第8話 ギルドに登録する

 さあ、出発だ。


 転移の魔導具――『跳躍の輪』に足を突っ込んで、ぬるぬるぬる。

 全身を吸い込まれ、次に出た時はもう目的地。


 これまでパーティーをクビになるたび、僕は違う国のギルドで冒険者登録をやり直していた。どの国も大陸の東側だったけど、今回は違う。妹のミルカも言ってた、大陸北側の国で活動しようと考えていた。


 ぬるぬるぬる――『跳躍の輪』から出て見回すと、転移した先は森の中だった。『跳躍の輪』は、目的地を設定するとその近辺で人気ひとけの皆無な場所を探して転移させてくれる。じゃあ自宅に戻ったりする時はどうするんだって言われそうだけど、それについてはいずれまた説明しよう。


「教えて教えて『魔の先導者マギ・ナビゲータ』!」


 眼の前に魔術の矢が浮かび、目的地の方角を指した。凝視すると、詳しい道順や到着までの時間を、徒歩と馬と馬車に乗った場合と魔導具で空を飛んだ場合のすべてについて教えてくれる。これも師匠に教わった『始原の魔術』だ。


 目的地――今回、冒険者登録する街までは、矢の情報によると徒歩1日。しかし実際は、森を出るのに思ったより時間がかかり、街に着いた頃には、次の日の昼過ぎになっていた。


 ●


 冒険者登録をやり直すたび、僕は名前を変えている。最初に登録した時はエーサン、次はビーサン、3度目はシーサンで、4度目の前回がディーサン。


 そして今回は――


「名前はイーサン、19歳です」


 冒険者ギルドの登録受付カウンター。僕が名乗ると、分厚い眼鏡の受付嬢が、黙ったまま水晶玉を差し出してきた。それを僕が撫でて、手を離す。水晶玉に着いた指紋を、受付嬢が羊皮紙で拭く。羊皮紙を広げて、そこに写し取られた内容を一瞥すると、彼女は言った。


「はあ~、中級の治癒魔術に、各元素の初級攻撃魔術、他には……ああ『宴会魔術』ね。剣術スキルは無いみたいだけど、短剣くらいは使えますよね……と。じゃ、この内容で登録しますから。ここに無いスキルを持ってる場合は言って下さい。別室で実技検定を行います」


「その内容でかまいません」


「良き一歩が良き一日となり、良き一日が良き人生となる――ハジマッタ王国冒険者ギルドへようこそ。イーサン、あなたにゴチャマレラの加護がありますように」


 握手して、手が離れると同時にギルドカードが差し出された。無愛想だが、仕事は出来る人らしい。ゴチャマレラというのは、大陸北側で崇められてる神の名だ。大陸北側には多数の宗教があって教義も様々なのだが、そのどれも神の名は『ゴチャマレラ』なのだった。


 ギルドカードが手に入ったら、今度はパーティー探しだ。


 どこのギルドも作りは同じで、受付カウンターに簡単なバーとテーブル。それから仕事の張り出された掲示板。昼過ぎのいま、テーブルでは早朝の仕事を終えた冒険者たちが酒を飲み始めている。


 僕が掲示板に向かうと、いくつか視線が向けられてきた。


 新しい仕事は、朝いちで張り出される。こんな時間だから、おいしい仕事はすでに無くなっていて、それなのに掲示板を見てるのは、残飯みたいな仕事しか請けられない低ランクか、ワケありの冒険者がほとんどだ。


 僕も、そんな風に見られているのは確実だ。そしてそんな僕に、どうして視線をくれる人がいるかというと、1つは好奇心。そしてもう1つは……


「ダンジョン苔の運送補助……明日から2日間。ランク関係なし、か」


 とりあえず今日のところは、Fランクビギナーでも請けられる仕事を選んで、受付カウンターに向かった。仕事内容を確認して、契約。ついでにお薦めの宿を教えてもらって、ギルドを出た。


 翌日からの仕事は、問題なく終わった。


 次も、その次も。Fランクビギナーでも請けられる仕事を休まずこなし、採取の仕事では複数をかけもちすることもあった。もちろん、どれも無事成功。そんな感じで2週間も過ぎる頃には、分厚い眼鏡の受付嬢――名前はモエラ――から、入るなり声をかけられるようにすらなっていた。


「イーサン。小型害獣の駆除の仕事がきてるんだけど、どうかしら? ランク関係無しで、人数は10人。すでにEランクのパーティーが二つ参加することになってるんだけど、ギルドとしては、残りの枠をソロ冒険者に割り当てたいと考えてます。新人育成の観点からですね。で、あなたにどうかって思ったんだけど」


 断る理由がなかった。


 仕事は、明後日。その前の打ち合わせが今日の夕方ということだった。


 話を終え、僕は仕事の掲示板の方に足を進めていた。何を考えてでもなく、ついついだ。明日は仕事が入ってるし、そんな必要なんて無いんだけど、きっと癖みたいなものに違いない。


 声をかけられたのは、その時だった。


「やあ、イーサン――だよね?」


 振り向くと、僕より年下なんじゃないかってくらいに若々しく、利発そうな若者が立っていた。清潔感溢れる、イケメンである。身に着けた革の鎧はよく磨かれ、ベルトの道具袋をひっかける金具も手入れが行き届いていた。


 僕の返事を待たず、彼は言った。


「俺はビーエル、よろしくな。受付のモエラに聞いたよ。明後日の害獣退治に参加するんだって? 俺も自分のパーティーで参加するんだ。君のことはモエラがベタ褒めしてるからさ。すげえ楽しみにしてるよ――じゃ!」


 と、言いたいことだけ言って、ビーエルは仲間のいるテーブルに戻った。

 その背中を見ながら、僕は思っていた。


(あの人、ビーエルっていうんだ)


 ビーエルの、名前は知らないが顔は知っていた。

 何故なら、掲示板の前に立つ僕に向けられたいくつかの視線。

 それを放っていた一人が、彼――ビーエルだったからだ。


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