第4話 師匠の小屋

 印象としては、でっかい犬小屋だ。屋根のついた木の箱に、入り口として、丸い穴がくりぬかれている。場所はうちの裏庭。そこに建ててある、というより置いてある。


 それが、師匠の家だ。


 母の友人で、僕が幼い頃から魔術を教えてくれている。僕が学園を卒業してからは、その他のことについても全部。住んでるのはずっと同じ裏庭で、でも建物自体は何度か新しいものへと代わっていた。


「師匠~。いますか~? 入りますよ~」


 と、穴のすぐ横をノックする僕だが、これはポーズに過ぎない。本当は必要ない。何故なら、師匠の都合が悪いときには、そもそもこの小屋まで辿り着くことすら出来ないからだ。


 小屋の前まで来れたこと自体が、入室の許可となってるわけだった。


 入り口の穴は、頭を突っ込める程度の大きさしかない。でも問題ない。まさに頭を突っ込むためだけの穴だからだ。『跳躍の輪』と同じだ。穴に頭を突っ込んだ次の瞬間から、ぬるぬると僕の身体全体が穴へと吸い込まれ、更に次の瞬間には、小屋の中へと移動している。


 小屋の中は、とても広い。


 何も仕切りの無いひと繋がりの空間で、面積は屋敷を数倍してまだ余るだろう。天井も高くて、奥の方にある階段は二階に繋がってるのだけど、もちろん外から見た小屋に、そんなものは無い。穴を通って、まったく別の場所にある家に移動したと考えるべきなんだろう。


 室内には棚や調理器具、机やベッドすら無くて、およそ家具と呼べるものといったら、部屋の中央にちんまり置かれた、小さなテーブルだけだった。今日も、師匠はそこにいた。片手をテーブルにつき、白衣の背中をこちらに向けて立っている。


「どうしたね? ヨアキム」


 分かってるくせに……なんて、思ってはいけない。

 深く息をして、僕は、師匠に答えた。


「また……パーティーをクビになってしまいました」

「何度目だね?」

「四度目です」

「ほお。四度目……四度目か」


 師匠が振り向く。しゃらりと、白銀の髪が揺れる。眼鏡の弦をひっかけた長い耳。白衣の下から覗く褐色の、引き締まりつつもむっちり豊かな肢体。その特徴が示す種族はただひとつ。この美しい人が僕の師匠――


 ダークエルフの賢者、マニエラだ。


 数週間ぶりに会う師匠に、とりあえず僕はお願いした。

「師匠、何か着てください」

 いつ訪ねても、師匠は白衣の下に何も着ていない、実質全裸なのだった。


「いいじゃん。見とけ見とけ」

「いえ。師匠が美しい方なのは分かってますが、それとは関係なしに、母親の友人の裸を、僕は見たいと思いません」

「ちぇー」


 師匠は舌打ちすると、手を叩いた。

 ぱん。

 ずずずずず……床から、椅子が現れる。


「座りなよ。まずは話を聞いて――お説教は、その後だ」


 ●


「――というわけで、今回は、いつもより早くクビになってしまったんですよ」

「ううむ……」


 クビになるまでの経緯を僕が話すと、師匠は腕組みして思案顔になった。むにっと持ち上げられる胸。お願いして下着だけは着けてもらったのだが、褐色の肌に白い布が食い込んで、かえってこっちの方がいやらしくなってしまった感がある。考えてみたら、この家を訪ねるたび、この失敗を繰り返してる気がした――師匠が言った。


「一番の問題は、パーティーで行われてる乱交パーティーに、君が参加しなかったことだ……いや、別に『うまいこと言ってやった』とか思ってるつもりはないからね?」


「あっ。冒険者の『パーティー』と乱交パーティーの『パーティー』がかかってたわけですか……言われなければ気付きませんでしたけど」


 不意打ち的な驚きで、逆に『うまいこと言ってるなあ』なんて感心してしまった。ちなみに師匠には、僕以外の二人がメリッサを犯してる(という設定のプレイを楽しんでる)ことも隠さず話してある。


「どうして、君は乱交に参加しなかったんだい? 乱交でなくても、そのメリッサとかいう魔術師を抱きたいとは思わなかったのかな?」


「抱きたいと思うのと、実際に抱けるかどうかは別ですよ……相手の気持ちもあることですから」


「でも、誘いはあったよね?」


「………」


「あったよね?」


「…………ありました。誘われました」


 最初は乱交。それを断ったら、他の二人は抜きでどうかと。

 もちろん、どちらの誘いも断った。


「そこで君が断らなかったら、クビになることも無かったかもだよ?」


「?」


乱交それって、パーティーのみんなで同じ護符おまもりを持ったりするのと同じことなんだから。みんなで同じ女を抱くことで仲間意識を生じさせる。以前、教えたけど覚えてるかな――『仲間意識の正体』ってやつ」


「共有・制度化された罪悪感」


「正解。そして女も女で、みんなの共同物となってる限りは粗末に扱われないだろうから、むしろ進んで身体を差し出す。結果、お互い出し抜かれる心配をする必要もなく、みんなが安心出来るってわけ。一見、肉欲を満たすためだけにやってるみたいだけど――実際、彼らの識閾上においてはそうなんだろうけど――仕組みとして、良く出来てる」


「………」


「なのに君は、その『みんなが安心するための仕組み』に参加しないというんだから……他のみんなはどう思っただろうね? たとえば盗賊団の中で、一人だけ手を汚そうとしない奴がいるのと同じさ。もし、そんな奴がいたら?」


「不審というか、邪魔に思われるでしょうね。おまけに僕は、実力不足なわけですし……」


「で、次はその『公爵の嫡男で将来は宰相になる予定の僕の実力が足りない件について』だけど――とりあえず、アレ、行こうか」

「アレですか?」

「そう、アレ。アレって言ったらアレでしょう」


 師匠が胸を張る。ばよんと胸が揺れる。うわあ……やっぱり下着を着けてた方がいやらしい。絶対、師匠は分かってる。分かってるから下着の着用だけは認めるんだ……思わず顔を背ける僕に、師匠は手を叩いて言った。


 ぱん!

 

「久しぶりに見せてもらおうか。君の実力・・ってやつをね! それをどう活かしたら良いか――どう活かしたら良かったかって話は、それからだ」


 ずずずずず……数秒前までは何も置かれてなかった広大な床面に、次々とせり上がって来る棚、棚、棚。そこに収められているのは、多種大量の剣、槍、盾。もしかしたら、一国の軍隊すら賄えるかもしれないくらいの武具、そして魔導具だった。


 師匠が言った。


「さあ。竜神狩りに出かけよう!」


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