第26話 日常

 午前中は授業だ。ぼくに何があろうと他のスケジュールは変わらない。今日はファニエルさんがムギをそのまま預かってくれると言うので早々に学校へ行く準備をする。

 幼稚園や保育園の相場が月2~3万円だと聞いた時は驚いた。天使に預けると割高なのは差別化らしい。行政からの苦言なので受け入れたのだそうだ。

 ムギの頭を撫で、抱きしめてコメカミにキスをする。

「学校へ行ってくるね。お昼には一度帰るから。いい子にしててね。では……ファニエルさん。よろしくお願いします」

「はい。いってらっしゃい」

「てらっしゃ~い」

 ムギとファニエルさんが手を振ってくれて不思議な感じ。後ろにいたリザが眠そうに手を振って奥に消えていくのが見えた。


 学校は何時も通りだ――二日サボったけれど別に何もなかった。何もなかったからと言って問題が無いわけではなく、ちゃんと無届欠席として登録されているし成績にももちろん反映される。ぼくは大学に行く気が無いし、就職もできそうに無いので成績はあんまり関係ない。さらに言えば退学になっても問題は無い。そうは言っても履歴には残るわけで、何かあった時、高等学校中退の履歴は社会的に不利な事に変わりはない。

 大学行けるほどの学が無いしね。お金も残り……カード残高が63万になっていて目を細めてしまった。たった数日で百万が消えた。

 ぼくの貯金は百六十万程度だった。今回大幅に使ってしまったのでまたコツコツとお金を稼がないといけない。

 友達がいるわけでもなく恋人がいるわけでもなく、誰かに声をかけられることも無いので授業が終わったらさっさと帰る。

 クラスの男女が楽しそうに談笑しているのを羨ましいとは横目に見る。だけれど混じれるかと言われれば否なので、ほっとかれるのが一番楽なのも確かだ。迷惑をかけないようにするので手一杯。

 担任の先生も忙しいしね――何も言われないわけじゃなかった。ジュリアンナ先生には無届欠席はしないように言われた。長期の休みに何日か休みを返上して学校へ出席するように言われた。世知辛いね。しょうがない。首を振って拒否反応を示したら詰め寄られてダメだと言われた。仕方ないね。将来どうするのって言われた。そのあと先生は溜飲を下げるようにため息を噛み殺し、いい先生だと感じた。抱き着きたいと考えてしまって顔を反らしたら、話しを聞く時は目を見なさいって怒られた。

 やっと解放されて、ぐったりしながらカードを見たら経吉からチャットがきていた。

 今日の午後は大丈夫かしきりに聞いてくる。前回すっぽかしたから仕方がない。

 大丈夫だよって返して約束を反故した事を謝った。今日の午後は経吉にあげる。指定の時間を確認する。

 授業を終えたらスーパーマーケットに寄ってから一度自宅へ帰る――自宅に戻ったらリザは寝ていて、ファニエルさんとムギが犬と遊んでいた。正確にはムギが犬と遊んでいてファニエルさんがそれを見守っていた。

 いい傾向。犬と仲良くなることはムギにとってのちのち良い事だもの。

 傍に行くとムギは走ってこちらへ来て服を掴んできた。拒まないこと、ぼくの表情が怒っていないことを確認して、ゆっくりと抱き着いてくる。まだ慣れないよね。

「ただいまムギ。いい子にしてたね」

 立ち膝を付いて目線を合わせ、抱きしめ御でこと頬に唇をつける。背中に手を回して抱きしめて頭を撫でる。ムギの手がぼくの服を掴んだり離したりニギニギしていた。

 立ち上がりファニエルさんと目を合わせるとファニエルさんが微笑んでくれて、申し訳ない気持ちになった。ぼくに保護するような価値はない。

 お昼はオムライスを作りムギに食べさせる。

 野菜ジュースと調整豆乳を混ぜたものも作り――野菜ジュースだけだと青臭いから豆乳を混ぜて飲みやすくしてみた。好みがわかれるかもしれないけれど、ムギは表情を変えずに飲んでいた。

 ムギには好き嫌いがあまり無いのかもしれない。飲み物を飲んでいる間も片方の手でぼくの服を掴んでいた。

「すみません。これからまだ用事がありまして……」

「かまいませんよ」

「ムギ、ごめんね。お兄ちゃん。ちょっと用事があるから」

 ファニエルさんにお辞儀をして機関へ戻る。ムギが少し嫌そうな顔をしていたのでいっぱいキスをした。

 家を出る時に犬達の頭を撫で掃除をした。

 機関には約束十分前に到着。ロビーの席に座りカードを開く――マリアンヌさんからチャットと着信が来ていた。どうやら地上に戻って来たみたいだ。機関は病院に直通なので、イミナはそのまま再生ルームへ移送されたと思う。肉体の再生には少なくとも一日はかかる。魂の定着に一日、療養に一日、面会は三日後ぐらい。

 コリーヌアンとの面会は二日後だ。それまでに薬を用意してあげたい。

「せんぱーい。今日はばっくれなかったんですねー」

 頭に重みを感じて声から経吉だとわかる。座ったぼくの頭に手を乗せてへばりついてきた。距離が近い。いい匂い。洗濯した服の匂い。

 勘違いされるから男子にベタベタしないと言おうとしてやめた。

「約束を破ってごめん」

 頭の上で経吉が動くからぐらぐらする。

「いいですよ。連絡も無いのに五時間も待っていた私が悪いですからぁ」

「……ごめんてば」

「まぁいいですけどね」

 少し談笑した。

 話題は主にティティの事だった。ティティにパーティに誘われたけれど、誘われたパーティがあんまり良くなかったらしい。

「面子が良くないんですよねぇ。面子が」

「そうなの?」

 経吉が返事をせずに見せて来たカードの立体映像には男子の顔写真と大まかな詳細とランクが表示されていた。このランク。探索者ランクではないみたいだ。

「なにこれ」

「男子のランクですよー」

「そんなのあるの? 知らなかった」

「うちの学校って交友に関して結構うるさいんですよねぇー。特に異性との交流は学校が口出ししてくるほどうるさくて、こうして学院が独自の調査結果を表示しているんですよぅ」

「そうなんだね」

「ちなみに先輩の評価はこれです」

「えっ。ぼくの評価もあるの?」

「ありますよ」

「……素行やや悪い。性格に問題は無いがやや男身に欠ける。モラルは良い。親はいない。成績は下の下。友好関係を構築するに能わず。将来性は最低で……ランクはF」

「先輩。下の下ってマジですか」

「まぁ……偏差値四十ぐらいだからね」

 将来性の項目にぼくの性質についての記述があった。盗賊という性質な以上、子供に受け継がれる可能性を考えればFなのだと察する。

「うける」

「これを見て、ぼくと一緒だとまずくない?」

「まぁ対外的な評価ってだけですからね。モラルは良いですし、女遊びもしてませんしねぇ。それにぃ、先輩ってどっ童貞でしょうしね」

 恥ずかしそうにする経吉を見て、恥ずかしいなら無理して言わなくていいのにと少し笑ってしまった。

「仕方ないでしょ……女の子にモテないんだから」

「うける」

 見ていたカードの左下に亜鷹乃女子女学院と書かれているのを見つけた。亜鷹乃女子は噂でしか聞いたことがないけれど超お嬢様学校で普通の女子が通うのには全教科偏差値八十ぐらい求められると聞いたことがある。

「亜鷹乃女子って……本当にお嬢様だったんだね。偏差値八十ないと入学できないってほんと?」

「せんぱーい……偏差値は七十五までしかないですよ」

「……そうなんだ。初めて知った」

 無知を晒して恥ずかしい。顔が赤くなるのを感じて、そんなぼくを見て経吉はニヤニヤしていた。馬鹿にするわけじゃない所に経吉の育ちの良さを感じる。

「一般常識に興味なさすぎですぅ」

「偏差値なんて習ってないもん……。話し戻すけど、この評価に引っかかる面子とティティがパーティを組んでたのね」

「そうなんですよー。特に不純異性交遊にはうるさいんですよねぇー。うちの学校。まぁ遊びたい人達がそういう人を狙っていくこともありますけど」

「……あんまり知りたくない情報だね」

「先輩、どっ童貞ですもんねぇ」

「……うー」

 確かめるようにそう告げる経吉に、ぼくは何も言えずに奥歯を噛んで唸るしかなかった。事実だ。なんで二回も聞いたの。だから恥ずかしいなら無理して言わなくていいのに。

(なんで二回も聞いたのだ‼ ぐぬぬぬ)

「先輩、どっ童貞ですもんね」

「三回も言わなくていいでしょっ」

「童貞ですもんね⁉」

「……そうだよっ。なんなのもー」

「ですよね⁉ ふふふっ安心してください。私も」

「……言わなくていいから」

「なんですかもー」

 こないだ子供って言ったのを気にしているのかもしれない。

 ティティなら心配していない。なぜなら神様がついているから。

「変な顔しないでくださいよぅ先輩。そろそろ行きましょう。フリマでいいですよね? あっそういえば、今日の私の服装、どうですか先輩? ぐっときますか?」

 立ち上がり、経吉が手を広げて服装を見せてくる。灰色でロゴのないセーターと黄土色のショートパンツ。セーターからは左肩だけが露出して、大きめなのかショートパンツを隠しているのでスカートみたいにも見える。抱きしめ心地良さそうで、セーターなのに体のラインが浮き出ていて大人っぽかった。

「……可愛いと思うよ。大人っぽい」

「ふへへっ。いいでしょう」

「無地なのがいいね」

「そうでしょう。そうでしょう」

「こっ……これから彼氏とデート?」

 ちょっと勇気を出して冗談を言ってみた。もちろんぼくは彼氏ではないし、頑張って茶化してみたつもりだ。

「せんぱーい。乙女心を理解していませんねぇ」

 経吉はやれやれと言った仕草を見せた後、こう言った。

「女の子はぁ、意味が無くとも可愛いって言われたい生き物なんですよー」

 ちょっと笑ってしまった。

 経吉からは幸せの雰囲気がした。一緒になったら幸せになる雰囲気がした。貧乏でも苦労しても、この人と一緒なら幸せになれる。喧嘩をしてもそれすら幸せで、喧嘩して言い合っているのに幸せで、お互い好きだと理解してしまう。そんな雰囲気がしていた。

 服装なんて聞かれなかったら、ぼくはきっと感想なんて言わなかった。

 経吉は積極的に聞いてくれたので答えることができた。ちょっとした話題作りだけれど、そういうのはとても大事だ。

 まぁ……ぼくには関係のない話しだけれど。

「せんぱーい。先輩は相変わらず野暮ったい服装ですね」

「いや……普通に戦闘服だけど」

「なんで戦闘服着ているんですかぁ」

「……制服かコレかの二択しかないから」

「うけるっ。今日もポニテなんですね」

「……おろしてたら邪魔になるんだもん」

「先輩ってどんな女の子が好みなんですか?」

「黒髪ストレートで眉の太い人」

「私と真逆じゃないですか⁉ 喧嘩売ってるんですか⁉ しかも外見だけですよね‼ 最低ですよ‼」

「優しい人って言うのも変でしょ‼」

 フリマへ向かうため機関を後にした。


 路面電車を乗り継いで――ここからなら三回ぐらい乗り継げば到着するかな。

「フリマって言いましたけど、グラージサイトに行くんですよねぇ」

「この辺りでフリマって言ったらグラージサイトしかないよ」

 路面電車の中では清楚系の女性が一人、カードを眺めながら嬉しそうにしていた。

 グラージサイトは昔コミックマーケットという催しを開催していた建物の名称だ。昔は別の呼び名だったらしい。世界崩壊後、土地が隆起したり流れたり、建物を占拠した人達もいて、その人達が色々問題を起こしてしまったので払拭するために名前やら何やら変わってしまったらしい。今はフリマの場となっている。フリマ、ノミの市のことだ。

 武器とか人形とか色々売っている。

 専門の職人さんがいて、そのお店のぬいぐるみは抱き心地がとてもいい。

「ティティのパーティの話しですけど。結局私も参加したんですよねぇ」

「結局参加したんだ」

「まぁこの情報に書いてあるとおりなのか確かめようとも思ったのでぇ」

「今日は組まなくて良かったの?」

「間合いがぁ、間合いが良くないんですよねぇ。なんか守ってやるとか意味不明なこと言い出して私の間合いに入って来るんですよ。なんなんですかねぇ。間違えて斬っちゃうかもしれないと思うと、思うように動けなくてかなりストレスが溜まりました。一応誘われてはいるんですよー」

「誘われているのにこっち来て大丈夫なの?」

「せんぱーい。心配しすぎですよ。っていうかもうパーティ組みたくないです。終わった後もベタベタベタベタしてくるんですよねぇ」

「女の子ってそう言うの好きじゃないの?」

「私は好きじゃないですね。女性慣れしているのは把握してましたけど、どうしてこんな男に惹かれるのか意味不明です」

「……そうなんだ」

「ご飯食べに行こうって言う話しになったんですけど、彼女らしき女が外で待ってて、私めっちゃ睨まれたんですよー」

「修羅場だね」

「他の女に言い寄っているのにそれでもこの男がいいのかなーって思ってしまいました」

「……神秘だね」

「彼女が目の前にいるのに口説いてくるんですよー。信じられなかったです」

「……難だね」

「せんぱーい。ただ流してますね」

「そんなことはないけど……。こんなこと言いたくないんだけど」

「なんですか?」

「異性に免疫がないから何を話したらいいのかわからないんだよ」

「ふふふっせんぱーい……。しょうがないですねー。私が付き合ってあげますから、異性との会話に慣れましょうー。よちよち」

「いや、これガチだからね。頭真っ白だからね」

 一本目を乗り継ぐ――清楚な女性も後に乗り継いできた。あーこの人、美人局だ。

「女性脳はただ愚痴を聞いてほしいだけなんで、聞いてればいいんっすよぉー」

「……適当ばっかり言って」

 二本目の電車に乗ってしばらくすると男達が乗り込んで来た。

 案の定、女性が絡まれていた。

 助けに向かおうとする経吉の服を掴んで止める。

「……なんで止めるんですか?」

「あのね。普通に考えて現在において女性が悪漢に絡まれる所に偶然遭遇するなんてシチュエーションがそんなあるわけないでしょ」

「今、現在、なう、あるじゃないですか」

「あれ、美人局だよ」

「えっ!?」

「声が大きいよ」

「なんか文句あんのか⁉」

 男たちがそんなアホな台詞を言って来て眩暈がしてきた。

「でも実際絡まれているじゃないですかー。本当だったらどうするんですかー?」

「それで助けた女の人に好かれるの?」

「……そう……っ言う事もあるかもしれませんよ?」

「普通に考えてあるわけないでしょ。感謝はされるだろうけれど。中世じゃないんだから」

 窓を開けて外を見て空を見上げて天使を見つけ手を振る。すぐに天使がこちらへやってきて乗り込んできた。

「どうかしましたか?」

 女性も男達も天使が来ると電車を降りて行った。

「すみません。勘違いだったみたいです。ごめんなさい」

 頭を下げて謝る。

「そうですか? では」

 天使さんは怒ったり責めたりはせず行ってしまった。

「本当に美人局だったんですね」

「そんなシチュエーションがあるわけないでしょ。そもそもこんな街中で女性が襲われることが早々無いから。天使呼ばれて去勢されちゃうよ」

「うけるっ。今度から私も天使を呼ぶようにします」

「それがいいよ」

 電車四本乗り継いでやっとグラージサイトへ到着した。

「経吉はグラージサイト初めて?」

「そうですねー。まぁ普通に近づくなって言われますからねぇー」

「……近づいて大丈夫なの?」

「こういうところにあるんですよね? 助六刀。じゃあ行きますよぉー」

「あるかどうかはわからないけどね」

 グラージサイトを中心として辺りに広がっている露店は、外側に軽い物が、中心の建物内に重い物が売っている。ヘヴィーというよりマニアックなものと言った方がいいかもしれない。

 入り口から広がる露天を経吉と見て回った――外側は回転率の良い安物や食品類が多い。焼きそばとかたこ焼きとかお好み焼きとか売っている。

 異様に安いドッグフードや水晶の塊、水槽や熱帯魚なんかも売っている。ドッグフードを見てちょっと考えてしまった。でもさすがに安すぎて食べさせるのは怖い。栄養表示とかないのがますます怖い。服も安いけれど注意しないといけない。女児の服なんかはブラックライトを当てて確認するか、信用のあるお店がいい。

 看板犬が嬉しそうにしているお店を見つけ、天然素材を利用したドッグフードを買った。天然素材だからいいと言うわけじゃないけれど、犬が美味しそうに食べていたので買った。

 大量に買って機関に送って貰えるよう頼んだ。

 新品の幼児服なども見つけた。夫婦でやっている店で小さな女の子もいた。それが絶対に大丈夫って理由にはならないけれど、袋に入って封が切られていないのはポイントが高い。

 妹の服だと言ったら下着なんかもつけてくれた。

「ここの商品って何処から来るんですか?」

「大体は街の外の遺跡からだよ」

「旧市街の事ですか?」

「そうそう。隆起した土地に残された廃都市なんかからサルベージしてくるんだ」

「違法じゃないですか?」

「グレーゾーンかな。トレージャーハントは別に違法じゃないしね。引っかかるとしたらライセンスの有無ぐらい」

「ライセンスなんてあるですか」

「街の外に出るのにまずランクがB以上にならないと普通はダメだからね」

「あーそうなんですねぇ」

「貧者のトラ穴って街の外への抜け道があって。Bランク以上じゃないと正規ルートは通れないから、そこを通って盗掘してくるんだけど、死んでも自己責任だよって話しなだけで、暗黙の了解だからね」

「旧遺物には命を賭ける価値があるってことですか?」

「物によるかな。旧世界の漫画やアニメなんかはすごい人気だし、高値で取引されるよ。ここの人達が潜るのって主にそれが目当てだしね」

「漫画やアニメに命を賭けるんですね」

「人の価値は人それぞれだよ。それに今主流のアニメとかってサルページされたものがほとんどだし」

「そうなんですね」

 旧市街には歴史博物館や宝石店などがあり個人宅からでも色々なものが発掘される。当てればそれこそ一攫千金で、死ぬかもしれないとわかっていても命を賭ける人は多い。この街の法では重要文化財を見つけたら報告義務があるけれど、他の街には無い。特にここに昔あったとされる旧国の重要文化財の中にある刀剣類は、他の街の人達がわざわざ盗掘に来るほど人気だ。

 残念だけれど、ほとんどの文化財はそれを証明する物や人物が存在しないため、立証が難しい。例え鑑定書のようなものが存在していても、所有者が隠してしまうケースが後を絶たない――露店に並んでいた小刀が目に入った。

「すみません。この小刀、手にとって見てもいいですか?」

「あいよ。お前さんなかなか見る目があるね」

「品物を取るのにも許可がいるんですか?」

「そうなんだよねー」

 特にぼくは性質が盗賊だからね。

 小刀を手に取る。指の長さで刃渡りを計る。刃渡り十六センチぐらいの金属製の小刀だ。妙に重い。これ――助六刀だ。柄は赤褐色の木肌。これはただの変色かな。

 助六は農鍛冶だから砂鉄なんかを主な原料にしていたけれど、中にはヤコブス鉱を混ぜて製鉄したものがいくつかある。

 ヤコブス鉱は妙に重い磁力を持った石みたいな鉱石だ。マンガンとかなんとかって話し。

 この小刀は呪われていない普通の小刀だ。

 値札には五万と書いてあった。人によっては相応の価値のあるものだ。

「いい小刀ですね。枝切とか解体に使えそうです」

「おっそうかい? だったらぜひ買ってってよ。ここだけの話し、実はこの小刀、隕鉄で出来てんのさ」

「本当ですか⁉」

「おうよ‼」

 驚いたふりはしたけれど、そんなわけないでしょ。隕鉄だったらもっと独特の文様がある。それこそダマスカスとか呼ばれている。人工のダマスカスは複数の金属を用いた金属模様だけれど、天然隕石を使ったダマスカスは模様に加えて硬度が異様に高い。妙に重いのもダマスカスの特徴だけれど、ここの人って調子いいし売れるならすぐ嘘付くんだよね。騙された方が悪いって、そんなわけないのにね。騙す方が絶対に悪いよ。

 人工のダマスカスは良く切れるけれど欠けの頻度も高い。

「先輩。それ買うんですか?」

「うーん……」

「何言っちゃてんだよ。今買わなかったら二度と手に入らないよ‼」

「そうですか? じゃあ……ください」

「毎度アリ‼」

「カードでいいですか?」

「いいよ‼」

 買った助六刀を経吉に渡す。経吉は鞘から抜いた刀身を見て、不思議そうな顔をしていた。いや、それ助六刀だからもっと喜んでよ。

 結構見て回ってきたけれど、やっぱり良い物がある。

 フリマで良いのはお宝もあるところ。ゴミみたいな値段で売られているお宝はある。

 ぼくは性質が盗賊なので、この手の目利きは得意だ。良い物は視線が引き寄せられるし触れればお宝かどうか大体わかる。

 露店の亭主がこっそり経吉のポケットに小さなロケットペンダントを入れるのを察したので亭主の目を盗みポケットから抜き取って元の位置に戻した。さすがに経吉も気づいていて、不思議そうな顔をしていた。

「あっ‼ あれ⁉ ないぞ⁉」

 亭主が急に慌てるような素振りを見せる。初心者はこの街だとカモだよね。

「何が無いんですか?」

「ロケットが無い‼ ここにおい……あれ?」

「そのロケットペンダントがどうかしたんですか?」

「あっ……いや、そのっ、勘違いだったみたいだ。すまねーな。ははははっ」

 ははははじゃないよ。公安に突き出してやりたい。

「あっ。すみません。この緑色の香炉はいくらですか?」

「あー。それは二千円だな」

「……いい色ですね。石鹸みたいです。これも下さい」

「毎度あり‼」

 買い物を終えたら店から離れる。

「色んなやり方があるんですねー」

「ぼくらはカモだと思われているかもね」

「うける」

 いや、ダジャレみたいになってしまったけれど、別にダジャレのつもりで言ったわけじゃない。恥ずかしい。無理してうけるとか言わないで欲しい。恥ずかしい。

 ベンチに座り、休憩がてらたこ焼きを食べる。

「うーん……妙に美味しいですねー」

「家に帰って食べると味が濃すぎて気持ち悪くなるんだけどね」

「ところでなんでこの小刀買ったんですか?」

「それ、助六刀だよ」

「え⁉ ほんとですか⁉ 確かに妙に重い刀だとは思いました――でも呪われていませんよ?」

「普通呪われてないよ。それヤコブス鉱石を使って作られた刀だと思う」

「ヤコブス鉱?」

「助六が作る刀って砂鉄やヤコブス鉱石から作られているんだよ。お守りお姫は砂鉄が多めに使われたもので、その小刀はヤコブス鉱石が多めに使われたものだと思う。妙に重いでしょ。助六代表の作(さく)って人斬り包丁助六って言うんだけど、ヤコブスQから作られた包丁だって言われているんだ」

「ヤコブスQってなんですか?」

「ヤコブス鉱になんか石英とかが含まれたものなんだって」

「へーそうなんですね」

「人斬り包丁助六はどうやって作られたのか解明されていない包丁なんだ。刀身に花火模様があって、これが石英なんじゃないかって話し。まぁ古刀ってほとんど作り方がわからないんだけどね」

 玉鋼は砂鉄を精錬して作られるもので、この玉鋼から作られたものしか刀とは認められないと言う人もいる。昔はそれこそ法律で決まっていたらしい。

 助六は実は三人いるとぼくは考えている。初代が奈良時代の人間であることは確実で、他の二人はその後の人だと。

「そうなんですねー」

「一度約束破ったし、それで許してよ」

「いいのー?」

「うん」

「ちょっと嬉しいです。この重さが妙にしっくりきていいですね」

「って言うか助六刀に一番詳しいって言ってなかったっけ?」

「詳しいですよ?」

 なんで見抜けなかったのと言おうとしてやめた。

「あのですね先輩。私の名誉のために言っておきますけど、私は刀のプロじゃないです。刀を扱う事にかけてはプロですよ? 本職です。でも刀の作りを知るのは別問題です。まして私が助六刀を見たのって数度限りですよ。ヤコブスなんとかなんて知らないですし」

「あっうん。そうだよね」

 ヤコブス鉱石とかわからないよね。ぼくも頑張って調べたからね。

 過去存在した鉱石類は異世界と混ざった時にほとんどが変質してしまった。だから現在のヤコブス鉱石と昔のヤコブス鉱石はやっぱり違うのだそうだ。現代において過去作られた刀剣類は悉く変質してしまっている。

「それにしても……これが助六刀なんですね。呪われていない助六刀。いいですねぇ」

「そろそろ暗くなるし帰ろうか」

「はーい」

「あーその前にちょっと寄っていい?」

「何処にですか? いいですよ?」

 建物内の一角にあるぬいぐるみコーナーを覗く。なんとなくだけど見に来てしまった。お店には色々なぬいぐるみが置いてあり、眼鏡をかけた店主が本を読んでいた。

「すみません。触ってもいいですか? そのっぬいぐるみに」

「……どうぞ」

「先輩……ほんとに異性間交流が苦手なんですね」

「うっ……」

 否定できない。

 消毒液を手に噴霧して、ぬいぐるみの手触りを探る。形、大きさ、抱き心地、なにより肌触りが大事。

「あのっ……よかっっよかったら、このっこのぬいぐるみどうですきゃ」

 店主が声をかけてきてびっくりした。ぼくと同じコミュ障(コミュニケーション障害)だ。親近感が沸いてくる。

 差し出されたのはクジラの縫いぐるみだった。抱きしめて寝るのに丁度良さそう。

 手を伸ばして触れると手が沈みこんだ。柔らかい。すごい。肌触りがいい。

「だっ抱きしめてみても、いいですか?」

「どっどうぞ」

 両手で持ち、抱きしめる――今までで一番良い。

「あの、これっ、すごいですね。あのっ、こんなの、こんなぬいぐるみ、初めてです」

「そっそうですかっ。じじっ自信作なんです。どうですか?」

「お値段をお伺いしても……」

「ひゃっひゃい‼ そっそれはその、贈呈品で、いつも、あなたが、そのっぬいぐるみを、買ってくれるので。どうぞ‼」

「ひゃえっ⁉ いっいいんですか? こっこれ、でも、お金を……」

「はっはひ。こちらもっ、何と言いますかっ、ウィンウィンなので、大丈夫なので、ぜひ、ぜひ貰ってください……さいっ」

 今日フリマに来て良かった。

 店主にお礼を言ってお店を後にする。

「先輩……ぬいぐるみが好きなんですか?」

「……癒されたいの」

「せんぱーい」

 経吉がニマニマしていて恥ずかしくて頬が引きつってしまった――唐突に引き寄せられる感覚がしてそちらを見た。強烈に引き寄せられる。

「ちょっと持ってて」

「なんですか?」

 経吉にぬいぐるみを渡してお店の一角に。建物内だけあって、マニアックでお高い刀が並んでいるお店を見つけた。吸い寄せられるように刀に引き付けられる。

「すみません。この刀は?」

「あぁ、これ? 無名の錆び刀だよ」

「触れて見てもいいですか?」

「いいよいいよ」

 持って見て確信した。これはお宝だ。刀身は錆びているのか鞘から抜けない。無理に引き抜いたら店主に怒られるだろう。拵はよろしくない。鮫皮……じゃくないこれ。合成樹皮かなんかかな。親粒があるけどこれエイじゃないから変。柄には鮫皮が使われる事が多いけれど、鮫皮と言われているだけでDNA検査の結果ではエイの皮らしい。

「すみません。この刀、いくらですか?」

「あーそれね。そうだな。十万ってとこかな」

 足元見たね。

「十万ですか……」

「どうしてその刀が欲しいんだい?」

「あー……いえ。お守り代わりに刀が欲しくて、うちに飾ろうと思っているのですが、やっぱり高くて手がなかなか、これなら、これが一番安そうだったので」

「はははっ。うちの店じゃ、一番安いね」

「十万ですか……」

「悪いけどまけらんないよ。うちも商売だからね」

「刀身を見て見てもいいですか?」

「ダメダメッ。買ったら見てもいいよ」

「十万ですか……」

「今日はもう店じまいだからさー。悪いけどそんなには待てないよ」

「わっわかりました。うーん……」

「お客さんさ、予算がいくらかわからないけど、十万で渋るようなら刀なんて買えないよ。もう打ち手もほとんどいないんだからさ」

「……うーん」

「買わないなら帰んな」

「待ってください。わかりました。買います」

「おっ毎度あり。あっ買った後に返却とか返品とかは一切受け付けないから」

 カードを出して店主のカードにかざすと店主はそう言った。もう決算終わっているよね。終わる前に言って欲しい。

 刀を持って離れる。

「先輩、また何買ったんですか」

「帰ろ?」

 流行る気持ちを抑えながら、あくまでゆっくりとぼくらはグラージサイトを後にした。

 刀をしっかりと握ってしまう。ポケットからエンジェルリングを出して頭に乗せる。

「急にどうしてエンジェルリングを頭に乗せたんですか?」

「刀を持っているからね。エンジェルリングは安全証明にもなるから」

「なるほどぉー。それにしても先輩、人形屋さんと話ししている時めっちゃ緊張してましたよねぇ。うける」

 確かに今思い返すと、いい会話とは言えなかった。

 路面電車に乗る――。

「今日感じたんですけど、先輩って犯罪慣れしてますね。やっぱり性質関係だからですか?」

「それもあるけど、一通り引っ掛かったからね」

「うける。そうなんですね」

「詐欺って今も進化しているから、新しい手口は無理だよ。簡単な所だとフットインザドアとかドアインザフェイスとか心理戦みたいなものは経吉も覚えておいた方がいいよ」

「ふむふむ」

「完璧な人って絶対に存在しないからね。それはぼくも同じ。相手を警戒した時点で詐欺師の思うつぼなんだ。警戒を解いたら後はスルスル抜けるからね。柔軟な対応が大切だとぼくは思うよ。とは言ってもぼくも詐欺に引っかからないわけじゃないしね」

「ほえー。そうなんですね。ところでその刀、どうして買ったんですか?」

 グラージサイトは人の出入りが多いので、電車の中にはグラージサイトから帰る人達が乗っていて賑やかだった。

「ここで一旦降りてもらっていい?」

 公園が見えたので降りる。

「ん? 先輩?」

 公園に降りて辺りに人がいないことを確認――上空には天使がいるけれど、頭に緑の輪を乗せているので大丈夫だろう。

 公園の中に設置された水場の傍に移動し刀の拵を崩す――鞘から強引に刀身を引き抜くと不安になるような金属の剥げる音が響く。錆びの音がした。一見ボロボロの刀身。

 正しい手順で柄から刀を抜く――目釘を右手の中指の背側で素早く叩き押し出す。目釘はちゃんと竹だ。左手に握った刀、握りを右手でコンコンと叩くと柄から浮き上がり抜き取る。

「見事な錆び錆びですね」

 街灯の明かりだと少し暗い。

 切羽、鍔、切羽、鎺(はばき)――完全に刀身を取り出したら街灯の明かりに照らす。茎(なかご)、刃の付いていない柄の中の部分に銘はなかった。劣化はしているけれど錆びが薄い。薬品で変色させている。元々のさび色はもっと綺麗なんだろうな。

 目釘孔が二つある。穴の形が歪だ。

「あー……やっぱり」

「どうしたんですか? 先輩」

「これ、錆塗りだよ。薄錆び造りって言えばいいのかな」

「どういう意味ですか?」

「盗品だよ。刃だけは本物。後は偽物」

「そんなのわかるんですか?」

「持って見て?」

 経吉に茎(なかご)部分を手渡す。

「うーん。重心が先端よりですね。人斬り用ですか」

「そうだね。重心が刃側、そして先端よりにある。重力を受けた時、刃が下側を向くようにできているんだ」

「そうなんですね」

「助六刀とかは逆に手元に重心があるんだ。早く振れるように」

「あーなんとなくわかりますぅ。振りやすいですよね」

「薄錆び造りって刀が盗まれるのを防ぐためにわざと錆びを塗ったり、昔の人が人斬り専用刀を飾り刀にしないために使ったりする技術なんだけど、これはちょっとさすがに雑すぎるね」

 他にも理由はある。

「そんなのわかるんですか」

「……経吉はカード持っているよね」

「はい。ここにありますよ」

「貸して見て? カードの画像保存機能を利用して、簡単な鑑定ができるんだけど……ほらっ見て見て。刀って表示が出ているよね」

「あー前に植物の鑑定で使いましたね」

「この機能は物にはあんまり効果が無いんだ。名称を知れるぐらいしか効果がない。刀って言っても色々種類があるじゃん? でもこの機能だと刀としか判別できない」

「そうなのですね」

「植物とかキノコや魔物なら名称を知るだけで内情を把握することができるけれど、作られた物は別。でも銘とか波紋とかの特徴からある程度は表示されてしまうんだ」

「ほー」

「薄錆び造りはこの鑑定機能を無効化する」

「なるほど。コーティングですか」

「そうそう」

「それなのに良くわかりましたね。これが銘品だって」

「一応盗賊だからね。ぼくが研いでもいいけれど、本職に研いで貰った方がいいと思う。経吉に当てがあるなら任せるけど」

「当てはありますけど」

「あっ、ちゃんと口の堅い所にしてね」

「どうしてですか?」

「多分それ、重要文化財レベルだよ。人に見つかると寄贈してくださいとか言われたり没収されたりするから。所有権を主張してきたりね」

「そんなの持っていて大丈夫なんですか?」

「証明するものが無いからね。鑑定されたり、その筋の人達に見つかったりしない限りは大丈夫だよ。盗難される可能性はあるから機関には登録してね」

「私がするんですか?」

「ぼく、盗賊なんだけど? 刀なんて持っていても使えないよ。君が使いなよ」

 骨食藤四郎とか脇差ならギリギリ補正はある。けれど、この刀は刀身が70㎝を越えている。

「先輩お金出したのにいいんですか?」

「ぼくが持っていると……細かいことはいいよ。使って」

「ふーん。色々あるんですね。研ぎに関しては当てがあります。家専属なので口も堅いですよー。これは鞘や柄も新調しないとダメですかね」

「いや、鞘や柄で利用できるのはそのままで、後は握りやすいように改造しなよ」

「それも対策ですか」

「いい拵えだと目立つからね。目釘だけはいいものを使ってほしいかな」

「なるほど」

 経吉が刀の拵を元に戻し刃を鞘に納める。さすがに手慣れている感は見て取れた。

 経吉は何処か半信半疑のようだった。文化財レベルというのはさすがに言い過ぎたかもしれない。

「それにしても先輩もなかなか悪(わる)ですね。届け出ないなんて」

「古刀や大刀って、人を斬るために作られたんだよ。飾られるために作られたわけじゃない。もちろん飾り用や神に奉納するために作られたものもあるけれど、その刀はどう見ても人斬り専用だよ。あ、もちろんこれからは人じゃなくて魔物を斬ってほしい」

 路面電車に戻りながら話す。

「そんなお宝発掘能力があるなんて意外ですね。転売とかで食べていけるんじゃないですか?」

「あー無理無理。前にやったことがあるんだ。目を付けられたらおしまいだよ。最初は順調だけれど、顔を覚えられると厄介でね。例えばその刀を磨いて転売したとして、ほらっ買った所あるでしょ。あぁいう人達にバレた時、追加の料金払えとか言われるんだ。騙されたーとか、詐欺にあったーとか言われたり、追加分の料金を支払わないなら裁判起こすって脅されたりね」

「あー……そうなんですね。リーガルなんとかですか。だいぶ面倒ですね」

「時間も労力もとられるんだ。信用できる弁護士なんて、ぼくにはわからないからね」

「弁護士は信用できるんじゃないですか?」

「弁護士にも色々いるし、ぼくの弁護士なのに相手と手を組んで適当な手打ちにしたってぼくにはわからないんだよ」

「あー……それは、世知辛いですね」

 結局無力な一般人は結果的に天使にお願いすることになる。天使が出て来ると全ての出来事が茶番になってしまう。ぼくの時は裁判長の不正まで明らかになってしまった。御上にとって天使ほど疎ましい存在はない。まぁ今は御上なんていないけれど。

「それがどういう刀かはわからないけれど、いい刀で、使いたいと思うものだったのなら十万返してね」

「ふふっそれは楽しみです」

 性質が商人の人達は物の価値を正確に判別することができる。それが商人達の持つ唯一無二なる鑑定機能だ。当然悪用や詐欺などを行う商人がいて、それを正すためにグループや商会が作られる。この街ではギルドは作られなかった。それは一つのギルドによる価格統制や独占をさせないため。それに複数の商会やグループがあれば色々な競争も起こる。

 性質が商人であることは社会にとっては成功だ。ただの鑑定人としてすらやっていける。

 ぼくの盗賊としての感は結局感でしかない……。


 旧世界の物で役に立つものがある。それはどれも呪われた品だ。呪いは大まかに言ってしまえば怒りだ。怨み、嫉み、妬み、どれも怒りが垣間見える。社にある刀は厄介だ。そのどれもが尋常ではない怒りにまみれている。

 昔イミナが言っていた。宗教とは別に神様にはお参りに行った方がいいって。

「神様がいるかいないかなんて、結局の所絶対にわからないでしょう? 少しでもプラスになるのなら神様を敬った方がいいわ」

 それを聞いて、マイナスの神様だっているのにとぼくはイミナとは異なる考えを持った。ぼくにはそれを見分けることができない。

「そういえば、なんか香炉? とか買ってませんでした?」

「あーこれね」

「なんか、石鹸みたいな香炉ですね」

「これは本当に儲けものだと思う」

「そうなのですか?」

 宗教は神様にとって大切だ。宗教があるから神様は広く知れ渡り、窓口が作られる。だから少しの粗相なら神様は見逃すんだって。だってその人達が窓口を作るおかげで神様は沢山の人と関わり救うことができる。

「触ってみて?」

「ひんやりしてます」

 神様を敬うのに宗教に入る必要なんてない。でも真っ当に窓口を作ってくれている人達には感謝すべきなのかもしれない。そのほとんどが今では歪んでしまっているけれど。

「熱伝導率が高いから、冷たいんだよ」

「結論から言ってくださいよー」

「結論から言うとこれ、翡翠の香炉なんだ。二千円で買えるなんてかなりお得だよ」

「へぇー良かったですね」

「反応薄いなー。まぁいいけど」

 ……でも人々を愛した旧世界の神様達が、人々を守れなかったら。救えなかったらどうなるのかって話。

 それは激しい怒りに変わってしまう。愛する子らが苦しんでいるのに無力なことがとても悲しいから。

 過去にいた神様は全ていなくなってしまったと言われているけれど、その怒りと悲しみはまだ残っている。

 それは妖刀なんかじゃない。憎刀と呼ばれている。変質した金属に異常な切れ味や特殊能力を備えている。

 神の怒りと憎しみをはらんでいる。

「せんぱーい。今日はありがとうございました。色々経験できて楽しかったです」

 その言葉に良かったとも上手にエスコートできたとも聞けず、ただ苦笑いを浮かべながら手を振るしかできなかった。

「じゃあ、せんぱいまたでーす」

 じゃあまたねと言う言葉は口から述べられず、ただ苦笑いを浮かべながら手を振るしかできなかった。

 仕方ないじゃん。だって自信が無いんだもの。女の子と関わった経験がイミナしかない。何が好い言葉で何が悪い言葉なのか自信がない。

 好かれるなんてとてもとても。だからと言って嫌われるのを受け入れられるわけじゃない。傷つくのが怖い。路面電車に乗り家に帰った。

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