第17話 後輩たち
翌朝、目を覚ましたムギを抱きしめた。寝ぼけ眼のムギが手を伸ばしてくるので抱えるように抱きしめた。頭に何度も唇をつける。もう数日前のようなニオイはしなかった。少しの癖毛。
「おはようムギ。いい子だね。お兄ちゃんね。ムギの事、大好きだよ。ここに来てくれてありがとう。ムギがいて、お兄ちゃん幸せだよ。いっぱいちゅき」
心の無い事を言った。ぼくが言ってほしかった台詞を言った。ムギは驚いたように目を見開いて、口を半開きにして抱き着いてきて弱く何度も服をニギニギと握って来た。
「ムギ。生まれて来てくれてありがとう。お兄ちゃんの所へ来てくれてありがとう。愛してるよムギ。大好き」
強く抱きしめて背中をさすり、何度も頭や頬、耳にキスをした。自分がズタボロになるのを強く感じた。自分が求めているものを差し出した事によるマイナス感なのか、それとも無い物を差し出してしまったことへの罪悪感なのか判別がつかなかった。
これからはお兄ちゃんがいっぱい言ってあげるね。
嘘偽りが無いのに中身も無い。それが余計に苦しかった。
ムギは力が抜けていて、だらりとしていて、構わず何度も頬に唇をつけ頬擦りをした。ムギはこの行為が嫌かもしれない。嫌でも見捨てられたら困るから受け入れてしまうかもしれない。
ムギを手で離そうとすると力が入って離れなかった。
「ムギ?」
そう呼ぶと、ムギは嫌々するみたいに首を振る。今はまだ嫌われていない。少なくともそう認識する。愛するってこんな感じだよね。少なくともぼくはマリアンヌさんにこうして貰った。正しいのか正しくないのか判断できない。
ムギの背中に手を回して腕の中に納めて抱きしめた。
「ムギ。お兄ちゃんにとってムギはとっても大切な存在だよ。だからお兄ちゃんのために自分を大切にしてね。ムギに何かあったらお兄ちゃん、泣いちゃうから」
そう告げるとムギは肩をアムアムと柔らかく唇で噛んできた。これが正しいのか悪いのかやっぱり判断できなかった。
リザはやれやれって顔をしていて、目が合うと反対側を向いたので尻尾を掴んだら叩かれた。リザが嫌がるから尻尾を掴んで叩かれた。
これが正しいのか正しくないのか教えて欲しい。でもリザは何も答えてくれなかった。
それからロフトを下りて所用を済ませ朝食を作る。台所に立っていてもムギが背中にくっついて離れなかった。
朝から機関へ赴いてムギを預けるのと家の鍵を返す。リザには引っ越し業者と引っ越し先に向かうように言っておいた。学校へ行っている間に業者が荷物を新居に持って行ってくれる手筈になっている。リザにムギを任せようか考えてやめた。リザにそこまでする義理が無いし、お願いするほどの繋がりもない。完全に信用できるのかと言えばそんなこともなく、万が一を考えてやめた。リザに責任を押し付けたくもない。子供一人の面倒と責任をとるのはそんなに簡単な事じゃない。
機関にムギを預ける際に後ろ髪を引かれた。
ムギが不安な表情で立っていたからだ。かがみ抱きしめて頭に唇をつける。何度も何度も唇をつける。
「午後になったら迎えにくるから」
そう言うとムギは鼻をすするような仕草をして抱き着いて来た。強く抱きしめて離れる。なかなかムギが服を離してくれなかった。
「大丈夫大丈夫。いい子にしててね」
頭を撫でてファニエルさんに任せる。これからのムギの事を考えると複雑で悩んだ。学校に通わせないといけない事。鍛えないといけない事。性格の事。他人に迷惑をかけない子に育てられるだろうか。お金の事――足取りは軽やかとはいかなかった。
少なくともあのどうしようない屑共と同じ人間に育ててしまったらどうしようかと悩んだ。そう考えて、自分も他人に誇れるような人間ではないでしょうと気持ちが落ち込んだ。
なるようにしかならない。できることをすればいい。失敗は誰にだってある。
もし、もしムギがどうしようもない人間に育ったら、その時は、その時はぼくが責任をとればいい――。
路面電車に乗って移動する。停車駅で乗り込んできたのは制服ドレスを着た女の人だった。ぼくはいつもの制服。学ランにシースルーのブラックコート。
「あら、先客がいましたの。ごめんあそばせ」
綺麗な人だ。
「貴方に言ってましてよ? あなた、聞いていますの?」
「ぼくですか?」
「あなた以外に誰がいますの? まぁいわ。同乗することを許しましてよ」
「恐縮です」
この人、電車の中なのに傘をさしていらっしゃる。不思議な人。
女の人はぼくの目の前に座った。目の前に座られるとなかなかにプレッシャーがありやがります。あり……ありますのですよ。ありやがりますのよ。
「貴方なかなかご自分の身分をご理解しておりますのね。良い事ですわ。特別に私の日傘を持つ役を与えましょう」
「恐縮です」
日傘、日を遮るための傘を、立ち上がりその傘を受け取り傍に立つ。
「ふふふっ。イイ子ですわ。角度にもう少し気を付けない。そうそういい子ね」
本当に日傘を持っているだけのお仕事でした。電車の中で立って日傘を持ち続けた。
何時まで持っていればいいのだろうと悩んでいたら学校へ到着し、どうしようか迷っていると女の人も降りるようなので安心した。
入り口まで歩き、女の人は入り口で止まってぼくを見た。あっこれ、ぼくが先に降りないとダメな奴だ。先に降りて日傘を高くさし、日が当たらないように気を付ける。
「お上手お上手。カードをお出しになって」
「はい」
「日傘をこちらへ」
「はい」
「ふふ。あなたは高貴なわたくしの事を理解しているようですね。よきですわ。とてもよき。これは御駄賃です」
「恐縮です」
「次会う時を楽しみにいていますわ」
女の人は降り傘を取ると歩いて行ってしまった。名家の人だ。名家とはこの街での権力やお金を持った人達の事。経吉も多分名家の人だ。経吉はそこまで露骨じゃないけれど、名家の中でも旧家がある。あのように振る舞うのは旧家の方。古くからある高貴な血筋の方なのだそうだ。
カードには一万円も振り込まれていた。
こういう日に限って色々面倒なことがある。
性質講習があるのを忘れていた。
性質講習とは難のある性質だった場合に時間を作り、先輩方つまり先達の同じ性質の人を招いて講習を受けると授業の事だ。先輩が社会で何をしているのか学ぶ。
担任の先生から封筒を貰い、中には性質別で講習場所が記してある。三階屋上手前多目的室と書いてあった。
性質はデリケートな問題で、性質による差別を助長する人もいる。性質が盗賊の人、つまりぼくなんかは子供を作るべきではないとか普通に言われる。ひどいと去勢するべきだとも言われる。
でもそういう人がいるのも仕方が無い。実際に被害に会った人や、それらが身近な人、過敏な人とそうではない人の壁は厚い。
幸いなのはグループ作りを強要されない事。これだけが救いだ。だってボッチ確定なんだもん。
中に入ると小さな十畳ぐらいのフロア。黒板と数人の生徒。六人ぐらい。全員性質が盗賊の人がいた。目算していた数よりも少ないと感じた。サボっている人が絶対にいる。
「ちゃっちゃと入りな。席は好きな所に座れよ」
手前、一番後ろの席に座る。
「まず初めに俺の名前はコロッツェオだ。先生でもコロッツェオでも好きに呼んでいい」
男の子が二人、女の子が四人。
みんな誰かと喋るわけでもなく窓の外を眺めたり、カードに表示される情報を眺めたりしていた。
「おめでとう。お前達は選ばれた人間だ。ただし残念ながらゴミクズの方にな。一般人にも劣る無能な性質を持つお前達には同情するよ。せめて俺のようにはなるなよ。ちなみにサボりは十六人だ。コイツ等は落第だな」
それを聞いてみんなの口からは何処か重たい空気とやっぱりとかウザいとそんな空気を感じた。
「そんなお前達が一般社会でもしっかり生きられるように俺が教育してやる。感謝するんだな。ちなみに俺は死刑囚だ。だからリングは当然赤い。こうなったら取り返しがつかない。こうならないように俺の話をしっかりと聞いておけよ」
先生の話はなかなか面白かった。
まず犯罪をしたからと言って急に腕輪が赤くなることはないと言われた。
人を殺そうが物を盗もうが発覚しなければ問題無いと言われた。
それを踏まえた上で、技能を使って犯罪をするなと強い口調で言われた。まずは絶対に技能を使って犯罪を起こさない事を強く言われた。
「俺達は戦闘には不向きだ。世間の盗賊に対する風当たりは強い。ひったくり犯の傍にいただけで共犯にされかねない。それを良く理解することだ。真っ当に行きたいのなら普通に機関から仕事を貰い性質など持っていないとそう暮らせ。それ以外に盗賊が真っ当に生きられる道はない。まぁお前らはここに来ている時点である程度察しているだろうがな。家族に煙たがられる奴もいるだろう。おめでとう。この先の人生もそんなクソったれだ。なんでそう言えるのかって、俺が見本だ」
「でも、犯罪率は盗賊より戦士の方が多いですよね?」
眼鏡をかけた目つきのキツイ女の子が先生にそう聞いた。
「戦士の方が分母が多いからな」
「犯罪者の傍にいるだけで犯罪者にはなりませんよね? 犯罪者の戦士の傍にいるだけで盗賊も共犯になるんですか?」
「無関係と証明できればいい。ただ盗賊と戦士、どちらの言い分を社会が信じるのかと言えば後者だ。俺達は肩身を狭くして世間の皆さま生まれて来てすみませんって暮らさなきゃいけない。優しくしてくれるのは公務員と天使ぐらいだ覚えておけ。そしてそれは俺達の最終目標でもある。俺達は性質を忘れて文官として生きていくしかない。というわけで俺達盗賊がしなければいけないのは勉強だ。言語は三つぐらい習得しておけ。特に共通語は力を入れろ」
コロッツェオ先生は言語を五つも喋られるらしい。
共通語と言うのは長命種、獣人種の一部、短命種の三種で共通して意思疎通できる言語のことだ。共通語は東語や西語と全く違った言語体系なので覚えるのが大変だ。
東語は漢字とかカタカナとかひらがなが中心の言語で、西語は筆記体って言うのか、そういう言語が主体のものだ。アルファベットとも言うらしいしローマ字とも言うらしい。
東語にはさらに種類があり、漢字の言語だったり、漢字と平仮名が入り混じっていたり、漢字でも平仮名でもカタカナでもない言語だったりする。
ぼくが喋れるのは東語の一部、共通語、獣人語だ。三つクリアだね。
「ちなみに先生は何をしてレッドリストに入ったのですか?」
目つきのきつい(鋭い)女の子、結構深い所まで聞くね。
先生はうんざりするような仕草をした後言った。
「タタキ、強盗殺人だ」
みんな唖然としていた。
「タタキってなんですか?」
目つきのきつい(鋭い)女の子しか質問しないね。
「今の若い奴にはわかんねーか。強盗だよ。強盗。あんまりあたしの生い立ちとか興味ないだろうけどさ。これ一応あたしの仕事だから。聞きたくないだろうけれど、まぁ聞いとけ。あたしの生い立ちって奴をさ」
急に俺じゃなくなった。こっちが素なのかもしれない。
みんな興味はあったみたいだ。
「この街はさ。あたしが生まれた街と違って治安がいいのよ。元になった国がいいからさ。あたしが生まれた街はそりゃひどくてね。ごみ溜めだったよ。長命種が保護してくれるって言うものだから、それに全面的に甘えちゃってね。前置きが長かったね。あたしの親っつうか、母親が娼婦でさ。仕事でヘマして生まれたのがあたしさ。気づいた時には下ろせなかったって話。三歳まで食事は与えてくれたけど、仕事の邪魔だって追い出されてね。街でゴミを漁ったり人の食べ物をパクったりして生きてたんだけど。パクッてたって言葉、わかるかな。盗るって言葉をパクるって言うんだけどさ。あたしの母親の性質が盗賊だったから。だから娼婦なんてやってたんだけど、良く客の金をパクってたのを見てたから、あたしも普通に人の物をパクって生きてたわけさ。生きるためなら何でもやったって言いたいところだけれど、当時はそんな高尚な目的なんかなくてね。腹が減ったからパクったし欲しいものがあったらパクってた。こんな事は言いたかないが、そりゃひどい街でね。浮浪児のあたしも売れるものなら何でも売ったし腹を満たせるなら何でもやったよ。気づいたら十六歳さ。あたしはここで最悪の選択をした。たまたま綺麗な服を着た女を見たのさ。まだ十歳ぐらいの可愛い盛りでね。あたしは臭い男の相手や物をパクって生きているって言うのに、この女はそんな事も知らずに綺麗な世界で生きてヤガルって、後を付けたら綺麗な屋敷でね。幸せそうな家族、大きい綺麗な犬、金目の物、あたしが欲しいものがそこには揃ってたのよ。気づいた時にはみんな殺していた。宝石に金や銀、そらに埋もれた時は随分と満たされたもんだ。馬鹿だよね。足が付くのも早かったって話さ。浮浪児が金なんか持つと、周りの奴らが全部むしっていきやがる。残ったのは死刑囚って肩書だけさ。これがあたしの肩書。その街は滅んじまってもう無いけど、このレッドリストは決して消えない。罪は消えない。殺した事に罪悪感なんてないけどね。いいか。この世界は決して罪を零さなし逃さない。このエンジェルリングがその一つだ。このリングをはめている限り決して過去は隠蔽できない。決してね。そしてこの世界には神官なんて性質を持つ奴らがいやがる。奴らは真眼とか嘘抜きなんて技を持っていてね。決して罪を偽れられない。決してね。こうして別の街に来たあたしが今でも死刑囚なんだからさ。あたしの事を知っている奴なんか人っ子一人いやしないのに、こうしてリングが罪を証明しちまう」
「人を殺して後悔していないのですか?」
他の生徒達から先生に対する緊張感が増したのを感じた。この先生は決して良い先生ではない。
「人を殺して後悔するのは善人だけだ。普通は親と言う家族がいて、家族に大切にされることで植え付けられる相手を思いやると言う心をあたしは最初から持ってなかったのさ。暴れる少女を犯しながら何泣き叫んでるんだコイツって思ったもんだ。それはあたしにとっては日常だったからね」
そんな事聞きたくなかった。
でも同時に確かにぼくも愛情と言うものが理解できないと同調もしてしまう。
手を上げる。
「どうした?」
「先生はもう盗みはしないの?」
「しないっつかできない。あたしは監視対象だ。逃げられもしない。一日の終わりに神官の前で罪は犯していませんって宣言しなきゃいけない。最悪だよあいつ等。何時もラベンダーの匂いがするんだぜ。最悪だろ。あたしが罪を犯したら絞首台か安楽剤(脳の働きを強制的に止める薬)で安楽死さ。笑えるだろ。下手すりゃ矯正労働スーツを装着されて死ぬまで鉱山送りさ」
「じゃあ、安心ですね」
みんなから息の抜ける音がする。
「そうだな。最初の授業だから印象強くしなきゃいけないのよ。悪いね。いいか。絶対に犯罪には手を出すなって話だ。お前らだけのためじゃーない。他の盗賊のためにもだ。たった一人の何処かの知らねぇ賊がちょっと物を盗んだってだけで、俺達関係のない盗賊が一斉に非難を浴びるんだ。そう言う世界だってことを覚えておけよ。まぁ、この街じゃあ、歴代の盗賊がクソだったからな。肩身が狭いのを怨むのなら先達を怨むんだな」
それから先生は盗賊の歴史などを教えてくれた。
まぁ正直言って、あんまり良い話はなかった。
治安が良いと言うこの街の元となった国でも、性質が表に出てきた時は混沌としていたらしい。
特に盗賊は人の意識を奪い、行動を阻害する技術を持っている。
「盗賊の先達として生きていく上でこれだけは絶対守ったほうが良いという教えをいくつか解いてやる」
しばしば問題がおこり最悪な事件も何件かあって沢山の男女が涙を流したらしい。女性だけじゃない。男性も女性の盗賊にひどい目に遭わされる事案が多数あると知った。
「一つ、絶対に先制攻撃はするな。どんなに怒り心頭でも三回は殴られろ。そうしたら反撃していい」
そういう事件もあって、すべての盗賊が悪いわけではないけれど、盗賊という性質の印象は最悪のようだ。
「一つ、善行をするな。この世界、助けた奴が善人である保証は何処にもない。助けるなら相手が善人だとリサーチした上でしとけ。なぜかって? 街中で前を歩いていた奴が賊に財布をスラれたとしよう。このマヌケ。ケツを蹴飛ばしてやりたいぜって事案さ。俺達はどうするかって? スリ返して賊から財布を奪い持ち主に返すのさ。はい。これダメです。芸術点はたけーよ。十点満点中七点はくれてやる。落としましたよ。なんて声をかけた日には絶望の始まりさ。お前が盗んだのだろうって治安部隊に引き渡される。金持ち連中は特に無駄にアホだからな。恩を売る芝居だと鼻で笑ってくるから気を付けろ。奴らは運が良かっただけなのに、自分が成功したのは頭が良くて特別な人間だからだと思い込んでいやがる。交尾してほしいから近づいてきたのだろうと脳みそが性器の奴もいるからな」
そういうシモネタは聞きたくなかった。
「一つ。盗賊に神なんていない。すがるな。誰も助けちゃくれねーよ。てめぇでなんとかするしかない。これガチだぜ」
これが先生の仕事なのだろうな。
「あぁ、それと別に性質が盗賊だって言うのは、お前らの心が盗賊向きだからってわけじゃない。体質的に器用で早くて運が良かったってだけの話さ。まぁ、運がいいのかどうかは別として、こればかりは遺伝だから仕方がしょうがない。それとチャンスが無いわけでもない」
仕方がしょうがないのか。
「いいか。絶対に喧嘩は売るな。買え。三発は我慢しろ。後は鈍器で殴るなりなんなり好きにしな。相手の性質次第では子供の不幸を回避できるかもしれねーぜ」
「最低」
女の子はみんな先生を睨みつけていた。どういう意味なのだろう。いい性質の異性だったらそのままするってことを暗示しているのかな。
男性陣はアイコンタクト、頷き合ったりため息を吐く真似などをしたりしていた。
「最後に、盗賊同士で仲良くするな。気持ちはわかるよ。お互いがお互いを良くわかっている。夫婦にでもなれるさ。でも仲良くするな。どうしてか話してやる。盗賊同士で仲良くすれば徒党を組んでいると思われる。ダチが大事なら関わるな。それがお互いのためってもんだ」
先生は何度も性質を忘れて文官、公務員を目指すように力説してきた。
「喧嘩に自信のない貴方も安心。きっと大丈夫。コロッツェオ先生のステゴロ講座は午後から開催中だぜ。受けたい奴はあたしに言いなよ。一時間千円だぜ。破格だろ」
先生はステゴロを教えてくれるようだ。
ステゴロとは素手で殴り合う武術のことだと認識している。
「そろそろ時間だな。次の授業も楽しみにしとけよ。くれぐれも俺、あたしの言った事を守れよな。自分の身を守れるのは自分だけだ。午後から受けたい奴はこの後言いな。それじゃ解散だ」
教室を出て玄関から出るためになんとなくみんなの後に続く。最後尾を一人で歩いた。こういう所でコミュ障が出るよね。
話かけられればいいけれど、いい言葉が浮かばない。何を話せばいいのか迷っている間にチェックポイント。みんな顔を見合わせて、そしてさよならだ。
話しかけてはいないけれど、それでもみんな、ぼくとも目を合わせてくれた。
盗賊同士でつるめば徒党を組んでいると見なされる。それは本当だ。世界の何処かには盗賊団がいて略奪行為を行っている。
もっともその盗賊団のメインは盗賊ではなく戦士なのだけれど、世間ではそんな風評被害を知る人間は少ない。
目を見て頷き合い少し笑みを浮かべたらさようならだ。外で見かけても学校で見かけても決して話かけたりせず知らないふりをする。それがお互いのためだからだ。
それでいい。世界の何処かに自分と同じ痛みを抱えている人がいる。そう認識できる教科だった。
午後から機関へ赴く。お金を少し稼ぎたい。家には夕方帰る。荷物なんてそんなにないしね。ムギを迎えにカウンターへ。ムギはすでにいて、ぼくを見ると泣きそうな顔をして足を掴んで来た。
「何かありました?」
「すみません。私どもでは不安を和らげることしかできませんでしたので」
「いえいえ。そんな……ありがとうございます」
ムギの手を解こうとするとムギは嫌がった。捨てられるんじゃないかって不安なのかもしれない。
ムギの手を解いて膝を折り床へつけ、目線を合わせて手を広げる。手を解かれたからか躊躇い気味のムギを強引に抱きしめる。
「大丈夫だよ。ムギ。不安にさせちゃったね」
おでこに唇をつける。頭に何度も唇をつける。
スンスンと鼻をすする音がして、見るとムギが体に埋もれて来た。
「大丈夫大丈夫。お兄ちゃん何処にもいかないから」
頭に頬擦りをして背中を撫でる。子供って体温高いな。
ファニエルさんを待たせているのでムギのお尻を腕で支えて抱っこ。立ち上がり、ファニエルさんへ向き直る。ファニエルさんは今日も綺麗で、微笑んでいる姿は息を飲むほど綺麗だった。ムギ、全然軽いな。
「すみません。ありがとうございました」
「いいえ。そういえば、そろそろ絶印の効果が切れますね。今日再印しましょう?」
「えっ?」
「何か……押したくない理由があるのですか?」
「いえっそんな」
「では、よろしいですね?」
絶印の効果は一ヶ月で切れる。切れたら再び印を押して貰わなければいけない。重ねることはできるけれど、効果は重複しない。印を押してから一ヶ月。お金はとられない。
「あっはい。お願いします」
まだ一週間ぐらい間があるけれど。
「ふふっ。いいですね。では失礼します」
屈んで首を見せると襟首やや左下に何か押される感触を感じた。
「はい。結構です。引っ越しは済んでいます。今日から向こうへ行ってくださいね。カードをこちらへ」
カードを手渡す。
「カードに鍵の機能を追加しますね。家に入る時はカードを使ってください。家を出る時にカードを玄関でかざせばセキュリティ機能で全ての窓や扉が保護され、ガス、水道、その他もろもろの機能が停止します。またその逆に、カードをかざせばセキュリティの一部が解除され、明かりやお風呂などが自動で用意されます。細かい設定はカードから行えますのでご活用なさってください」
カードは本人にしか使えないのでセキュリティは結構高いと感じる。
「はい。ありがとうございます」
「今日はこのままお帰りになりますか?」
「あのっ、少しダンジョンに挑もうと思っています」
「いいことですね。では入り口の天使にムギさんをお預けになってください」
「あっはい。いいんですか?」
「大丈夫ですよ。それとわかっているとは思いますが、自宅のポケットは使えませんからね。そこはちゃんと注意してください」
そうだった。自宅の襖に設置していた空間を解除したのを忘れていた。でもサブダンジョンを攻略するのにメインポケットは別に使わない。サブポケットは機関に借りているロッカーに繋がっている。それで充分だ。ちなみに機関のロッカーは定期的に検査があるので変な物はおけない。
「はい。気を付けます」
カードに着信、ポケットから出してみると経吉からだった。
「よろしい。出て構いませんよ。それでは寧々さん。また後で」
また後で。また明日。
「はい。ファニエルさん、ありがとうございます」
ゆっくりと手が伸び来て、ぼくの視線が手に向く。別に触れてもかまいませんと視線を送るとファニエルさんの指は少し躊躇いがちに頬へと触れて来た。ほっとしたような表情に何かあるのだろうかと勘繰りをしてしまう自分が少し嫌。
ファニエルさんの手、気持ちいい。
「あまり無理はなさらないように」
「はっはい。ありがとうございます」
頭を下げてカウンターから離れた。
経吉から連絡が来ていたのでカードで着信を確認。ロビーの一角、自動販売機を眺めながらカードを自販機にかざし、通話ボタンを押し耳に当てる。
「ムギ? 何か飲みたいものある?」
ムギは体に貼り付いて何も言わなかった。甘いもの、お茶、体にいいもの、色々考えて温かいココアを選択して取り出す。
ムギを席に座らせ隣の席へ座るとムギは立ち上がり傍に来た。不安にさせてしまったかもしれない。経吉が着信に出るのと同時にムギを膝の上に乗せてココアの缶を開ける。
「先輩今何処です?」
開口一番それなの。別に居場所を言うのは構わないけれど。
「ムギ、ココア飲める?」
「先輩……何言っているんですか?」
「ごめん。妹。今機関のロビーにいるけど」
「あー……なるほど。一階ですね。見えました。そちらに行きます」
「何か用事があるの?」
「用事が無いとダメなんですか?」
「そういうわけじゃないけど」
上に気配を感じて見上げると吹き抜けの二階から経吉がこちらを見ていて目があった。通話を切って経吉が来るのを待つ。
モモの上のムギにココアを飲ませる。
「熱い? 大丈夫?」
ムギはココアを飲みながら、擬古地なく服を掴んできた。ムギの握力がコートに伝わって来る。
「今日はお留守番頑張ったね。偉い偉い」
頭を撫でると胸に顔を埋めて来た。ムギが人懐っこくて良かった。距離を取られるとどう対応していいのか判断できなくなるかも。いい子に育ってね。あの人達みたいに……ならないでね。
「先輩」
傍に来た経吉は向かいの席に座り、両肘をついて頬を膨らませた。
「全然ダメじゃないですかぁ。全然ためになりませんでしたよぉ」
「何が?」
「他の人の講習を受けたんですぅ。全然ためになりませんでしたぁ」
「色々な人がいるからねー。ねームギ」
「機関に妹を連れて来るってシスコンなんですかぁ?」
「色々あってね」
「先輩暇ならこれからフリマ行きましょうよぉ。探してくれるって約束ですよねぇ」
目を丸くしてしまった。人懐っこい後輩だ。自分に対して普通の対応をしてくれる子がいるのは素直に嬉しい。
「なんですか? その顔。嫌なんですか?」
「今日引っ越しだから。あとお金稼がないといけなくてね。これからダンジョン行くからフリマにはいけないよ」
「探してくれるって約束ですよねぇ?」
「今日とは言ってないでしょ」
「あってめぇ‼ 全然ダメじゃねーか‼」
近寄って来たのはティティだった。ぼくに言っているのと経吉の顔を見ると、経吉はティティを見て、ぼくに視線を移して来た。
「おめぇよ。全然講習よくねーじゃねーか‼ この野郎‼」
「いや、それぼくに言われても」
「おめぇが組めって言ったんだろ? なぁ‼」
圧が強い。
「ぼくよりマシでしょ」
「お前が一番マシだったわ」
「マジデジマ」
「はぁ⁉ 意味わかんねーこと言ってんなよなったくよ。で? てめぇら何してんだよ」
「先輩にフリマ付き合ってもらうところぉー」
「ダンジョン行くって言ったよね?」
「先輩……後輩の可愛い女の子の誘いを断るつもりなんですか?」
ティティが隣の椅子を引いてドカッと腰をかけ、ムギが少し驚いているのがわかった。乱暴だな。
「ん? なんだコイツ」
「妹」
「おめぇ妹をこんなところに連れて来てんじゃねーよ」
「色々あるの」
「そういや、ちょっと聞いて欲しいんだけどよぉ。びっくりしちまってさ」
「うん?」
「今朝さ、めちゃくちゃうんこ出たんだよ」
「ちょっと‼」
それ女の子がしていい話しなの。経吉ですら目を大きく見開いている。ムギの耳を両手で塞ぐ。
「でさ。おっこれで今日も心穏やかに一日が過ごせるって思ったわけさ。俺はよ。で昼飯を食ったわけ。そしたらトイレ行きたくなってさ。そしたらまたもりもり出たわけさ。どうなってんのって話。なんでこんな出るんだよってなるだろ。なぁ?」
「急にお昼食べたよねぇ」
経吉がそう言い、それはぼくも考えたと相槌を打つ。
「昼になったってのを省略しただけだろ。察しろや。なんだろ。なんかうんこに左右される人生だなって思ったわけ」
「トイレの時間って全部合わせても一時間ぐらいでしょう?」
「催してもトイレいけねー時もあんだろ。トイレの事を考える時間も盗られてんだよ」
「トイレの事はわかったけど、とりあえずそういう話しはやめて」
「あっ⁉ てめぇだってうんこすんだろうがよ‼」
「大声でそう言う事言わないでよ。確かにそういう事情は察するけどさ。ティティはご飯多めに食べてるんじゃない?」
「そんなに食ってねーよ。朝は焼肉にゆで卵三個、飯三杯に味噌汁だけだったわ」
「それあたしの三倍は食べてますねぇ」
「ウソだろ⁉ あーだからおめぇちっちぇのか」
「……どこが? どこが小さいって? ねぇ? どこが小さいって? 先輩? こっち見てください」
「背の話しでしょ。ぼくにふらないでよ。もう行くよ」
「逃げんのかよ‼ 何処行くんだよ‼」
「お金稼がないといけないの」
「あ⁉ てめぇ抜け駆けする気かよ‼ 一人で金稼ぐ気かよ‼」
ムギをモモから下ろして缶を受け取り重さを確認。中身が入っていないのを重さから認識して備え付けのゴミ箱に捨てた。
「それじゃ二人とも、しっかりね。ムギ、御手洗い大丈夫?」
ムギが見上げて来てモジモジしているのでとりあえずトイレへ連れていく。
「待っているから行っておいで」
ムギを送り出すと、ムギは何度も振り返り、渋々トイレへ入って行った。
「先輩。なんでトイレ入らないですかぁ? 一緒に入ればいいじゃないですかぁ」
「いや、女子トイレ入れないでしょ」
「あ? なんで女子トイレに入れねーんだよ」
「男のぼくが女子トイレ入れるわけないでしょ」
「はぁ⁉」
「えっ⁉」
「何? 変な事言った?」
「おめぇ男だったのかよ‼」
「先輩……男だったんですね」
「てめぇなんで長髪なんだよ‼ ポニテにしやがって‼」
「別にいいでしょっ。ポニテに結んでもいいでしょ。結ばないと邪魔なの」
「きりゃいいだろ。きりゃーよー」
この発言にはキレていいと顔に出ました。
経吉とティティがトイレに入って行き、出て来る時は三人一緒だった。ムギの面倒を見てくれたようだけど、ムギは二人から距離を取るように小走りで傍に来て服を掴むと抱き着いて顔を埋めて来る。
「偉い偉い。ムギは一人でトイレできて偉いね」
二人に面倒見てくれてありがとうと手を挙げてお礼と別れを伝える。それじゃあね。
ムギと一緒にロッカールームへ。着替えて部屋を出ると二人がいて気まずかった。軽く会釈してムギの手を取り外へ出る。カードをかざして今日攻略するダンジョンを探す。あまり遠出するわけにもいかないので近場で済ませる。新居の周りにもぽつぽつとダンジョンがあり、街から離れていることも相まって空いているのが見て取れた。
本当にいい物件を紹介して貰ったかもしれない。ぼくにはもったいなさすぎる。
ムギを抱え路面電車に乗り込んで振り返ると二人がいた。気まずいな。
「まー気にすんなよな。俺らのことはさぁ」
「そうそう先輩。気にしないで行きましょうよ。あんまり気にすると禿ますよ」
まさかついて来る気じゃないよね。さすがにそれは杞憂過ぎるかな。そうしてダンジョンに到着して振り返ると二人がいて、かたまった。
「まぁまぁいいじゃないですかぁ先輩」
「そーだぜ。細かい事は気にすんなよな」
「二人もこのダンジョンを攻略するの?」
「先輩って恐ろしく鈍いか恐ろしくイジワルかのどちらかですよね? どっちですか?」
「そーだぜ。お前いい加減気づけよな」
「……いや、意味わかんないから。って言うか講習他の人の受けたのにパーティ誘われなかったの?」
「お前俺の話し全然聞いてなかっただろ。全然ダメだったって言ったよな」
「全然ダメじゃないでしょ。ティティって巫女だよね? かなり需要あるし誘われると思ったけど」
「なんて言われたと思う?」
「わかんない」
そう言うとティティは喉を整えるような仕草をした。
「君は巫女なんだね。すごーい素敵。ぜひパーティを組もうよ。俺、私は勇者。二人で世界を救おうね。あなたって巫女なのね。巫女って処女しかなれないってほんとなの? 失礼だった? 女同士なんだからそんな気にする必要ないでしょ。気にしてんの? きゃははははっ。胸でかすぎっ触らせてよ」
「……あっ、あー……経吉は?」
「彼氏いるの? この後みんなで喫茶店でもどう? 二人で抜け出さない? 俺ってば強化術士だから君と相性いいよ。綺麗な髪だね。手相見てあげよっか? アドレス交換しない? くびれ細くて綺麗だね。侍ってすごいね」
「二人共モテて良かったね。イケメンだった?」
「怒りますよ?」
「てめぇ、脳みそ腐ってんのかよ。俺なんか胸触られそうになったんだぞ‼」
「同性でもダメなの?」
「ダメに決まってんだろ舐めんな」
「私だって腰掴まれました」
「……まぁ、そう言う事もあるよね。絶印は確認したの?」
「絶印押してる奴なんてほとんどいねーよ」
「そんな事ないと思うけどな……。そういえば、そうだ。ごめんね。そういえばぼく、ずっと一人で、パーティなんて組んだ事ないから、他の人達の事なんてほとんど知らなかった」
「おせーんだよ。忠告がよー」
「そんなひどい人達ばかりじゃないと思ったけど」
「私、昨日から何組か回りましたけど、まともに狩りしている人達なんてあんまりいませんでしたよ。攻略の終わったダンジョンでイチャイチャし始めた時はどうしようかと思いました。説明も適当ですし」
「それはさすがに盛りすぎでしょ」
「まぁそうですけど……。とにかく先輩と組むのが一番いいと思ったんです。だから先輩パーティ組みましょうよ」
「お詫びに面白い話ししろや」
「お詫びって……。こないだトイレの個室に落書きあってさ」
「おう」
「電話番号と卑猥な言葉と名前が書いてあった」
「おめぇ誰が気持ち悪い話ししろって言ったんだよ。なぁ?」
「先輩……さすがにそれは私もドン引きです」
なんでぼくが悪いみたいになっているの。二人とも気持ち悪いと感じてくれたんだ。良かった。気持ち悪いと感じるのはぼくだけなのかと考えてしまった。
「俺もおめーでいいわ。一番楽そうだし」
「ぼくにメリットが無くない?」
「綺麗なくびれですよ?」
「でかい胸だろ?」
だからなんなの。
「ムギの前で変な事言わないで。ごめんねムギ」
ぼくの性質が盗賊なこと。少し嬉しい事。何をすればいいのかわからないこと。二人がなにをしたいのかわからないこと。ため息が出る。まぁいいけどって妥協してしまうタイプだぼくは。
「まぁいいけど」
こうして後輩に懐かれるのも悪くない。それが例え一時だとしても。教えてあげられることは教えてあげたい。カードを見てファルにも声をかけたけれど反応はなかった。
「三人だからノルマは四つかな」
「ノルマなんかつくんのかよ」
「四つしか攻略しないんですかぁ?」
「一つのダンジョンで税金抜いて大体二万から三万程度、三等分だし人数も多いから夕方までに四つはいけるかなって」
「お金で決めるんですかぁ?」
「は? たりめーだろ。金以外の何があんだよ」
「ティティってさぁ、愛かお金かって話しでお金を選ぶタイプそうよねぇ」
「あっ⁉ 愛に決まってんだろ‼」
意外。
「おい、おめぇ意外って顔してんじゃねーよ」
「まぁ、サブダンジョン攻略なんてお金以外でやる意味あんまりないと思うよ。メインダンジョンに挑むまでのツナギみたいなものだし」
「先輩はメインダンジョンに入らないんですかぁ?」
「ぼくはまだC級だから、入れないが正解かな」
「そうなんですねぇ」
経吉は一人でも戦えそうだけれどティティは未知数だった。と言うのも巫女が降ろす神って言うのがそもそも曖昧なもので、正確には神のようなもの、神が如きものというのが正しい。
「そういえば、二人は戦えるの?」
「実戦は初めてです。稽古はしてきましたけど命のやり取りは動物ぐらいです」
「動物?」
「うち、山を所有していてイノシシとか鹿とか狩る訓練があるんです」
「刀で?」
「刀でです」
「すごく難しくない?」
「何日も飲まず食わずで待ち続ける事もありましたね。段々飢えで殺意ばかりが増していくんですけど、そういう訓練ですからね」
「やりたくない訓練第一位みたいな訓練だね」
「そうなんですよぉ。汗と泥で臭いわ、服も臭いわ、刀で狩れって馬鹿なんですかって思うんです。鹿は逃げるのも察知するのも早いですし、イノシシは狩やすいですけど、熊に襲われた時はさすがに死んだと思いました」
「熊ってやっぱり怖いの?」
「怖いなんてもんじゃないですよぉ。今は治ってますけど、顔とか脇とか爪痕で血まみれですからねぇ」
「性質が侍だから、お嬢様かと思ったけど苦労の方が大きいんだね」
「性質が侍なんてクソですよぉ。訓練とか言って何時も臭いんです。服も臭いし刀の柄も臭いし足もくさいし道場も臭いし最悪です」
傍に行って匂いを嗅ぐ。
「今は無臭だね」
「今臭かったら私は死にます」
「そっかー……。ティティは巫女だけど、神様は降ろせるんだよね?」
「は? 降ろせるわけねーだろ。何言ってんだおめぇ」
えぇ……。
「戦ったことある?」
「は? 余裕だわ。ステゴロで負けたことねーよ。おらぁよ」
巫女なのにステゴロ……。
「神様は下ろせないんだね」
「降ろせるわけねーだろ。だから何言ってんだよてめぇわよ」
「お祈りしよう?」
「なんでだよ。ふざけんなよ」
ぼくは巫女という性質をティティに対して説明することにした。カードから情報を抜粋して本人に見せながら懇切丁寧に解説する。天使ポイントを千貯めると性質を変えられるという噂を聞いて、千ポイント貯めるために頑張っていたぼくは、変えたい性質を調べまくっていた。死角はなかった。
ただ後でわかったことだけれど、ラビリンスにおいて性質を変える道具が稀に発見され、それを天使ポイント千で交換できたという話しだった。しかもその道具は戦士に変える道具であり、他のレアなものは千じゃ足りないというおまけつき。
戦士でも良かったけれど……。
巫女が神降ろしを習得するのに神降ろしの儀をする必要があり、その神降ろしの儀をするのにそもそも神様との縁が無いとダメという。昔は明確に神様というものが存在していたけれど、現在において神様というのは曖昧な定義であり、神様のようなもの、になってしまっている。
ヌースの領域に入って無理やり連れて来ようか。
「じゃあ、神様連れて来るからちょっと待ってて」
「はぁ?」
目を閉じる。光を遮断すれば通常何も見えないけれど、物質じゃないものを見るのに光は必要ない。通常の世界に重なって見える別の世界。経吉の魂、ティティの魂、ムギの魂が人の形をして存在している。
辺りを見回すと、四足の魂がいた。目を開ける。生物は魂だけでは存在できない。コートから封魂瓶を取り出して向ける。およそ猫……に近い何かへ瓶を向けても瓶は反応しなかった。魂だけで存在できる存在。
こういう不可思議な実体のない生き物のような何かを神様のような何かと呼んでいる。主にぼくが。
体を舐めて整えるような仕草をしている猫に対して膝を折り、頭を下げた。
「どうか、こちらのティティをお守りいただけないでしょうか?」
平服するように頭を下げる。猫がこちらへ来るのを感じた。
「よきよき。汝が友であるティティとやらを守ってやろう。代わりに一日一度干物を所望する」
体の内側に響くような音無き声だった。友達じゃな……と考えそうになってやめた。こう言うの見透かされそうだし。
立ち上がり、二人とムギに向き直る。
「それじゃティティ、神降ろししてみて」
「は?」
「確か顕現と言えば良かったはず」
「あー? 権限?」
雷の落ちるような音がして、ティティの体から僅かな光が漏れる。
「おっおー……なんかすげぇ」
「身体能力の向上かな。良かったね」
「おっおお‼ だが俺はあんまり他人の力を借りるのは好きじゃねぇよ」
「四の五の言ってられない状態になるし、纏っていて損はないでしょ。そう言うのは使いこなしてから言って」
「……なんだお前。ぶっ飛ばすぞ」
「逮捕されるからやめて。君が。後、祭壇を作って一日一回干物を納めてね。魚の干物でいいと思う。一回に一匹じゃなくてもいいから、四等分にして一日必ず捧げて」
「なんでだよ」
「それが対価だから」
「捧げなかったらどうなんだよ」
「力を貸してくれなくなるし、神様は約束を守らない人には二度と力を貸してくれないよ」
これは言い過ぎかもしれない。でもこれぐらい大事なことだ。
「先輩って結構色々な事知ってますよね」
「ぼく性質が盗賊だからさ。天使ポイント千貯めて性質変えようと思ってたんだよ。それで色々性質について調べたの。それで知っているだけ。知ってはいるんだ」
「なんだにわかかよ」
ティティの発言にピキピキ来たけど間違えではないので怒らなかった。
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