第二話 古典授業

 不敵くんは、エンピツを、クルクルと廻します。授業 is 古典。

 「私は、古典がすきです。大岡昇平をご存じでしょうか。大岡は、『野火』を著しました。『野火』は、中年男性のインテリですが、カニバリズムという行為に及びますが、個人的には、さほど印象にのこっていません。おそらく著者は、さらりと書いているのでしょう。私は、『野火』が、最大公約数的に、死生観を書いています。主人公の、死生観が、私には、印象にのこっています。おそらくですが、私に言わせれば、大岡昇平は本能に従ってませんね。大岡昇平なら、『野火』は、死生観が、酷く写実的ですね。大岡は、『野火』を、異端の書と称しましたけれども、私に言わせれば、心理的な戦争小説ですね。其儘言いました」

 不敵くんは、ノートに、「大岡昇平、野火」とメモをしました。不敵くんは、落書きをします。

 「災厄の地にて、人々は踊る。人は戦いを好むけれども、血を流すのは、いつも、決まって、男の方だ。女、子供は、戦場には、一般的に言えば、居ない。子供が戦うのは、アニメや漫画のみならず、映画でも、有り得る。But,ヒト科には、呼吸する、という、生存の自律的本能的行為、という、下手をすれば、いや、上手く行けば、生存罪悪感という、罪の意識の種を、蒔く」


 細心ちゃんは、欠伸を噛みころしました。

 「ふぁ~、ねむ……」

 「そこ、欠伸をしないで下さい」

 細心ちゃんは「テヘッ」と笑い、沈黙した。

 ふと、消しゴムが、机の上から床に転げ落ちました。

 隣りの男子が、ゆっくりとした動作で、細心ちゃんの消しゴムを拾いました。

 「どうも……」

 と、細心ちゃんは言って、黒板を見ました。

 黒板には、白墨の調った字面で、

 「秋の空は、気紛れにも、程がある。言い換えれば、深い秋の夕暮れ時には、石膏の亡霊が、ガタガタと隠微に動き出す。それは、けれども、一瞬の出来事だった」

 細心ちゃんは、ノートに、黒板の文字を、写し書きしました。ノートの端の余白に、「深い秋って、志賀さんならすらりと書くよね」と、丁寧なやや小さな字で、メモりました。

 「万年筆が善いなぁ……」

 と、細心ちゃんは、小声で呟くようにいいました。

 その独言を密かに聴き附けた隣りの男子が、

 「予備在るけど……」

 と、彼は徐ろに、言いました。

 「次の休み時間に、飲み物欲しいんだけど、財布忘れたから、百円貸して」

 「予備在るけど……」

 と、彼は、もう一と度いいました。

 「くれるの?」

 彼は無言でした。

 


 

 

 

 


 

 


 

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