第3話 百鬼夜行

それは、午後七時の都市部での出来事。下校途中の高校生、仕事疲れの会社員、犬を散歩させている老夫婦など、多くの人間が混ざり合う都市での、あまりにも残酷で無惨な災厄の始まりである。


「・・・・・・なんだ、あれ」

ふいに、一人の男性が声を上げる。その視線の先では、空にぽっかりと黄色く、まるで銀河のような穴が空いていた。多くの人が、その虚穴に視線を奪われた。だが、この時は誰も知らなかったのだ。自分たちには、息をする暇も、一行の猶予すらないこを。

バリ バキ ミシ

それは、ヒビが入る音。空間全体に、音を立てながら大きなヒビが入っていく。少しずつ、少しずつ割れていく。そして・・・・・・、

バリン

まるで、世界が散ったような感覚の後に、奴らは現れた。


「うわあああああ!なんなんだ!なんなんだよあいつら!」

「誰か!誰か私の子を知りませんか!」

「もう終わりだ!みんな死ぬんだ!」

そこは、まるで阿鼻叫喚の地獄絵図であった。東からは人間に近い姿をした妖怪たちが、西ではおぞましい姿をした異形たちが人を襲っていた。

「さあ、人間よ許しを乞え、その耳障りな声を響かせるがいい・・・・・・なんて言ってみたはいいものの、こうも呆気ないとそれはそれでつまらないな」

そして、空には巨龍に乗った1匹の影。元鬼神、秋都の姿があった。その後、秋都の声に応えるように、もうひとつの声が響く。

「そうだな。こっちの人間共の方がまだ骨がある。これでは、神の代理とやらの力も計り知れてしまうな」

その声は巨龍・・・・・・もとい、元龍神、朱刻の声であった。

「・・・・・・そういえば、尊里はこちら側に来なくて良かったのか?」

ふと、朱刻は思い出したかのように元狐神である尊里の話題を出した。それに対し、秋都は、からかうように笑う。

「どうせ、また愛嫁といるのだろう。まったく、好きな女のこととなると、化け狐も尻尾を隠すというものだ」

「はは、言えてるな」

都市部での地獄絵図を横目に、二匹の大妖怪が雑談していた・・・・・・その時、

ドォン

何かが爆発するような音が、異形たちのいる西側から聞こえてくる。

「・・・・・・来たか」

秋都は、にやりと笑うと、空中に手をかざす。すると、黒い風が渦を巻き、一本の漆黒の大剣が現れた。

「ではな、朱刻。夜が開ける頃にまた会おう」

秋都はそう言うと、朱刻の背中から飛び降りたのであった。


「ママ、助けて!嫌だああああ!」

百鬼夜行の地獄絵図。その西側の中心で、年端も行かない少女が叫ぶ。その少女は、大口を開けたおぞましい異形に捕まり、今にも喰われそうになっていた。そうして、異形が少女を口の中に放り込もうとした、その時、

「難儀なものだな異形というのも。敵の優先順位すら知覚出来ないとは」

涼やかな少女の声。振り向くよりも先に、異形の腕はなくなり、捕食されかけていた少女は消えていた。異形は、何が起こったのか考えることが出来ず、向き直り、再び前を見た。そこにいたのだ。

凛とした立ち振る舞い、黒と黄の和装、琥珀色の瞳をした美しい少女。皇神、黄清の巫女、御鈴であった。


「ママ、ママ、キャハハハハ」

自身の喰らおうとしていた少女を奪われた異形は、怒りも悲しみもせず、ただ笑っていた。それも、先程の少女の言葉を真似るようにして。・・・・・・また、他に異形たちもおびただしく湧いてきて2人の少女を取り囲む。

「イタイ、イタイ」

「オウチニカエシテ」

「モウ、コロシテ」

それは、異形たちが殺し、喰らった人々の言葉であった。それを奴らは、嗤いながら真似ていたのだ。

「・・・・・・・・・」

次の瞬間、その場に殺気が立ち込める。息が苦しくなるほど強い殺気。それは、間違いなく御鈴から発せられたものであった。

しかし、そんなことにも気づかずに、異形は二人の少女に向けて腕を伸ばす。しかし、

ズバッ

・・・・・・瞬きの間だった。少女達を取り囲む異形共は、御鈴の一振で崩れ落ちた。あまりの速さに、彼女の持つ短刀には、血の一滴すらも残らない。

「脆弱だな」

御鈴は、そうつぶやくと、まるで大地を抜ける風のように、はたまた、全てを切り裂く雷のように駆けて、異形を切り捨てていく。異形の攻撃を受け流し、少女も守りながら、正確に、一体一体還していく。

ざっと百体ほどは斬っただろうか。突然、異形たちが引き始めた。

「?」

御鈴が思わず疑問符を浮かべた、その時、

「花、こんなところにいたの!?」

御鈴のそばにいる少女を花と呼ぶこの女性、少女の母親である。少女は、「ママ!」と叫び、母親に駆け寄ると、嬉しそうに話し出した。

「あのね、花のこと、この人が助けてくれたんだ」

それを聞いた女性は、少女を抱えると、心の底から頭を下げた。

「どなたが存じませんが、うちの娘を助けてくださり、本当にありがとうございます。なんと礼をしたらいいか」

「礼は結構だ。では、私はこれで・・・・・・だめだ!逃げろ!」

後ろを振り向きかけたところで、御鈴は顔を真っ青にして叫んだ。

「・・・・・・え?」

ザシュッ

何かが切れる音と共に、母親が倒れ込む。地面には、大きな血溜まりが広がっていた。

「マ・・・・・・マ?」

少女は、何が起こったか理解出来ず、呟いた。

しかし、御鈴には何が起こったのか分かっていた。彼女は、母親がたっていた場所の後ろを見つめ、短刀を構える。そこには・・・・・・、

「初めましてだな、皇神の巫女。俺の名は秋都。黒鬼、秋都だ。・・・・・・さあ、楽しい殺し合いを始めるとしょう」

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