自宅警備員として生きる
アカバネ
自宅警備員として生きる
東京都北区。
閑静な住宅街の一画。
そこに彼が命を賭して戦う現場がある。
自宅警備員。
彼らの仕事は、世間に知られてはいけない極秘なものが多く。
その全貌を知るものは少ない。
我々は、自宅警備員の1日を追った。
…………
Q 朝8時、いつも起きるのはこの時間ですか?
「そうですね、朝8時には起きて家の中に変化がないか耳をすませます。(盗聴器を通して両親の会話を聞く)。
「突然、
「もちろん僕はこの部署で働いている事に、強い誇りを持っていますし、
そう語る彼の目は真剣で、今日より明日を見つめているように感じる。
Q 辛いと思うことはないですか?
「辛いですか?……ありませんね」
「学生時代から憧れのあった職場ですから、この職場で働ける事。僕の才能を存分に生かせる事。やりたい事をやれてるなって自覚あります」
「ちょっと照れるな~ははは」
PCのスクリーンを見つめながらそう語る彼の中に、仕事に対する誇り。燃え上がる蒼い炎のようなものを感じた。
Q 何を調べているんですか?
「
「その中に危ないものがないか(ニート更正施設。無理心中。ドクターキリコ)それを知る事によって
一瞬、彼の検索している手が止まる。
Q どうしたんですか?
「見つけました」
Q 何を見つけたんですか?
「NPO福祉法人施設(ニート。無職。引きこもりの支援団体)の検索履歴です。」
「これはいけない……相談している痕跡もあります」
Q 勝手にそんな事をしていいんですか?
「何かを言われてからしか動けない人間は、二流だと思っています。必ず先を見据え先手を打つ。二手三手先を読めないと自宅警備員のプロとは言えませんよ」
彼がもし将棋の世界にいたとしたら、藤井聡太の最大のライバルとして名を馳せたことだろう。
「少しお腹がすいてきました、朝食にしましょう」
そう言うと、彼は力強く飛び上がり2回床を踏み鳴らす。
Q 今の行動は何ですか?
「朝食の催促です」
Q 口で言えば良いのでは?
「これだから、素人は……」
「『ババァ~早くメシ持って来いよ』と、口に出して言ったとします」
「それを隣に住む山田さんが、聞いていたとしたらどう思います?」
「常にまわり近所の動向にも気を配り。大声を出さない。遮光カーテンは絶対に開けない。この仕事を長く続ける上で全てあたり前の事です」
彼の鋭い眼光に我々は言葉を失った。
常に高いプロ意識を持ち、この仕事を少しでも長く続けるための努力。それを少しも怠ることなく遂行できる彼に、大空を舞う孤高の鷹のような気高さを感じた。
Q 何を書いているんですか?
「必要物資の注文用紙です。この仕事は軽い気持ちで、持ち場を離れる事が出来ませんからね」
彼は注文用紙に(ババア速攻で、週間少年ジャンプ(月間じゃないぞ)。コーラ。ポテチ。チョコレート)と書き込んでいく。
「これを
彼は扉を少し開け注文用紙を廊下に落とすと、ドンと一回床を踏み鳴らし。そのあとすぐに扉を閉めて鍵をかけた。
Q 直接渡さないんですか?
「勤務中は、人との接触を極力避けるようにしています」(母親と顔を合わせて『いいかげん就職しなさい』とか『友達の〇〇君が〇〇商事に就職したらしいわよ』とか『同級生の〇〇さんが今度結婚するらしいわよ』とかの情報を聞いて『もう死んじゃおうかなぁ……』となるのを防ぐため)
「自分と接触する事で、事件に巻き込まれる事を防ぐ配慮です」
プロ自宅警備員として周りに危険が及ばないようにとの細やかな配慮。戦いの日々であっても優しさを忘れない。彼の姿勢に我々取材班の目頭も熱くなった。
コンコンコン。
「マー君、ごはんココに置いておくからね、食べたら廊下に食器出しておいてね」
それを聞いたあと、彼はイラついたように舌打ちをし、壁をドンと叩く。
Q 返事はしないんですか?
「必要のない会話も避けるようにしています」
「ちょっとした事で、悪い噂はすぐ広がりますからね」(隣の山田さんがその会話を聞いて『あそこの『まさとくん』昼間っから家にいるけど、一体何してるのかしらぁ』というのを防ぐため)
5分後。少し扉を開き、誰もいない事を確認してから、廊下に置かれた食事を素早く部屋に運び入れる。
「すいません、僕だけ先に頂いてしまって」
我々取材班にも配慮を忘れない。
まるで、英国紳士のような男だ。
彼はすぐに食事を食べず。おかずを箸で摘むと腕の内側に薄く塗りつけていく。
Q 何をしているんですか?
「パッチテストです。こうして皮膚の薄い腕の内側に塗りつけると、食材に毒性がある場合は赤くなって分かるんです」
Q 毒ですか?
「どんな時も油断は出来ません。無理心……ゲフンゲフン戦国時代だったら毒味なんてあたりまえですから」
いかなる時も石橋を叩いて渡る彼に、油断の二文字はない。彼は現代を生きる真田幸村なのかもしれない。
…………
AM 10時
朝食をゆっくりと平らげ、食器を抜かりなく廊下に出し、流れるようにPCの電源を入れる。
Q 食後の休憩ですか?
「いえいえ、これから
PCのスクリーンには、モンハンのOPが映し出されている。
Q モンハンで模擬戦ですか?
「そうです今日は『ミラボレアス』をソロで狩ります」
Q 遊んでいるだけでは?
「馬鹿な事を」
「日本国内に生息する最大の危険生物と言えば何だと思いますか?」
「そうですね……ヒグマ……でしょうか」
「私もそう思います」
「今から狩る予定の『ミラボレアス』と比べたらヒグマなんて『橋本環奈』みたいなものです」
Q それは、どういう意味ですか?
「『お可愛いこと』と言う意味ですよ」
我々は言葉を失った……ユーモアのセンスも超一流である。
彼の
「そんなに大した事じゃないですよ」とはにかむ彼とメジャーリーガーの大谷翔平が重なって見えたのは、我々取材班だけではないはずだ……。
Q 例えばなんですが、TV局でヒグマを用意したら戦って頂けますか?
「っ痛」
食い気味に右手首をおさえ、彼は痛みに顔をしかめる。
Q どうしたんですか?
「古傷ってやつです」
「まだ治りきっていないようだ」
Q ゲームのやり過ぎによる腱鞘炎ですか?
「……
言い回しにも細心の注意を払う、彼はどこまでも繊細だ。
Q それでヒグマとの決闘の件なんですが?
「この怪我さえなければ……」
「ヒグマなんて一撃なんですが……この怪我さえなければ……」
やけに怪我を強調しているようにも思うが……悔しさに彼は顔を歪める。
彼の脳内ではヒグマとの戦いが、すでに始まっているのかもしれない。
コンコンコン。
「マー君。頼まれていた漫画とお菓子、ココに置いておくからね。たまにはお外に出てみたら、今日は凄く良い天気よ」
それを聞いたあと、彼は怒りで顔を真っ赤にし、壁をドンドンドンと3回叩く。
Q オコですか?
「全然オコじゃありません。
周りに細心の注意を払いながら、注文してあった週間少年ジャンプ。コーラ。ポテチ。チョコレートを部屋に運び込む。
「それでは
そう言ったあと10時間……彼はひたすら『ミラボレアス』討伐を繰り返した。
常人であれば、意識を失ってもおかしくない長時間の
その日モンハンによる模擬戦の総時間が510時間に塗り替えられた。
…………
PM 20時
コンコンコン。
「マー君。晩ごはんココに置いておくからね、食べたら廊下に食器出しておいてね」
それを聞いたあと「もうそんな時間ですか……時が過ぎるのはあっという間ですね」と言いながら「ふう」と息を吐き、ゆっくりとヘッドホンを外すプロ。
5分後。少し扉を開き、誰もいない事を確認してから、廊下に置かれた食事を素早く部屋に運び入れる。
食事中もPCの画面から一切目を離さない。
Q 何を見ているんですか?
「シーー。いま全国にいる自宅警備員たちとのzoom会議中です。少し静かにして下さい」(5ch自宅警備員スレに書き込み中。決してzoom会議中ではない。)
「一人きりじゃ自分の成長を感じられません。仲間たちとこうやって切磋琢磨する事で、自分自身を研ぎ澄ます。そんな感じでしょうか」
…………
その日。日付けが変わるまで、自宅警備員たちとの熱い
彼は明日も自宅を警備する……。
…………
♪〜 『プロフェッショナル 仕事の流◯』
エンディング曲 『Progres◯』
自宅警備員として生きる アカバネ @akabane2030
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