんによると、


「え~と。それ、これから私が説明するつもりだったんですけどね~」


とのことで。


 そんなこんなで、帰り際――


「期待してるぜ」


――と、何人かから肩を叩かれた。


 悪くはないっていうか、かなり、いい気分だったね。


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