第6話 刹那の休息

三匹の大妖怪と別れた後、黄清は、御鈴を抱えて黄玉殿に帰ってきた。

「黄清様、申し訳ない。私の頼みを無理に聞かせてしまい・・・・・・」

「謝る必要は無い。お前があの親子を報おうとしてしたことなのだろう」

黄清の言葉通り、二人はここに来るまで、黒鬼に殺された親子の亡骸を人目のつく安全な場所まで運んでいた。それは、御鈴の黄清に対する初めての頼みであった。

「・・・・・・いいや、いいや違う。あれはただの罪悪感の払拭だ。私はただ、自分のために行動しているだけなんだ」

御鈴は、瞳に影を落として呟いた。その様子を黄清は、しばらく黙って見つめていたが、小さくため息をついて言った。

「あまり己を責めるな。何も、お前が悪いわけでは、」

「それだけでは無い」

黄清が言いかけたところで、御鈴はそれを遮った。

「結果として、あなたの足も引っ張ってしまった」

御鈴は、先程の戦いに対し、大きな無力感を抱えていた。秋都に大敗し、結界を維持するため力を注いでいる黄清を呼び出してしまった。それもこれも全て、己が弱いからだと彼女は理解していた。

「・・・・・・慰めはしない。している暇がないのだ・・・・・・お前には悪いが。それに、今回の戦いであの三匹の力は思い知っただろう。お前がまだ未熟者であることも。だがそれは、お前の経験次第でどうにでもなる。お前はただ、妖怪共を還し続けてればいい。それはやがて、あの三匹に対抗するための礎となる」

美鈴は、顔を下げて小さく返事する。黄清は、黄玉殿の床に御鈴を寝かせると、彼女に手をかざす。すると、御鈴の体が光り、たちまち傷が癒えていく。

「・・・・・・ありがとう、黄清様」

彼女は、ゆっくりと起き上がり、礼を言う。すると、黄清は、ぼろぼろに汚れた御鈴の姿を見て、言った。

「風呂に入って疲れを取ってこい。くれぐれもそのまま寝るなよ」

御鈴は、ぽかんとしながら彼を見ていたが、クスリと笑って呟いた。

「黄清様、まるでお母さんみたいだ」

「・・・・・・悪かったな口うるさくて」

黄清は、機嫌悪そうに顔をしかめる。それを見た御鈴は、再び微笑み、軽く会釈すると、立ち上がり風呂場に向かった。


黄玉殿には、男湯と女湯がある。それは恐らく、皇神である黄清も一生物であることを表しているのだろう。

さて、話は戻るが、皇神の巫女である少女、御鈴は、風呂に浸かりながら先程の戦いを思い返していた。

(・・・・・・何も出来なかった。甘かったんだ。あの程度の力で何も犠牲にせずに勝てるなんて結果的に、親子も死なせてしまい、黄清様の足も引っ張ってしまった。それに・・・・・・、)

「ではな御鈴。次会う時までに覚悟を決めておけ。・・・・・・まあ、決まってなくとも俺の決定は変わりはしないが」

一瞬、黒鬼、秋都の言葉が脳裏をよぎる。

(あの鬼が言っていることは恐らく戯言なのだろうが・・・・・・正直、会いたいわけは無い。あの鬼はどうも苦手だ)

御鈴は、静かに思い詰める。人生経験が浅い彼女ですら分かっていた。あの手の男は、気に入った相手を閉じ込め、散々弄んだ後に捨てる類の男である。殺されるまでは良かったが、捕まってしまったら、何をされるか分からない。そのため、御鈴にとって秋都は、今後一番会いたくない相手へと昇華されていた。

(・・・・・・まあいい、とりあえず風呂を上がろう。あの鬼のことは明日からにしよう)

そう考え、御鈴は風呂を上がる。

居間に着くと、黄清が鏡棚の近くに座っていた。服が変わり、僅かに髪が濡れている。恐らく、彼も風呂を上がったのだろう。

「来たか。御鈴、こちらに来い。髪を梳いて(すいて)やる。」

黄清は、普段、短く結んでいるため、解くと御鈴の姉と言っても違えない容姿をしていることが分かる。しかし、それはたまたま髪質が同じこと、瞳の色が同じ色になったためであると御鈴は考えていた。

しかし、くしを片手にこちらを待っている黄清に気づき、御鈴はいそいそと近づいた。そうして、ゆっくりと黄清の前に座ると、黄清が彼女の髪を梳き始めた。手際がいい。すっすっと丁寧に梳いていく。

「黄清様、手際がいいな。想い人の髪でも梳いた事があるの?」

御鈴が冗談交じりに聞くと、彼は小さくため息をついた。

「自分の髪で慣れているだけだ。・・・・・・お前、そろそろ私をからかうのをやめたらどうなんだ」

「はは、悪かったよ今後は肝に命じる」

御鈴が悪戯っぽく笑うと、黄清は髪を梳くのを止めて立ち上がった。

「終わったぞ。・・・・・・さすがに今日は疲れただろう。お前は人間なのだ。明日に備えてゆっくり休め」

黄清は、その言葉を残すと、髪をしばり、縁側から外に出て、すっと姿を消してしまった。

「・・・・・・ああ、おやすみ、黄清様」

御鈴は、そう呟くと、静かに立ち上がり、寝室へ向かうのであった。

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