第5話 竜神狩り(1)


 というわけで、帰宅から一時間も経たず、再び出発することとなった。


『跳躍の輪』で移動し、跳んで出た先はどこかの山脈。ところどころ雪の積もった岩肌を横目に見ながら、翼型の魔道具で渓谷を滑空していく。


 ここにはもう何度も来てるけど、ここがどこなのか僕は知らない。そういえば、師匠に訊ねたことも無かった。きっと、聞いたら質問したことを後悔するような恐ろしい答えが返ってくるんじゃないかって、そんな予感がしたからなんじゃないかと思う。


 僕がパーティーをクビになる度。そしてそれに限らず、僕が落ち込むようなことがある度、師匠はここに連れて来てくれる。名目は実力を見るためでも、本当の目的はストレス発散。実質全裸で犬小屋に住んでる変人だけど、実は師匠は、非常に弟子思いの人なのだった。


「おっ! いたいた~。突撃~~~!」

「お~~~!」


 翼を操作して、師匠が指さした先に飛び込んでいく。そこにいるのは、竜。さっきジャンのパーティーで戦ってた火竜より十倍近く大きい、百メートル級の、まさしく竜の神――竜神だ。


 こいつを、これから僕らは狩るのだ。


 翼を竜神に向けて、まだ数秒以下。

 どうやらあちらも、こちらに気付いたみたいだった。

 その瞳には、侵入者への怒りが浮かんでいる。


 だが火竜と違って、いきなり『火の息ブレス』を吐いたりはしない。

 ただ、ばちりと光が閃いた。

 同時に、僕の眼前で破裂音。

 後には、焦げ臭い匂いと玉虫色の陽炎が吹き散らばる。


 何が起こったかというと、竜神が目から即死魔術を放ち、それを僕が、あらかじめ展開していた魔術防壁で弾き返したのだった。竜神の目から放たれた魔力が、そのまま彼の目玉に押し戻される。出来るなら、瞼を擦りたいのだろう。短い手をばたばたさせて、竜神は、明らかに狼狽えた様子だった。


 その間に僕は、竜神の更に近くへと滑空する。


 竜神の体表では、複数の属性の色が、入り組み模様を描いている。全体に透明な層が被さってるように見えるのは、魔力が溢れて結晶化した鱗のせいだ。


「斬っちゃえ斬っちゃえ『剣陣アスラ』!」


 竜神とすれ違いざま、師匠の家から持ってきた剣を、まとめて全部使って斬りつける。その数、実に千百本。剣を振るうのは、僕の背中から生えた魔術の腕だ。竜神の首筋から背中にかけて結晶の鱗が砕け飛び、その下の肌から血が噴き出す。虹色に煌めく、魔力の血液。


 いったん上空に退避して見下ろすと、竜神は僕を探して頭を右往左往させていた。

 師匠が言った。


「私も、ちょっとは楽しみた~い」


 ぼくん――肉が肉を叩く音。

 竜神が、首を捻じ曲げた姿勢のまま、地面に転がる。


「グォオオオ!?」


 だがすぐに、尻尾で岩壁を削りながら身体を起こした。何が何だか分からないって顔で辺りを見回すと――ぼくん! さっきとは反対側から叩かれ、また転がる――いや、転がされる。


 また身を起こしたら、ぼくん。右から左から上から下から。頬を、鼻を、眉間を、顎をぼくんぼくんぼくん。はたして竜神には、見えてるだろうか――自分を殴りつける拳が。


 魔力で作られた、鈍色の巨大な拳が。


「ワンツーワンツーフックフックアッパー!」


 竜神を挟んだ向こうで、虚空にパンチを繰り出す師匠。

 巨大な拳は、それにあわせて竜神を殴りつけていた。


 では、僕は――


「踏んじゃえ踏んじゃえ『ジャイアントステップ』!」


――師匠が拳なら、僕は足だ。


「フゴォオオオウッ!?」


 見上げる竜神は『嘘だろ……?』って顔。その頭上には鈍色の、やはり巨大な足の裏。「ふんっ!」僕が虚空を踏みつけると、足の裏も竜神を踏みつける。1回2回3回……竜神が避けようとしたら蹴飛ばして転がし、また踏んで。もちろん、その間も師匠の殴打は続いている。


「どうだい。ちゃんと使えるだろ? 私の『始原の魔術』はさ」

「はいっ!」


『始原の魔術』――ジャンに馬鹿にされた『宴会魔術』、その正式な呼び名だ。強力なことは強力だけど、大量の魔力を消費したり発動までの手順がデリケートだったりで、実戦では使えないと評価されている。


『宴会魔術』というのは、せいぜい宴会の余興くらいにしか使いようがないということで生まれた蔑称だ。


 だから新しく入ったパーディーで『始原の魔術』を使えると言っても『まさか、そんなのを実戦で使おうってつもりじゃないだろうな?』なんて戒めるような目を向けられたり、実際に言葉に出して禁じられてしまうのが常だ。


 でも、見ての通り。


「ブムグォオオオオッッッ!!」


 竜神が、啼いている。目から滴る涙は、痛みへの反射からだけじゃないだろう。百メートル級の竜なんて、本当なら軍隊の魔術師団が、攻城用の投石機や大型弩砲を用意して退治するような最悪級の巨獣だ。それを師匠と僕は、なんなく圧倒している。どうやって?――『始原の魔術』で。


 さっき使った『剣陣アスラ』もいま使ってる『ジャイアントステップ』も最初に竜神の即死魔術を防いだ魔術防壁も、みんな師匠に習った『始原の魔術』だ。伝書にある手順で確実に発動し、伝書通りの威力を発揮する。加えて消費する魔力も常識の範囲内。むしろその威力から考えたら、低コストとすらいっていいだろう。


 だから、僕のこの『始原の魔術』は、実戦でもちゃんと使える。

 決して『宴会魔術』なんかではないのだ。


 だったら、パーティーのみんなの前で威力を見せて、ちゃんと使える魔術だって認めさせれば良かったじゃいかって言われそうだけど、それはそれで、そう出来なかった理由があるんだよね――


『オ~マ~エ~ラ~~~!!』


――と、声がした。念話だ。頭の中に、直接響いてくる。それも怒鳴りつけるような一斉配信だったらしく、遠くの空を、鳥や空の魔物が一緒くたになって逃げていくのが見えた。地鳴りがするのは、走って逃げてくやつらの足音なんだろう。


『シッテルゾ!! トキオリアラワレテハ竜神ワレラニ害ナス、フラチモノ! キョウコソハ、ノガサンカラナアアア!!』


 声の主は、竜神だった。


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