第4話 それは、秋の都を襲う大災

「初めましてだな、皇神の巫女。俺の名は秋都。黒鬼、秋都だ。・・・・・・さあ、存分に殺し合おうか」

それは、大災であった。まるで、人々が賑わい、行き交う秋の都を襲う嵐のような、大災であった。肉体も、覇気も、立ち振る舞いさえも、一点の隙もない。それに加え、奴には残虐性があった。誰よりも、どんな妖怪にも勝る、残虐性があったのだ。

「ママ!ママ!」

少女の声に、御鈴は、はっと我に返る。少女のいる場所は、御鈴と秋都の間であった。

「・・・・・・煩わしいぞ」

秋都はそう呟くと、少女に向かって大剣を振り上げた。次の瞬間、鉄と鉄がぶつかる音が鳴り響く。間一髪で御鈴が秋都の一撃を防いだのだ。

「・・・・・・なるほど、皇神の巫女とやらも中々に動けるらしい。これは、殺しがいがあるというものだ」

そのようにして、秋都と御鈴の打ち合いが始まった。しかし、結果として、御鈴は、秋都の一撃一撃を受け流すので精一杯であった。

(速さも、重さも、技量さえも私の比ではない。それにこの鬼・・・・・・、まだ戦いを楽しんでいる)

戦いを楽しんでいる・・・・・・つまり、まだ全力ではないということだ。もし、彼が全力で殺しに来ようものなら、御鈴は、一撃で潰されるだろう。それは、双方理解していた。そのうえで御鈴は、彼の攻撃を薙ぎ、躱し、防いだ。

五時間ほどの打ち合いの末、秋都は、御鈴に問う。

「まるで、皇神のような振る舞いをする女だな。そこに関しては気に食わない・・・・・・が、お前の力は気に入った。殺す前に名を聞いておくとしよう」

御鈴は、切れかけていた息を整えると、真っ直ぐ秋都を見据えて、答えた。

「私の名前は御鈴。皇神の巫女の名において、お前を平獄に還帰する」

御鈴の名乗りを聞いて、秋都は、大剣の切っ先を彼女に向けて笑った。

「よく言った。お前の名は、久遠の果てまで覚えておこう。この俺に刃を向けた愚か者として、」

秋都が言いかけたところで、御鈴は、再び青ざめる。そこには、秋都の腹部を、何度も何度も叩く、あの少女の姿があった。

「なんで、なんであんなことするの!?ママを返して!返してよ!」

その様子を見た御鈴は、一筋の汗を流すと、刀を構え、走り出す。しかし、秋都は、その少女の片腕を掴むと、冷酷に笑って言った。

「なんで・・・・・・か。その答えは簡単だ。ただ、邪魔だった。あの女も。そして・・・・・・お前も」

メキッ

刹那の間であった。何かが折れる音と共に、秋都の蹴りが少女にはいる。絶大な力を持つ鬼の一蹴り。少女は、その場に倒れ込み、ビクビクと痙攣すると、そのまま動かなくなった。

「・・・・・・・・・」

御鈴は、燻る感情を抑えるように息を吐く。その様子を見た秋都は、冷酷に笑ったまま、再び彼女に問うた。

「俺が憎いか?殺したいか?「なぜ」とお前も言うのか?」

その鬼の声を聞くと、御鈴は、冷静さを取り戻し、返した。

「・・・・・・確かに、私はお前に対して怒っている。だが、憎んでも、殺したいわけでも、疑問を覚えているわけでもない。それは、お前たちがそういう生き物だからだ。・・・・・・そして、お前たちを憎めないのは、私がそう言う人間だからだ」

「・・・・・・俺の好く答えだ。では、もうひとつ問おう。お前は、何故戦う?」

それは、至って単純な問いであったと同時に、御鈴の生死を分かつものであった。しかし、それにも関わらず、御鈴は、一片の迷いなく言った。

「私は、私のためだけにお前を還す。どこかの誰かのためではなく、自分のために。いわば、自分勝手な理由だよ」

・・・・・・しばらくの間、静寂が流れる。しかし、それはすぐに破られた。

「く、くく、はははははは!・・・・・・は、」

突然、秋都が顔を覆い、笑い始めた。その後、秋都は笑うのを止めると、一瞬で御鈴と距離を詰めた。

(・・・・・・っ!早い!)

しかし、御鈴は、秋都の一撃を見事に受け流す。だが、それと同時に、秋都の足元から、何十本にも及ぶ、黒い鎖が現れる。御鈴は、すぐさま秋都と距離を取り、大量の鎖を躱していく。そうして、御鈴が高く飛んでそれらを避けた時、彼女は気づいた。秋都がいない。

「・・・・・・そこか!」

御鈴は、空中で振り返る。そこには、刀のみねを振り上げる秋都の姿があった。御鈴は、短刀を構えて防ごうとするが、純粋な力で勝てるはずもなく、彼女はそのまま地面に叩きつけられた。

そして、怪我を負い、動けずにいる御鈴を、鎖が固く縛り上げる。秋都は、地面に着地すると、彼女に向けて歩みを進める。そうして、彼は御鈴の前で止まると、にやりと笑い、這いずる彼女の前髪を掴みあげ言った。

「気に入った。御鈴よ、俺の嫁となれ」




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