第18話 不協和音

 「先輩って性質が盗賊であることをすごく気にしてますよね」

 経吉にそう言われて世代の格差を感じた。ぼくと経吉の世代には大きな隔たりがある。

「ぼくの世代……って言っても三つしか変わらないけど、昔から性質については秘密にするものだったからね。ほいほい言葉にしたり告白したりしないものだったんだ。今だって名残はあるし、言いたくない人は多いと思うよ」

「別に隠すもんでもねーだろ」

「君たちの世代はそうなんだと思う。いい方に人の政治が傾いていると思うよ。なんで盗賊を忌諱するのかって一つは対人特化だから。魔物じゃなくて対人用の技が多いの。ピッキングとかピーキーな技ばかり習得するし、風化してきたけど、盗賊による強盗殺人が五年前ぐらいにあってね。定期的に起こるから世間的にも評判が悪いんだ。パーティ組むメリットもほとんどないしね。攻撃力があるわけでもないし、タンクが務まるわけでもない。回復できるわけでもないし強力な術が使えるわけでもないから。前も言ったと思うけど」

「へぇー……そうなんですねぇ」

 聞いてなかったなコイツ等。

「お前使えねー奴だな」

 うるさいよ。

「そうなんだ。斥候だって普通に戦士の方ができるからね」

 ため息が出る。ティティに悪気がないのはわかる。口がちょっと悪いだけだ。意外とお嬢様なのかもしれない。

「ぼくからしてみたら、君たちが何でぼくに絡むのか不思議でしょうがないよ」

「金とか容姿で選ぶもんじゃねーだろ。ダチって奴わよ」

 ぼくは君の友達になった覚えはないけどね。

 この人、知り合いは全員友達って言いそう。悪い奴は大体友達って言うのに、ぼくは入らないからね。

「先輩って何か秘密がありますよね」

「……特にないけど」

 突出した秘密は無い。別に特別な秘密はない。嘘はついていない。普通の秘密はあるよ。機関に報告してない保管物がいくつかあるとか。

「私って一族の中で一番出来がいいんです。とと様を除けば兄さまよりも強いですし」

 ティティが顔を耳に寄せて来る。

「なんか語りだしたぞ」

 ぼくに同意を求めないでよ。ていうか近い。ティティからイチゴのニオイがして困る。

「ティティ。聞こえてますぅ。失礼ですぅ」

「あははっ冗談だって。それで強いから何なんだよ」

「目を合わせれば、大体殺せるか殺せないかが予測できるんですよー」

「こわっ……コイツ目を合わせた時何時も相手を殺す事考えてたのかよ」

「仕方ないでしょ。お家柄なんだもん。私だって変だと思うよ。茶化さないでよねティティ。侍として生まれた宿命なの。それで」

 ティティが目を合わせて来る。

「先輩だけ殺すビジョンが見えないんです。先輩って実はかなり強いですよね。何度踏み込んでも死ぬのは私なんです」

「いや……レベル十五のただの盗賊だけど」

 本当はツクモの盗賊だけど。

「多分、ティティも私も、先輩と本気で戦ったら殺されますよね」

「はぁ⁉ んなわけねーだろ‼ 舐めんな‼」

 ティティがぼくの襟首を掴んでくるのでその手を掴んで服が乱れないようにする。

「はぁ⁉ じゃあ今ここでやるか⁉ ステゴロをよぉ‼」

「二人共買い被りすぎだよ。こんなところで揉めている場合じゃないでしょ。ほらダンジョンに行くよ。ティティ、いくら素手が強くてもメインダンジョンではそれだけじゃダメだよ。今ついて来るのはいいけど、二人共ぼくよりずっと強くなれるし先に進めるんだから良く考えてよね。それに……ぼくは暴力が嫌いだよ」

 ステゴロは好きじゃない。父親の面影を見るから。天秤が傾くのを感じる。理不尽だ。ぼくは、理不尽が、嫌いだ。

「俺は買い被ってねーよ」

 天使にムギを預かって貰えるか聞いて、不安げにこちらを見るムギに後ろ髪を引かれる。でもぼくはずっとムギと一緒にはいられない。四六時中ムギと一緒にはいられない。だからムギには慣れて貰わないと困る。ぼくがいなくても大丈夫になって貰わないと困る。いつぼくが行方不明になっても大丈夫なように、何時ぼくがいなくなっても生きていけるように、ムギにはそうなってほしい。そうあってほしい。

 そのためなら非情にもなる。ムギを置いてダンジョンへ入った。

 街から離れているからか、ダンジョンはある程度の成長を見せていた。ダンジョンの成長は中身に依存にする。中身が増えて死ぬほどにダンジョンに栄養が行き渡り成長する。三層からなるダンジョンだ。敵はゴブリン。

 死を食って生きるなんて結構素敵だよね。

「またゴブリンかよ」

「二人共、戦ってみてよ」

「お前サボる気かよ」

「二人の戦闘能力を見てみたい。性質はレベルじゃ計れない部分があるからね。レベルで身体能力の向上がはかれるけれど、隠しステータスみたいに肉体にも段階レベルみたいなものがあるから。あと多分経吉、君結構強いよね」

「まぁあねっ。じゃあ私からやりますねぇ」

 経吉がポケットからスカーフのような布を取り出して振ると形状が変わった。

「えっすごっ。それ、形状記憶ナイフじゃん」

 ナイフじゃなかった。形状記憶刀だ。形状記憶武器は特定の条件下において布や紙、アクセサリーなどが刃物や鈍器に変化する武器のことだ。暗器として使われることもある。所持するのに機関に届け出ないといけない。刃先の形状などが機関に登録されていて、外で使用すると傷口の形状などから速攻で犯行が割れる。もちろん届け出が無いと犯罪で捕まる。

「先輩の刀には劣りますけどねぇ」

「便利そうじゃん。たけーの?」

「ティティは金の話しばっかりですねぇ」

「うるせーな。たけーのか高くねーのかどっちなんだよ」

「これで五万ぐらいですよ」

「たけーなおい‼」

「素手で戦うならティティもこういう武器持ってた方がいいよ」

「五万はたけーよ」

「なんでそんなにお金が欲しいの?」

「一人暮らしは金がかかんだよ」

「あーわかる……」

 ティティに同意してしまった。一人暮らしはお金がかかる。マリアンヌさんから独立した時を思い出してしみじみしてしまった。

「おーっ。お前も一人暮らしか」

「実家暮らしで悪かったですね‼」

 ダンジョンへ入りライトで辺りを照らす。内は森林状(場)だった。木々で形成された洞窟が続いている。ダンジョン自体がゴブリンの生育しやすい環境へ変化してしまっている。木々が湾曲し上部までを覆っているのに明かりがある。

「ダンジョンって明るいですよねぇ」

「ヒカリゴケなんかがあるからね。まぁそれでもライトは必須だけど。ダンジョン自体がゴブリの生育しやすい環境を作っているんだ」

 っていうか授業で習ったでしょというセリフはウザそうなので言わないでおいた。

 ゴブリンに見張りをするほどの知能はない。弱いゴブリンほど表層へ追いやられる。つまり一層にいるゴブリンは二層にいるゴブリンより弱い個体。ゴブリン社会も鶏や人間と一緒で弱い個体が追いやられる。

 ヌースを使った生体感知でダンジョンを見る。一層目に五体、二層目に七体、三層目に十一体がいる。ゴブリンにもいくつか種類があり、アリ型と呼ばれる種が一番多い。

 このダンジョンに生息しているゴブリンはアリ型。

 ゴブリンの中には人間を好んで襲う種もいる。レッドキャップとかブラックアンカーと呼ばれ、要殲滅対象で女性からは特に嫌われている。

 このダンジョンにおいては三層にいる一番大きい個体が女王で、後は取り巻きだと考えられる。女王が主体のハーレム型。

 この手の話しは学者さん達が研究していて論文が発表されている。論文を読めばサブダンジョンの魔物の生態なんて簡単に把握できるし、カードに表示される魔物をタップすればそれに追従した論文を読むこともできる。

 通常ゴブリンはダンジョン内における人型ヒエラルキーにおいてもっとも低い立場にあり、繁殖力が高く、生死のサイクルも頻繁なのでダンジョンを成長させるのにもっとも適した生態をしている。と言われている。その繁殖力、適応力は他の魔物より群を抜いて高く、たかだか五十年前に出現したばかりの人類にも適応を示している。

 感知で三体を追従、歩いて視認、目視に捕らえる。何かを食べている。

「何食ってんだ」

「あー……多分共食いだね」

「マジかよ」

「ひどい臭いですね」

「糞尿垂れ流しだからね」

「マジかよ」

「ゴブリンって汚いんだよ。前も言ったけどね」

「おぼえてねーよ」

 ゴブリンが糞尿を垂れ流すのでそれを栄養にした森林型のダンジョンが形成され、内輪でサイクルがグルグル回される。植物はやがて実や食べられる種、植物を宿しそれを食べてゴブリンがまた増え、糞尿を垂れ流し死体となって栄養となり還元されまたダンジョンが回る。

「そのためのブーツ」

「なるほ」

「それじゃ行きますねぇ」

 経吉が前を歩く。音がない。特殊な歩法なのかな。足音が無い。息遣いがない。

 抜――しなるような斬撃だった。振り上げた右手がしなりながら円を描き、ゴブリンの頭を右上から左下へ袈裟切り。

 息をするように殺すね。殺し慣れている。次いで殺されたゴブリンに注意を向けたゴブリンの頭に刀が突き刺さる。抜きながら最後の一体の頭が横に勝ち割れた。かち割った。勝った。

 切れ味も腕もいい。何より頭蓋骨の中にある種臓を的確に破壊している。

「お眼鏡にかないそうですか?」

「おめぇ暗殺者みたいだな」

「まぁ、侍の兵法には奇襲もありますからね」

 振った刀より血が飛び散る。それは赤ではなく紫色だった。

「ほんとに汚いですね。近づくとより臭いがすごいです」

「そのうち慣れるよ」

 ゴブリンを解体し種臓を回収する。

「先輩って解体上手ですよねぇ」

「汚れるのは嫌だからね」

「そりゃそうだ」

 二つは両断され一つは中心に穴がある。綺麗であまり傷が無く経吉の持つ技術が繊細で微細なのが伺える。素直に尊敬する。この種臓は高く買い取って貰える可能性が高い。

「次の二匹はティティやる?」

「あ? おっおう」

「不安ならぼくがやるけど?」

「別に不安じゃねーよ」

「せっかく神降ろししてるんだから、試してみればぁ?」

「ケイ。おめぇに言われなくたってわかってるよ」

「どうだか」

「喧嘩売ってんのか⁉」

「ティティ、そう言うの治して。団体行動でそんな感じだと困るよ」

「うるせぇな。やる気そがれんだろ」

「経(つね)もティティってこんな感じでしょ。煽らないで」

「ごめん。あたしもやっぱり初めては痛かったみたい」

「……そういう、そういう言い方は、良くないと思います。思いました」

「なんでですかぁ? 先輩は慣れてるかもしれないですけど、あたしは結構心が揺らいでいますぅ。そういうのもダメなんですかぁ? 後、ケイって呼ぶのはやめてください。ツネならいいですよぉ」

「……ごめん。心が痛むのはわかるよ」

「……むしろ興奮してます。生き物を殺すのって興奮しますよね。この興奮感覚が嫌なんですよ。わたし。傷みっていうのか痛いっていうのか、冷静でいたいので」

「そう……なんだね。よくわかんないけど」

 ……気まずいのはぼくだけなのかもしれない。

「っても神降ろしの技ってか性能みたいなの。しらねーしなー」

「カードに表示されるから見て見て」

「おっマージで。おー……マージだ。猫の神様だってよ。表示されてるわ。なんか技を使えるわ。キャットネイルとキャットウォーク」

「先輩、ちょっとナデナデしてください」

「あとはねーみてぇーだな」

「えっ? なんで?」

「じゃあ、ハグさせてください」

「どうやって使うんだよ」

「だからなんで?」

「てめぇら聞けよこのやろう」

「聞いてるよ。使って見なよ。ゴブリンにさ」

 素直に巫女と言う性質をいいなと思う。ティティは思ったよりも強くなるかもしれない。

「先輩、ナデナデしてください」

 経吉の頭に手を置いて撫でる。生き物を殺すのって結構情緒不安定になるし、初めての魔物戦で経吉の心も不安定になっているのかもしれない。

「おーい。何やってんだよ。行くぞ」

 結果から言ってティティは強かった。視認したゴブリンにキャットネイルを使用すると透明な猫が無数に現れゴブリンを八つ裂きにして通り過ぎて行った。頭を攻撃していないので種臓は暴れたけれど、精度が上がればそれもなくなるだろう。

 キャットウォークは音を消して歩けるという物。盗賊で言う猫足そのままだ。だけれど、これはさらにある程度の高さからの衝撃を殺し、さらにさらに運動能力を著しく向上させる効果を持った優れものだ。

 神が如き者の強さが伺える。これでもまだ一部らしい。一番すごいのは消費するものが一切無い所。全て神が如き者の力であり、後でお供え物をするだけでこの破格。

 キャットネイルに持続力はないけれど瞬発力はあり、キャットウォークは瞬発性に加えて持久力もある。

 さらにキャットネイルは二種類の使い方があり、手前であれば大きな爪の斬撃に、遠くであれば猫を召喚して攻撃する事ができる。

 デメリットはある。普通の人には見えないだろうけれど、ぼくには猫耳と尻尾が見えている。正直言って直視できない。胸も大きいし見た目も可愛いし口が悪いのを差し引いても目のやり場に困る。

「わっわたしレベル上がってますぅ。五から三十五ですね」

「お前どんだけあがるんだよ。俺もレベル十五になったわ」

「二人共、もともと地金が出来てたんだと思うよ。今までは経験が足りなかっただけで、魔物を殺したことで一気に上がったんだろうね」

「そうなんですかぁ?」

「レベルアップの仕組みって完全に解明されたわけじゃないから、なんとも言えないけどね」

「でももうお前に追いついたな。ていうかおかしくね? なんでお前ってレベル十五なん?」

「ぼくは盗賊だからね」

「盗賊だとなんでレベル上がらないんですかぁ?」

「レベルアップの仕組みの問題かな。魔物を殺せば経験値的なものが手に入ってレベルが上がるってわけじゃないからね。筋肉と一緒。己を酷使しないとレベルって上がらないらしいから。経吉は今までの経験が一気に解放されたって感じなんじゃないかな」

 ごめん。苦しい嘘ついた。わかんないよアピールする。

「ふふーん。先輩より強くなりました」

「三十五ならBランクいけるし、勧誘もいっぱい来ると思うよ」

「そうなんですねぇ」

「つまりなんだお前、ずっとズルしてたってことか」

「ズルはしてないけど、楽してもレベルは上がらないって事だよ。ぼくの性質は盗賊だから短剣とか短刀での恩恵しかないし、戦闘系の技も少ないし、銃はあっても腕次第だからね」

「お前言い訳ばっかりだな」

 サーセン。言い返しても喧嘩になりそうだし溜飲は吐かないでおく。ティティはまだ優しい方だ。役立たずだと言われたり、なんでいるのと言われたり、犯罪者と言われないだけマシだ。嘘をついているし言い訳しているのだから言い分もあっているしね。

「そうなんだよね。言い訳ばかりなんだ。二層はどうする? ぼくがやろうか?」

「じゃあ、先輩のお手並み拝見ですぅ」

「さっ三年も底辺にいる先輩の実力を見よ」

「自分で言うのかよ」

 高レベルの盗賊と銃の親和性は高い。なんたって器用で早くて運がいいからね。反動を抑えるだけの筋力があればいい。

 コートの中、腰のガンホルダーからフェンダーオンを抜く。どうせ至近距離から撃つので二丁拳銃でもいいけど生憎まともな銃は一丁しかもっていない。

 まともじゃない銃が一丁あるけれど、こっちはカースドウェポン。

 フェンダーオンはリボルバーで弾が六発しか入らない。シリンダーを外して弾数を視認。ダブルアクションなので撃鉄をあらかじめ起こしておく必要はない。ガンホルダー付属のサイレンサーを装着する。マズルデバイスは色々あるけれどサイレンサーが良い。弾に消音機能がついたものもあるけれど通常弾よりやや値が張ってしまう。消耗品で値が張るのはちょっと。

 速さが大事。二層に降りてすぐに一匹。二層と言っても階段があるわけじゃない。穴から落ちると言った感じだ。帰りのロープは設置済み。

 猫足でゴブリンの背後へ。大事なのは何も考えない事。背後から素早く近づき脳天をドン。腕と手と銃は一直線にする。エックス軸とワイ軸の操作のみ。気づかれる前にヤル。

 スキル:【トラの威】が発動している。トラの威は格下相手に性能が向上し、発動中、相手は強張り動きが阻害される。

 命を見る目が役に立つ。種臓の位置を正確に把握できるから。こうして見ると種臓と種臓が宿主にしている生物が元々別の生物だと言う事が良くわかる。特徴もあり、植物型と動物型ではその生態も異なって見える。植物型だと積極的に攻撃へ参加してくるけれど、動物型だと神経や筋肉の代行が主になるので宿主が生存している限り攻撃には参加してこない。

 分化全能性とか動物のタンパク質が影響しているのではないかって論文をちょっと見た。

 一匹やったら次をドン。確認する必要はない。静かに殺して回るだけ。ゴブリンの探知能力はほぼ視覚と聴覚。視覚範囲は約百八十度なのでその範囲に入らなければ発見されることはない。【トラの威】で相手の動きも鈍く狙いも定めやすい。

 二匹始末して残り五匹。一層よりはガッチリしている。よりよい餌を食べているのだろう。

 シリンダーを外して二発を取り除く。ポケットを探り、弾を取り出し込める。後五匹。猫足、頭を撃ち抜く。回り込み、頭を撃ち抜く。繰り返して五匹。七匹を始末した。

 銃のダメな所は種臓がバラバラに砕けるところ。でも言い訳にはなる。

「先輩、なんかプロっぽいですね」

「やるやん」

「ゴブリン相手にはね。でもまぁ見てみてよ。種臓が粉々。これだと回収が大変だし、値段も下がるんだ」

「あー……それで万年Cランクですか」

「ついこないだまでDだったけどね」

「価値を下げんな」

 ティティにチョップされた。

 サーセン。

「生き物を殺しながらする会話ではないですねぇ」

「そうだね」

 そのうち慣れるとは言わなかった。経吉が服の裾を掴んでくる。瞳孔が開いていて経吉が緊張状態なのがわかる。

「はぁ? んなこと言ってたらなんもできねーべ」

「ところで動画配信などはしているんですかぁ?」

「してないよ」

「ダンジョン攻略動画は人気じゃないですか」

「そうだね。ティティなんかはお金欲しかったらライブ配信したり、動画配信したりするといいかもよ」

「なんでだよ」

「視聴回数、視聴率によってはお金がいっぱい手に入るからね」

「マジかよ‼ ……じゃあなんでお前はやらないんだよ」

 カードに動画を表示してティティに見せる。

「サブダンジョン攻略のゴブリンの倒し方動画だけでも現在十万三動画ある。攻略の仕方や手本なんかはあらかた動画にされちゃっているからね。開拓するレッドオーシャンがないんだ」

「ほーん。でも、あれ? コイツの動画すげぇ見られてるじゃん。つい三日前上がった動画だよな。ゴブリン討伐の仕方ってだけで十万再生もされてんじゃん」

「あー……それは多分。攻略している人が可愛いからかな。性質も明かしてるでしょ」

「雷鳴士ってすげぇの?」

「すげぇもすげぇよ。まぁ……ティティも雷の神様を憑依させれば使えるかもしれないけど」

 雷鳴士でゴブリン討伐の仕方なんて紹介しても一般人の参考にはならない。それでも需要があるのには理由があるわけで、ぼくには絶対に不可能なわけだ。

「おっ。そうなのか。この動画撮ってる奴、かわっ可愛いか? ちょっとふとましくないか? つうかパンツが見えるんだが」

 ふとましいってなんだ。

「君たちはちょっと痩せすぎだよ。体力ないでしょ。特に経吉」

「うっ……。確かにパンツが見えてますね」

 二人共パンツに反応するんだね。

「二人でダンジョン攻略ライブ配信して見たら? 人気でるかもよ」

「先輩はやらないんですかぁ?」

「ぼくは性質を明かしたくないから無理。批判も怖いしね。メンタル強くないと配信なんてできないよ。ぼくの豆腐メンタルじゃ無理」

 不特定多数に情報を晒したくないというのが一番大きい。

「取らぬ狸の」

「皮算用」

「どうしたの二人共?」

「言ってみただけでーす」

「うぃー」

 取らぬ狸の皮算用と二人で言ってハイタッチしたけど何の意味があるのだろう。

 配信についてはぼくも色々考えていた時期があった。でもやめた。武器が無いからだ。雷鳴士のこの子だってパンチラだけで人気があるわけじゃない。しっかりとした事務所に所属し策を練って望んでいるから人気がある。

 声なんかも重要なファクターだ。残念ながらぼくの声は美声ではないしα波も刺激しない。

 さらに残念なのは企業の面接を受けても間違いなく落ちるだろうなという話し。学生時代は自分の履歴書作りをしている最中みたいなものだと配信でも誰かが言っていた。ぼくには会社が登用したいと思うような特徴やメリットが無い。ルックスや声もそうだし、性質や技能なんかもそうだ。何ができるのって言われて答えられない。急にこの百円を君ならどう増やすのと問われても困る。精々両替機で百円一枚から十円十枚に増やす程度のトンチしかできない。

 癒し枠もいっぱいだ。

 夜中には天使ラジオがやっている。

 天使がASMR(Autonomous sensory meridian response)や、バイノーラルマイクで昔の懐かしいとされる曲を一晩中歌ってくれている。人と違って天使は喉を傷めないし歌も完璧を越えてくる。さらにはα波を促進させる鼻歌をバイノーラルマイクを使って一晩中歌ってくれるので癒し枠は天使の独走状態だ。一晩中耳が幸せだ。

 天使はアイドルをしないから、人のアイドルはいるけれど、天使自体がアイドルみたいなところがあるから、かなり辛いポジションにあるとは聞いた。

 正規のアイドルは現在一人の独壇場で、セイリオという女性がトップアイドルを独走しているらしい。笑わないアイドルとして有名で、引退するまで乙女であり続けると公言している。

 有名な逸話があってファンが握手会で。

「昨日、君で〇〇したんだ」

 ってそう告げた。セイリオは引くでもなく笑顔でもなくただ淡々と。

「……いっぱい出た?」

 そう聞き返した。ファンは喜んで量を告げ。

「……良かったわ」

 セイリオはそう告げてお別れに手を振った。

 別名生贄のセイリオ。アンチすら受け入れる姿勢で容姿も相まって万人に一人の逸材としてアイドル会を独走している。

 性質は動物魔術士――属性を持った動物を魔術として形作り操れる。

 性質にもし階級があるのだとしたらユニークもユニークだ。


 男性の姿をした天使はいる。ただ……あまりにも理想的な王子すぎるのも問題らしい。

 天使のおじさんとおじさんが愛し合うドラマが一時期流行った。

 天使は街によって姿が違う。

 ぼくも昔は天使ラジオを良く聞いていた。でも今はそれほど聞いていない。別に理由はない。

 つまりぼくが配信をしたところで勝負にならない。華が無い。

 盗賊の陰キャがボソボソ呟きながらゴブリンを倒す動画ってサイコでしかない。ぼくが思いつくようなもの等、みながすでにやっているのだ。

 ちなみにぼくの一押しの配信者は缶魔法使いサマーレインマンボウさんの配信だ。缶魔法は飲料缶などが中身によって色々な魔法になる性質で見ていて面白い。トゥインさん、カオリルさん、ナイトロさんの四人で何時も楽しそうに配信している。年も同い年ぐらいだ。

「三層行きましょうよぉー」

「うぃっーす。いくかぁ」

 二人共ダンジョンへの侵入回数は指を折るほどなのに、もう慣れている。これが世代の力って奴なのかもしれない。ぼくなんて百回越えても吐いていた。

 三層へ降りる。

「そういえば三層構造って言ってましたけど、階層ってどうやって判別するんですか?」

「明確な基準はないよ。段差や穴を下りたら一層降りたことになる。ダンジョンの構造は変わらないから地図作る時に天使が判別しているみたい」

「そーなのかよ。意外と適当なんだな」

「まぁね。でも四百層を越えると地図はないから自分で記さないとダメだよ」

「四百層ってメインダンジョンですか? 確か現在の最高記録が三十八層でしたよね。全然まだじゃないですか」

「天使は四百層に潜れるってことでしょ。まぁ公開はしているけれど、自分のカードのマップ情報は踏破しないと表示されないよ」

「意外。初めて知りました」

「天使を敬ってよ。ティティはくれぐれも喧嘩を売らないように」

「おめぇが喧嘩売ってんな」

 三層に降り――さらにひどい悪臭が漂ってくる。さきほどまでは鼻にツーンと来るニオイだったけれど、降りたら目が痛くなる悪臭へと変わった。

「うっ……ひでぇ臭いだ」

「この臭いで吐いたことあるよ」

「貰いゲロみたいな感覚ですかねぇ」

 隅に丸まってカードを使い情報を表示するとゴブリンとしか記載は無かった。この臭いはゴブリンクィーンがいる弊害だ。ゴブリンクィーンがいると言う事は、ゴブリンプリンセスがいる可能性がある。荒れるからわざと表示してないのかな。

「どうしたんだよ」

 ティティが傍に来て屈み小声で話しかけてきた。ティティの息が頬に当たってこそばゆい。近すぎて恥ずかしい。相変わらずイチゴのニオイがして混乱する。この排泄物を少し濃いめにした臭いの中だから余計にそう感じるのかもしれない。

「もっもしかしたらゴブリンクィーンがいるかもしれない」

 女の子と意識してどもってしまったのが少し恥ずかしい。落ち着いて。そう思っているのに女の子と意識すると余計に気になる。

「ゴブリンクィーン?」

 経吉もティティの反対側から覗き込んで来た。屈みこむと体が密着する。この子達近すぎる。感覚がバグっている。

「ゴブリンの女王のこと。通常はメインダンジョンからゴブリンとか魔物が飛ばされてくるんだけど、たまにプリンセスやクィーンが引っかかって飛ばされてくることがある。そうしたら自分達で繁殖していくわけ」

 ゴブリンとか魔物とか飛ばされてくるってなんだ。動揺しないで。

「ゴブリンにも種類がいるんですねぇ」

「まぁ、あんまり見分け付かないけどね。一層にいた奴がゴブリンポーン。二層にいたのがゴブリンウォーリアってとこかな」

「違いがわかんねぇ……」

「あんまり侮らないでよ。死ぬ人いるんだから」

「マジかよ……んで? クィーンはつえーのかよ」

「……ゴブリンの三倍近い体躯があるのと、ある程度の覚悟が必要」

「何の覚悟ですか?」

「君たちはもう十三歳だし、結婚できる年だから、大丈夫だろうと思うけど」

「んだよ? それと何が関係あんだよ? 酒とタバコはまだ二十歳からだろ」

「……その、なんていったらいいかな。ぼくの口からだと言いにくいんだけど」

「もったいぶりますね。早く言ってくださいよぉ」

「その……交尾している可能性があるんだよ」

 今交尾していないのは確認済みだ。あえて話題にする。

「こっ……この野郎」

 経吉が目をまん丸に開いて硬直している。ティティは勢いよく離れた。

「あっはい。あっふーん。そうなんですね」

「……ぶっちゃけると交尾している時の方が襲いやすいんだけどね」

「交尾って言うんじゃねーよ」

「あっそうなんですね。ふーん」

「しょうがないでしょ。自然の摂理なんだから」

「別に批判はしてねーだろ」

「そうですね。自然の摂理ですもんね。ゴブリンの交尾を襲うって……先輩」

 意識すると辛いのはぼくなんだから本当にやめて欲しい。

「え? お前まさか……」

「二人が何考えているのかわからないけど違うよ。物好きな人はいるみたいだけど。ちなみにクィーンと交尾した人間の雄が疫病にかかって死ぬまでを記述した本はあるよ」

「最低……」

「お前……」

「二人共子供なんだから」

「はぁ⁉」

「てってめぇ‼」

「声が大きい」

 通路先の広場から二体が起き上がったのを魂で視認する。完全にハーレムだ。奥に一体丸まった個体がいるけれど、ゴブリンプリンセスだとしたらだいぶ気まずい。

「それで? どうすんだよ」

「シュガーツリーはおそらくクィーンの背後。ツリーに爆弾だけ仕掛けるのも可能だけどどうする?」

「なんだよシュガーツリーって」

「クリスタルツリーの事だよ」

 シュガーツリー、クリスタルツリーはエーデルワイスを構成する次元樹のあだ名。

 経吉が歩き始めたのが見える。相変わらず綺麗に歩く。質量が無いかのような歩きで通路の物陰に潜み、こちらへ歩み寄っていたゴブリンの頭を一撃で両方真っ二つにした。

 ゴブリンがこちらへ来たのを告げていないのに気づいていた。強い。

「ストロベリーのことですねぇ」

 ストロベリーも次元樹のあだ名だ。

「は? お前らが何言っているのかわかんねぇ……。リーダーはお前なんだからお前が決めろよ」

 ぼくがリーダーだったんだ。

 経吉の持っている布刀の上にゴブリンの頭の半分が二つ乗っている。器用で猟奇的。恐ろしいのは経吉の表情が変化していない事。ハイ状態、覚醒状態とも言える。頼もしいとも言えるけれど、それを見たティティの表情は若干の強張りを見せ、ティティの精神が割とまともなのを感じた。三年前のぼくなら吐いていた。二年前のぼくならティティと同じ表情を浮かべていたと察する。不安定だった経吉が安定してきて、ハイになっていたティティが落ち着いてきた。さっきとは真逆だ。

「ただ一つ、聞いて欲しいんだけど」

 二人にはちゃんと聞いて欲しい。

「なんだよ」

「先輩……いやらしい話しはやめてください」

 ゴブリンの頭が刀から振り落とされ種臓の欠片が転がる。

「はぁ? お前? 俺と交尾したいのかよ‼」

「声が大きいっ。そういう話しはやめて。後、ぼくは男で君達は女の子。交尾したくなるのは自然の摂理。だから責めないで」

「最低」

「お前……それはマジで最低だぞ」

 もう何でもいいよ。許されるならそれは交わりたい。許されないから交わらないだけ。

「それ私もですか?」

「君は何時から男の子になったの?」

「まぁ素敵。先輩の質問の意図が二つぐらいあって返答に困ってしまいます」

 君は女の子だからティティとは繁殖できないよって意味だけど。

「ちなみに絶印押しているから、そんな気分になることはないよ」

 イミナの顔が脳裏を過り心臓の辺りが痛くなるので他人には欲情しないと言うかできない。リザにはしたっぽい。それがちょっとなんか嫌。

「……男女でパーティを組む時は慎重に考えます」

「はぁ? なんでだよ? なんで慎重になるんだよ」

「ティティも真剣に考えてよ。メインダンジョンに挑めば遠征もありえる。当然一ヶ月ぐらいダンジョンで暮らすことだってありえる。絶印は一ヶ月で効果が切れる。限定された空間に男女が数人。正直言ってかなり苦しい状況になる。それがわかっていても必ず数人が破る。合意の元ならいいけど無理やりもあるからね。絶印を偽印する人もいるし、メインダンジョンなんて無法地帯だから。恋人がいる人は絶対に恋人以外とメインダンジョンに潜っちゃダメだ。これガチだからね」

「今する話しじゃねーだろ」

「それが気になってたんですか? ていうか先輩……メインダンジョンに潜った事ないですよね?」

「……まぁそうだね」

「お前、にわかで喋るのやめろ」

 サーセン。

「それで話しがちょっと変わるんだけど……ゴブリンプリンセスがいる可能性がある」

「ゴブリンプリンセス?」

「文字通りゴブリンの姫様で次世代の女王」

「強いってことか?」

「違う……ゴブリンプリンセスって多分街で見たことあるよ。経吉なんかは見たことあると思う」

「あっ。あー……そう言う事ですか」

「どういうことだよ」

「ゴブリンプリンセスはゴブリンの中で一番大人しく攻撃的じゃない。おかしな話だけど、IQも推定80はあると言われている」

「すげぇーじゃん」

「容姿も通常のゴブリンとは異なり悪くない」

「……つまりどういうことだよ」

「ゴブリンプリンセスは売れば二十万ぐらいになる」

 民間に売ればもっとするけど言わない。

「はっ? 魔物だぞ?」

「だからだよ。ゴブリンに人権は無いからね。お店で猫を買うのと大体同じ値段で売れる」

「んなもん見たことねーよ」

「買う人も限定的だしダンジョンへの連れ出しも原則禁止。探索者になって初めてわかるようなことだし」

「マジかよ……そういや、街中で魔物見ることあったけど、あれか。ペットかと思ってたぜ」

「ゴブリンプリンセスを連れ帰るにはクィーンを討伐しないといけない。プリンセスはクィーンに紐づけされているからね」

「お前、女みたいな喋り方だな」

 丁寧な喋り方って言ってよ。

「善意が痛みますねぇ」

 ゴブリンプリンセスは大人しくて従順。そのまま殺すのは忍びない。だからと言って連れ帰って民間に売っても待っているのはセックススレイブや愛玩動物のような立場だけだ。

 でも……言葉をある程度理解でき、攻撃性の低い個体を殺すのは躊躇われる。

 ゴブリンプリンセスが人の女性に近い理由は複数あると言われている。その一つがより人に混ざるためだという説がある。ゴブリンの雄は最悪な場合において人の雌でも繁殖できる。ゴブリンと人族の戦いの歴史はまだ五十年。異世界と混じってからのたったの五十年だ。

 ゴブリンの雄はその性質上人間には真っ先に討伐される。でもプリンセスは討伐されない。最悪でもプリンセスはゴブリンという種として人の中で生き延びることができる。多様性の一環、生存戦略。こういう風に魔物の中には絶滅しないように人にそっくりな個体が生まれることがある。そのどれもが雄ではなく雌で、雌の方がより保護されやすいからだと言われている。もっとも人とは交われるけれど、生まれてくる子は例外なく魔物そのものだ。

 あくまでも種としての生存戦略で、それを可能にしているのが種臓だと言う。

 生き物を魔物に変質変化させるもの。それが種臓――。

 善意が痛む問題で、たびたび議論もある。この街での売り買いは普通の事だけれど、他の街では厳しく取り締まられたり奴隷化が普通だったり色々ある。

「とりあえず、周りを殺してから考えましょうかぁ」

 笑顔で恐ろしいこと言うね。

「まぁそうだな。どうせゴブリンなんて皆殺しなんだからよぉ」

 慢心は良くないと思うけどね。

 そう考えてはみたものの、二人を注意する立場に自分はいない。二人とも実はハイになっているのかもしれない。ぼくもしょっちゅうなる。

「……その前に、一度二層に戻るよ」

「あっ? なんでだよ」

「何かするんですか?」

「……いいから戻るよ」

 手をバレーのレシーブの形にする。察した経吉が駆けて来た。手に足を乗せて上に飛ばす。ティティもそれに続いて、上から経吉が手を出して来たのでサブポケット(ロッカー)から水を出して手を軽く洗い掴まって上に登った。

「それで? 何かあんのかよ」

 手袋を取り素手になってサブポケットから水とタブレットを出して二人へ。

「少し休憩するよ」

「こんなところで休憩するんですかぁ?」

「塩タブレットと水ね。タブレットを舐めて溶かして消えたら水を飲んで」

 二人共手袋を取ってタブレットを受け取り口に放り込む様子を確認。

「あっ美味しい」

「確かに意外と旨い。もう一個くれよ」

「いい? 二人とも。これを美味しく感じるってことは、疲弊しているってことだからね」

「なーる」

「あ?」

「気づいていないだけで消耗しているってこと。水は飲みすぎないでね」

「このタブレットは何処で買ったんですか?」

「機関の売店に売ってるよ」

「へぇー知りませんでした」

「もう一個くれよ」

「ティティ……」

 あきれつつも、別に嫌ではないのでティティにもう一個を手渡した。

「結構うまいな」

「これからクィーンゴブリンを殺しにいくわけだけれど、ちょっと説明するね」

 カードの探索機能で自動マッピングはされている。個人未踏破の部分は通常表示されないけれど、サブダンジョンは天使の手助けがあるので全マップが表示される。メモ機能で現在の敵の位置をマップに書き込んで表示し二人に見せ、とりあえず考えた作戦を伝えた。

「ぼくとティティじゃ、種臓をうまく処理できないから、ぼくらは足止めだけして随時経にとどめを刺して貰おうと思う」

「はぁ? できるっつーの」

「できるとは思うけど、猫の指って五本だよね? 確か。五等分になった種臓と二等分になった種臓、どっちが高いと思う?」

「あーなるほど。そういう金銭面の問題も考えないといけないのですねぇ」

「……そう」

「先に言えよ」

 ぼく、ティティの事、嫌いになりそう。

「経には負担をかけることになると思うから、その分、報酬を多めにしたいと思ってる。ティティもそれでいいよね」

「まぁ……納得はできないが、まぁいいだろう」

「正直経吉もティティもその気になれば一人でこのダンジョンの攻略はできるんじゃないかな」

「そうなんですかぁ?」

「そうなのかよ」

「ぼくの見立てだけどね。プリンセスはとりあえずぼくが確保する。銃での援護はするけれど、止めはお願いね」

「オッケー」

「ティティ、神様の力で基本的にフレファイはないから、躊躇しなくていいよ。ただ攻撃する意思があれば味方でも当たるから気を付けてよ」

「フレファイ?」

「フレンドリーファイア」

「どういう意味だよ」

「攻撃を味方に当ててしまう行為のこと。ぼくだったら、銃弾を経吉に当てちゃったり、ティティに当てちゃったりする事」

「へぇー。味方には当たらないんだな。つうか当てんなよ」

「わかってるよ。準備はいい?」

「いつでも」

「ほんとにわかってるのかなぁ」

「しつこいぞ」

「ふふふふっ」

 急に経吉が笑い出してびっくりした。

「そういえば、トト様が言っていました。探索者は馬鹿ほどいいって」

 どういう意味なのかリアクションに困る。

 準備したら三層に降りて先頭を歩く。銃を持ち、シリンダーを外して弾数を確認。通路を歩くとすぐに広場があり、ゴブリンを視認。駆けだして注目を集め場に躍り出る。ぬかるんでいる。泥の成分は知りたくない。寝そべっていたゴブリンの何匹かの頭を踏みつけプリンセス個体の傍へ。体育座りをしたプリンセスを視認。背中を向けて眼前に立つ。

 この時点で経吉は既に三体のゴブリンを屠っていた。ティティの発動した爪が一体を切り裂くのと同時にクィーンが雄叫びを上げる。雄叫びというよりは金切り声だった。

 左手に持った銃フェンダーオン。銃口をゴブリンに向け発砲、経吉とティティを援護する。

 経吉の強さには改めて少し驚いていた。鞭のようにしなる布刀を使ってゴブリンの頭を真っ二つにしていく。刃がしなり一つの斬撃が二つの斬撃へと変化してうねり動いていた。相当戦いなれている印象がある。ツバメ返しかな。

 ティティは経吉には劣るものの実戦経験の有無が伺えた。ただ性質と体質と言うか性分があっていない印象を受ける。接近戦が好きって言ったもんね。

 猫の爪での攻撃は接近戦と言えるほど近くはなく、小距離戦とでも言えばいいのだろうか。

 視界に入るでっぷりとしたクィーンはお世辞にも綺麗とは言えなかった。シリンダーをスライドさせて薬莢を輩出し弾を込め閉じる。

 振り上げたクィーンの手に向けて発砲。緑なのか黒なのか紫なのか、液体が飛び散る。顔にも当てて呪文の詠唱も封殺する。

 肉薄した経吉が容赦なくクィーンの左手を上腕から切断し、次いで右腕も切断。左足を切断し、膝が崩れたところで頭を両断。一瞬でゴブリン達は動かない屍へと変わってしまった。

「ツバメ返し?」

「そうですよ。本当は長刀でする技なんですがぁ、布刀だとやりやすいですよねぇ」

 簡単に言っているけれど技術がないとできない技だ。侍だから補正はあるだろうけれど。

 ツバメ返しは一振りで二撃を見舞う刀技。刃の中間での攻撃を一撃と数え、その一撃の追撃として刀先の一撃を見舞う。一振り二撃の刀技。それがツバメ返しだ。通常攻撃でツバメ返しって自分との性能の差に愕然とした。

「それにしてもひどいぬかるんでますねぇ。山を思い出します」

「それには触れない方がいいよ」

「それはどっちの意味でですかぁ?」

「どっちもだよ。両方」

 言語的にも物理的にも。

「あぁ、なんだ。これ、ゴブリンのクソなのか」

「ティティ……触れないようにしてたのに」

「クソはクソだろ。ばっちぃな」

「それがプリンセス個体ですか。全然暴れませんね」

 プリンセス個体の体は小刻みに震えていた。怯えるような瞳。赤と紫の入り混じった瞳が光っている。肌の色と触れた感触を除けば人と姿がほとんど変わらない。

「……一応魔術のようなものは使えるみたいだけど」

「ヴヴヴヴ……」

 プリセンスの口から洩れた言葉。残念ながらゴブリンプリンセスは人語を話せない。学んでも話せない。喉の構造に若干の異なりがあるからだ。

 このプリンセスが一定の条件を満たすとクィーンになる。どうすればこれがこっちのクィーン個体になるのか不思議でしょうがない。

 ゴブリンを解体、クィーンの頭からこぶし大の種臓を取り出す。相変わらず不思議な感触がする。柔らかくしなる癖に触れると硬い。湾曲するけれど硬い。光を反射し宝石のようなものなのにこんにゃくのようにもナタデココのようにも見える。

「おい。なんか喋れよ」

 ティティがプリンセスの髪を掴んで顔を持ち上げさせていた――反射的だった。

「……ティティ。非戦闘員にそういう態度はやめて」

 自分の口からこんな言葉が出るなんて驚いた。頭に血が上る瞬間ってこんな感じなのだろうか。非戦闘員なんて言い方がおかしい。間違えてはいないはずだけれど。

「あ? なんだようるせぇな。魔物は魔物だろ」

「……ティティ、そういうのはやめて」

 我に返るように呟く。

「うぃー。おらおら」

 そう言うと煽るようにティティは足の裏でプリンセスの顔を何度も小突いた。

「ティティ‼ 怒るよ‼」

 反射的に強い言葉が出てしまった。

 舐められている。自分の尊厳。プライド。言う事を聞いて。自分の方が年上なのだから自分の言う事を聞くはず。そういうプライドめいた何かがごじゃまぜになって流れ、弱者をいたぶるのは悪いことだ。ぼくは正しい事をしている。そう言う正義感みたいなものと合体して倍増してしまう。そうして現れた怒りのような感情を、貴方がそれを言う必要ないでしょう。彼女が何をしようが彼女の勝手だ。貴方は貴方の気持ちを態度にすればいいと両断される。

 弱い癖に……。殴られたらどうするの。色々な感情がないまぜになる。喧嘩なんてできるのかと。女の子と。

「うるせーよ。マジになってんじゃねーよボケがよ。やんのかコラッてめぇ」

「ティティ、今のは私から見ても貴方が悪い」

「はっ⁉ ふざけろっての」

 空気が一気に悪くなった。早くダンジョンから出た方がいい。

 例え大人しいプリンセスであろうとも、ゴブリンがゴブリンであることに変わりはない。小鬼が小鬼であることに変わりはなく、このリトルオーガと呼ばれる種族がこの土地独自のゴブリンめいた生物であることに変わりもない。謝るのに抵抗がある。抵抗はあるけれど、謝れるのなら謝るべきだ。ぼくの方が年長者であり大人なのだから。

「ごめん。言い過ぎた」

「は? うざっ」

 ティティの機嫌を損ねてしまったみたいだ。経験上、お互い仲良くしましょうと譲り合ってくれる人としてくれない人がいる。ティティはおそらく後者のように感じた。

 それでもかまわないか。ぼくらは仲良しグループではないのだから。

 ヌースで種臓類の完全なる沈黙を確認しまとめて地面に置く。種臓は二人に任せ、プリンセスの体をチェックする。体の構造が基本的に人間と変わらない。肌の色が違い、この土地独自の角も頭に触れると確認できた。

 手入れのされていないげじげじの眉毛に気弱そうな大きな目、頬には糞から形成された泥がつき、乾いていて触れるとボロボロ崩れて落ちた。ウェストは細く、胸も小さい。泥の服を纏っているみたい。手に触れると冷たい。爪が尖っているが力を込めて来る様子はなかった。

「どうですか?」

 身長百四十センチぐらい。

「問題なさそうだね」

「本当に攻撃してこないのですねぇ」

 プリンセスにも個体差はあり、絶対に攻撃してこないとは言い切れない――ただティティがあれだけ嫌がらせしたのにも関わらず反撃してこなかったと言う事は、そう言う事なのだろうと察する。

 この後の処理に問題はあるわけだけれど。

「どうするんですか?」

「連れて行くしかない。ここを爆破するから。とりあえずは奥を確認しようっか」

 お金になるからでしょう。

 善意ではないと自分に釘をさされて少し笑ってしまった。

 クィーンの体が横たえるその奥の部屋に、小さなクリスタルツリーが鎮座しているのを視認した。ダンジョンの大きさにツリーの大きさが見合っていない。

 爆薬を仕掛ける。このクリスタルツリーは民間の業者に売れる。でもそれは機関の方針により沿うやり方じゃない。自己責任で売ってもいいけれど、ぼくは機関に従う。

 戻ったら膝の裏と背中に手を通してプリンセスを持ち上げ――プリンセス個体は非常に憶病で慣れるのに時間がかかるらしいけれどこの子は拒まなかった。

「ちょちょちょっ‼ おめぇ何やってんだよ‼」

「いや、抱えないとダメでしょ」

「おめぇーが抱えるなよスケベ野郎‼」

「絶印してるってば……」

 ティティが抱えてくれるならそれはそれで構わないけれど。

 絶印状態だとセンシティブな問題には申し訳なくしかならない。

 そうは言っても添い寝状態の時を考えると、絶印状態でも特定の条件があれば立つものは立ってしまうみたいだ。思い出すと恥ずかしい。リザには反応しちゃうんだ。イミナがちらついてまた痛い。

「一応、念ため言っておくけど、種臓を持つ時は注意して」

「これですかぁ?」

「生きてたら憑りつかれる可能性は十分にあるからね。デッドマンになったら今の体は諦めてもらうしかない」

「うざっ。わかってるっつーの」

 ティティの対応にため息が漏れてしまった。確かに怒鳴ってしまった自分も悪いけれど、ここまで露骨な態度をとられるのも疲れる。やっぱり人付き合いは苦手だ。

 そういえば探索者になる人達は統計的に人の下に付きたくない人が多いらしい。

 パーティ崩壊理由ランキング第一位は何年たっても不和だと雑誌で読んだ。雑誌のすべてが正しいわけではないけれど。

 すべてが平等なパーティの中でも貢献度に差が出るわけで、役に立っている人と役に立たない人が存在し不満を感じる。報酬に差を付ければ溝が深まり、報酬に差を付けなくても溝は深まる。本当に仲が良くバランスが良いと言うのはとても難しい事だと書いてもあった。四回ぐらいしかパーティを組んだことのないぼくには未知の世界だけれど、現状でもなんとなく不和になるのは理解できた。

 人との付き合いは難しい。相手に尊敬の念を常にいだくのが難しいからだと考える。

 経吉とティティを見てため息が漏れそうになって手で隠した。

 懐かれるのも悪くないと考えたけれど、やっぱり人付き合いは苦手だ。

 ぼくにも問題があるのだろうな。性質以外で。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る