第6話 竜神狩り(2)

『ノガサンカラナアアア!!』


 って言われても……


 師匠を見ると、初めて孫が立つところを見たお爺ちゃんみたいな笑顔で親指を立ててた。それを、下に向ける。ぐい、ぐい、と。やれってことだ。こういうシチュエーションでどうするべきか、僕は師匠から教わっていた。教わったその通りに、やれと言ってるのだ。


 僕は言った。


「ウ・ケ・ル」


 はぁああああ~っと、内心でため息を吐きながら、続ける。


「『ノガサンカラナアア』って。『ノガサンカラナアア』って。これだけボコボコのギタギタにされて、ボロボロ泣きながら『ノガサンカラナアア』って。こっちのセリフだ激弱トカゲ。いいか貧弱爬虫類。おい低能、教えてやる。いまのオマエに相応しいのは、ガタガタ震えながらの命乞いだ。ほら言ってみろ『ユルシテクダチャ~イ』って。『オチッコモレチャイマチタ~』って言ってみろよ!」


 違うんです違うんです違うんです! 僕、本当はこんな子じゃないんです! こんなこと言う子じゃないんです――まったく宛先不明な弁明を心で叫びながら「もっとも、許しも逃しもする気は無いけどなあああ!」と、僕は鼻の穴を思いっきり広げて竜神を見下ろした。


「………」


 竜神は、無言だった。


「………」


 そして、師匠も。

 いまこの場で、僕だけがいきり立っていた。

 恥ずかしい……


 でもこれも、情報を得るためだ。師匠も竜神も、じっとお互いの反応を読み合っている。いかにも調子に乗った小物めいた僕のセリフは、撒き餌みたいなものなのである。圧倒しているのはこちらだけど、自爆でもされたらたまらない。


「………」


 僕たちを見上げる竜神の、涙に濡れた瞳から、いつしか光が失せていた。艶のない果物みたいになって、再び光が戻るまで、十数秒。その間、竜神は反撃するタイミングを計ってる風でもなく、依然として師匠と僕に乱打されながら巨体を丸め、ただ防御に専念して、次の一秒、また次の一秒とやり過ごし、あたかも援軍を待ってでもいるかのように――その通りだった。


 どどどどどどどど。

 ごんごんごん………


 空を風切る、影。大地を揺るがす、足音。鐘を鳴らすが如き、雄叫び。それは、ついさっきも見て、聞いたものだった。ただ違うのは、それが遠ざかるのでなく近付いてくること。逃げるのでなく、迫ってくること。


 竜神の声は、淡々とさえしていた。


『星ノ巡リニ従ウデモ無ク訪レテハ、竜神ワレラノ同胞ニ害ナス小鬼ドモ』


 星の巡り云々っていうのは、これまで何度もこの土地を訪れては竜神を狩って来た師匠と僕が、いったいどういうパターンで襲来しているのか、日付や曜日からは解析できなかったってことなんだろうな。魔物も高度な知能を持つと冒険者から奪った暦から学習して、人間が駆除に来るタイミングを予測したりするという。ましてや竜神ともなれば、そのくらい出来ないはずがない。ちなみに僕たちがここに来るのは、基本的に僕がパーティーをクビになった時なわけで、暦から読み取れないのも、当然とはいえるのだが。


『イツ訪レルカ読メヌナラ、イツ訪レテモ構ワヌヨウ、備エレバヨイダケ――ヨウヤク、備エガ出来タ』


 なるほど。即時対応の防衛体制というわけか。空に竜。地にも竜。気付けば世界が虫食いだらけになったみたいに、空も地も、大小様々な竜と魔物で埋め尽くされていた。間違いなく、呼んだのは竜神だ。そして雲霞の如く集う彼らの向こうには、いま地面に伏してるのと同じくらいの大きさの竜神が、一、二、三、四。


 四体の竜神が、その咆哮で雲を吹き飛ばした。


『『『『許セン! ヨクモ我ラノ同胞ヲ! ノ・ガ・サ・ン・ゾ――小鬼ドモ!』』』』


「それは、僕らもだ――トカゲ!」


 別に師匠に促されたわけでもなく、僕は応えた。竜と魔物の大群が、僕らとの間合いを測り、一斉に身じろぎする。空気が、ぎゅっと押し縮められる。その時すでに、僕と師匠は背中合わせになっていた――せえので、声を揃えた。


「「殺っちゃえ殺っちゃえ!『デストロイ・オールモンスターズ』」」


 その声以外の、音も無く。


 光条が、天から地から。上から下から右から左から前から後ろから。縦横斜めに奔る銀色の線が、竜の鱗を貫き灼いていく。人間以外の全ての生命を屠る裁きの光――始原の魔術『デストロイ・オールモンスターズ』。


 空が再び青くなるまで、五秒もかからなかった。

 地面は、死骸で更に真っ黒になってたけど。

 そしてそんな中、彼らだけが無傷だった。


『グ、グヌヌヌウク。何故ダ!?』

『何故イキテル!? 何故、我ラハ!』

『マサカ……護ラレテイル!?』

『誰ニ――何故ニ!?』


 狼狽する竜神たちは、丸い結界に包まれている。それが『デストロイ・オールモンスターズ』の光撃から彼らを護って見せたのだ。彼らが出した結界ものではない。ここにいるのは、竜神たちと僕ら。彼らでないとしたら――


「私だよ」


 師匠が言った。


「殴ったり、斬ったりとかならいいんだけど――安くなるんだよ。魔術で焼くとさ。買い取りの額が安くなっちゃうんだよね。ギルドの素材買い取りって、そこらへん厳しいんだ」


『『『『『!!』』』』』


 さすが竜神、察しが良い。

 師匠の言葉と現在の状況を、早くも関連付けて理解したらしい。


「いちばん高く売れるのは、まだギリ生きてるかなって感じの状態で解体バラしたヤツなんだけどね~」


 更なる言葉に、竜神たちが顔色を変えた。


『『『『『!!!!』』』』』


 叫んで暴れて火の息ブレスを吐いて、そうして結界を逃れようとしてるのだろう。でも竜神たちの、その膂力と莫大な魔力ともってしても、傷ひとつ付けることが出来ない。何故ならそういう風に作られた、それほどに強力な結界だからだ。


 空を指差し、僕は言った。


「働け働け!『イモータル・ワーカーズ』!」


 空から降った銀の光線は、今度は誰も灼かなかった。地面に積み重なった死骸の一つ一つに繋がると、それは、彼らを立ち上がらせ、歩ませ始める。その先には――


『ググッ!? 出ラレヌ! 出ラレヌ!』

『動イテイクゾ! ドコヘ!?』

『グヌゥ!? 何ヲスル!』

『竜ノ神タル我ラニ刃ヲ立テルナド』

『止メイ! 止メイィイ!』


 竜神たちを包んだ結界が、移動し、次々と地面に降りていく。等間隔に並んで、あたかも調理される前の野菜みたいに。僕が操る死骸達がそこに取り付き、いつのまにか持ってた包丁を、竜神たちに突き立て始めた。包丁は、何故か妨げられることなく結界を貫き、竜神たちは、みるみる皮を剥かれ肉を削がれていく。


「ほら、君も使いなよ」


 師匠が放ってよこしたのは耳栓だ。着けると、なんだかアガる感じの音楽が流れ始めて、それと師匠の声しか聞こえなくなる。


 解体バラしが終わるまで、二、三時間ってところだろうか。


 頭の奥がぼおっとする。疲れよりも、興奮で。あっというまに終わったとはいえ、これだけの大規模戦闘は初めてだった。


 僕は言った。


「師匠、さっき訊きましたよね?」

「ん~?」

「どうして、メリッサを抱かなかったのかって」

「訊いたねえ」

「答えます――僕には、好きな人がいるからです」


 僕は、師匠を抱きしめると口づけした。

 そのまま押し倒して、胸をはだけさせる。

 師匠が言った。


「ん、あ……あのさ……嫌がったりしたほうがいい?」

「……お願いします」

「ヤだあ。ヤめてえ! こんなとこでヤだあ!!」

「え!?」

「いや、だから続けろって。そういうプレイなんだろ!?」

「……そうでした」


 師匠と僕は、こういう関係だ。

 なんというか……恋人同士、みたいな?


 その後の、行為の最中。


「イヤ! イヤあああ。違うのにい! 私、こんな淫らしい娘じゃないのにい。嫌なのお。こんな身体だけが目当てみたいなの、嫌なのお!」


「そんなことないから」


 思わず、素で答えてしまった僕に。


「本当にぃ?」


 微笑して見せる師匠は、ちょっと、嬉しそうだった。


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