第5話 黒鬼の要求
「気に入った。御鈴よ、俺の嫁となれ」
秋都の要求に対し、御鈴は目を丸くする。しかし、その答えはすぐに出た。
「断る」
秋都が御鈴の即答に驚く様子はなく、冷酷な笑みを浮かべたまま言った。
「それを決めるのはお前ではない。俺が現状の主導権を俺が握っているのは、見て確かだろう?」
「・・・・・・だが、言ったはずだ。私は、私のためだけにお前を還すと」
御鈴は 、ぐらつく視界を何とか保ち、秋都を見据えて返す。それは、乞いではない。決意の眼差しであった。秋都は、ぐいっと御鈴に顔を近づけて言う。
「ああ、そこが気に入ったのだ。俺は、欲しいと思ったものはどんな手を使ってでも手に入れる」
そうして直ぐに秋都は、彼女の髪を掴んでいた手を離した。大剣を肩に担ぎ、御鈴を見下ろしながら話を続ける。
「・・・・・・とはいえ、そっち側の人間をこちら側に連れていく方法は俺にも分からない。多少目星を付けられなくもないが・・・・・・お前はどう思う?皇神」
そう言うと、秋都は後ろを振り向き、大剣を向ける。御鈴は、再び目を丸くした。そこには、皇神、黄清の姿があったのだ。
「結界を維持するのに忙しいと聞いていたが・・・・・・よっぽどこの娘が大事らしいな殺気を隠しきれていない」
秋都の言う通り、黄清からは、膨大は殺気が滲み出ていた。彼は、小さく息を吐くと、瞬きの間に秋都の間合いに入った。
「お前に言うべきことは無い」
そして、再び二つの鉄がぶつかり合う音。それに呼応するように、ビリビリと衝撃が流れる。秋都と、黄清の戦いは、御鈴の時とは比べ物にならなかった。一撃一撃打ち合う度に、衝撃と風が放たれる。目で追うことができず、技の精度も先程の比ではない。
「なるほど、鬼神に選ばれただけの力はあるというわけか」
「はっ、ほざけ」
双方、一歩も引かない壮絶な戦い。御鈴は、戦いの行方を見届けることしか出来なかった。
しばらくの戦いの末、突然空が荒れ始める。三人は、上空に強大な気配を感じ、空を見上げた。
「・・・・・・来たか」
大粒の雨が暴風とともに降り注ぎ、雷鳴が鳴り響く。そして、天空の雲にぽっかりと穴が開き、一匹の巨龍、朱刻が現れた。朱刻の背には、一度別れたはずの尊里も乗っていた。
朱刻は、ゆっくりと下り、地面に近づいたところで朱色の渦に包まれ、あの青年の姿へと変わった。同じく、尊里も、朱刻の横に立ち、扇で口を隠している。
「秋都、お楽しみのところ申し訳ないんやけど、今は皇神の相手をしている暇はないわ。・・・・・・ところで、そこに転がっている巫女はん、殺さないん?」
尊里が横目で御鈴を見る。
「ああ、それについては追々話す。だが、その前にこれを消しておくとしよう。」
秋都はそう呟き、御鈴を縛る鎖を解いた。その隙をつくように、黄清は秋都に近づく。しかし、それを防ぐように雷が降り注ぐ。
「おいおい、俺たちの存在を忘れたとは言わせないぞ」
それは、災害の象徴たる龍の雷であった。それだけでは無い。暗雲が渦巻く空も、降り注ぐ藍雨も、吹き荒れる暴風さえも、彼の力が宿っていた。・・・・・・その気になれば、朱刻は、この国全ての人間の運命を握ることができる。
「・・・・・・とはいえ、この雷雨では、背に乗る者の居心地が悪いというものだ」
朱刻は、そう言うと、パチンと指を鳴らした。すると、たちまち雷雨と風が止み、空には数条の星々が現れる。そして彼は、横で、「それ、僕の時にもやって欲しかったんやけどなあ」と呟く尊里を華麗に無視した。
「・・・・・・さて、最後の後始末は任せたぞ、尊里」
後始末・・・・・・、これは、御鈴と黄清のことでは無い。この五人を取り囲む、武装した警官達のことであった。
(だ・・・・・・めだ)
意識を朦朧とさせながらも、警官達を案じる御鈴を黄清は抱えあげる。
「お前たち!抵抗するな!」
警官達は、脅えながらも勇ましく声を轟かせる。その様子を見て、尊里は、困ったように笑った。
「堪忍な。君達に恨みは無いけど・・・・・・ここで死んでもらうわ」
次の瞬間、尊里の周囲に、金色の炎が現れる。異様なのは、その炎の数だろう。ざっと数えて、千にも及ぶ大量の炎が煌々と燃え盛っていた。そうして、尊里が手に持った扇を前方に向けた、次の瞬間、
ボォッ
「・・・・・・え?」
突然、一人の警官が金色の炎に包まれる。
「熱い、熱い、・・・・・・誰か、誰か、助け・・・・・・てぇ」
炎は揺れ、盛り(さかり)、最後には、赤黒い灰しか残らなかった。
「う、うわああああああ!」
その様子を見た警官達は、一目散に逃げ出した。しかし、逃げられるはずもなく、1人ずつ、確実に尊里の狐火に焼かれていく。・・・・・・あまりにも惨い光景だった。
そして、最後の一人を焼きおえた後、尊里は再び扇で口元を隠す。
「はは、齢千年の化け狐が健全で安心した」
そんな秋都の言葉に、尊里は上品に笑って返す。
「だから、僕はあんまり戦いを好まないんやけどなあ」
「はっ、嘘をつけ。本当は、なんとも思ってないんだろう?数百年人を襲い続けたお前が、今更罪悪感など抱くものか。・・・・・・まあ、いいだろう。そろそろ夜も明ける」
散々な言いようの朱刻であったが、朱色の渦と共に、再び巨龍へと変わった。その背の上に、秋都と尊里は飛び乗る。
「ではな御鈴、次に会う時までに覚悟を決めておけ。・・・・・・まあ、決まってなくとも俺の決定は変わりはしないが」
「・・・・・・・・・」
黄清は、秋都に対し、再び殺気を放つ。秋都は、それを満足げに見ると、朱刻に合図を送った。
そうして、二匹の妖怪を乗せた巨龍は、天高く飛び立つのであった。
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